けたたましい騒音。ひっきりなしに降り注ぐアナウンス。  
押し寄せる人波。電車を乗り継ぎ、ビルと人で溢れかえる都の中心へと  
俺たち二人は降り立った。今日はレポートの再提出日だったのだ。  
とはいっても、リムルルがいる以上、半分は観光目的なのだが。  
「ここが、この国でも中心に近い場所だよ。どうだ?」  
ホームから地下道へと降りると、右へ左へと流れる人の群れを前に、  
リムルルの動きが止まってしまった。  
「・・・し、信じらんない・・・何?ここに世界中の人が集まってるの?」  
途方も無いスケールの違いに、リムルルはただ圧倒されていた。  
「まあ、その言い方は間違ってないかもね。たくさんの人が、  
いろいろな物を求めてここに来てるから・・・って、大丈夫か?」  
さっきまでの呆け顔が、今度は青白くなっている。  
「う・・・なんか・・・びっくりしすぎて・・・きっ、きもちわるぃ」  
「まずいな。とりあえずこっち行こう、な」  
電車の中でも相当な大きさの街だということは再三伝えてはいたが、  
まだ現代に来て間もないリムルルには心臓に悪かったらしい。  
人でごったがえす地下からリムルルの手を引いて一気に階段を  
駆け上がり、比較的人通りの少ない出口へと脱出した。  
「すまん、大丈夫か?リムルル」  
「うん・・・だいじょぶ・・・もう平気」  
膝に手を突き、リムルルはふーっとため息をついた。顔を上げ、  
気を取り直して辺りを見回しているが、やはりその風景を  
見つめる顔は呆気にとられたままだ。  
「おっきな建物だらけだろ?」  
「うん・・・山の代わりにお城があって、樹の代わりに柱があって・・・  
川の代わりに、たくさんの道路・・・流れてるのは・・・人と乗り物」  
故郷の風景と現代の様子を照らし合わせ、何だか寂しそうな表情を  
リムルルは浮かべた。  
 
「空気も人も、全然違うね。みんな大丈夫なのかなぁ」  
「大丈夫っていうと?」  
「あのね、何か・・・みんな生きてるんだけど、余裕がなくて焦ってるみたい」  
「・・・」  
確かに、目の前をせわしなく通り過ぎる人々の顔は、どれも忙しそうだ。  
仕事で動き回る背広のおじさんも、遊びに来ている若者も、ここでは  
何となく背中を押されているような、自分の意思とは関係なくせかせか  
と動きまわされているような、そんな印象を受ける。  
「うん、リムルルのいた時代とは違ってね・・・みんな忙しいんだよ。  
楽しいことも増えた分、今度は遊ぶことにも忙しいんだ」  
「そっか。それじゃみんな疲れちゃうだろうね。けど・・・」  
「うん?」  
「にいさまは違うね。のんびりしてるね?」  
くるりと俺の方を振り返ったリムルルが、ぶらぶらゆっくりと  
歩く俺の顔を覗き込む。  
「そ!焦っても仕方ないんだよ〜。ゆっくり生きるのだ・・・って、  
まるで俺が暇人みたいじゃん!」  
「え?それじゃ忙しいの?」  
「全然忙しくありません」  
「あははっ!な〜んだ!」  
タコのようにふにゃりと力を抜くような動作を見せると、  
リムルルは愉快そうに笑って俺のまねをした。タコ二匹。  
 
・・・場所は変わって、ここは大学の一室。  
 
「だからなぁお前、こんなコトは図書室行けば調べられるだろぉ?」  
ポンポンポンと、紙を突付く音が狭い部屋に響く。  
「はい、はい・・・さいでやんす」  
「それから何だこのグラフは・・・あぁ?凡例も分かりにくいし、第一、  
近似線が結果にちゃんと重なってないだろ・・・初歩だぞ、初歩!」  
「すんません、すんません・・・」  
教授の叱咤が頭にずきずきと痛い。  
 
「ったく・・・しっかりしろよ?今回は受け取ってやるけどなぁ?うん?」  
「ありがとござます」  
「来年は就職だろ・・・気ィ引き締めろ!」  
「ごもっともです・・・それじゃ、ども失礼しますた」  
バタン・・・  
教授の部屋のドアを閉める。ラップタイム16分・・・。  
「くわわわわー!終わった!!はぁ〜、はぁ〜・・・」  
発狂しそうなほどの批判と質問の嵐が、ネチネチと延々15分以上。  
これが叫ばずにいられるかというのだ。ふらふらと歩いていくと、  
廊下の向こうにあるベンチでリムルルがお茶を飲みながら、  
脚をぶらぶらさせて待っていた。  
「にいさま、ご苦労様!」  
ねぎらいの言葉と共に、お茶を勧めてくれる。  
「うむ・・・ごきゅごきゅ・・・はぁ〜」  
「何か一瞬でやつれちゃったね?」  
そうりゃそうだろう。自分でも目の辺りがへこみ、ジャケットが  
半分ずり落ちているのが分かるのだから。  
「あぁ・・・けど、これでツライお勉強ともオサラバだ。昼飯を食べに行こう」  
「お昼だ!やったー!!」  
人影の無い廊下に、リムルルの声がこだました。キャンパスの近くにある、  
ひなびた中華料理屋。安くて量が多くてそこそこに美味いという、  
どこにでもあるような店に俺たちは向かった。  
「はい、野菜炒めとチャーハン二人前、おまちどう」  
「・・・!」  
ぶっきら棒な店員が持ってきた、大きな白い皿の上に広がる未知の世界に、  
リムルルの視線は釘付けとなった。  
「よし、食べよう!」  
「ぃ・・・いただきます!」  
それからのリムルルは、怒涛のようであった。  
「この『ひゃーはん』て・・・もぐもぐ・・・おいっひ・・・」  
「だろだろ」  
れんげを持つ手が止まる事も、もぐもぐと動く口が休まることも無い。  
 
「野菜って、こんな食べ方あるんだぁ!」  
「あー、昔は『炒める』ってなかったんだな、そういや」  
初めての中華独特の油ものに、感動しきりのリムルルだ。  
「ごくごくごく・・・っぷは!ごちそうさま!」  
「はいよ。満足か?」  
「ふぅ〜、おなかいっぱい!」  
豪快にスープを飲み干すと、リムルルはお腹をさすりながら  
心底満足そうな顔をしたのだった。さて、長い午後の始まり。  
せっかく都心まで出てきたんだし、このまま帰るのはもったいない。  
「なあ、リムルル?どっか行きたいところとか、あるか?」  
暖簾をくぐり、外に出たところで俺は尋ねた。  
「え〜っと・・・え〜〜っとぉ・・・」  
「ちょっと質問が悪かったな。何がしたい?」  
ほっぺをぽりぽりしながら、難しい顔をして悩むリムルルに付け足した。  
「わたし、あれ・・・何だっけ、あの『しゃしんしゅー』って大好きなの!  
色んな場所が見れるやつ。あれがもっと見たいな!」  
リムルルは、俺が鉛筆を動かす時間はいつも京都の写真集を見ている。  
大してページ数があるわけでもないのに、まるでお気に入りの絵本を  
読む小さな子供のように、何度もなんどもページをめくっては戻しを  
繰り返し、熱心に目を動かしているのだ。  
「ん〜、向学心に燃える良い心がけ!」  
「こうがくしん?」  
「うん、ちゃんとお勉強する子にはいいことがあるよ、ってね。よし、行くか!」  
「え、それじゃあ・・・」  
「おう、しゃしんしゅーを見に行くんだよ」  
「わーい!行こう行こう!!」  
「ちょ、待て!急がなくても写真集は逃げないって!」  
ぎゅっと袖を掴んで引っ張るリムルルに、俺はたじたじだった。  
冬らしい冷たい空気を通して、高い空から降り注ぐ太陽が気持ちいい。  
 
「さ、ここが俺が言ってた場所なんだ。図書館ていうんだよ」  
下り列車に乗ってやってきたそこは、最近改築されたばかりの  
二階建ての立派な図書館だった。  
「このお城の中に、しゃしんしゅーがあるんだね!」  
そびえたつ建物を前に、リムルルはうきうきと階段を駆け上がった。  
中に入ると、広いカウンターと読書スペースが広がり、その向こう  
には延々と本棚が並んでいる。  
「うわー!すごーんむ?」  
「しー!」  
出入り口を抜けたところで、「うわー」を始めそうになった  
リムルルの口を慌ててふさぐ。近くで本を読んでいた  
おばさんの苦笑いに、すんませんと会釈で返事をした。  
「リムルル、ここはみんなが勉強する場所なんだ。静かに、な?」  
「え、そうだったんだ・・・そう言われてみれば、静かだねぇ」  
「だろ?さ、それじゃ行こうか・・・って走ってもダメ!」  
本棚の位置も分からないくせに、脱兎のごとく駆け出そうとする  
リムルルの手をはしっと掴んだ。  
「あ、とにかく静かにしなきゃいけないの?わかった・・・」  
「ふぅ。それじゃ行こう」  
手を握ったまま、俺たちは写真集の棚へと向かう。そこには、  
日本のみならず世界の、そして風景にとどまらない、ありと  
あらゆる種類の写真集がずらりずらりと待ち構えていた。  
「しゃしんしゅー・・・いっぱい!どれがいいかな〜これかな〜♪」  
目を丸くしながら、リムルルはとりあえず一冊の写真集を手に取った。  
「よ〜し・・・これっ!うわぁ〜、ここ、どこぉ?」  
「うん?あぁ、これは海外だね。エジプトだ」  
「よその国かぁ〜。砂だらけ・・・あっ、このお人形きれい!  
ぴかぴか光ってるよ?お化粧がちょっと気持ち悪いけど」  
「え、ツタンカーメンか。それはね、お人形じゃないんだ。  
死んじゃった王様の入っていたお墓・・・みたいなもんかな」  
「ふわぁぁ〜、こんなきれいなのに?へぇー・・・じゃ次、これなあに?」  
 
「そりゃ自由の女神。ほら、ここよく見てごらん」  
「???」  
「これ、人な」  
「うそー!おっきなお人形!!動くの?あれ・・・何だっけ、  
でかれんじゃーろぼみたいに」  
「ロボチガウ、ロボチガウ」  
無造作に次々と本を開いては、見たこともない世界の数々に  
リムルルは眼を輝かせた。俺はといえば世界地図を持ってきて、  
ここはどこだ、それはここだと、リムルルの知的欲求を満たしてやった。  
「すごいね・・・わたし、知らないことだらけだよ?」  
「そうだろうね。昔、この国には海の外に出ちゃいけない  
決まりがあったんだ。リムルル達には関係のない決まりだったけど」  
「わたしも、行けるかな?こことか」  
雄大なナイアガラの滝を指差しながら、リムルルは俺の袖を引く。  
「ん、おぉ〜?また随分ハデなところを選んだなぁ」  
「すっごく、すっごくおっきいんでしょ?楽しそうだよ〜」  
「おぉ、行ったことはないけどそりゃ凄いらしいぞ」  
「ねぇねぇ、行ける?」  
なかなか質問に答えない俺に、リムルルはもう一度尋ねた。  
「・・・ちょっと・・・遠い。けど、お金貯めれば行けるよ」  
「やった!」  
「ほら、しー!」  
「あっ・・・ごめんなさい」  
喜びに、つい大きな声が出てしまったらしい。柔らかそうな頬を  
赤くして、リムルルがぺろりと舌を出す。  
「良かった・・・にいさま、姉さま見つかったら、一緒に行こうよ!」  
「さ、三人分かぁ?まあいっか。いつか行こうな」  
「うん」  
満足そうに目を細めると、リムルルは再びページをぱらいぱらりと  
めくり始めた。気がつくとだいぶ人影が減っている。閉館が近づいて  
いるらしい。ずいぶんと長い間居座ったものだ。背伸びをしながら、  
俺は集中力を切らすことなく眼を動かすリムルルに、後ろから声をかけた。  
 
「んん・・・リムルル、そろそろ行こう。ここ、閉まっちゃう」  
「そうなんだぁ。もっと見たいなぁ」  
「ここはそんなに遠くないよ。また来れるし・・・」  
「あしたも?」  
「え?ホントにリムルルは勉強熱心だなぁ」  
背中を向けたまま俺の声に受け答えをしていたリムルルが、  
くるりとこちらに顔を向けた。ブルーのリボンがふわりと揺れる。  
「だって・・・ちゃんとこの世界のこと知りたいから。これからも  
ずっと、ここに居るんだもん」  
「あ・・・」  
もう帰る気はないのかい?俺はそう言いかけたが、リムルルの  
真剣な表情にその言葉を飲み込んだ。俺だって、もうリムルル  
が居ない生活なんて考えられない。  
「にいさまと、ねえさまと、それからコンル!ずっと一緒  
にいるんだもん・・・わたし・・・」  
「そっか、そうだよな。うん」  
少しうつむき加減のリムルルの肩に手を乗せ、俺は笑い顔を返した。  
「いいぞ、ここに来たいなら。明日も来よう」  
「やったぁ。ありがと!にいさま」  
リムルルはぴょんと椅子から飛び上がると、俺の腰に腕を回し  
軽く抱きついてきた。周りに人が居ないことをいいことに、  
俺は小さな身体をぎゅうと引き寄せ、温かな感触を楽しんだ。  
「いっしょ・・・いっしょだよ?」  
「おう、一緒だ」  
小声で囁きあい、顔を見合わせ二人でにっこりとすると、  
閉館アナウンスの中、俺たちは本を片づけて図書館を後にした。  

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