12月19日 夕刻  
 
この時代の、この懐かしい大自然と人間の世界「アイヌモシリ」に肉体を得てかなり経つ。  
少し派手に動き過ぎたかしら、あの不気味な箱――テレビからは、「山中で連続暴行殺人」  
なんて失礼な言葉が聞かれるようになったわ。  
耳が早いものね。こうも対応が早いと、少しやりづらさを感じるわ。  
私は戦士として、この大自然と人間が生きる世界を護る役目を果たしているだけなのに。  
テレビの中のあなただって、みすみす死にたくは無いでしょう?話しかけても無駄だけど。  
今日はシクルゥにも少しだけ咎められたわ。「自分を失ってはいないか」ですって。  
繰り返すようだけど、私がこの世に現出してしばし。リムルルとコウタにかまけ過ぎて、  
本来の目的を失っているように見えるかもしれないけど、決してそんなことは無い。自分を  
失うなんてもっての外よ。覚えてる。ちゃんとね。  
そう。私は、アイヌモシリを荒らす輩を斬るがためだけにある。  
それ以上でも以下でもない。頭の中ではいつもそれを考えている。  
いくらでも血を浴び、血を潜り、血を踏みしめて。私が「ある」理由を全うしている。  
何十、何百・・・・・・数えるのはとうの昔にやめたけれど、悪しき魂をポクナモシリ(冥界)に  
届け、この大自然の均衡を保つための刃。それが私。  
この世の摂理を乱す強大な悪に、カムイの怒りの代弁者として鉄槌を下してきた。  
「人間とカムイ」。  
絶対に揺らいではならない、この世を形作る、絶対の関係を護るがために。  
――でも、だめ。  
思い当たる中から私なりにふるいにかけて、そこで不幸にも、いえ、必然的に選ばれた、  
大自然に抱かれて生きるに値しない悪党を斬り伏せ、無残にも踏みにじられた土地に生きる  
事を強いられている木々を励ましたけど・・・・・・だめ。ナコルルの力の流出は止まらない。  
しかもどこに消えているのかさえも分からないまま、力はものすごい早さで失われていく。  
まるで水の中で肌を傷つけ、流れに誘われるがままに霧散していく血液のよう。  
肉体を離れたが最後、もう二度と戻らずに、そして水に揉まれてあっという間に消えて  
いくように。  
 
やっぱりどこかの誰かの手によって、力が無駄にされているとしか考えられない。  
こんな事、今までにはなかったのに。まあ、だからこそ私があるのだけど。  
この地に刻まれた魔界の爪あとを癒す間、再び世界のどこかで大きな破壊が起きようと、  
ナコルルの強い力があれば、古い時代のカムイと人間が豊かに暮らした理想の世界を、  
いつの日にか取り戻せるはずだった。  
――でも、だめ。このままでは間に合わない。力が失われすぎている。  
ナコルルの巫力がこのまま枯れたら、もう誰にも世界の崩壊は止められない。この世を  
天秤に例えるなら、その不安定な天秤は、ナコルルの力によって支えられているような  
もの。支えを失った天秤はどうなるかしら。右に左に揺らぐわ。  
それがどういう事かって。  
・・・・・・清清しい朝を届けていた風さえ暴れ狂い、恵み多い海は大地を飲み込む、そういう事。  
そして荒廃した大地の表面には、私たちが必死で癒そうとしたあの忌々しい魔界の爪あとが  
蘇る。完全なる魔界の侵攻が、今度こそ始まってしまう。  
それなら・・・・・・人間が駄目なら、カムイはどうかしら。  
失われ行く仲間の土地を前に、ただ手をこまねいているだけなのかしら。  
残念だけど、そうせざるを得ないのでしょうね。  
私たちがカムイ無しに生きることができないように、どんなに強大なカムイであっても、  
最大の協力者である人間がいなければ魔界の力に抗うことは出来ない。  
残念なことよ。  
私やナコルルが生まれた少し前の時代ならきっと、彼らの力は魔界をも超えた。  
でも、今は見る影も無い。彼らの声は弱く、小さく、ずっと衰えた。なぜって。  
 
なぜなら、この時代の人間はカムイを忘れたから。  
 
私達はカムイを祭った。だからカムイは供え物を求めてアイヌモシリへとやって来た。  
そしてそのお返しに人間に多くの知恵と幸を残してカムイモシリへと帰った。それで  
私達は生きることができた。  
魚も、木の実も、水も、毛皮や鍋だって、すべてはカムイの贈り物よ。  
しかし、この世界の人間の多くはカムイへの感謝を忘れ、大自然が与えるだけの全てを  
奪い、のうのうと暮らしているだけ・・・・・・泥棒よ。  
カムイは嘆いている。古く尊い川のカムイは、涙ながらに私に語ったわ。昔は子供や大人達  
が大勢、遊びや漁に自分の元を訪れ、それはそれは賑やかで楽しい毎日だったと。だけど、  
今はこんなに醜く汚れた自分の所には誰も来てはくれない。ひどいものだ、自分たちの手で  
汚しておきながら、と。  
何も知らない、新しく生まれたばかりの動物の子供の姿をしたカムイ達は怯えていた。  
どうして私たちの仲間はこんなに少ないの、と。カムイモシリに住む老人たちは、現世――  
アイヌモシリに出かけるのを嫌っている、と。もはや地上にはナコルル以外、自分たちに  
恵みを与えてくれる人間は残されていないからだ、と。  
どれもこれも残念だけど、その通り。  
私たち人間とカムイ。世界を統べるこの関係を、この世界をつなぎ止めているのは、もはや  
ナコルルだけ。だからナコルルの命が失われれば、例え何かの奇跡で魔界の毒牙が迫らな  
かったとしても、アイヌモシリは消える。カムイの怒りと悲しみの涙に、全てを洗われて。  
ようやく幸せを手に入れようとした、私が良く知るあの幼く愛しい命も消える。  
同じ人間のひとりとして。平等に。  
それだけは絶対に許されない。だから、私がやらなくてはならない。  
私だけが戦える。アイヌの戦士たる私だけが、すべてを護れるのだから。あの晩、そう  
誓ったのだから。  
 
幸い、まだまだ身体の感触は良くなっている気がする。気のせいかチチウシの切れ味も  
威力も、私自身の向上と切り裂いた悪党の数に比例するかのように、蘇ったあの日とは  
比べ物にならないぐらいに鋭くなってきているように覚える。  
ねっとりと汚れた赤黒い血を尊い夕日に透かされ、眩しい赤銀色に輝くチチウシの姿は、  
この刀が宝刀たる所以を私に示すかのよう。  
さあ、ナコルルの力が――命が尽きるまでそう時間が無い。  
私は戦士。この世界の守護者たる宿命を背負う事と引き換えに、本当の肉体を超えて生きる  
事を許された者。  
宝刀が導くがままに、私は戦い続ける。そしてナコルルの力を狙う、邪な輩を必ず見つけ  
出し・・・・・・  
ねじ伏せ、  
突き刺し、  
叩き斬る。  
護り切ってみせる。絶対に。  
この世界を。カムイを、人間を。  
そして、リムルルとその幸せを。  
 
 
12月20日 朝  
 
今朝もにいさまの姿を見れなかった。これで二日連続の寝坊。起きたら二人ともいなかった。  
とっても大切な時間のはずなのに、眠りこけてるなんて自分が情けないよ。  
やっぱり、昨日もみんなが寝静まった後、かなり夜遅くまで頑張っちゃったからかな。  
にいさまへの贈り物を作るために。ナコルルねえさまがわたしにくれたあのマタンプシ(鉢巻)  
の図柄、忘れないうちに。  
だってにいさまにバレちゃったら驚かせないし、それじゃ意味ないから。だから隠れて、  
こそこそと進めようと思って。  
なのに、にいさまはそんなわたしの事なんてお構い無しに、夜中まで鞘の木彫りの練習  
なんてしてるから、どんどんわたしの睡眠時間が減っていく。早く寝ようよっていうのに、  
にいさまはんーとか、あーとか言いながら、広げた新聞の上でカリカリカリって。レラねえ  
さまはとっくの昔に寝ちゃってるのに。にいさまは意外と凝り性なんだ。  
だけど、そうやって頑張ってるにいさまはとっても素敵だから・・・・・・それ以上何も言えない。  
真剣に細めた目でじーっと出来ばえを見て。指で確かめたり、削りカスを吹き飛ばしたり。  
それで間違えて新聞の上のゴミまで吹き飛ばしちゃって大変なことになって。わたしまで  
手伝わされて。  
そんな事してたら、あっという間に時間が過ぎちゃって。  
わたしの事も、あんな風にじっと見て欲しいな。たまには。ちょっとでいいから。  
そんな事を考えながら、布団を畳んで洗面所に行く。冷たい水で顔を叩くように洗った。  
「ざぶざぶぶ・・・・・・ぷはっ、ひえぇ〜!」  
鏡に映った顔を見て驚いた。目の下にうっすらクマができてるんだもん。水で洗って落ちる  
ものじゃないし、みっともない。今日からは絶対に早く寝なきゃ。そのためには、にいさま  
達二人が外に出ているこの朝の時間を生かさないと。  
着替える時間も惜しくなって、パジャマのまま部屋に戻る。着替えはあとあと。  
 
「シクルゥおはよう!朝だよ!」  
部屋の隅っこで丸まっているシクルゥに朝の挨拶をして、カーテンを開く。シクルゥは  
目を開いて尻尾を揺らしたが、差し込んだ朝日の眩しさが何となく疎ましそうな雰囲気だ。  
「そっか、毎日レラねえさまと頑張ってるんだもんね。起こしちゃってごめん。寝ててね」  
カーテンを再び戻して、きれいな銀色の毛に覆われた頭を撫でてやると、シクルゥは  
くわぁ〜っと大きなあくびをして、ぽてっと横になった。  
「コンル、おはよっ!」  
台所に行って冷凍庫を開けると、コンルがぴょこんと飛び出して、わたしの周りをくるっと  
一回転した。そして正面に戻ってわたしの顔の前で漂うと、きらっと光って身体を傾けた。  
「あっ、この顔?えへへ、だいじょぶ。ちょっと昨日の夜ね。頑張りすぎちゃって」  
コンルはやさしい。わたしの事、誰よりも気遣ってくれる。わたしと一番長い時間一緒に  
いるから何でも知ってる。だからちょっと様子が変わっただけでバレちゃうんだ。  
「ありがとう。うん。今日は早く寝るよ!だからね、朝ごはんちゃっちゃと作るんだ!  
コンルも手伝ってくれる?」  
言うと、コンルは部屋のほうに飛んでいって、わたしの鉢巻を絡めて取ってきてくれた。  
コンルの鏡みたいな身体の上で、ヒラヒラと風を受けて揺れる鉢巻。  
それを見てわたし、ピンときました。  
「はいっ!わたし、コンルにも鉢巻作ります!」  
手を上げて元気良く宣言したら、コンルはまたもや傾いてしまった。ボーゼンとしちゃって、  
つるつるした表面からわたしの鉢巻が床に落ちてしまう。  
 
「えー、そんなに驚くことじゃないでしょ?コンルには一番お世話になってるしね、考えて  
みたらわたし、今までコンルに贈り物したこと無かったもん。だから、ね!」  
鉢巻を拾って頭に結びながら言うと、コンルが愉快にぴょんぴょん飛び跳ねて、わたしの  
顔にひやっとするキスをしてくれた。わたしもお返しに、ちゅって。目が覚める冷たさ。  
つめたさ。  
 
「ひゃぁ」  
つめたさが――  
 
「うっ・・・・・・うぅ」  
つめたい・・・・・・寒い。  
白い。  
さむい。  
風が。風が運んで来る  
 
「だめっ、待って・・・・・・!」  
さけびはもう届かない――  
まつげが凍りついて  
 
ねえさま が白く霞んで  
 
「ねえさま、あぁ・・・・・・」  
――もう動けない。重くて  
このままじゃわたし――  
 
ごちっ!  
「あたっ!いったたたぁ・・・・・・」  
おでこに硬くて冷たいものが飛んできて、目から火花が飛んだ。思わず床にしゃがみ込む。  
たんこぶが出来ちゃいそうな勢いだった。  
「こっ、コンル!何するのよぉ急にぃ!痛いよぉ〜・・・・・・」  
突っ込んできたのはもちろんコンルだ。なのに心配そうにわたしの顔を下から覗き込んで  
くる。こんな事しておいて!  
 
「一体どういう・・・・・・え?」  
何言ってるの?コンルが妙なことを言い出した。  
「そんな事、ううん?大丈夫・・・・・・だけど」  
わたし、震えてたの?いつ、えっ、今?うわごと?  
「だから助けてくれたの?ありがとう、でも何もなかったよ?ほら、コンルにちゅって。  
あれがちょっと冷たかっ」  
 
冷たくて・・・・・・死んじゃう  
 
身の毛もよだつ何かが、頭を右から左によぎった。  
乱暴なぐらいの悪寒。足から頭のてっぺんにまで一気に通り抜けて、息が詰まる。  
心臓が止まりそうになる。  
「〜〜〜、ぷはっ!はぁっ、はっ、はっ?!」  
訳がわからなかった。見えない何かに放り出されたそのまま、突然に開放だけが与えられて、  
混乱したまま辛うじて息がつながる。  
この部屋には自分たち以外誰もいない。誰かが自分に言葉を投げかけたわけじゃない。  
「こ、コンルぅ!」  
恐くなって、コンルを胸にぎゅっと抱きかかえた。  
「さっきもあんな感じだったの?うそ・・・・・・やだよ」  
何なの?冷たくて、それで・・・・・・なんだっけ?  
今さっきの事なのに、何が頭に浮かんだのかあっという間に思い出せなくなってしまった。  
それがなおさら不気味で、胸の中に残った不安を消してもらいたい一心で、コンルを抱き  
しめた。冷たいのに、コンルはあったかい。指先はじんじんするし、胸の先が痛いぐらい  
に冷えてしまうんだけど、なのにお風呂に入ってるみたいに落ち着くの。  
 
「つ、疲れてるのかな、やっぱり。うん、早く寝る。気をつける。ごめんなさい」  
コンルは心配して、もう夜更かしはしちゃダメだって。そうだよね。遅寝早起きじゃ、  
そのうち絶対倒れちゃう。にいさまみたいな大人じゃないんだから、それに合わせちゃ  
ダメだよね。  
ほら。もう気分が明るくなってきた。おかしな不安の事なんて、もうすぐ忘れられそう。  
「ありがとう、コンル。もしコンルがいなかったら、わたし――」  
お礼を言おうとしたら、背中の辺りに何かふわふわしたものが触れた。シクルゥだ。  
大きな身体を寄せて、わたしのほっぺをぺろりと舐めてくれた。  
「シクルゥ・・・・・・!ありがとう。うんっ、シクルゥも一緒だよ?ずっとだよ」  
いつまでもしゃがんでいられない。これ以上心配かけちゃダメだ!  
二人の優しさに後押しされて、えいっと掛け声出して立ち上がって、エプロンを巻いた。  
にいさまの大きなエプロン。踏んづけて転んじゃいそうだけど、これじゃなきゃダメ。  
特に今はなおさらだ。にいさまが包んで守ってくれるんだから、最高のお守りだもん。  
振り返れば、コンルもシクルゥもわたしの顔を見て嬉しそうにしている。  
みんな、大好き。  
「よーし!今日もわたし頑張るよ!」  
 
「ふーんふふ〜ん、おっりょうり、お料理・・・・・・」  
 
ふふ、鼻歌なんて歌って。  
 
ああ・・・・・・リムルルは大きくなりました。あんなに小さかったのが嘘のようです。  
 
あの日以来カムイコタンで育てられ、常人とは違う運命を背負わされ、幼い身で刃を  
振るう事を教えられても、リムルルは決して自分の良いところを失うことはありません  
でした。  
心優しい家族にも恵まれ、良い教えを胸に刻んで・・・・・・それが時として足かせになる  
事もあるようですが、立派な女性に育ちつつあります。  
さすがはあなたの娘。逞しい腕はいくらか細くはなりましたが、優しい心を宿した瞳は  
あなたにそっくりです。  
大いなるキムンカムイの力を受け、時代を超えて、リムルルはコウタさんというさらに  
良い家族に出会いました。  
引き合わせたのは私ですが、それは・・・・・・私なりの、その、考えがあったのですよ。  
リムルルという異世界同然の過去から飛んできた少女と共に、これから降りかかるで  
あろう数多の苦難を乗り越えてくれそうな御方を、と。  
自慢するようですが、私の目に狂いはありませんでした。あの方は、コウタさんは、  
リムルルの事情を知り、しっかりと受け止めてくれています。リムルルを見つめる目は  
まるで、在りし日のあなたのようです。  
心が通ったあの二人なら、きっとナコルルさんを見つけ出す事が出来る、そう確信して  
います。いえ、私達はそのためにここに来たのですから、確信はさらに深まった、そう  
表すのが適切でしょうね。  
何はともあれ、リムルルの事は任せてください。  
必ず、必ず。最後まで。一人のカムイとしてお誓い申し上げます。  
 
今でも思い出します。あの日のことを。  
あなたを助けられなかった、あの日のことを。  
縮み上がって動くことすらままならなかった、弱かった私。  
あろうことか恐怖に負けて、背中を向けて逃げた私。  
戻ってきた頃には全てが終わっていました。  
私の大事な物が。全てだと思った物が。  
この身を捧ぐ事に、何の疑問も持たなかった御方が。  
灰さえ残らなかった。あの忌まわしい、白い炎に焼き尽くされて。  
だからこそリムルルは私の希望。  
貴方が私に唯一残された、希望です。  
あの子がいるからこそ、今の私があるのです。  
ポクナモシリ(冥界)に旅立たれたあなたに代わって、もう二度と、私の目の前では誰の  
幸せも失わせはしません。  
 
どうか見守っていて下さい・・・・・・奥様とご一緒に。  
 
 
12月21日  
 
「はぁ、はぁぁ・・・・・・うぅ、ぅ」  
熱い・・・・・・熱い。  
白い眩しい  
こわい  
汗がべっとりと  
 
「いや、ねえ・・・・・・さま」  
ねえさまはもう見えなくなった  
だめ  
 
「やだぁ・・・・・・や、だっ」  
柱が、屋根が焼け落ちる  
死んじゃう。みんなそうして死んだ。  
燃えた  
――だからわたしも  
 
あれは父さまが、父さまの血が  
 
「しんじゃう・・・・・・ぅ」  
――にいさま、だめだよ。そいつは  
それはわたしのものだ――  
 
・・・・・・要するに起きていたのか、眠っていたのか。それさえも分からないの。  
昨日の夜も結局寝るのが遅くなっちゃったの。だってもうクリスマスまで時間が無いから。  
それで頑張って頑張って頑張って、にいさまへの贈り物、完成したの。青地に白い模様の鉢巻。  
とっても良く出来たと思う。にいさまの寝顔を見ながら、にいさまへの思いを針にのせて、  
糸でしっかりと縫いつけたから。あ、コンルのは間に合わなかった。  
 
でもでも、思い立って急いで作ったのに、ほころび知らずの出来ばえ。にいさまはきっと  
喜んでくれる、そんな自信もあるの。こんな無理が出来たのも、ナコルルねえさまが夢の  
中でわたしに色々教えてくれたからなんだけどね。いっぱい感謝しながら寝たよ。  
それで・・・・・・今日はにいさまが、わたしの頬にキスしてくれたのが分かった。嬉しかった。  
だって二日ぶりだったから。  
それでその後、ほっぺをさすりながらすぐ顔を洗いに行って、鏡を見たらすごく顔が疲れて  
たの。目の下のくまも取れてなくて。あぁ、まあ仕方がないかな、あんなに夜更かししちゃ  
ったんだからって諦めて、今日は一段と寒いなって、すぐにストーブの火を点けて、  
 
ストーブの小さな窓から火が見えて。  
囲炉裏の火なんかよりずっと小さい真っ赤なのが。  
それがだんだん白く大きく――  
 
それで、今。  
気がついたらシクルゥが前足でカリカリって、私の汗だらけになった手を引っかいていて  
・・・・・・。  
「ふーっ、ふーっ、ふーっ、ふーっ」  
ストーブの前に突っ立ったまま、息が上がっている。夏でもこんなになるかと思うぐらい、  
下着にぐっしょりと汗が染みている。お尻が張り付いて気持ちが悪いし、喉もからからだ。  
それにおかしいのはわたしの外見だけじゃない。  
止まずに高鳴り続ける心臓。ひくひくと震える指先。  
目の奥に焼きついた、ストーブの白い白い炎。  
「いやだあっ!」  
ストーブから目を背け、シクルゥにしがみついた。  
「やだ・・・・・・やだよぉ」  
昨日は冷たくて、今日は熱くて。それでどっちもすごく恐かった。でも覚えているのは  
それだけだ。温度と恐れなんて、そんな感覚的な記憶だけしか残ってなくて、その間に  
具体的に何が起きていたのかなんて全然思い出せない。  
 
――ストーブの中の火が見える小窓を見つめた途端 動きが止まって ぶつぶつ言い  
ながら震えていた・・・・・・  
シクルゥが教えてくれた。さっきまでのわたしはこんなだったんだって。  
「そんなの、まるで頭がおかしくなっちゃったみたいじゃない!」  
シクルゥの首に回した腕に力を込めて叫ぶ。だけど、シクルゥは本当のことだ、とにかく  
少し休みなさいと、わたしの頭をひやっとするお鼻でつついてくる。  
きらきらと高く澄んだ音を立ててコンルも飛んできた。盛んに私たちの周りを飛び交って、  
大丈夫なの、大丈夫なのって、とても慌てている。  
涙が出た。  
だって、こんなに嫌な気持ちになったのは久しぶりだから。  
あの日、川辺で出会ったおじいちゃんが見せてくれたわたしの中のわたしが、それはダメ  
だって、その記憶はどこかよそにやってって、良く分からない指示を飛ばしているのが  
分かる。  
動物が火を嫌うように、わたしの操れない心の本当の部分が、危機を知らせている。  
だから震えが止まらない。  
この目を閉じたら、またわけの分からない世界がわたしを待っているんだ。だから絶対に  
起きててやる!シクルゥの首を覆う銀色から目を離さないようにして、まばたきだって  
我慢しなきゃ!  
「いや、いやだぁ・・・・・・やめてっ!」  
記憶が「そっち」へ引っ張られそうになるのを、わたしの中のわたしが必死に抵抗している。  
「い、痛い・・・・・・あたまっ、いたいぃ!どうして・・・・・・わかんない!何?何よぉ!」  
右の頬をつねられたまま、左に向かって逃げようとしている気分だ。もがけばもがく程、  
その痛みは増してゆく。  
だけど、だけど!  
もしもここで抵抗を止めたら。逃げるのを諦めたら。  
頬をつねられるのとはわけが違う、ずっと強い苦しみがわたしを待っているんだ。  
だから、逃げた。  
背後に迫る、思い出してはいけない「それ」から。  
 
「うっ、うぅ・・・・・・あっ・・・・・・助けて!にぃ・・・・・・さま!ねえさまぁ!うあぁぁ」  
天井と壁しかない空中に向けて、わたしは身体を立てた芋虫みたいにもがいた。  
だってもうすぐなんだ。もうすぐたどり着けるんだ。ねえさまに会えるんだ。  
素敵な家族がいて、カムイに見守られて、大好きなねえさまとにいさまと暮らして。  
助け合って、みんなで幸せになるんだ。あのおじいちゃんにだってそう約束した。  
だから、  
だからそんな少しだけ幸せな未来だけ、それだけが欲しいのに。  
わたし、わがままなんて言ってないはずなのに。  
「うあっ、いあ、頭がっ・・・・・・痛」  
昔のことなんて。もう何もいらないのに。  
「うあ、あ、ぁぁぁ・・・・・・!」  
なのに、それは私に見せようとする。あの日の記憶を。  
「あぅっ・・・・・・ぅ」  
ああ、もう逃げられないところまできちゃった。  
背中が熱く燃えた。「それ」が私を捕らえたのが、とてもよく分かった。  
だけど、お願いだから。  
今から少し記憶を失う間ぐらいは、お願いだからゆっくり眠らせて。  
この数日間。あんたってば明け方になると、いっつもわたしの夢の中で暴れてるんだから。  
 
 
12月21日 夕刻  
 
「そんなっ、あんた!あんた気が狂ってる!ひいっ、いぃひぎあやあぁ」  
狂っているのはあなた。そんな人間に生きる価値なんてない。そうでしょ。死になさい。  
「しっ、知らねぇ!そりゃ俺ら悪い事してっけどよ嬢ちゃん、そんな何言ってやがあぁ」  
知らない?嘘をおっしゃい。あなたの汚れきった魂ならと思ったんだけど。まあ、どちらに  
しろね。大自然の痛みを知りなさい。  
「ま、魔界ィ?どっどこの族だよおっ!んな奴ら、俺はしらっぐうぅぇ」  
馬鹿言うんじゃないわ。ほら、さっさと醜い尻尾を出しなさいよ。  
「頼むっ、もうしない!なあ、おっ、おい・・・・・・やめっ、やめぁが」  
あなたも違うっていうの?でも関係ないわ。あなたもこの世界にいてはいけないの。  
「ひっ・・・・・・ひひぃ・・・・・・ひっ、人殺し!うあ〜〜っ、ぐああっ、ぎあ っ 」  
うるさい、うるさいわ。さっさと死になさい!  
 
山の向こうに、太陽が傾く。  
地上を照らす者との別れを惜しみ、また明日も東から昇るのを願うように、黒い汚れと  
悲しみに落ちた川面が精一杯のきらめきを放つ。カラス達が、凍える冬の大地に温もりを  
与えてくれる尊い者の名を呼びながら、追いかけるように山々の巣へと急ぐ。誰もいない  
細い農道の横に並ぶ、傾き古びた裸の街灯が、頭の上でじじっと砂混じりの音を立てて瞬く。  
うす雲を透かす一番星が白く輝き、やがて太陽は彼方へと落ちた。  
一日が終わる。  
そして、終わりの日が近づく。  
何も出来ず、分からないまま。私は今日もまた使命に背中を押されるのに任せ、ただ  
いたずらに、汚れた魂を包んでいた肉体を斬り裂き、噴き出したどす黒い血液に、己が  
身を汚した。  
「はぁ・・・・・・」  
ため息しか出ない。  
これは手探り以下だわ。手がかりも、そのまた糸口も、何も無―――  
 
ぐらっ  
「っツ・・・・・・?」  
酷い立ちくらみがした。  
じらじらと視界の下のあたりに砂が舞い、景色が歪んで、大切なチチウシが手の中から  
抜ける。笑い転げる膝をこらえ、冷たい灰色をした街灯の柱にずるずるとしがみつく。  
掴まってさえいられない。  
「はぁっ、はぁ、うぐっ・・・・・・!」  
指先に力を込めるため、大きく二回息をした。  
しまった、と思ったわ。でも遅かった。  
息を吸った途端に鼻から悪寒が走り、内臓に届いて、返って来たのは喉の奥を突く酸の  
感触だった。  
汚れた血の醜悪な匂いを目一杯にまで肺に吸い込んでしまった私は、たまらず吐いた。  
「うえぇっ・・・・・・ごほっごほっ・・・・・・うぅっ、えぇっ」  
出てくるのは胃液だけ。今日は何も口にしていないから。  
けど、出すだけ出してもう何もでないのに、胸ぐらを突き上げる不快感が収まらない。  
めまいが加速して、ギリギリで保っていた平衡感覚が失われる。  
「うぅ」  
ついに私は柱に身体を預ける事さえ出来なくなって、それでも何とか自分の吐いた物を  
避けるようにして、道端の草むらにうつ伏せになりながらどうっと倒れこんだ。  
「ぐふっ、ごほっ・・・・・・はぁっ、はぁ」  
肺の内側から肉体を蝕む真っ黒な血の匂いが、地面に漂う土と枯れ草の香りに遮られ、  
ようやく私は嘔吐から抜け出した。しかし、目の前の枯れ草の根元は依然ぐるぐると  
回って見え、鼓動に合わせてずきずきと頭が痛む。  
必死だった。  
今日だって手当たり次第よ。あらゆる芽を摘んだわ。山を汚す者、動物達の命を蔑ろに  
する奴。そうそう、自分の身体にも流れているのと同じ水を湛える川に、平気な顔で  
毒を捨てていた大馬鹿もいたわね。  
 
だけどそんな小ざかしい奴らに、ナコルルの力を吸い取るなんて真似が出来るはずがない。  
そんな事が可能なのは、世界の転覆を心から願うような魔界の住人、しかも強大な力を  
持つ一部の輩だけのはず。  
そう分かっていながら、それでもどんな小さな手がかりでもと・・・・・・刃を向けた。  
結果は散々だった。どれもこれも、ことごとく私を裏切った。  
得られたのは、耐え難い焦燥と血の匂いだけ。  
リムルルとコウタが遭遇したという不気味な泥の塊も、羅刹丸とかいう魔界の男も、天から  
の声も、足跡ひとつ、形跡さえ見つけることはできない。  
「どうして私には姿を見せないの・・・・・・!」  
吐き気とは違うものが腹の奥底からこみ上げる。次々に放り込まれる焦燥という薪を糧に、  
ぐらぐらと煮えくり返っている。  
「くそっ、卑怯者め!」  
だってそうじゃない。この世界に降り立ったばかりの妹は狙うくせに、私が出てきた途端  
ぷっつり姿をくらますし、私の本体の、ナコルルの命を物陰から吸い取り続けるなんて。  
許せない。  
「うあああっ!」  
こみ上げる物が怒りだと気づいたときには、それは我慢の鍋を超えて飛び出していた。  
地面をばしっと叩き、仰向けになる。そして、  
「来い、来なさい!さあ私はここよ!!」  
叫んだわ。シクルゥと遠い空に浮かぶ星々以外に、誰の気配も周りに無いのを良い事に。  
今日残された、僅かな力の限り。  
「魔界の輩!それともウェンカムイに心奪われた痴れ者かしら!?どちらにしろよ!  
アイヌモシリを壊したいのなら・・・・・・ナコルルを葬りたいなら、今すぐ私を斬りなさい!  
ご覧、もう私は動けない!刀を握る握力さえ残っていない、死体も同然よ!私を殺せば、  
ナコルルの反面である私を消せば・・・・・・!」  
 
――やめるんだ  
若く、それでいて風格に満ちた男の声が頭の中に直接響く。  
「し、シクルゥ・・・・・・?」  
痛む頭を押さえながら足の方にあるシクルゥの気配に目を向ける。  
案の定、シクルゥはそこにいた。チチウシの柄を口に咥え、こちらをじっと見据えている。  
瞳の奥で、たてがみと同じ色に光る白銀の輪が声を私に届けた。  
――やめるんだ 敵は 聞いているに違いない 姿をくらましているだけだ  
「だけどこのままじゃ」  
――落ち着け 先日も言ったばかりだ  
「えっ?」  
――自分を失うな 頼もしきアイヌの戦士よ カムイと人間の盾たる者よ  
雑念だらけの頭の中で、さざ波が引くのに似た、心が整然さを取り戻していく音がした。  
自分を失うな。この前もシクルゥに言われたばかりじゃないの。  
「ごめん。ごめんなさい。シクルゥ」  
取り乱しているのを指摘されるまで気づかなかったあまりの自分の愚かしさに腹が立つ。  
けれど、同時にとても心地よい。こんなに安心したのは久しぶりかもしれない。  
相棒は、シクルゥは特別だ。  
あまたの死地を共に駆けた仲間というだけじゃない。山に住むカムイでありながら、太陽が  
輝き、月が青く光るあの高い空に通じる力を持つ、最も強く尊いパセカムイの一人。それが狼。  
そのシクルゥの声が持つ大いなる言霊は、強く私の胸を打つ。  
幼少の頃、父様に感じていたあの力強さに似たシクルゥの声に、私は心の耳を傾けた。  
――状況は芳しくない 情けない事に 私にも何が起きているのか推し量れない  
「えぇ」  
――だからこそ私たちは いつもどおりを最後まで通す事が それが必要だ  
「いつもどおり・・・・・・」  
――そう いつもどおりだ  
抑え気味ながら、その声には一種の確信があった。  
 
シクルゥは咥えていたチチウシを私の足元に置いた。  
――自信を持て どんな強大な魔にも抗うだけの力 それが私たちの手元にはある  
「そのための・・・・・・いつもどおり」  
――そうだ 10の力があるのなら 10の力全てを引き出せる状態を常に保たねば  
まだ少し世界が不安定に揺れるその中で、私は足元に無造作に転がった唯一の絶対へと  
手を伸ばす。  
「そうだったわね。いつもどおりが・・・・・・私達にはそれが出来ていた」  
カムイコタンに伝わる宝刀。あらゆる魔を退ける、アイヌの戦士だけに許された刀。  
シクルゥに確信を与え、私に勇気を与えてくれる、もうひとつの相棒。  
「わかったわ、シクルゥ。今度こそ」  
チチウシを逆手に握りしめ、私は勢い良く立ち上がった。  
「今度こそ、もう大丈夫っ」  
言い切った事とは裏腹に、身体がふらつく。勇気に火が灯っても、疲労は私の肉体の中  
から出て行こうとはしない。  
左の肩から滑るように、両腕を下げたままの上半身がぐらりと地面に向けて傾いた。  
――平和そのものだった空に、にわかに暗雲が流れ込むように。  
でもこれでいいわ。自然の力に歯向かわず、素直な心を保つ。  
左足を中心に傾いてゆく身体の軸を感じながら、強引に右肩から上半身を前へと捻れば、  
身体にゆるやかな回転が加わる。  
横滑りしながら回る、何も無い冬の田園。  
地面が近い。  
今。  
「ふっ!」  
左足にぐっと力を込め、右脚を回転に合わせて振り抜く。両腕を広げながら。  
 
――そのあまりに急な変化は、空が一転に掻き曇るように。  
 
飛び上がりながらの回転脚。暗闇と地面が交互にくるくると回る。  
弱々しい街頭の明かりを受け、チチウシがきらりきらりと光る。  
 
――その光は、黒々とした雲から降り出した大粒の雨。  
 
ざざっと音を立てて着地し、左手を添えてチチウシを前に突き出す。  
姿勢を低く。シクルゥよりも。  
一歩、すり足。また一歩。一歩。  
ざっ、ざざっ。ざざざ。  
 
――そのざわめきは、空を埋め尽くした雲と共ににじり寄る、獣の鋭い牙を隠した風。  
 
足元から土ぼこりが舞い上がる。それを風が吸い込み、隆々と立ち上がる。  
ゆっくりとした、姿勢を戻しながらの回転。合わせて上下する円弧の太刀筋。  
 
――それは、生まれながらにして地を嫌い天を憎む、若き荒獅子の如きつむじ風。  
 
ぐるぐると回転する刃は加速し、やがてそれは天を目指し――  
「いやあっ!」  
唐突な鋭い跳躍。その先、天へと突き出されたのは一振りの刃。  
 
――それは遥か足元、雲の上からは見えさえしない地上から、轟音と光を司る者の住む  
天へと届いたつむじ風。  
 
自らの支配する場所を烈風に乱された雲が、怒りもあらわにどろどろと鳴り響く。  
空に向け、一直線に伸びた身体。  
天と地の狭間。  
地の謀反と天の逆鱗。  
雨粒だけがたあたあと降り注ぐ虚空に走る緊張が、爆発的な力となって身体中に満た  
されてゆく。宙に、一瞬縛り付けられる。  
そしてその緊張が限界点に達したとき――天は罪深き地上に目掛けて、怒号を放つ。  
「たあああああぁっ!!」  
 
――雷光一閃。  
 
落下する私の全体重を乗せたチチウシが冷たく吼えながら、夕刻の大気を光もろとも  
一文字に切り裂き、地響きを立ててコンクリートの深くまで突き刺さった。  
シカンナカムイ流刀舞術。  
恐れ多い事に、この世で最も気高い雷のカムイにより伝えられ、その名を冠する事を  
許されたという、カムイコタンに伝わる美しき最強の剣技。  
アイヌモシリに襲いかかる闇を一吹きに払う豪雷の力を宿したその一撃は、長い歴史の  
中で幾度と無く迫った魔の手を、ことごとく退かせてきた。  
父様も、父様の父様も、ずっとずっと遠いご先祖も、こうやって戦ってきたはずだ。  
地面を突き破り、刀身の殆どが隠れているチチウシにかかる抵抗を腕全体で感じながら、  
ゆっくり引き抜く。  
徐々に姿を表すチチウシの刀身。その肌は傷つくどころか、地のカムイによって丹念に  
拭われ、あの不愉快な血糊は残ってはいない。ぴかぴかに磨き上げられ、魔を退ける力を  
さらに何倍も強めたようだった。  
まだ戦える。私は再び強く確信する。  
私には相棒がいる。剣もある。カムイが伝えた技だってある。護るべき物もまだ失われて  
いない。  
そして、この身体に脈々と受け継がれた戦士の誇りも。  
 
 
12月22日 正午 大学の食堂  
 
「コウタお前よー、最近付き合い悪いよなあ・・・・・・授業にも出ないし」  
すまん。色々大変なんだ。家が。  
「色々だ?それがノートをとっておいてやった恩人に対する言葉か、おい」  
いや、それは感謝してる。ちゃんと昼飯おごるから。  
「ったく。安い安い・・・・・・が、無論おごれよ?」  
お前もなんだかんだでやさしいな。  
「そりゃーお前、俺の半分は優しさと友情で出来てっから」  
あとの半分は?  
「酒とナオン」  
ほーらきた。あ、俺うどんで。  
「うっせ!あー、俺ランチ。ライスは大盛り、それにカツカレーのライス抜き」  
てめぇ・・・・・・ここぞとばかりにワケわかんねー注文を。  
「コホン。コウタ君・・・・・・世の中は『ギブ アン テイク』で出来ているのだよ?」  
はぁ?  
「君、ノート欲しかった。俺、あげた。君、うれしい」  
はぁ。  
「俺、はらへっだ。君、ノートのお返し。俺、ごぢぞうざま」  
どこの原住民だ!どこの妖怪だ!お前は!  
「だからな、こんな原始の生活でさえ・・・・・・強いて言うなら幻想の世界でさえ、そういう  
仕組みで出来てたということをだ、俺は分かりやすい例で示してやったんだよ」  
あー、どうもどうもどうもねー。こりゃありがとさんよ!  
「素直じゃねーなー。俺の半分がコウタ君のあまりに酷な仕打ちにボロ泣きだよ?」  
勝手に泣いとけ!ったく、大概はあとの半分に押されてるくせに何言ってんだか。  
「あーお前、そういう事言いますか!そういう事を!もうお前アレだ、バーカ」  
小学生かよ・・・・・・。  
「うるせー、バーカバーカ、いただきます」  
立ったまま食うな!ちゃんと座ってからにしろ!あー、支払いこいつの分も一緒で。  
「うむ。くるしうない。遠慮なく払うが良いぞ」  
黙れバカ。早く席を取って来い。  
 
・・・・・・  
 
「ふぃー。タダ飯とタダ酒は何度目でもたまらんもんですなぁ!」  
あー良かったですね!ごちそうさま!  
「げぷ」  
・・・・・・俺、帰るから。  
「まあ待てよ。これも満足を伝える作法の一つなんだからさ」  
それはお前の生まれた星だけだと思うんだ。  
「ち、バレたか。俺の正体、バレたからには・・・・・・後日に拉致るッ!」  
ハァ?  
「これを読めっ!!デデデェ〜ン、デデデデェ〜ン」  
シュー・・・・・・って、何?「俺とお前とお前と(略)で年末を乗り切る会」?  
「ビンゴー。地球の義務教育は化け物だな。ちゃんと読み書きできる」  
しまいにゃ樹海に埋めるぞ。で、何だよこれ?  
「これはね・・・・・・もうあと数日であの忌まわしい行事が訪れるだろう?」  
く、クリスマスの事か?  
「そうだ!俺達モーテネーダーズの最大の宿敵であるカップルが、にわかも含めて街に  
ゴマンと溢れかえる日!バカヅラした男と女だけで世の中が構成される、世界の終わり  
の日だ!」  
ちょっと待て。  
「だが!俺達はそのような終わりの日を訪れを事前に知っている!そしていずれ滅ぶのも  
奴らだという事もな!だから俺達は地下に逃げるッ!その一日を耐え忍び、晴れて25日  
を迎え・・・・・・神の裁きによって浄化された新しい世界に相応しい新人類として生まれ変わる  
のだーぁのだーのだーのだー(自主エコー)」  
あのー。盛り上がってるところ失礼ですが。  
「・・・・・・のだ?」  
要はトップクラスのモテない集団が駅前の居酒屋貸し切って夜通し涙混じりの酒を飲む、  
そういう企画なんだろ?  
 
「さすがはコウタ。授業に出なくてそこそこの成績のオツムだけあるな」  
そこそこは余計だ。恒例行事だもんな・・・・・・今年ももう終わりか。  
「まーそういうこと。忘年会兼でさ。会費は後払いで。もう23人集まった」  
工学系学生のオトコの結束を甘く見ちゃダメだな。毎年ながらいい集まりしてる。  
「まーこの分だと30人オーバーは固い!さて・・・・・・」  
あ、俺は遠慮したいんだが  
「・・・・・・あ、ごめん、ちょっと別のテーブルの声うるさくて」  
すまん。今年はムリ。  
「え?」  
いや・・・・・・ちょっとね、家に妹が、その  
「ぶうあっかやるおぉぉぉぉぉぉん!!」  
おぉ?!  
「お前ッ、そんな嘘つくぐらいならフツーに『同棲してます』言え!このタコ!スケベ!」  
同棲っておいおいおいおい!違う!  
「おかしいと思ったんだよな!そんなとこだろうとみんな噂してたんだよな!ケータイ  
持ってないのは仕方ないけど何の連絡もないしよ、学校にはこねーしよ!ケッ、俺らが  
教授の汗臭い授業聞いてる間に、この男は昼間っから合体作業とは!いいご身分だ!」  
してないしてない。合体してない。だからさ、家族!妹がウチにいるんだよ!  
「ハァハァ・・・・・・ホントかっ」  
何で涙目なんだよ・・・・・・ホントだって。心配するな。  
「か、家族サービスなのかっ」  
俺はお父さんか。まあそんなとこだよ。ウチの妹クリスマス初めて・・・・・・あいや、田舎に  
住んでて今度あいつも上京してきてさ。何年も何かその、行事を一緒にしてないからさ、  
それに家に女だけ残しておいたらちょっと物騒なんだよな。最近近所におかしいヤツが  
うろうろしててよ。  
「・・・・・・コウタ」  
それで危な・・・・・・ん?  
「お前、シスコンだったのか」  
だまれバカ!  
 
「妹、可愛いのか」  
ぐっ、いや・・・・・・  
「か わ い い の か」  
か、かわいいが?  
「こんの変態がぁ!コウタっ、妹垂らしこむとはいい度胸じゃないか!勝手にしろ!あぁ  
勝手にしろ!勝手に太陽も高いうちから生物学的及び人道的過ちを犯してやがれ!ふんだ!  
もう知らん!ごちそうさま!おごってくれてありがとう!テスト受けに来いよバーカ!」  
 
どういたしまして・・・・・・あーあ、怒って行ってしまった。最後のほうは何か錯乱してたが。  
去年までは一緒だったからなぁ、年末モテナイ軍パーティー。  
友情は大事にしたいが、リムルルは残念がるだろうしなぁ。テレビ見て、「クリスマスって、  
ケーキ食べてお菓子食べていーっぱいご馳走出るんだよね」とか何とか言ってたからなぁ。  
まあ幸いレラさんもいて人手はあるから、その夢の実現も不可能ではないんだけど。  
・・・・・・板ばさみ、ダブルブッキング一歩手前か。  
こんなクリスマス、今まで経験したこと無いから複雑な気分だ。一応リムルル達に話すだけ  
話してみようかな。  
しかし、同棲か。  
同棲・・・・・・か。どうなんだろうなあ。  
今もカバンの中には、もうあとは仕上げを待つのみになったマキリの鞘が入ってる。  
「初めてにしては上出来よ」って、レラさんも褒めてくれた。頭まで撫でられた。  
自分としても、結構納得いくものが出来たと思ってるんだ。レラさんが教えてくれた  
あの独特な魔よけの紋様をベースにして、リボンをつけたコンルのマークを真ん中に  
彫りこんでみた。これは俺のアイデアなんだけどね。きっと喜ぶんじゃないかと思って。  
作っている間意外だったのは、リムルルがあんまり詮索しなかったことか。どうやら  
俺が仕事か何かを始めたんだと勘違いしている所があるみたいだ。プレゼントだとは夢  
にも思ってないらしい。  
カムイコタンではどうだったか知らないけど、さすがにこの時代にこれで食っていくのは  
ムリあるな・・・・・・はは。  
 

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