「へ、それじゃあ何?今日はお留守番してるのか?」  
「うん、今日はおうちにいたいんだ!」  
「そう・・・そんじゃま、火の元と泥棒には気をつけてね。すぐ戻る」  
「はぁい!にいさま、行ってらっしゃい!!」  
バタン・・・兄がドアを閉める音が部屋に響く。何か用事があるらしい。  
いつもならリムルルも一緒に出かけるのだが、今日は特別であった。  
くるりと踵を返し、ぴょんぴょんと跳ねながら部屋へと戻る。  
「さー!準備、準備!ばれんたいーん!ね、コンル?」」  
バレンタインデー。少女の胸は、その不思議な行事に躍っていた。  
2月に入ってからというもの、連日のようにテレビではおいしい  
チョコレートの話題。街に出れば、きれいなラッピングに包まれた  
色とりどりのお菓子。好奇心に溢れるリムルルが、この行事の趣旨を  
理解するのに、そう時間はかからなかった。  
「うふふ・・・コンル?今日はね〜、一番好きな男の人に、女の子から  
チョコレートを渡す日なんだよ?渡すの?もちろんにいさまっ!」  
つま先まで届きそうなほど大きな兄のエプロンを結ぶと、  
タンスの裏に手を伸ばし、ごそごそとまさぐった。  
「えーっと・・・あった!いーち、にー、さん・・・よし!」  
手の中で大事に数えるのは、3枚の板チョコであった。  
「買ってもらったんだけど・・・食べないで取っておいたんだ!  
なのににいさま、わたしのこと食いしん坊扱いして・・・むぅ!」  
買ってきたばかりのチョコレートが突如として消えてしまったのでは、  
そう言われるのも無理はない。  
「えーと、あとは・・・これ!これの通りに作ればバッチリだよ!」  
チョコレートと一緒に忍ばせておいた折りたたんだ紙を広げると、  
そこにはリムルルにしか分からないであろう、チョコレートの作り方が  
絵で示されていた。  
「テレビでやってたの、ちゃんと描いておいたんだ!  
さーコンル?がんばろっ!にいさま驚かさなくちゃ」  
うきうきと台所へと向かうリムルルの後ろを、  
不安そうに着いてゆくコンルだった。  
 
「ふぃ〜、なんであんなに混んでるんだよ?」  
やりきれない気持ちのまま、俺は家路を急いでいた。  
昼過ぎに家をでて、2時間ぐらいが経つ。  
「大丈夫かなぁ・・・あいつ」  
リムルルの存在が俺の脚を急かす。何事も無ければいいが。  
「けど、これ・・・きっと喜ぶだろうな」  
白い箱を揺らしながら階段を駆け上り、チャイムを押す。  
ぴんぽ〜ん・・・あれ?   
ぴんぽぴんぽんぴぽぴぽぴんぽ〜ん・・・  
しつこく押したにもかかわらず、何の返事も返ってこない。  
「リムルル!?」  
嫌な胸騒ぎが俺の腕を突き動かす。慌てて鍵を取り出し、  
ドアをばーんと開いた。  
「おい!リムルぅ・・・うぐぉ?!」  
部屋の中に充満する、甘くて酸っぱくて煙たい空気。  
一体どういうことをすればこんな事になるのだろう?  
「どうした〜、お〜い?」  
靴を脱ぎながら呼ぶと、コンルがふわふわと俺の元に漂ってきた。  
「ただいまコンル・・・どうしたの、この匂い?つかリムルルは?」  
着いて来て、と、コンルは部屋の方に戻っていった。  
「ん〜?あ、リムルル・・・」  
ストーブも焚かずコタツにも入らず、開け放した窓の下で  
リムルルは申し訳なさそうに縮こまっていた。  
「どうしたんだ?」  
「に・・・にいさまぁ〜」  
力なく俺を呼ぶ顔はいたるところ茶色く汚れており、  
どういうわけか俺のエプロンを着ている。  
「まさか・・・うわー」  
台所には、無残な戦いの跡が残されていた。  
まな板の上にはぐしゃぐしゃになったチョコレートの破片が散らばり、  
焦げ付いた手鍋の中には、真っ黒い未知の物体がこびり付いている。  
 
「ふえぇぇ〜、ごめんなさ〜い!」  
目を丸くして驚く俺の後ろで、リムルルが泣きついてきた。  
「にいさまぁ、ごめんなさい・・・あのね、バレンタイン・・・でしょ?  
チョコレート・・・作ろうと思って・・・だけど・・・」  
そこまで言ったところで、俺はリムルルの肩をぽんぽんと叩いた。  
「にいさま・・・」  
「いいんだよ。とにかく無事でよかった」  
「うぅ〜、ごめんなさい、ごめんなさい・・・にいさまに喜んでほしくって・・・」  
「その気持ちだけで十分だ。それより、ほら」  
俺は、白い箱を手渡した。  
「へ・・・?」  
涙目のリムルルが、ごそごそと箱を開ける。  
「あっ・・・うわぁー!」  
そこには、チョコレートケーキが二つ入っていた。  
リムルルの顔が、ぱあっと明るくなる。  
「にいさま、これ・・・これ!」  
「あぁ・・・別にな、女の子から渡すっていう決まりがあるわけじゃないんだ。  
これは、俺からリムルルにバレンタインのプレゼントだよ。うめぇぞ〜?」  
「用事、って・・・」  
「そう。リムルル家にいるっていうから、勝手に選んじゃったけど」  
「ありがとうにいさまっ!大好きっ!!」  
そう言うとリムルルは、俺にぴょんと抱きついてきた。落ちないように  
抱き寄せると、チョコに染まる頬を、俺の顔にすりすりと寄せてくる。  
「へへ〜・・・にいさま〜」  
「大好き、か・・・ありがと。最高のプレゼントだ」  
「にいさまも、わたしのこと好き?」  
相変わらず、どきりとする事を突然に聞いてくる。  
本人にはそんな気は無いのだろうが。  
「え、あぁ、好きに決まってんだろ。こんなに可愛い妹なんだから」  
「にいさま、これからもよろしくね!」  
「おう、こちらこそ、だ」  
満足そうな顔で笑うリムルルと一緒に、俺はケーキと幸せを噛みしめた。  
 

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