秋を見守る赤い陽は既に西の空に消えていた。青白い月が妖艶に照らす  
森の中にまだ小さな子供の影が二つ。  
「もう疲れたでしょう?今日はこの辺で休んだほうがいいですよ」  
月よりも青い傘を携えた少年が口を開く。  
「大丈夫だよ!もう少し歩けば宿場町なんでしょ?私、歩けるよ!うっ!」  
少女が顔を歪めた。この地方では見慣れない民族衣装から伸びた右足に  
巻いた白い当て布から赤い血がじわりと滲む。  
それでも少女は流れる汗を拭い気丈に笑って見せる。  
あまり人と接したことのない少年にも目の前の少女が  
無理をしているのが手に取るように分かった。  
「その足でこれ以上夜の森を歩くのは無理です。休みましょう。」  
「…わかった」  
木陰に腰を降ろすと同時に少女は深い溜め息をついた。  
「傷の手当てをしないと」  
少年は皮袋から真新しい布と軟膏を取り出しておもむろに少女に近づく。  
少し怯えた少女の表情に目を背けながら少年は彼女の足に巻かれた布を  
丁寧にゆっくりと剥ぎ取った。少女の白い腿にひと筋の赤い傷。  
「痛むと思いますけど…少し我慢してくださいね」  
軟膏を塗った少年の指が少女の腿をなぞる度、少女の顔が苦痛に歪む。  
「うぅ…い、いたいよ…。もっと…もっと優しくしてよぉ!」  
「もう少しですから我慢してください!」  
少女の身体から零れる色の無い涙と流れる真紅の血。  
「痛い!痛いよ…うぅ、うわあぁぁ!!はぁ…はぁ…」  
「終わりましたよ、もう大丈夫です。」  
「あ、ありがとぉ…ふぅ…」  
少年が軟膏と残りの布を皮袋に仕舞うのが見えた。少女は痛みからか安堵からか  
いつしか夜の闇に堕ちていた。  
 
 
暁方の陽光は生きるもの誰にも平等に降り注ぐ。深い森の中で傷を負った少女や  
傷を負わせた盗賊から彼女を助けた少年にも例外なく。  
少女が目を覚ましたとき緋色の髪の少年は傍らに座って眠っていた。通り雨でも  
降ったのだろうか、少年の赤髪は、いや髪だけでなく腕、衣服も  
周りの草木や地面の土と同様にぐっしょりと濡れていた。  
少女は当惑して自分の髪の毛を掻きあげた。乾いている。濡れた形跡すらない。  
すぐに気づいた。見上げた空よりも青い傘が自分の小さな身体を  
冷たい雨から優しく守ってくれていた事に。  
少女は雨の雫を称えて眠る少年にそっと寄り添って濡れた緋の髪を撫でた。  
少年がゆっくりとその瞼を開く。  
「目が…覚めたんですね…」  
震える唇で少年が呟いた。少女は何も言わず濡れた少年の身体にしがみついた。  
「ちょ、ちょっと…一体どうしたんですか?」  
「ねえ、まだ名前聞いてなかったよね。私はリムルル、あなたは?」  
「あ、僕は緋雨閑丸です」  
「そう、本当にありがとう閑丸…」  
少女は眼を閉じて少年の震える唇をそっと塞いだ。小さく、無垢で柔らかな自分の唇で。  
朝の暖かな木漏れ日はそっと寄り添う二人を優しく包み込んでいた。  
 
 
宿場町を目指して歩く二人の子供。既に秋の陽は高く昇り、深い山道とはいえど  
子供の視点からでも辺りの様子は把握できる。  
「リムルルさん、脚は大丈夫ですか?」  
「うん、平気だよっ!」  
緋色の髪の少年は少女の脚に巻かれた白布に目をやった。傷が開いている様子はない。  
この足並みなら宿場町まではもうすぐだな。それにしても…。  
この子はなんでいきなり僕に接吻を…?そんなの夫婦や恋人同士がすることなのに…。  
少年は後ろを歩く少女を振り返った。少女の大きな瞳が彼を見つめる。  
何だ?何だろう?この感じは?顔が熱い。鼓動が早まる。今朝から…何か変だ…。  
少年は、少女の透き通る瞳を受け止めきれず、視線を戻して土を踏みしめた。  
「ねえ、閑丸?」  
突如背後で響いた音色に少年は足を止めて振り返った。言葉を失った。  
そこには彼女がいた。  
大きな目に映る自分の顔さえ見える距離に。首筋には吐息すら感じる距離に。  
固まる少年をよそに、彼女はその顔をほころばせた。  
「もう葉っぱがこんなに色づいてるよ、ほら綺麗でしょ?」  
少女は赤く染まった椛の葉を、少年に見せるように手のひらで踊らせる。  
「そ、そぅですね。もう秋ですからねぇ…」  
声が上ずっているのが自分でも分かる。  
「どうしたの?何か顔赤いよ?大丈夫?」  
視線を逸らした少年の顔を少女は更に覗き込んだ。  
「な、何でもないですよ!」  
無邪気すぎる視線の暴力に、少年は止めた足を動かすことでしか抵抗できなかった。  
「あ、待ってよ。閑丸!」  
そう呼びかけた少女の頬もまた少年と同じように赤く染まっていたのは、  
紅葉のせいだけではなかったかも知れない。  
道行く幼い二人の間を柔らかな風が吹き始めた。  
 
 
不思議な幸福感と正体の掴めない高揚感に少女は戸惑った。  
なんだろうこの気持ち。閑丸のことばっかり考えてる。  
私が一番好きなのは姉さまだし、村の皆の事も大好きだけど…  
何だろ?それとはまた違う感じがする。気がついたら今朝は閑丸に  
あんなことしてたし…何か自分がどんどん変になってくような…  
こんな気持ち初めてだよ…閑丸…閑丸…。  
ふと、緋色の髪の少年が足を止めた。  
「どうしたのしず、うっ―――」  
少年が少女の口を塞いだ。突然のことに鼓動が激しく脈を打つ。  
彼女は少年を見た。周りを包む空気ははっきりと変わっていた。  
少年は恐ろしい表情で森の奥を見つめていた。  
見える、明らかな警戒の色。視線を追った少女は言葉を失った。  
肩で深く呼吸する浪人風の男。そばに横たわる二つの役人らしき骸。  
男の前髪ひとつ残さず束ねた長い髪と背中の大きな古い刀傷。  
骸に突き刺さった日本刀。秋に染まり始めた山河よりも遥かに赤いその光景。  
ただ赤。ただ赤。  
「ど、どうしよ…」  
震える少女の手を少年は力強く握り締めた。  
「まだ気づかれてない。逃げよう、リム―――!」  
少年の唇はそれ以上動かなかった。真紅を纏った男の両の眼光が彼らを射抜いたから。  
長髪の男はゆっくりと刀を握り直して、振り返った。  
「……ガキ供…見たな」  
少女の小さな手のひらから赤い椛の葉がはらりと落ちた。風は既に止んでいた。  
 
 

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