「・・・」  
「ん?」  
布団のほうから声がした。リムルルが起きたらしい。見れば、顔の半分を  
布団に埋めたまま、とろんとした目で俺を見つめている。  
「にぃ・・・」  
「お、起きたか。良く寝てたなぁ。もうお昼だぞ」  
すでに陽は高く上り、テレビではサングラスの男がわめく時間だ。  
コタツから抜け出し、リムルルの枕元へと近寄りしゃがみこんだ。  
「ん・・・おはよぉ・・・」  
「おはよーさん。無理して起きなくてもいいんだぞ?寝てても」  
「けど・・・もうお昼でしょ?布団じゃまだよ・・・」  
「何言ってるんだよ。俺はコタツがあればそれでいいのだ」  
「けど・・・よいっ、しょ・・・あつっ!」  
横を向き起き上がろうとしたところで、リムルルが体中に残る痛みに  
顔を歪めた。一つ一つは大したことないようだが、全身が痛むのだろう。  
「! ほら、やっぱムリだよ。寝てろ」  
布団の中に手を差し入れ、リムルルをもう一度あお向けに寝かせた。  
ほかほかとしたリムルルの温もりが、布団から伝わってくる。  
「うぅ・・・けどねっ、けどぉ・・・」  
だが、リムルルは身体をもぞもぞと布団の中で動かしている。  
「ん?どうしたんだよ?」  
「あのねっ・・・あの、お、おしっこ・・・」  
少し恥ずかしかったのか、リムルルは再び布団に顔を埋めて、起き上がり  
たい理由を俺に伝えた。  
「あ、そっか。ごめんごめん・・・じゃ、起きような」  
「うん・・・」  
掛け布団をまくると、リムルルの横たわる姿が晒された。乱れたパジャマの  
ボタンはいくつか外れており、大きく開いた胸元、ずり下がったタンク  
トップから片方の乳首が顔を出している。リムルルはなんだかだるそうに  
上体を起き上がらせ、ぼさぼさの髪をかき上げた。何ともいえない寝起きの  
女性の妖艶さを、年端も行かないリムルルが醸し出すとは思わなかった。  
 
俺は半ば不意打ちを喰らったような気持ちでしばしその姿を楽しみ、ボタンを  
直してぐっと脇から手を回すと、リムルルの身体をゆっくり持ち上げていった。  
「どれ・・・ほら、つかまれ」  
「うん、あっ、たた・・・!」  
俺の身体に身を預け、リムルルは左脚の痛みをこらえてその場になんとか  
立ち上がった。さっきまで布団に包まれていた体は、ほかほかした温かさと  
柔らかさに溢れ、パジャマもなんとなくしっとりとしている。体温で暖め  
られた少女の香りが寝汗のにおいと混じり合って、俺の顔のすぐ横にある  
リムルルのうなじから漂ってくる。その甘い芳香を鼻腔いっぱいに吸い込むと、  
頭がとろけそうになった。なんでリムルルはこんなに良い匂いがするのだろうか。  
「・・・さま?にいさま?早く・・・おべんじょ・・・」  
「え!あ、ごめんごめん。ほら、行こう」  
変態じみた疑問を抱き、いつまでもリムルルを抱きとめたままの姿勢で  
突っ立っている俺に、うまく動けないリムルルが恥ずかしそうに小声で  
お願いしてきた。どうやら、においを嗅いでいたとは思われなかったらしい。  
慌てて俺はリムルルに肩を貸し、トイレへと連れて行った。  
 
・・・・・・  
 
その後、俺は一日じゅうリムルルのそばにいてやった。普段活発なぶん、  
俺のほうが振り回されがちだが、今日の動けないリムルルは何とも  
しおらしい。いつもはあれほどに気を遣うリボンも巻かず、パジャマも  
下着も替えないまま、布団の中で寝返りを打ってみたり、コンルと何か  
話をしたりしている。陽が傾く頃、俺は鉛筆を滑らす手を止め、コタツ  
から出てリムルルの枕元に座り込んだ。  
「なんだか・・・元気ないな」  
「え?そんなこと、ないよ・・・からだが痛いだけ」  
身体を横たえたまま、宙を舞うコンルに指を滑らせるリムルルが、枕もとの  
俺が投げ掛ける質問に力なく答える。  
「コンル、何て言ってる?姉さんは見つかりそうなのか?」  
その質問をした途端、リムルルの表情にさっと暗い影が落ちる。  
 
「・・・ううん。コンル、私を助けたときに力を使いすぎちゃった、って。  
だから、ちょっと今はわからないんだって・・・はぁ・・・」  
やっぱり、元気がない理由はこれだった。毎日のようにリムルルは  
ロウソクの火に向かってお祈りをしていたのだ。儀式に必要なお供え物  
だという何かよく分からない物も、どっかから拾ってきた木の棒やらで  
せっせと作っていたし、お神酒なんかも少しだがお供えしていた。  
願いの一つは叶いコンルは帰ってきたが、疲労しきっており手がかりは  
ゼロ。考えてみれば、リムルルはこっちの世界に来てからというもの、  
姉の所在と安否に関する確かな情報を、まだ何も掴めてはいないのだ。  
「にいさま・・・もし・・・ねえさまが見つからなかったら・・・」  
天井を眺めたまま、いつもはあれだけ強気なリムルルが弱音を吐いた。  
「おいおい、大丈夫だって。コンルが元気になったら、きっと見つかるって」  
「わからない・・・何か変なやつに襲われるし・・・わたし、ぼろぼろだし」  
「そんな・・・すぐ治るよ」  
「何もできないのに、何が起きるのかもわからないのに、勝手にこっちに  
来てばかみたいだよ・・・にいさまがいなかったら、ふふ・・・わたしどうして  
たんだろうね?もう、生きてないかも」  
「もういいから・・・」  
「わたし、弱いんだ・・・昨日だってコンルがいなかったら・・・きっと死ん」  
「バカなことばっか言うんじゃねーよ!!」  
半ば自嘲気味に繰り返すリムルルを、俺は突然怒鳴りつけた。目を丸くし、  
びっくりした表情でこちらを向いたリムルルが口をつぐむ。自分でも  
「しまった」と思ったが、もう止まらない。  
「確かに昨日は・・・やばかった。だけどな、こうやって生きてんだろ?  
怪我したって、俺が看てやる。元気になるまで休んで、そしたら  
もう一度やり直せばいいだけじゃねーか!なのに・・・お前、そんな・・・」  
「にいさま・・・?」  
「昨日の夜、言ったよな?もう離れたくないって。そう思ってるの、  
・・・お前だけじゃないんだぞ?」  
「・・・・・・?」  
 
「だ、だからっ!お・・・俺、俺だって、もうリムルルが居なくなるなんて  
考えられないんだから・・・だから、死ぬとか・・・死ぬとか言うなよ・・・」  
「あ・・・ぁ・・・ごめ・・・んなさい」  
「リムルルを守りたいんだ・・・ずっと・・・。俺の、大事な妹なんだから」  
「うっ、ご・・・ごめんなさぁ〜い!!」  
黙って俺の話を聞いていたリムルルが、急に泣き出した。  
「うん・・・いいんだ。ごめん、ごめんてば。泣くなよ」  
「ごめんなさい・・・わたし、もう、弱音吐かない!あきらめない!!  
だから・・・嫌いにならないでぇ!ずっと一緒にいて!いてよ〜!!」  
枕元に座った俺の膝の上に突っ伏し、リムルルはわんわんと声を上げる。  
「誰もリムルルのこと、嫌いになったりしないって!それに言ったろ、  
一緒にいたいのは俺も同じだよ・・・勘違いするな」  
「うん・・・うん・・・ごめんなさい・・・」  
「ほら、こっち向いて」  
うつ伏せになったリムルルをその場に座らせて、指で涙を拭ってやる。  
やっと赤みと腫れが引いたと思った目元が、再び赤くなってしまった。  
「ごめんな、なんか泣かせてばかりだな・・・だめな兄ちゃんだ」  
「だめじゃない!だめじゃないよ・・・」  
「ありがとな、リムルル・・・それじゃ、もう一回約束しよう」  
「へ・・・?やくそく?」  
「うん。俺は、リムルルと一緒に、ずっといる」  
「うん・・・わっ?」  
そう言うと俺は、リムルルの頬にそっと口づけをした。  
「にいさま・・・」  
間近に迫った俺の顔に驚いたのか、リムルルは涙が残る目を白黒させた。  
「ごめんな、びっくりしたか?」  
「へ、ううん!なんだか・・・嬉しかった。これ、こっちのおまじない?」  
「えーっと・・・何というか、まあ、大事な人にだけする・・・そうだなあ、  
大好きのしるしっていうか・・・」  
 
「そうなんだ!じゃあわたしも、わたしもしていい?」  
「え、あ・・・」  
「もうずっとにいさまと、大好きなにいさまと一緒!」  
リムルルは俺が答えるよりも早く、可憐な唇を俺の頬に寄せた。ちゅっと、  
一瞬の柔らかな感触だったが、この上ない幸せが俺の心を包んだ。  
「えへへ・・・したよ!それでさ、これなんて言うの?」  
「え・・・あぁ?あ、これね、これ・・・これは・・・」  
「?」  
予想外の恥ずかしい質問に、俺は答えに迷った。が、嘘はつけない。  
「き、キス」  
「きす」  
「そう。キス」  
「じゃ、もう一回キスしちゃう!今度はこっち!」  
「うお・・・」  
左右の頬に、2つの幸せ。これは・・・教えてよかったかもしれない!  
 
・・・・・・  
 
「けど、安心したよ。食欲はあるんだな」  
「もぐもぐ・・・うん!ちょっと元気になってきた」  
「ちょっとぉ?全部平らげてるじゃん、いつもの量だったのに」  
「えー・・・だって!朝から何も食べてないんだもん」  
夕食の時間。何が食べたいかとリムルルに尋ねたら、やっぱり  
うどんだった。かまたまを作ってやると、あっという間にぺろり。  
口の周りを黄色くして、満足そうにお腹をさすっている。起きた  
ときとは打って変わって、だいぶ顔色もいい。声にも張りがある。  
「ごちそうさま!ふぅ〜・・・おいしかったあ!」  
何より、この食欲が全てを物語っている。本当に良かった。徐々に  
元気を取り戻しつつあるリムルルの周りを、コンルも嬉しそうに  
くるくると回っている。  
 
「そういえば・・・コンルって何も食わないのか?」  
そんなコンルの姿を見て、おれはふと浮かんだ疑問を口にした。  
「コンルはね、氷食べるよ」  
「ともぐぃ・・・あだっ」  
突拍子も無いリムルルの答えに問題発言をしようとした俺の頭の上から、  
ぼこっと小さな氷が落ちてきた。  
「あ、言い忘れてたけど、コンルってどこでも氷作れるの」  
「〜〜ッ・・・いや・・・悪かった。そだ、コンル、ちょっとこっち来て」  
リムルルの傍らから俺を覗き込むようにしていたコンルを手招きし、  
台所にある冷凍庫へと案内する。  
「こことかどうよ?涼しくていいんじゃないか?氷もあるし」  
冷気が満ちた冷凍庫の中の様子を少し確認すると、コンルはふわっと  
中に入った。どうやらお気に召したようだ。  
「じゃ、ちょっと閉めるからな」  
パタンと扉を閉め、背中を向けたその時。  
ガリガリガリッ!バリ!ガシガシガシ!  
「!何だ?」  
何かをばらばらに砕き壊すような音がしたので、慌ててもう一度扉を  
開ける。すると、冷蔵庫の隅っこにコンルが佇んでおり、製氷皿の氷が  
きれいさっぱり全部無くなっていた。  
「ははは、なーんだ。コンルも食いしん坊なんだなぁ!なあリムルル?」  
「うん。コンルってば、よくばりばりーって・・・っきゃ!?つめたーっ!  
やだっ、ちょっとコンル?つめたいよぉ!にいさま助けてぇ!」  
「ん〜、どうしたんだ?」  
悲鳴を上げるリムルルを台所から覗くと、背中に手を回して身をよじっている。  
「にい・・・さまっ!見てないで取って!背中に・・・こおりぃ!いやー!」  
「え?あっ、うっわー」  
パジャマをたくし上げると、タンクトップに氷がはっていた。  
「脱げ!ほら!」  
パジャマをすぽーんと頭のほうから抜き去り、タンクトップをばっと  
脱がせる。  
 
「んもー!コンルのいじわる!べぇーだ!」  
見れば、コンルが冷凍庫から台所の入り口まで戻ってきていて、何だか  
自慢げにこっちに向かってきらきらと輝いている。それを見たリムルルも、  
負けじと上半身裸のままぺろっと舌を出した。けんかするほど仲がいい、  
といったところか。  
「けどコンル、ちょっと元気になったみたいだな。お前もな」  
リムルルの頭を撫でながら、俺は騒々しさが戻った部屋・・・いや、  
新たな家族が増え、賑やかさが増した部屋の中で、なぜか、俺は  
やたらと幸せな気分になった。  
「ほらコンル、冷凍庫がいいなら戻りな?氷もまた作るから」  
俺の声を待っていたかのように、コンルはひゅっと冷凍庫に舞い戻った。  
どうやらかなりお気に入りらしい。道産子、しかも氷のカムイなのだから、  
当たり前と言えば当たり前だろうか?  
「じゃ、ゆっくり休みなよ。また明日」  
水をなみなみと張った製氷皿を戻し、気持ちよさそうに青い光を放つ  
コンルをねぎらうと、俺は静かに扉を閉じた。踵を返し部屋に戻ると、  
リムルルがコタツの中で腕を組んで頬を膨らましている。だが、  
いかんせん上半身裸の結構バカっぽいその姿が微笑ましい。  
「さて・・・ちょうど服も脱いだし、傷の様子を看よっか。下着も換えるぞ」  
「む〜、コンルのおバカ!久しぶりなのにっ!」  
「まあまあ、いいじゃん。ほら、ちょっとコタツから出て」  
「・・・だーして」  
「え?」  
「にいさまが出して!わたし、けが人だもん。動けないもーん」  
起きたときのしおらしさとは打って変わって、今度はわがままの  
スイッチが入ってしまったのだろうか。リムルルはコタツに下半身を  
入れたまま二の腕を上げ、俺に引きずり出すようにせがんできた。  
 
「仕方ないな・・・」  
「そう!けが人は大事にしてねっ!」  
「・・・って、なーにを言ってんだ!このワガママ娘っ!お仕置きっ!!」  
「わっ、きゃ、あはははは!にいさまっやめっ、あはっ!あははっ!」  
俺はしぶしぶリムルルを引きずり出そうとしたところで、さわさわと  
わきの下をくすぐった。不意を突かれたリムルルが、きゃっきゃと  
転げ回り、悲鳴にも似た笑い声を狭い部屋に響かせる。  
「ほらほら、あんまり調子に乗らないの!わかったか?」  
「ひっ、あっ、わ、あはっ、わかったっ、ごめ、ごめんなさいひひひ!」  
「はい。ちゃんと言えました。よいしょっと!」  
「ひゃ!・・・はあ、はあ・・・はあ・・・」  
俺は散々リムルルを弄ぶと、ぐっと両腕をリムルルの胸の前で交差させ  
抱え込み、体に負担がかからないよう、優しくコタツから引きずり出すと、  
俺の膝を枕にして畳の上で寝そべらせた。傷だらけのリムルルは、  
肩で息をしながら、少し潤んだ瞳で俺を見つめている。  
「はあ・・・・・・はぁ・・・」  
「なんだ、そんなにくすぐったかったのか?」  
「いじわるぅ・・・」  
「あーのな。ワガママ言うのが悪いの!どれ・・・う〜ん」  
くたっとしているリムルルの腕を取り、俺は傷の具合を確かめた。  
「おー、やっぱ若いな。化膿もしてないし・・・かさぶたができてる」  
「よかったぁ」  
「どれ、次は背中。起こすぞ」  
「ん・・・」  
丸い肩に手を添え、俺はゆっくりとリムルルの体を起こした。  
「ん〜、ここも大丈夫だな・・・」  
若いとはいえ、これほどに傷の治りが早いものだろうか?特に、  
軽いかすり傷などは赤みが残っているものの、それが創傷の痕で  
あるということを忘れさせるほど、きれいに治っている。  
 
「すげえぞリムルル。健康、けんこう」  
「・・・けんこう?」  
「おう、どんどん治ってる。どれっ・・・今度は下だな。パジャマ下げて」  
「うん」  
言われるがままにリムルルは腰に手をかけ、ズボンをすっと降ろした。  
一番深い傷を負った部分・・・包帯に包まれた左の太ももが露になる。  
「うん、そこまででいい。包帯解くぞ、痛かったら言えよ?」  
「うん・・・だいじょぶ・・・平気だよ」  
そう言いつつも、リムルルは少なからず不安そうだ。巻き取られてゆく  
白く細い布を見つめながら、弱気な返事を俺に返した。程なくして  
包帯は滑らかな肌を離れ、俺の手元に納まった。  
「どれ・・・」  
少し血がにじむパッドを捲ると、思っていたよりもずっときれいにくっついた  
傷口が見える。化膿している様子もなく、傷が広がっているわけでもない。  
「お、一応塞がっては・・・いる・・・な」  
「ほんと?」  
「うん。関節とかだったら傷開いちゃうんだろうけど、ここは大丈夫。  
それに結構スパっと切られてるから、こういうのは治りが早いよ」  
「そか・・・そうだよね」  
リムルルの潤んだ瞳が細められ、安堵の表情が浮かんだ。昨日見たときは  
もっと深い傷かと思っていたが、それほどではなかったのだろうか。  
それとも、やはりリムルルの治癒能力が高いのだろうか・・・?少し疑問を  
感じつつも、俺はリムルルに笑いかけ、細い脚からズボンを取り去った。  
そして怪我の様子を一通りチェックし、まだ治りの悪い部分には薬を塗り、  
新しい包帯と下着を準備した。  
「どれ、ちょっと脚上げて・・・包帯巻こうな」  
「こう?」  
「うん」  
清潔なパッドを当てた傷口に、そっと包帯を巻いてゆく。  
 
「ねえ・・・にいさま」  
「おう?」  
「わたし、ほんとに・・・健康?」  
俺がぐるぐると巻きつける姿をただ眺めていたリムルルが、  
少し思いつめた顔で俺に尋ねた。心なしか頬が赤く染まっている。  
「あーもーバッチリ!すごいぜ、リムルルは。健康満点!  
俺なんか最近、指のささくれも治りづらいんだからー」  
「けど・・・」  
冗談を言って笑わせようとしたにもかかわらず、リムルルの表情は  
さえない。不安にかられたような顔のまま、視線を落としてしまった。  
その顔は上気したように少し赤く、息が荒くなっているような、そんな  
印象を受ける。  
「何だ、どうしたの」  
「変なの、ちょっと・・・」  
「やっぱここか。脚、痛いか?」  
「ううん、違う・・・胸がね、苦しいの、時々・・・今も、ちょっと」  
「苦しい!?いつから」  
「最近・・・にいさまと・・・」  
「うん、俺と」  
「い、いっしょに・・・え?あ、大丈夫だよ?別に・・・心配しないで!」  
露骨に不安そうな顔をしていたからだろうか、俺の顔を見た途端、  
リムルルは大げさに、顔の前で両手をぴらぴらと振った。  
「だけど苦しいなんて・・・ヤバイだろ?やっぱお医者に行くか」  
「だっ、だいじょぶだよ!うん、もう平気だもん。ホントだよ?」  
「そうか?けど・・・さっきホントに苦しそうだったぞ?」  
「んもう!だいじょぶったら、だーいーじょーうーぶ!ほらぁ、  
にいさま、手が止まってる!」  
いつまでも食い下がる俺に、リムルルは大げさに元気をアピールし、  
いつものようなおてんば振りを発揮し始めた。  
 
「はは、ホントに大丈夫みたいだな」  
「だから言ってるのにぃ!」  
「悪かったよ。だけどな、心配してんだから言ってんだぞ?」  
「う・・・うん、ありがと」  
恥ずかしかったのか、リムルルは再び頬を赤らめ、ぷいとそっぽを向いた。  
年頃の女の子らしい、コロコロ変わる複雑な反応が可愛らしい。  
「よーし・・・これでいいだろ」  
きゅっと結び目を作り、手当ても終わりを迎えたその時。  
「にいさま!」  
「な、なんよ」  
リムルルが大声と共に急に身を乗り出し、俺の目前に顔を迫らせ、  
目をぎゅっとつむると、俺に向かってこう叫んだのだった。  
「わっ、わたし、ホントに感謝してるんだからね?ねぇ!」  
「え?」  
あまりにも分かりきった言葉に、俺は呆気に取られてしまった。目をあけた  
リムルルは、不思議そうに見つめる俺の視線を感じるや否や、ぼっと火を  
焚いたように顔を紅潮させた。  
「ぅ・・・・・・ぁ」  
「リムルル?」  
「・・・や、やだ・・・わたし・・・な、何でもないっ!」  
「リムr」  
「何でもないってば!んもーっ!」  
「え、えー!?」  
一体何がしたかったのだろう。リムルルは顔を真っ赤にしたまま、  
今度は俺に向かってぽかぽかと拳を振り回したかと思うと、頭から  
コタツの中にずぼっと逃げ込んだ。だが、まさしくことわざ通り、  
純白のショーツで包まれた張りのある小さお尻が、これんぽっちも  
隠れていない。  
「でーてこーい」  
まんまるいお尻を指でぷにぷにとつつくと、リムルルは足をばたばたして  
抵抗しながら、もぞもぞとコタツの中から出てきた。予想通りというべきか、  
頬をリスの様に膨らませている。  
 
「・・・むぅ」  
「むう、じゃないの。そんなカッコで・・・風邪引くだろ」  
そう、リムルルの体を隠すものは、今となっては薄い木綿のショーツと  
包帯だけだった。だいぶ慣れたとはいえ、可愛い少女の裸はやはり  
目の毒としか言いようがない。どうしたって、むくれるリムルルの顔と  
控えめな膨らみの上でツンと存在を示す桜色の乳首の間で、視線が  
行き来してしまう。  
「健康なんだもーん、風邪なんて・・・ひっ・・・へくち!」  
「ほーらみろ。どれ・・・怪我は避けて、さっさと体拭くか。おいで」  
「ぐす・・・うん」  
手招きすると、リムルルは猫のように四つんばいになって、あぐらを  
かいている俺の方へと近づいてきた。小さな背中を胸元に抱き寄せると、  
俺は用意しておいた濡れタオルで後ろからリムルルの華奢な体を拭き始めた。  
「そういえば、リムルルが来た日もこうやって拭いたんだぞ」  
「え・・・」  
「雨だのアラレだのが凄くてさ、びしょ濡れだったんだ」  
「そうだったん・・・だ」  
思い出しながら、俺はあの日と同じように細い体の上にタオルを滑らせた。  
リムルルは落ち着いたらしく、おとなしく俺の話を聞いている。  
「あの時は、こんなにずっと一緒にいられるなんて思わなかったし」  
「・・・」  
「こんなワガママ娘とも思わなかったぜ?」  
「もう!」  
「冗談じょうだん。おぱんつ脱いで」  
「はぁい」  
リムルルは俺の膝から離れると、タオルを絞る俺の横で、もそもそと  
ショーツを脱いだ。  
「はい、にいさま。脱いだよ?」  
「え?あ、あぁ・・・」  
 
ちょうど体育座りの姿勢で、リムルルは脱ぎたてのショーツを俺に  
手渡してきた。今の今まで肉の薄いお尻を隠していた柔らかな軽い  
布地が、少女の体温をそのまま俺の手に伝わらせる。いつまでも  
触っていたい。ついでにちょっと嗅いでみたい。だが、当の本人の  
前でそんなことができるはずもない。心の中で無念の涙を流しつつ、  
俺は気のないふりを装ってショーツを部屋の隅に放ると、リムルルに  
替えのショーツを手渡した。今度はピンクの水玉模様だ。手渡された  
ショーツのゴムを引っ張ったり戻したりしながら、リムルルはしばらく  
俺がタオルを洗面器で洗うのを見ていたが、すぐに細い脚を通した。  
真っ白いショーツは、それはそれで純粋ないやらしさというか、本能を  
刺激するようなモノがあるような気がするが、水玉のような柄物は  
リムルルのような女の子が穿くと、それぞれの魅力がさらに引き立つ。  
「あのさあ、リムルル」  
「なあに?」  
「下着さ、さっきまでの白いのと今穿いたの、どっち好き?」  
俺は、タンクトップから頭を出したリムルルに何となく尋ねた。  
「えーっとねぇ・・・こっち!可愛いもん」  
リムルルは少し考えると、笑顔を浮かべながらくるりと背中を向け、  
お尻をぽんと叩いてそう答えた。  
「あとねあとね、あの、しましま模様も可愛くて好きだよ?」  
「そっか、そうだよなぁ。やっぱ柄物がいいよな」  
「ねえ、にいさまもこの模様、可愛いと思うでしょ?ね、ね?」  
リムルルは自慢の下着を俺にもっとよく見せようと、小さなお尻を  
きゅっと俺に突き出した。伸縮性のある布地が、滑らかなシルエットを  
さらに引き立てる。  
「うん、そりゃ選んだのは俺だから。リムルルに似合いそうなのを、ね」  
「さっすがにいさま!」  
「おう、まかせろ。それじゃパジャマ着て」  
「うん」  
相変わらず大き目のパジャマ上下に、リムルルはするりと袖を通した。  
 
「そでを・・・まくって・・・っと。よーっし、これでお着替えはおしまい」  
「にいさま」  
「ん?」  
「ありがとう・・・わたし、早く良くなるね」  
立ち上がって伸びをする俺の足元で、座り込んでいるリムルルが突然、  
あらためて俺に感謝の言葉をかけてきた。  
「おう、そうしてくれや。無理しないで休めよ」  
「うん!あ、テレビ観ていい?」  
「まだ早いしな。ほら、これ羽織って・・・ちゃんとコタツに入れ」  
「はーい。にいさま、一緒に観よ?」  
「どれどれ・・・何を観ようか」  
ブランケットを羽織ったリムルルが、ピコピコとチャンネルを切り替える。  
「えーっと、これ!」  
「なになに、テレビ○×は・・・『今夜決定!行列のできる激ウマスイーツ  
王座決定戦・渡る世間は菓子ばかり』?」  
「うんそれ!うっわー!にいさま、これ見て見て!おっきなチョコ!」  
「うぷ・・・胸焼けする・・・ってリムルル、よだれ」  
「ありゃりゃ・・・じゅるっ、えへへ!」  
リムルルとの幸せな時間が、再びゆっくりと動き始めた冬の夜だった。  
そして、リムルルの何気ない笑顔が今までと少し変わった気がしたのも、  
この夜だった。  
 

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