一体、何がどうなってやがる?!  
レポートを提出したはいいが、叩き返された学校帰り。  
キャンパスを離れたときはまだ良かった。しかし。  
最寄り駅に近づくにつれ天候は一変、にわかに掻き曇ったかと思ったらこの土砂降りだ。  
駅は、この悪天候の下に出るのをためらう人々で溢れ返っている。  
朝は天気も良く、降水確率0%などと天気予報がぬかしていたからだ。  
しかし、いかに雨具を持っていたところでこの雨ではひとたまりも無いだろう。  
それでも、帰る。帰って風呂に入ればいいじゃないか。  
改札口から人を掻き分け、雨の中走り出した。  
あまりにも強烈に叩きつける雨の中、バス停目指してひた走る。飛び乗る。  
見るも無残な濡れねずみへと変身した俺を乗せたところで、  
バスはタイミングよくのろのろと動き出した。だが幸運はそう長く続かない。  
この悪天候に交通はマヒし、大変な渋滞が起きていたのだ。  
鳴り響くクラクション。さながらアメリカのパニック映画のようだ。  
車内は暖房が効いているとはいえ、寒いし服が気持ち悪い。  
たまらず次の駅で降りる。全くバスに乗った意味が無い。  
漆黒の空からは止め処なく雨が降りそそぎ、強風が吹き渡る。  
それで済むなら良かった。  
だが今日という日は、俺にありったけの試練を与えるつもりらしい。  
ざぁざぁという音が、ばらばらという音に変わってくる。  
顔に水滴が付くはずが、服にさらなる重さを加えるはずが、  
今度は空から白いものが降り注ぐようになった。アラレだ。  
あまりの異常気象に身の危険さえ感じつつ、残りの家路を急ぐ。  
息が白くなってきた。外気もかなり冷たくなっているらしい。  
もっとも、すでに冷え切った体にはもう関係のないことだ。  
表通りから裏道へ。このアラレのせいか、誰一人とも、車一台ともすれ違わない。  
氷の粒の勢いは、収まるどころか強くなってくる。寒いし痛い。  
渋滞のせいでいつもの倍の距離を走っていることもあり、  
疲れて足がもつれ・・・派手に転ぶ。  
周りに人はいない。幸い怪我もしていない。  
だが、体が動かない。動かさなかった、と言ったほうが正しいのだろうか。  
びしゃびしゃの体は冷え切り、ずぶ濡れのまま仰向けになる。  
 
自業自得とはいえ・・・これはあんまりだ。  
何も見えない真っ暗な空をしばらく見つめていた。  
空からは、止むことなく白い氷の粒が落ちてくる。こんなことしててもしかたない・・・  
気づいた俺はやっと体を起こし、闇に浮かぶアパートを見つめた。  
しゃにむに走っていただけあり、意外と近所まで来ていたようだった。  
さて、もう一息じゃないか。もう一度力を振り絞り、その場に立ち上がる。  
その時。ひときわ強い風が吹き荒れた。反射的に左腕で顔をかばう。  
味わったことのない衝撃。体が宙に投げ出されそうだ・・・と思ったときにはふわりと体が浮いていた。  
何メートルか吹き飛ばされ、ズンという地響きとともに尻餅をつく。  
「ぐお・・・!」  
尻から骨を伝って、じわじわじわと体中を駆け巡る衝撃に俺は悶絶した。  
「・・・!・・・・・・!!」  
声にならない叫びを上げながら、脚をばたばたして必死に痛みをこらえる。  
歯を食いしばって上体を起こし前を向くと、そこには痛みも吹き飛ぶような別世界が広がっていた。  
地響きの正体が鎮座していたのだ。眠る少女を抱き込んだ、美しい巨大な氷が。  
 
立ち上がることさえ忘れ、口を開けたまま、ただ呆然と氷を見上げた。  
美しく透き通った、青く冴える巨大な氷。その貫禄は神々しささえ感じさせる。  
そしてその中で、茶色いフードを被った女の子が丸まって眠っていた。  
一体、何がどうなってる?混乱したまま両手を着いて立ち上がる。  
しかしアスファルトの感触は得られず、代わりに手を刺すような強烈な冷たさを感じた。  
なんと足元が凍っているではないか。氷の塊を中心として、四方が氷の世界だ。  
どうして俺は凍らなかったんだろう?幸運としか言いようがない。  
とりあえず、もう少し近づいて見てみることにする。  
転ばないよう、ゆっくりと氷に近づく。風は依然として強い。  
「本当に氷でできてやがる!」  
鋭い冷気を放ち、青白い輝きを放つそれは、まるで宝石のようだ。  
その輝きは俺を誘っているようにも、威嚇しているようにも見えたが、ついに手で触れてしまった。  
 
指を触れたその瞬間、大きな音を立てて氷にひびが入り、破片が飛び散った。  
さらに強い風が吹き荒れる。キラキラと輝きながら破片が宙を舞い、俺の視界を遮る。  
テレビで見たダイアモンドダストによく似ていた。とても美しい。  
吹き荒れる風が向きを変え、追い風となった。  
真っ白な視界が回復し、氷が再び見えてくる。  
だがそこにあったのは、もとの氷ではない。花だ。そうとしか言い様のない形。  
美しく大きく、それでいて繊細なガラス細工のような花の上に、  
さっきの少女が眼を閉じたまま立って・・・いや1メートルほど浮いている。  
氷の破片がキラキラと風になびき、フードを優しく取り払う。  
あらわになったのは、幼い少女の顔だった。中学生ぐらいだろうか。  
さっきまで冷たい氷の中にいたとは思えない、健康的なピンク色の頬。  
少し癖のある、風を受けてキラキラと輝く柔らかそうな髪は、  
ふわふわと揺れるブルーの大きなリボンでまとめられている。  
冷たい風に乗って、その風とは対照的な暖かくて懐かしい、良い香りが彼女から漂ってきた。  
 
どれくらいの時間が経ったのだろう。いつの間にか天気は回復していた。  
そして雲の切れ目から顔を出した月の光に照らされたその姿に、俺は釘付けになった。  
一体この娘は・・・?宇宙人?ってことはこれは氷の隕石か。  
いや、アレだアレ、コールドスリープっての?救命ポッド。  
違うか、幽霊?足があるぞ・・・んんん、精霊?氷の使者?とにかく綺麗だ・・・  
考えがまとまらないまま、少しづつ空中から降りてくる彼女を眺めていた。  
両足が氷の花の上に着く。それと同時に風が徐々に弱まる。  
さらさらとなびいていた髪が落ち着き、強まった月の光が、  
彼女をより一層強く照らした。そして。  
ゆっくりと彼女は眼を開けた。重い扉を開くように、ゆっくりと。  
半開きの虚ろな瞳に光が射す。小さな口から白い吐息が漏れると、  
一歩、また一歩とおぼつかない足取りで、氷の花の上から地面へ降り立ち、  
目の前の俺のほうへと歩いてきた。  
 
俺はといえば、ただ、何も出来ずにそのさまを見ているだけだったが、  
恐怖も、不気味さも感じることはなかった。  
むしろここにいなくちゃいけない、と  
まるで暗示でもかけられたかのようにその場に立っていた。  
二人の距離が徐々に縮まったが、ふいに彼女は歩くのを止めた。  
虚ろな、半開きなままの眼。俺の姿は見えていないのだろうか。  
こちらの足元あたりに視線を落としたまま、一歩も動かなくなってしまった。  
 
意を決し、話しかける。  
「あの、も」  
「ねえさ・・・まぁ・・・っ」  
俺が話しかけるのと同時に彼女の眼から一筋の涙がこぼれ、  
何かつぶやいたかと思うと、ふっと膝から力が抜け、  
彼女は糸の切れた操り人形のように倒れこんだ。  
慌ててわきの下から抱きかかえる。  
「おい!君?!」  
女の子は再び眼を閉じてしまった。息はしている。どうやら眠っているようだ。  
頬を伝う涙の跡を拭いてやる。柔らかい、暖かい。けど、なんて悲しそうな顔だろう。  
ここでこうしているわけにもいかない。氷は勝手に消えるだろうから、  
とりあえずアパートに戻るとしよう。  
彼女を再びしっかり抱きかかえると、俺は残りの家路を急いだ。  
しかし、ねえさま・・・だったか?一体どんな事情があってこんな氷の中に?  
 
 
「ただいまーっ、ととと」  
誰もいない部屋にあいさつする。女の子を抱えたまま部屋に戻った。  
とりあえず暖房をつけて風呂に湯を張る。寒い・・・冷え切った体がそう訴える。  
俺は適当に着替えて体を拭くと、床に横たわる女の子に目をやる。  
よく眠っているようだが、俺の服の水が彼女の服に移ってかなり濡れている。  
・・・  
・・・・・・まあしかたないよね。着替えさせよう。  
 
茶色い毛皮のコートのようなものを脱がせ、腰帯をほどこうとしたが、  
腰の後ろに何かついている。木彫りのケースに青い布が巻かれ、取っ手が・・・  
明らかに刃物ではないか!慌てて机にしまう。護身にしては物騒だ。  
気を取り直して腰帯をほどいてやる。  
白地に青い刺繍が施された袴の上、というより作務衣のような衣服を脱がせ、  
キュロットスカートも脱がせると、ワンピースのような下着姿になった。  
腕と脚は露出たので、とりあえず体を拭いてやることにする。  
華奢な体だ。全く無駄がない。だが決してひ弱というわけではなく、  
運動をしているようで結構引き締まっている。  
中学のとき、体育会系の女の子はこんなだったっけ・・・  
思い出しつつ、軽い体を抱き上げて膝の上に乗せると、  
お湯でぬらしたタオルで腕の方から体を拭き始める。  
しっとりとした、みずみずしい吸い付くようなピンク色の肌だ。  
首筋から、さっき風に乗ってきた懐かしい良い香りがする。  
腕と脚を拭き終えて・・・さて。ワンピースを脱がせる。  
あ、れ。  
 
ぱんつはいてない  
 
いやいやいやいや!動揺してどうするのだ。  
背中、小さな胸、細い腰と、上から順にさっさと拭いていく。  
字面ではおよそ女性らしい魅力とはかけ離れているかに思えるが、  
性徴したてといった感じの胸は形も良く、乳首はツンと上を向いており、  
腰から太ももにかけては、スポーツ選手のような力強い美しさに溢れている。  
そして長くすらりと伸びたしなやかな脚。  
少女らしい若々しさをたたえたとても魅力的な姿に、  
俺はいつの間にか息を呑んでいた。  
 
・・・・・・いかんいかん。どこの娘さんとも知らん女の子に。  
体が冷めぬうちに、手早く俺のパジャマを着せてやった。  
当たり前だが超ぶかぶかだ。袖を捲くってやり、布団をかぶせる。  
女の子が部屋に来るってのも珍しいのに、  
今、布団の中では正真正銘の女の子が寝息を立てている。  
しかし一体この子は何者だろうか?氷、変わった服、ドス、ねえさま・・・  
風呂に入って飯を食い、寝る時間になったが、何も考えは浮かばない。  
ただ、あの服の紋様にはどっかで見覚えがあるような・・・?  
まあ、明日になれば起きるだろう。そしたら聞いてみよう。  
幸い日本語は話せるようだし。  
もう一度寝顔を確認する。出会った時の様な悲しい表情はしていない。  
とりあえず安心だ。コタツに入って、寝た。  
 
 
朝。昨日の異常気象とは打って変わって、爽やかな日曜だ。  
昨日の女の子は、布団の中で眠っている。あれから一晩。  
時々様子を見ていたが、起きることなくすやすやと寝息をたてていた。  
そろそろ起きてくれると助かるんだけど。まあいいか。  
エプロンを締めて台所に立ち、朝飯を作る。  
メシに味噌汁、目玉焼きに納豆。我ながら模範的な朝食だ。  
さて、あとは飯が炊き上がるのを待つのみ、とその時。  
 
「ん・・・んぅ」  
布団の方からうめき声がした。ついに起きたか?早速声をかけようと布団の方を見る。  
「やあ、起きたか・・・ぃ」  
「とりゃぁぁぁーっ!」  
威勢の良い掛け声とともに女の子が宙を舞い、次の瞬間、鋭いキックが飛んできた。  
とっさに腕で顔面をかばう。ドカッ!かなりの衝撃だ。  
女の子の一撃とは思えない。ぐらりと上体が不安定になる。  
「おいっ、やめ」  
「このぉーっ!」  
ひらりと着地した女の子は、間髪なしで俺の懐へ間合いを詰めると、  
そのまま両手で俺を思いっきり突き飛ばした。これまたすごい力だ。  
いや、おそらく体の使い方を知っているのだろう。  
勢いよく転ぶ俺。昨日からこんなんばっかだ。部屋の壁までザザザーッと滑ってしまう。  
そして、あっという間に腹の上にまたがられた。  
「ぐえっ」  
「動かないで・・・あれ?あれぇー?」  
片手で俺の首根っこを掴み、もう片方の手で刀を抜こうとしたのだろう。  
腰の辺りを手探りしているが、肝心の得物がない。  
「! ハハクルは?!」  
「そんなこと教えてやるもんかっ!」  
いかに馬乗りとは言え、軽い女の子だ。  
両手を太ももの辺りにまわし、そのままぐいっと押し上げる。  
不意をつかれた女の子は、逆に俺の上から転げ落ちた。  
 
このまま形勢を逆転しても良かったが、戦う理由はない。  
「なぁ・・・落ち着け。俺は怪しいモンじゃないよ。昨日のこと、何も覚えてないのか」  
「知らないっ!もうヤだよこんなところ!」  
立ち上がって俺に向かってくるつもりだろう。ギラリと目が光る。  
仕方なくあわてて女の子の両手を掴み、上から押さえ込む。  
「じっ、ジタバタするな!一体何を言ってる?」  
「やだやだっ!やだぁ!!だってここ『けーさつ』でしょ?」  
なぜに警察?子供らしい突飛な発想とはいえ・・・  
「おいおい、いくら狭いからってそりゃないだろ・・・ここは俺んちだ、おーれーんーち」  
「・・・へ?」  
女の子は、ぴたりともがくのを止める。  
「あのなあ、昨日俺は、いきなり空から降ってきたお前を助けてやったんだぞ?」  
「へ?じゃあもう閉じ込めたり・・・しない?」  
「あぁ、しないしない。おい、離すぞ。もう暴れるなよ」  
「うん」  
掴んでいた両手を離すと、女の子はゆっくりと立ち上がった。  
さっきとは打って変わってオドオドした感じで、困った表情を浮かべている。  
その顔がはっとなり、  
「あ、コンル!コンルは?」  
「なんだよそれは」  
「友達なの!大事な・・・」  
「え、降ってきたのはお前一人だったけどなぁ」  
そう答えた途端、今度はぺたんと床に座り込んだ。  
「ほ、ホントに・・・あたし・・・一人ぼっちに・・・うっ・・・あぁ〜ん!」  
顔を真っ赤にして、ぽろぽろ涙を流して泣き出す女の子。  
「えぐっ、ねえさま!姉様ぁ・・・うっ・・・ひぅっ、会いたいよぉ・・・えぇぇ〜ん」  
泣きじゃくる女の子を前に、俺はしばらく何も出来ずにいた。  
ピピッ、ピピッ、ピピッ。飯が炊けたらしい。いいタイミングだ。  
俺は女の子の前にしゃがみこんで、肩をゆする。  
「泣くな、泣くなよっ、な?ほら立って。朝飯にしよう。話聞くから。」  
「うっ・・・ぐずっ・・・ん」  
手を貸すと、女の子は泣きながら素直に立った。塩辛い朝飯になりそうだ。  
 
 
「・・・てことはだ、ここが未来の世界だってことは分かってるんだな。  
なんでまた、リムルルは過去からこの世界に来たんだい?」  
味噌汁をすすりながら、コタツの正面で正座をしたままの女の子、  
‐名前はリムルルというらしい‐に尋ねた。  
「わたし、姉を探しているんです・・・行方が分からなくなっちゃって・・・」  
「へぇ、姉探し、か。何?家出したまま帰らないとか?」  
視線を落としたまま、リムルルは続ける。  
「そんなんじゃない・・・姉様は、とても大きな災厄が起きるから、  
止めなきゃみんなが危ないからって、遠くに出かけて行ったんです。  
来る日も来る日も帰ってこなくて・・・それで、それである日、ママハハだけが・・・」  
そこまで言うともっと伏し目がちになり、パジャマの裾をぎゅっと掴んだ。  
「ママハハが、姉様のチチウシを・・・刀だけを持って・・・帰ってきて・・・  
みんな、姉様は災厄を食い止めた偉大な巫女だ・・・って。  
そんな、姉様は、ねえさまは絶対に・・・生きて・・・うっ・・・ぐすっ・・・」  
リムルルの涙が頬を伝い、パジャマを濡らす。  
「それでリムルルは、姉様を探してるってわけか」  
黙ったまま、リムルルは何度も大きく頷いた。  
闘い、災厄・・・。普通に生活してる以上、現代では縁のない話だ。  
 
「ホントに、ホントにねえさまは生きてるんだよ・・・ぜったい」  
「うん」  
「ねえさまは・・・家族なんだ。たった一人の・・・。  
私を置いて、一人で逝ってしまうなんて・・・そんなはず・・・ないよぉ」  
とめどなく溢れる涙を拭おうともせず、リムルルは胸のうちを俺に話し続ける。  
「リムルルにとって、とても大事な人なんだね」  
「うわあぁぁー!」  
堰を切ったように、リムルルはまた大きな声で泣きはじめた。  
 
こんな小さな女の子が家族を全て無くし、  
その上見知らぬ世界をたった一人で旅をするとは、  
陳腐な言い方だがどんなに辛いことだろう。  
 
コタツから出てあわてて駆け寄り、なだめる。  
「分かったよ・・・な。俺も一緒に探してやる」  
「・・・ふえっ」  
目と顔を真っ赤にしたリムルルが、ぼろぼろ涙をこぼしながら俺の顔を見つめる。  
「見つかるまでここに居ていい。警察にも連絡しない」  
「ほ・・・えぐっ、ほんと、ほんとに?」  
「あぁ。だからもう泣くな。今日から家族だよ」  
「かぞく?リムルルの・・・にいさま?」  
「にぃ・・・」  
ちょっと恥ずかしい。  
が、こんなかわいそうな子を前に、そんなこと言ってられない。  
「そ、そうだ、兄様だ」  
「あっ、ありがとう・・・にいさまぁ!うぁーん!!」  
言うなり、リムルルはまた泣きながら俺に抱きついてきた。  
小さな頭をやさしく撫でてやる。可愛い妹だ。  
「ほら、だから泣くな。飯がさめちまう」  
「うん・・・泣かない、ひうっ、ごめんね、兄様」  
「うんうんよしよし!」  
ぐしゃぐしゃと頭をもう一度撫でまわすと、  
「えへへ・・・」  
リムルルは泣きはらした顔で、健気に笑って見せた。  
胸がきゅーっとなるような、笑顔。  
約束した以上、この悲しい笑顔を本当の笑顔に変えてやろう。  
必ず姉を見つけてやろう。俺は心に誓った。  
こうして、俺たち兄妹の生活は始まった。  
 
 
その後食事をしながら、いろいろな事をリムルルは話し始めた。  
姉を探して山の中で途方に暮れていたところ、  
山のカムイ(神様みたいなものだろうか)が姉の居場所を知っているというので、  
言われるがままに不思議な力でこの世界へやって来たということ。  
言葉が通じるのも、そのカムイとやらの計らいだろうか。粋なもんだ。  
それから、現代へやってきた日に疲れて公園で眠っていると、  
「帽子を被った黒っぽい服を着た大人(おそらく警察)」に連れられそうになったので、  
刀を抜いて抵抗したら取り押さえられて、牢に入れられていたこと。  
氷の精霊であるコンルの力を借りて牢を壊して抜け出し、  
気づいたら俺の部屋にいた、ということなどなど。  
 
「はあ、それで警察ねぇ。色々大変だったんだなぁ」  
食事を終えた俺は、まだ食べ途中のリムルルを眺めながらつぶやく。  
「うん、ほれであたひ、ふいふいはわへへひいはまのほろ」  
「食べてからしゃべりなさい」  
「ほめんね・・・もぐもぐ」  
ばつが悪そうに笑いながら、リムルルは食事を続けた。  
幸い食欲もあるみたいだし、健康状態はいいらしい。  
ご飯をごくりと飲み込むと、リムルルは改めて口を開く。  
「けど・・・にいさまはよくわたしのこと、助けてくれたね」  
「そりゃそうだろー、氷が降ってきてしかも目の前でドーンと割れて、  
ふらふらの女の子が出てきちゃったら仕方ないだろ?」  
まあ、リムルルはかわいいから助けたのも半分だが。  
 
「リムルルこそ、俺のこと信用しきって大丈夫なのか?」  
「うん」  
あまりにあっさりとした答えに拍子抜けする。  
「な・・・なんで?」  
「だって・・・コンルがにいさまを選んだんだもん、絶対だいじょうぶ!」  
「俺を、選んだって?!なんでまた!」  
「それはコンルに聞かなきゃ分からないけど・・・平気っ!」  
空から落ちてきて人選びとは、ずいぶん野蛮な選び方だ。  
「それにわたし、にいさまのこと好きだもん!」  
屈託のない笑顔を俺に向ける。しかも好きなんて言われてしまった。  
これはヤバイ。おまけに俺のことを信用しきっている。かわいいヤツだ。  
しかしここでテレテレしているようでは、兄の威厳が台無しである。  
 
「オホン!それじゃ、しばらくはこっちの世界で生活しなきゃな」  
「うん・・・なんかわたしの暮らしてたところとは全然違うね」  
リムルルがどこの誰かは知らないが、過去から来たのでは無理もない。  
「よし、食べ終わったら色々教えるから」  
「ありがと、にいさま。ぱく、もぐもぐ・・・」  
にいさま、にいさま・・・か。悪くないね。  
子供らしい、元気の良い食いっぷりのリムルルを眺めながら思う。  
「ごちそうさまー!にいさま料理上手だねぇ!」  
あっという間にご飯をかき込むと、  
リムルルはにぱーっと満面の笑みを浮かべた。ほっぺにご飯粒がついている。  
「リムルル、慌てすぎだぞ?」  
ちょいちょいと柔らかいほっぺをつつき、取ってやる。  
手をこちらに戻そうとした瞬間。リムルルはがっと俺の腕を掴むと  
「ぱくっ・・・ちゅっ」  
俺の指をくわえてご飯を奪った。  
「食べ物は、大事にしなきゃねっ!」  
もぐもぐと口を動かしながら、再びこちらに笑いかける。  
・・・積極的というか無邪気というか。ドキドキしている自分がいた。  
 
 
「これは蛇口っていうんだ。リムルル、ここをひねってごらん」  
「うん」  
キュキュ、ジャアァァァー。勢いよく水が出る。  
「すごいすごい!川まで行かなくてもいいんだ?」  
「あっ、ああ・・・この時代じゃ川はあんまりきれいじゃなくてね」  
「はぁ〜、すごいなぁ・・・こっちは、あっ、お湯だよぉ?」  
俺の話はあまり聞いてなかったようだ。  
こんな調子で、テレビやら冷蔵庫やらを教えてやる。もっと派手に驚いたりするかと  
思ったら、リムルルは意外にすんなりと文明の利器を受け入れてゆく。  
「どうだ?まあ、生活はこんなかんじだよ」  
「すごいね、便利だなぁ。便利だけど・・・」  
言いかけて、リムルルは窓の外を眺めた。  
「・・・ちょっと寂しいな」  
「寂しい?」  
少し曇った表情で、リムルルは続ける。  
「うん、なんだかこっち・・・木とか森とか少なくない?」  
住宅街にあるアパートの窓からでは、雑木林一つ見えない。部屋の中には観葉植物も無い。  
「ここはすこし郊外だけど・・・まぁ都会だからな」  
「とかい?」  
「あぁ、人が暮らしやすいように、自然は少なくなってるんだよ」  
リムルルは少し首をかしげると不思議そうな顔を浮かべ、  
「自然が少ないと、人は暮らしやすいの?」  
「えっ、いやまあ・・・その、なんだ」  
「たくさんの自然から恵みを受けて、向こうでは生きてたんだけどなぁ」  
うーん、返す言葉もございません、とはこの事だ。  
あらゆる物が流通し、どこであろうと欲しいものが手に入る世の中。  
自給自足の生活を、好き好んで行う人間は一握りだろう。  
「けどちょっと山の方に行けば、リムルルが生活していたのに近い形で  
生活してる人たちもいるよ。そこなら・・・」  
「ほんとに?姉様もいるかもしれない!」  
「そうだな、そうかもな」  
助かったと思うと同時に、あいまいな返事しかできない自分が何だか不甲斐ない。  
 
それはそうと、肝心なことを忘れていた。リムルルの服だ。  
俺のぶかぶかパジャマを着たまま、トテトテと部屋中を回っている。  
まさかあの格好で外に出すわけにはいかない。  
かといってあの民族衣装じゃ、さらに怪しまれても仕方がない。  
「リムルル、服なんだけど」  
「え?あ、着替えはあるよ?」  
リムルルはあの時、肩掛けのかばんを下げていた。  
部屋の隅っこに置いてあるかばんを持ってくると、  
ぽいぽいとリムルルは中身を広げた。  
「これー」  
「あぁ、あの服の色違いと・・・長ズボン、草履に・・・きゃはんだっけ?  
う〜ん、けどリムルル、このカッコじゃ外歩けないよ・・・って、リム・・・ルル?」  
リムルルはこっちに背を向け、かばんの底に入っていたものを胸に抱いていた。  
赤い帯が巻かれた刀だ。リムルルの小刀に比べ少し大振りである。  
「ねえさま・・・必ず見つけるから・・・待ってて」  
リムルルはぎゅっと、刀を抱く両腕に力をこめた。  
あれが姉の形見・・・いや、姉の刀「チチウシ」なのだろう。  
リムルルはきりっとした表情を浮かべ、決意を新たにしているらしい。  
一刻も早く姉探しを始めるためにも、服を買いにいかなくては。あと下着も。  
 
ガサゴソとクローゼットを漁り、何枚かの服を選ぶ。  
「よし!リムルル、お出かけだ。服買いに行くぞ。これに着替えな」  
「うん・・・これ、やっぱりにいさまの服?」  
後ろから覗き込んでいたリムルルが尋ねる。  
「そだ。とりあえず着てみ、捲くってやるから」  
俺が手渡したのは、半袖Tシャツとグレーのプリントつきスウェットパーカー。  
下は、夏場に穿いていたカーキグリーンの膝丈カーゴパンツだ。  
「あぁ、着替えは」  
「よいしょ・・・んしょ」  
着替えはあちらですよ、と言おうとした瞬間。  
リムルルは手渡した服を足元に置くと、その場でいそいそと服を脱ぎ始めてしまった。  
「え゛ぁ」  
あまりの唐突さと、予想外の展開に驚いてつい変な声が出る。  
小さな膨らみを隠そうともせず、俺の視線さえ気にも留めないといった感じで、  
リムルルはその一糸まとわぬ姿を晒したまま、俺の服を広げて首をかしげた。  
この子・・・異性とか意識してないの?  
あ!それ以前に俺は今日からこの子の兄だぞ、兄!にいさま!ブラザー!  
そんな風な目で、可愛い妹を舐め回して恥ずかしくないのかこのバカ!  
いや、可愛いからこそ・・・?この発達し始めながら健康的な・・・うんぬん・・・  
 
「にいさま?これどうやって着るの・・・ん?にいさま?おーい」  
悶々としていた俺の顔を、リムルルが間近で覗き込む。  
「わ!あ!ごめんなさい!!そんなつもりじゃ・・・兄になると約束しておいて俺はn」  
「何言ってるの?にいさまぁ、早く着方教えて!寒い〜」  
「え?あぁ、着方が分からないのか・・・なんだ。ほら、俺が着てる服みたいに着るんだよ」  
危なかった・・・あやうく兄失格となるところだった。Tシャツをがぼっとリムルルに被せる。  
「んもぼもぼ」  
「そしたら上の穴から頭を出して。腕通すんだ、それだけだよ」  
「ぷぁっ!にいさま、今の不意打ち〜」  
すぽっと顔を出したリムルルが、ぷるぷると頭を振りながらブウたれる。  
一番小さいTシャツだけに、丈は大丈夫のようだ。普段から姿勢のいいリムルルだが、  
服の上からだと、やっとの思いで判別できる程度の胸が微笑ましい。  
 
ジッパーの付いたパーカーを着せてやる。リムルルが着ていた服のように  
前が完全に開く分、着やすいようだ。当然ぶかぶかなので袖をまくってやる。  
が、当の本人はジッパーを面白そうに上げたり下げたりして遊んでいる。  
「すごーい!これ、便利だね!じー、じーって・・・ふふっ」  
ジッパーの音に合わせて、一緒になって声を出している。お気に召したようで。  
最後はカーゴパンツ。図らずも(?)順番が完璧に逆になってしまった。  
お尻の方から丈を合わせてみる。ウエストはさすがにゆるゆるだろうが、  
ベルトで思い切り締めてやれば穿けそうだ。案の定、長さはちょうど良い。  
「これは穿き方分かるだろ?」  
「うん・・・んしょ」  
ノーパンのまま脚を上げ、、カーゴパンツにするりと通すリムルル。  
どうしようもないぐらい丸見えで、目のやり場に困る展開がさっきから続きっぱなしだ・・・。  
そんなこんなで、ベルトをぎゅっと締めて着替えは完了した。  
 
全体的にちょっとだぶついているが、こんなご時世。背伸びした今どきの中学生が、  
ルーズな格好していると思えばいい。意外と似合っている。  
あくまでリムルル用の服を手に入れるまでの応急処置のはずだったが、悪くない。  
「ちょっとぶかぶかだけど・・・いいね、これ!」  
その場でくるりと回ってみせるリムルル。まんざらでもないようだ。  
「うん、似合ってるぞ。あとはこれをかぶって」  
適当なベースボールキャップをかぶせてやる。  
「コッチの世界で身分を隠す人間は、これをかぶるんだぞ」  
「そ、そうなんだ」  
おちょくると、リムルルは真剣な表情で深く帽子をかぶった。面白い。  
「冗談冗談!よーっし、行くぞ」  
「えっ、なーんだ。うん、行くぞ!」  
「おいおい、刀は置いてけ!ただの買い物だぞ?」  
「えへへ・・・」  
リムルルは笑いながら玄関の方にトタトタと走っていく。  
ずるりと下がったズボンのすそを踏む。見事に転ぶリムルル。お尻が丸出しだ。  
「いたーい!」  
ベルトが緩んでしまったらしい。これは先が思いやられる・・・。  
 
 
駐輪場から、くたびれた自転車を引張り出す。  
今まで見たことも無い不思議な形の道具を、  
リムルルはひざに手を付いて前かがみになると、  
興味津々といった感じで大きな眼で見つめている。  
「にいさま?これ・・・」  
「ん?これはなー、自転車っていう乗り物だぞ」  
前の道路に出て自転車に乗り、キコキコと乗り回す。  
「どうだ?」  
リムルルは、ぴょんぴょんと跳ねながら俺を追い掛け回し、歓声を上げる。  
「ぐるぐるぐるーって!すごい!わたしも乗りたい!」  
「よーし、リムルルの席は・・・」  
部屋から持ってきた小さめの座布団を、後ろの荷台に巻きつける。  
「はい!ここに横向きに座ってごらん」  
ぽんぽんと荷台を叩き弾力を確かめると、リムルルはぴょんと飛び乗った。  
 
「で、俺につかまって・・・」  
背中に、ジャケットをしっかりと掴む感触。  
「じゃ、出発!」  
2人乗りとはいえ、相手は小さな女の子だ。軽い軽い。  
「うわわ・・・動いた!」  
リムルルが、期待に満ちた声を上げる。  
「そりゃそりゃっ!どうだ?」  
さらにペダルを踏み込み、スピードを増す。  
「うわー!速い!きもちいー!」  
再びリムルルが歓声を上げたとたん、なぜかバランスが崩れた。  
ぶんぶんと脚を振り回しているのだ。  
「あぶ!危ないから!じっとしてろ!」  
「えっ!?あ、ごめんねにいさま!」  
やっぱり先が思いやられるなぁ・・・。  
 
休日ということもあり、午前中ながら冬の街は多くの人で賑わっている。  
駅の方へと近づけばなおのことだ。  
適当なところへ自転車を置くと、二人で歩き出した。  
リムルルはといえば、あまりの人、人、ひとに少々ビビっているようで、  
俺の手をつないだまま離さない。  
「何か・・・あるの?」  
「え?」  
きょろきょろしながら、リムルルはぼそりと疑問を口にした。  
「ううん、すごい人じゃない?お祭り?」  
昔の人らしい発想だ。  
「さっきも言ったけどここら辺は都会っていってさ、  
たくさんの人が商売したり、遊びに来たりでいつもこんな感じだよ」  
「へぇ〜、すごいなぁ。お城だらけだし」  
3階建ての駅ビルをお城とは・・・この子に都庁を見せてやりたいもんだ。  
「わたし知ってるよ?お城の中には『とのさま』がいて・・・」  
おばあさんから聞いたと言う昔話を、リムルルは披露し始めた。  
もう、現代の殿様っていったらバカ殿ぐらいだよ・・・。  
その後も、自動ドアやら、頭の上から急に鳴り響く音楽やらに驚きつつ、  
某衣料量販店へと向かった。えぇ、貧乏学生ですから。  
 
色とりどりの、見たこともないような服がずらりと並んでいる店内。  
リムルルはぽかーんした表情であたりをを見回している。  
「まあ、ここで服を買うんだけど・・・女性、いや子供衣料は・・・こっちだ」  
呆気にとられたままのリムルルの手を引っ張って、  
売り場を縫うように歩く。冬物も、だいぶ値段が下がってきているようだ。  
だがあまり高いものを選ばせるわけにもいかず、  
安価な長袖Tシャツなんかを買うことにした。  
色を選ばせると、リムルルは  
「えとえと・・・これ・・・?ん!こっち!!」  
とピンク色とワインレッドのTシャツを選んだ。  
女の子らしい色と、ずいぶんと渋い色の組み合わせである。  
「あのね、こっちはわたしの。もう一つは・・・姉さまが見つかった時の!」  
「なるほど。そういうわけか」  
まあ、見つかるまでは両方着てもらうことにしよう。  
 
だが、当然ながらTシャツだけではこの寒さでは厳しい。  
アウターも買ってやらなきゃな、と考えていると、  
「あっ!にいさま、これ!」  
リムルルが指差す先には、俺が着せたようなパーカーの子供用がある。  
少し厚手にできているし、これなら間違いないだろう。  
「ちょっと着てごらん?」  
その場でハンガーから外し、着せてみる。  
「ぴったりー!」  
「うーん、やっぱこっちの方がいいかもな・・・プリントも可愛いし」  
グレーの生地には、ピンク色のうさぎと横文字のプリントが施されていた。  
個人的にはぶかぶかも捨てがたいが、  
やはり世間体を考えるとこっちの方がいいだろう。  
「んじゃ、これでいいな?」  
「うんっ!」  
満面の笑みを浮かべるリムルル。よしよし、買ってやる買ってやる。  
 
パンツはどうしようかな・・・こればかりは好みだが。  
カジュアルの店だけに、この季節はスカートは置いていない。  
「リムルル、下に穿くのはどれがいい?」  
「いろいろあり過ぎて・・・わっかんないよぉ!」  
選択肢が多すぎるというのも問題だ。  
「これはカーゴ・・・こっちはジーンズか。  
 リムルル?どっちがいい・・・ってあれ?」  
さっきまで横にいたはずのリムルルが、こつ然と姿を消した。  
 
「・・・?! リムr」  
探そうと、慌てて名前を呼ぼうとした瞬間。  
「ばぁっ!」  
「うわっ!?・・・っておい!」  
急に、目の前に掛かったパンツの群れががさっと開いたかと思うと、  
ぴょこんとリムルルの顔が飛び出したのだった。  
「お・・・おぉ・・・びっくりしたじゃねーか!」  
「だってにいさま、なかなか決めてくれないんだもん!」  
ぷうと頬を膨らまして、怒ったようなそぶりをみせる。  
3分も悩んでない気が・・・それにこれはリムルルの服だというのに。  
「ん〜仕方ないな。わかったよ、試しに穿いてごらん」  
うんうんとうなずいたリムルルに何枚かパンツを持たせ、  
試着室へと向かった。  
 
「ご試着ですか?」  
その場に居合わせた、若い女性店員が寄ってきた。  
「あぁ、そうなんです・・・あの、こいつ、いっ・・・」  
「?」  
「いっ、妹が試着を」  
リムルルの頭の上に、ぽんと手を乗せる。何を照れているんだ、俺は。  
「あら、一緒にお買い物?良いおにいちゃんね!」  
今度はリムルルに話しかける。  
「うん!にいさまは料理が上手だよ!!」  
意味が分からん!質問の答えになってないぞ!  
「かわいい妹さんですね〜」  
さすがは店員。ナイスフォローである。  
しかしこのままでは、いずれボロが出そうだ。  
 
「じゃ、ここの中で着替えるんだ。ここを外して・・・」  
穿き方を教えてやり、とりあえずリムルルを試着室へ押し込む。  
「着終わったら出て来いよ!」  
「わかった!」  
ドアの向こうから、元気な返事が飛んできた。  
試着室の足元には小さな靴。これもまた変わったデザインだなぁ・・・。  
「元気の良い、可愛らしい妹さんですね」  
それとなく声をかけてくる店員。  
「いや〜、元気というか天真爛漫というか」  
「ウチにも高校生の妹いますけど、あんなに懐いてくれないですよ〜?」  
普通はそうだろうな・・・そうこうしていると、  
「にいさま〜、穿けたよ」  
リムルルがこちらを呼ぶ声が聞こえ、ドアが開く。  
最初に選んだのは、ジーンズの方だった。  
 
「ん、おぉ、いいんじゃねーの?」  
女の子らしいカジュアルな細身のジーンズだ。ボーイッシュなのもいいが、  
こういう格好をすると、あらためてリムルルは可愛い。  
「ウエストも・・・あら、丈もぴったりですね。  
裾上げは要らないんじゃないでしょうか?」  
ジーンズのすそをいじりつつ、店員も頷く。  
「リムルル、じゃあそれでいいか?」  
「う〜ん・・・うん!」  
鏡の前で、自分の姿を眺めながら少し考えると、  
リムルルは笑いながら答えた。  
「じゃあ、これください」  
「こちらお買い上げで〜。ありがとうございます」  
「リムルル、それ脱いで、さっきの穿いて」  
「はーい」  
「えーと・・・あとはこれも一緒に」  
そう言うと俺は、店員に他の衣類も渡した。  
さて、問題の下着だ。  
「それで・・・あの、このぐらいの子だと、しっ、下着は・・・」  
恥ずかしい気持ちをこらえて切り出したにもかかわらず、  
何故か目の前にいる店員は、俺の話を聞いている様子ではなかった。  
目を点にして、俺の後ろ、試着室を見ているのだ。  
「? どうしました・・・ってうわー!」  
振り返ったそこには、ドアを開けたままジーンズを脱ぐリムルルがいた。  
当然ながら、下には何も穿いていない。  
パタ・・・無言のまま、俺は両手でドアを閉じた。  
「だからですねあっあの、このこ、したぎをもってませんでそれでですね」  
目が点になったままの店員に向き直り、身振り手振りでごまかす。だが・・・  
ガチャリ。再びドアの開く音。  
「にいさま〜、これたたんだ方が」  
「ドア閉めてズボン穿いてからにしなさい!」  
バターン!  
この店、しばらく来れないや・・・  
 
あれから下着を買うなんてことはできなかった。  
フォローする間もなく店を飛び出してきたからだ。  
「ったく・・・な?外で着替えるときは!ちゃんと隠れてするんだぞ!」  
「はぁ〜い・・・ごめんなさい、にいさま・・・」  
さすがにちょっとは反省しているらしい。  
買い物袋を持ちながら、しゅんと下を向いている。  
さて、今度こそ、買いそびれた下着を買いに行かなくてはならない。  
肌着なんかは、大型スーパーの方が品揃えが良い。  
再び自転車に飛び乗り、走らせること十数分。  
「うわ〜・・・すっごい大きいね!」  
スーパーとは言っても、国道沿いのショッピングモールだ。  
 
正面入り口から入ると、エスカレーターにそって吹き抜けになっている。  
「うわっ!うわぁ〜、人が勝手に上ってくよ!歩いてないよね?ね?!」  
慌てた様子で俺の袖をぐいぐいと引っ張りながら、  
エスカレーターを指差すリムルル。かと思えば、  
「みっ、水が!こっから沸いてるの?!・・・きゃ、飛び出した!」  
吹き抜けの真下にある広場の、小さな噴水に駆け寄ると、  
ちっちゃな子供に混じって、興味深そうに眺めだした。  
いくらリムルルがちんまいとは言え、さすがに浮いている。  
しかも辺りかまわず、さっきからうわー、うわーの連発だ。  
結構な大声なので、周りの人の視線が・・・視線が。  
「さーいくぞいくぞ」  
「えっ、あっ?ちょっ、にいさま!わたしもアレ乗りたいのに〜」  
「帰りにな!帰り!」  
再びエスカレーターを指差し、何とか食い下がろうとするリムルルを、  
無理やり階段のほうへと引っ張っていく。恥ずかしいなぁ・・・。  
 
下着売り場を歩くなんて滅多に無いことだ。  
ましてや女性ものの下着売り場を、まじまじと物色することになるとは。  
これはもう、店員さんに聞いたほうが早いだろうな。  
「あのすいません、この子ぐらいだと、下着は・・・」  
「はい、えーと・・・こちらになりますね」  
と、オバハン店員が案内した先には、何の変哲も無い、  
女の子用のショーツが陳列されている。これでいいのである。  
「リムルルの身長は・・・だいたい150ってとこか」  
「ねえねえにいさま、今度は何買うの?」  
「あぁ。あのな、この時代では服の下にもう一枚穿いたり  
着たりする『下着』ってのを着けてるんだよ。ほら、ああいうの」  
 
そういうと俺は、マネキンの方を指差した。まあそこにあったのは、  
高級ブランドらしい、ピンク色の刺繍の入ったちょっと大人なヤツだが。  
「ふえぇ〜・・・何かヘンなのぉ〜!あはは!!」  
リムルルはマネキンに駆け寄ると、パンティーをまじまじと  
見つめたり、下から見上げたり、引っ張ったりし始めた。かと思えば、  
「この刺繍きれいだなぁ・・・こことか透けてるし」  
パンティーのサイドの部分の刺繍をなぞりながら、ため息をついている。  
「こらこら・・・売り物なんだから!それに、リムルルのはこーっち」  
単なる白と、白地に青のストライプ、それからピンク色の水玉模様の  
ショーツをリムルルに手渡す。ちなみにこれは俺のチョイスだ。  
ちょっと趣味が入っているような気がしなくも無いが、  
オーソドックスで可愛らしいのを選んだつもりだった。しかしリムルルは  
「えーっ、つまんない!こっちのがいい!かっこいいもん!」  
なんだか不満たらたらといった表情で、大人もののパンティーを指差した。  
「ねぇ〜にいさま〜!ほら見てよ、この刺繍とかすっごいよ!」  
「あのな・・・これは大人が穿くの!リムルルには早いの!!」  
「ぶう・・・子供じゃないのに」  
腰に手をあてて頬を膨らませる。わかりやすい「不満です」の表現。  
しかし、再びその表情がころりと切り替わる。忙しい子だ。  
 
「あっ、そういえばにいさま、これなに?」  
マネキンの胸の辺りを指差した。やはり気づいたか。  
「これはなー、ブラジャーっての。これもリムルルにはいらないの」  
「えーっ、なんで?」  
またもや眉をひそめて、不満の声をあげる。  
ちょっと考えれば分かりそうなモンだけど・・・。  
「なんでって・・・。そうだ、ちょっとその人形と並んでごらん」  
「?」  
リムルルを、同じぐらいの背丈のマネキンの横に並ばせる。  
「はい!背筋伸ばす!!」  
「えっ?は、はい!!」  
突然の命令に、慌てて応えるリムルル。  
しゃきっと胸を突き出し、その場に気をつけの姿勢になった。  
 
「う〜む・・・」  
あごに手を当てて、わざと悩んだ振りを見せ、  
視線を、マネキンとリムルルの間を行ったり来たりさせる。  
「やはり、足らない・・・これだけ姿勢を良くしても・・・」  
「な・・・なあに?何が足らないの?」  
さすがに心配そうな表情になったところで、ぼそり。  
「・・・胸が」  
「むっ・・・むねぇ?!」  
リムルルはすっとんきょうな声を上げた。  
「やっぱりまだ早いな」  
うんうんと、腕を組んで首を振る俺。  
肩を震わせ、みるみるうちに顔を真っ赤にするリムルル。  
「に・・・に・・・にいさまのぶあかぁ〜!」  
そう叫ぶと、俺にむかってぐるぐると拳を振るってきた。  
「ははは・・・ごめんごめん!な」  
 
「うぐっ・・・ばか・・・にいさまの・・・ばかぁ・・・ばかばかぁ・・・」  
拳の回転が遅くなったかと思うと、俺の腹に突っ伏して来た。  
「ばか・・・気にしてるのにぃ・・・すん・・・」  
小さな手が、ぽこぽことドアを叩くように胸を打つ。  
「いや、ホントにごめんってば」  
「うぅ、姉さまは仕方ないけど・・・わたしの・・・友達と比べても・・・ぐすっ」  
べそをかき始めるリムルル。ちょっといたずらが過ぎたか。  
どうやらこの子は、子供っぽいことがコンプレックスらしい。  
年頃だったら当然気にすることだ。傷つけてしまっただろうか?  
リムルルの両肩に手を置き、しゃがんで真っ赤になった顔を見つめる。  
俺と目が合った瞬間、ぷいっと横を向いてしまった。可愛いな・・・。  
「悪い悪い!リムルルにも買ってやるから」  
「いらないもん・・・どうせ小さいんだもん・・・」  
いかん、完全にへそを曲げてしまっている。こういうときは・・・  
 
「あれ?ホントに要らないのか?これ着けると、胸大きくなるんだぞぉ〜」  
大げさにそう言った途端、顔をぐるりとこちらに向き直し、  
「ほ・・・ホント?」  
涙に揺れる大きな瞳が、期待に輝く。もう一押しだ。  
「そ〜りゃもう!友達どころか、姉さんを追い抜いちゃうかもよ?」  
「ぅ・・・ねえ・・・にいさま・・・」  
今度は、なんだか恥ずかしそうに下を向いてもじもじし始めた。  
「うん?」  
「あのね・・・あの・・・」  
リムルルは上目遣いで俺の目をじっと見つめ、消え入りそうな声を発した。  
「ごめんね、やっぱり欲しいの・・・」  
いつの間にかその顔は、照れ笑いで頬が赤くなっていたのだった。  
「よっしゃ、買ってやる。だからもう泣くなよ?」  
丸いほっぺを伝う涙を、撫でるようにふき取ってやると、  
「えへへ・・・ごめんなさい」  
眼をこすり、リムルルは照れくさそうにもう一度微笑んだ。  
作戦成功!小さな手を引き、スポーツブラを買いに行くのであった。  
 
買い物を終えて、繁華街を抜ける。  
ふと自転車の後ろに乗るリムルルを見ると、  
なにやら苦しそうな表情を浮かべている。  
「おいリムルル?どうした、大丈夫か?」  
「うん・・・ちょっと疲れた・・・けど大丈夫だよ?」  
そう返事するものの、明らかに辛そうだ。  
疲れるのも無理はない。見知らぬ土地で生活することの辛さは  
計り知れないものがある。ましてや、時代も風土も違うのだから。  
「じゃ、ちょっと休んで帰ろう。いい場所があるからさ」  
「ごめんね、にいさま」  
 
いい場所、というのは川沿いの公園のことだ。  
家を挟んで、繁華街とは逆の方向である。車通りも人通りも少ない上、  
まとまった自然がありそうな場所といったらここだ。  
公園目指して自転車を走らせると、風に乗って土のにおいが漂ってきた。  
「ほら、着いたぞ」  
「あぁ・・・」  
自転車から降りると、リムルルは大きく深呼吸する。  
「はぁ〜、生き返るみたい」  
さっきと比べても、かなり顔色が良くなっているのが見て取れる。  
「やっぱりこういう場所の方がいいよな。俺も落ちつくよ」  
「木の香り・・・土の香り・・・よかった、  
この時代にもちゃんとこういう場所があるんだね」  
「まあ、うん。けどリムルルの住んでいたところは・・・」  
「もっと自然がいっぱいだった!」  
「やっぱりそうだよなあ」  
当たり前のことを聞いてしまった。  
芝生の上を歩きながら、公園の奥、林の方へと向かう。  
リムルルは自分の住んでいた土地の話をし始めた。  
 
「わたしの住んでいたところはカムイコタンっていうの。  
とっても穏やかな場所なんだよ」  
「カムイコタン・・・聞いたことないなぁ」  
「シサム・・・ううん、よそから来た人たちは、エゾチとかエゾって言ってた」  
「エゾ・・・蝦夷!北海道!?」  
そういえば、どこかで見たような模様の入った服。なるほど。  
「そっか思い出した、リムルルはアイヌ民族なのか!!」  
「へ?」  
「いやだからさ、蝦夷にいたんだろ?アイヌじゃないか!」  
熱弁を振るう俺を前に、リムルルはただぽかんとした表情のままだ。  
「にいさまもアイヌだよ?」  
「いや、俺は違うって!俺は本州の人間だからね」  
「ありゃ〜・・・にいさま、アイヌって言葉の意味、知ってるの?」  
だめだなぁ、といわんばかりに肩をすくめて、  
リムルルは逆に質問してきた。  
 
「え、アイヌって・・・リムルル達の民族の名前じゃないの?」  
「違うよ!アイヌって、わたしのいた所の言葉で『人間』のこと!  
だから、にいさまも!」  
「へぇ〜、そうだったのか?!知らなかったぁ」  
「・・・けど、やっぱりよそから来た人たちはわたし達のこと、  
アイヌアイヌって言ってたなぁ・・・意味分かってないのにね!」  
まさか、アイヌという言葉自体にちゃんと意味があったとは。  
てっきり、単なる名詞だとばかり思っていた。  
 
「それじゃ、リムルルは俺たちのこと、何て呼んでたの?」  
「えっと、ここはわたしの住んでた場所の近く?」  
そういえば、リムルルは今自分がどこに居るのか知らなかったのだ。  
「そうだなぁ、えーっと・・・」  
木の枝でいびつな日本地図を描き、教えてやる。  
「ここがリムルルのいたとこ。蝦夷か。今は北海道って呼んでる。  
で、ここが俺たちのいるXXだよ。間に海があるんだ」  
「じゃあ、にいさま達はシサムだね!」  
「しさむ・・・どういう意味なんだい?」  
「すぐそばの人、って意味だよ!隣の島でしょ?」  
「へぇ〜、なるほどねぇ」  
確か昔、アイヌは日本人に侵略を受けたんだっけ?  
そんな俺たちのことを隣人と呼んでいたなんて・・・。  
何はともあれ、リムルルは過去から来たとても近くの人間、  
言うなれば、俺たちにとってのシサムだったというわけだ。  
宇宙人でも何でもなかったという事実が、妙に嬉しい。  
 
「あのねリムルル、今の時代は俺たちが今いるここから、  
その気になれば、リムルルがいた土地まですぐに行けるんだよ」  
「えーっ!」  
リムルルは心底驚いたといった表情で、眼を丸くしている。  
「けど、時代が違うから昔のままだとは思えないけど」  
「帰りたくない・・・」  
「えっ?」  
意外な返事につい声が出る。  
リムルルはいつの間にか硬い表情になって下を向いていた。  
「姉様を探し出すまで帰りたくないの!ううん、  
見つかっても、もう帰らないかもしれない・・・」  
最愛の姉を亡き者にしようとした村人に、怒りを覚えているのだろうか。  
リムルルの両手は、硬く握りこぶしを作っている。  
俺は、何も言えずにリムルルの前で立ち尽くすしかなかった。  
 
「ご、ごめんねにいさま、そんな困った顔しないで、ね?」  
急に真剣な話をし始めてしまったことに自分でも戸惑いを覚えたのだろう、  
リムルルは俺の顔を心配そうに見つめている。  
「あぁ、いや・・・別にいいんだよ、ここにいたかったら居ればいいさ」  
「そ・・・そうだよね!?あっ、小鳥がいるよ!」  
無理やり元気を装っているようにしか見えないリムルル。  
あまり湿っぽい雰囲気を引きずるわけにもいかない。  
「おっ、リムルル、あそこに大きな木が見えるだろ?競争だ!」  
高台にある大木を指差し、ほらほらと急かしながら走り出す。  
「よーっし、負けないよ?」  
そう言うと、リムルルは元気に追いかけてきた。  
 
決して足に自信が無いわけじゃなかった。  
しかし、リムルルはもっと速い。あっという間に前に躍り出ると、  
息一つ切らすことなく、俺を後ろに見ながら笑っている。  
「にいさまー!ほらほら、はやくはやくっ!!」  
「やるじゃ・・・ねーのぉおおおぉお!」  
大人気なくドタドタと本気で走って、やっとその笑顔に追いついた。  
「あははっ!にいさま速い速い!」  
「はーっ、ちょ、リムルル・・・足速すぎ」  
「まだまだ、木まであんなにあるんだよ?にいさましっかり!」  
リムルルはもう一度俺に笑いかける。  
「ひぃー、そんなこと・・・いったっ・・・て?あれ?」  
なぜだか体が軽くなる。  
 
「ほら」  
日の光を浴び、太陽よりもまぶしく笑う少女の、呼びかける声。  
よどんだ血液が、さらさらと体中を流れていくのがわかる。  
「まだまだ走れるでしょ?」  
青い空の下、風と共に舞うように走る少女の、ささやく声。  
見慣れた公園の風景が、知らない表情を見せる。  
「わたしも本気出しちゃおっかな!」  
雄大な大地の上、枯葉を蹴り力強く踏みしめる少女の、温かな声。  
空気が、木々の様子がいつもと違う。息をし始めているのだ。  
 
「あははは!にいさま!こっちこっち!」  
少女のまわりの全てが、生きる喜びに満ち溢れている。夢ではない。  
輝く冬の太陽の下、そこには清らかで美しい、大自然に愛された少女がいた。  
その名は、リムルル。  
 
俺は、かけがえの無いひとに出会ってしまったのかもしれない。  
このままずっと居てくれてもいいな・・・。まだ半日しか一緒にいないのに。  
大木の下で、飛び跳ねながらこっちに手を振っているリムルルを見て、  
ただそう思った。  
 
 
「ただいまー」  
「ただいまぁ!」  
2つの声が、誰もいない部屋に消えていく。  
日が暮れるのが早いから、少し早めに家路に着いた。  
あの後、散歩している犬とじゃれ合ったり、  
公園に落ちていた野球ボールで遊んだり、  
久しぶりに休みらしい休みを過ごした。  
靴を脱ぎ、部屋の暖房をつけて大の字で横になる。  
「どぁー・・・」  
リムルルも真似をして、  
「だー・・・」  
と俺の横でごろんとなった。  
「楽しかったか?」  
「うん!ありがとね、にいさま」  
「いやいや・・・どういたしまして」  
しばらくそのまま、時間が過ぎる。思ったより疲れたなあ。  
自転車は二人乗りだし、リムルルは天真爛漫だし。  
 
さて、まだ夕メシの準備するには早いな・・・と考えていると、  
「ねえさま」  
「ん?」  
リムルルが口を開いた。天井を見つめたまま、神妙な表情で続ける。  
「絶対にこっちの世界にいる」  
「そうか。何か手がかりでも?」  
「ううん・・・はっきりとはわからない。でも、感じた」  
確信があるようだ。リムルルの顔が少しほころんだように見えた。  
「早く見つかるといいな」  
「うん!にいさま、それまでよろしくね!」  
ごろりと横に転がって、俺の目をみつめるリムルル。  
互いの息が触れ合いそうなほどの急接近に、  
「あ・・・あぁ。うん、そうだな」  
ついついまた、どぎまぎしてしまう。お茶を濁さねば。  
 
「そ、そうだリムルル、さっき買った服、着てごらん?」  
「あーっ!そうだったね!!」  
ぴょんとその場に立つと、リムルルはじーっとパーカーのファスナーを開いた。  
年頃の女の子がこれでいいのか・・・?不安になってきた。  
ちょっと問いただしたほうがいいのかもしれない。  
「あのさ、一つ聞いていいか?」  
「へ?」  
パーカーを脱ぎながら相槌を打つ。手を休める様子は無い。  
「俺、男じゃん?」  
「そうだよねぇ、にいさまだもんねぇ」  
Tシャツに手をかける。俺の視線など気にするべくも無いようだ。  
「あの・・・着替え、別じゃなくていいの?」  
「にいさまはにいさまだもん!家族でしょ?普通だよ・・・んしょ」  
ぎこちなくTシャツを脱ぐと、殆ど平らな胸が顔を出した。  
と同時に、当たり前でしょ?といった感じで俺の顔を見る。  
「家族、そか・・・そうだよな・・・ははは。邪魔して悪かったな」  
「変なにいさま!顔が引きつってる〜」  
「ハハハ、ソンナコトナイヨ」  
これからは、妹の着替えを公認で毎日・・・観察絵日記でも付けるか。  
あぁ妹よ、こんな邪な兄さんを許しておくれ。  
 
ベルトに手をかけたところでリムルルは、あっ、という表情に変わった。  
「あ、にいさま、荷物どこに置いたっけ?」  
気づくのが遅いが、それだけ嬉しいんだろう。  
おしゃれが楽しみなのは、女の子なら当然のことだ。  
ビニールの袋を手渡すと、逆さまにして中身をなだれのように取り出した。  
「この袋、薄くて丈夫ですごいねぇ!」  
空になった大きなビニール袋を、ガサガサと振りながら遊んでいる。  
「風邪引くぞ、早く着てごらん?」  
「はぁい」  
 
服を拾いながら、その中のスポーツブラを手渡す。  
白地に、ゴムは淡いブルーをしている。結構可愛いデザイン。  
女の子の下着を触る機会なんてめったに無いので、妙な気分だ。  
「あっ、まずはこれなの?」  
期待に満ちたまなざしで、リムルルは両手で広げたブラを見つめている。  
「うん、それが一番下に着るモンだからな。この両穴に腕を通すんだ」  
不慣れな手つきでブラを着ける姿が、なんとも初々しい。  
タイトな布地が、徐々にぴっちりと身体のラインを映し出していく。  
が、そこは膨らみというものが殆ど見当たらないリムルルの胸。  
本来なら、滑らかな丸い山が2つできるはずだというのに、  
お腹から続いてきた平原に、2つの小さな丘が確認できるだけだ。  
むしろ、ワイヤーの入っていないスポーツブラ特有の締め付けのせいで、  
何も着けていないときよりも、さらに寂しい状況になっている。  
「にいさま、これでいいの?」  
わきの下や、肩のゴムをいじりながら、訊ねてきた。  
「え、あ・・・うん、そっそれでいいんだよ」  
「えへへ・・・これで大きくなるんだよね!」  
丘の上にある二つの突起を、手のひらでさわさわと撫でながら、  
リムルルの眼がキラリと光った。  
まあ、ブラはちゃんと年頃から付けておくと、  
形は良くなるらしいからな・・・俺は嘘ついてないはずだ。うむ。  
・・・あれ?それはちゃんとした子供ブラの話か?  
 
その上にタンクトップを着せる。  
キャミソールよりは暖かいだろうということで、こちらにした。  
ブラよりは幾分着やすいらしく、すぐに頭を出す。  
「・・・」  
「・・・」  
沈黙。  
「まあ別に、ねぇ?」  
「・・・うん、着心地いいけど・・・普通だね」  
下着ごときで「うわー」とか言われても困っただろうから安心だ。  
 
で、問題はショーツなんだが。  
「リムルル、次これな、自分ではけるか?」  
「小さくない?」  
「引っ張ると伸びるんだよ、やって・・・」  
「おー、おー!ホントだ!!おもしろーい」  
びろーんびろーんと、おろし立てのショーツを引っ張って遊ぶリムルル。  
「やりすぎだぞ、伸びちゃうからそんくらいにしとけって!」  
「はぁい!とりあえずはいてみるね」  
何のためらいも無くベルトを緩め、カーゴパンツをすとんと落とした。  
しつこいようだがそれで良いのだろうか。  
少し大きめのタンクトップで、大事な部分はギリギリ隠れている。  
しかし、さっそくショーツを穿こうと脚を上げると、当然ながら・・・。  
片足を上げたままリムルルはショーツを両手で持って、  
上下を確認しているがイマイチ分かっていない。  
「えーと?この一番大きい穴に・・・右足を・・・あわわっ」  
けんけんをして堪えたリムルルだったが、バランスを崩して床にごろん。  
 
「にいさまぁ〜、わかんないよぉ」  
「リムルル、ちょっと座ってごらん」  
ショーツを大事に持ったまま、リムルルはちょこんとその場に座った。  
「まず!一番大きい穴の両端を持って、布の狭い方を前に」  
「えとえと・・・こう?」  
「そう。そしたら大きい穴に右足を入れて、右の小さい穴から出すんだよ」  
座ったまま、リムルルは言われたとおり片足を突っ込んだ。  
「よし。そしたらもう片方も同じように・・・」  
両足をちゃんと穴に通し、ショーツはもものあたりまで上がっている。  
「そしたら立って、上まであげて、おしまい」  
「よいしょ!」  
その場に立ち上がったリムルルは、  
ぐっと、勢いよくショーツを腰まで上げた。よし。  
たかが下着をはくことを教えるのがこんなに難しいとは。  
 
しかし当の本人は何だか変な表情を浮かべている。  
「あったかいんだけど、落ち着かないよう〜」  
「まあ今だけだから。すぐに慣れるよ」  
「ホントかなぁ〜・・・」  
俺もガキの頃、トランクスを穿き始めたとき、結構な違和感を覚えた。  
だけど次の日にはもうなんとも無かったから、リムルルもきっと・・・  
まだショーツを気にしているリムルルだったが、  
最後にジーンズとシャツ、パーカーを着せて、現代っ子を完成させた。  
リムルルがその場で、朝にもやったようにくるりと回って見せる。  
グレーのパーカーがピンクのプリントで、  
インナーのシャツもピンクだったのが幸いした。着合わせは悪くない。  
「おーぉー、よく似合ってるよ」  
「えへへへ・・・」  
リムルルはにんまりと満足げに笑った。  
その後、リムルルのショーツがよれてお尻に食い込んでいたのに気づくのは、  
しばらく経ってからのことだった。  

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