リムルルは、本当にナコルルが大好きだった。  
 強くて、優しくて、格好よくて…。ナコルルのような姉ができたことが、本当に嬉しかった。  
 自分も、いつかこうなりたいと思った。  
 だから、ナコルルに、刀舞術を教えてもらえることが、とても、とても嬉しかったのだ。  
 自分が強くなることができれば、ずっと、アイヌの戦士であるナコルルのそばにいられると思っていたから…。  
 ナコルルの事を守れると思っていたから…。  
 
 
 
「なあ、ちっこいの。まぁだ食う気か…?」  
 天草城に向かう途中の茶店の中。次々と重ねられていく団子の皿を、赤毛の青年が苦笑いを浮かべながら見守っている。  
 彼の目の前には、大和ではめったに見られない刺繍を施した民族衣装を纏い、青い大きなリボンとつけた一人の少女の姿がある。  
「ひゃっへ、おひゃはふいひぇるんらもん!」  
 団子を口いっぱいに頬張りながら主張する彼女に圧倒されたのか、青年は茶店の主人に、団子の追加を頼んでくれたようだ。お互いの間に沈黙が流れる。聞こえるのは、鳥のさえずりと風の音くらいなものだろか。  
 暫時。目の前の団子を平らげた少女が、満足そうにお茶をすする。  
「あー、お腹いっぱい!どうもご馳走様でした!」  
 満面の笑顔で頭を下げる少女に、青年は鷹揚に手を振って答えながら、先程からの疑問をズバッと口にする。  
「あー、別にいいけどよ。アンタ、なんであんなところで倒れてたんだ?」  
 …倒れて…。そう。倒れていたのだ。街道から少し離れた林の中で。  
「えーっと…その…」  
 頬を真っ赤にして、胸の前で指をもじもじさせながら、少女が恥ずかしそうに事の顛末を語りだす。  
 要約すれば、『家を出た姉達の後を追って島原までやってきたが、姿を見失った挙句に路銀も切らし、木の実か何かを探そうと林に入ったところで空腹のあまり倒れてしまった』…と言う事らしかった。  
「姉を追って、ねぇ…。アンタの姉さん、家出でもしたのかい?」  
 のほほんと残りの団子を齧る青年に、少女は硬い表情で答えた。  
 
「…姉様達、島原に悪神が復活して、自然を破壊してるって言って…。絶対帰ってくるから、カムイコタンで待っててねって言って、私のこと置いて行っちゃったの…」  
 湯飲みを持った手を膝の上に置きながら、少女がぽつぽつと話し出した。  
「でも、私、待っていられなくて…姉様の後を追いかけて、やっと島原で姉様達の事見つけたんだけど…姉様、私を見るなり『カムイコタンに帰りなさい』って…」  
 少女は、きゅっと唇を噛み締める。まるで、思い出し泣きを堪えるかのように。  
「赤姉様も、紫姉様も、なんでも一人で背負い込んじゃうから…だから…私…姉様達の力になりたかったのに…姉様達に笑顔でいて欲しかったのに…」  
 とうとう、彼女の瞳から涙があふれ、ぽつぽつとズボンに染みを作る。  
「姉様、私のこと足手まといだったのかな…?私、一生懸命修行もしたのに…姉様には負けるけど、姉様を守ってあげたかったのに…」  
 と。それまで、黙って彼女の話を聞いていた青年が口を開いた。  
「んー…よくわかんねえけどさ。アンタ、その姉さんとやらに、大事にされてんだなあ…」  
「…え…?」  
「アンタの姉さんは、アンタが邪魔だから留守番してろって言ったわけじゃねえと思うぜ。むしろ、その逆だとオレは思う…」  
 驚いた少女が顔を上げると、青年は困ったように笑いながら考え考え話しだした。  
「オレにも妹がいるから、アンタの姉さんの気持ちは、少しわかるかな…。オレだって、例えどんなに妹が強くても、自分の目的のために絶対に怪我なんかさせたくねぇもん…」  
 一つ一つ言葉を選び、訥々と話す下青年の言葉に、少女は黙って耳を傾ける。  
「姉さんはさ、きっと、一回も村を出た事のないアンタが心配なんだろうな」  
 そこで言葉を区切った青年が、一息入れるように茶を啜る。  
「雨に濡れて泣いてるんじゃないかとか、妙な相手に襲われて怪我してるんじゃないか、とか、腹が減ってどっかで行き倒れてるんじゃないか、とか思うと、心配で心配でしかたねえんだろうな…」  
「…………」  
「例えば、ほら…あんなふうに、アンタの後をつけてきちまうくらいに…」  
 そういって、ニカッと笑った青年が指差す向こうには、大きな杉の大木と、その根元で揺れる赤と紫のリボン…。  
 
「ね、姉様!?」  
 思わず大声を上げた少女が立ち上がるのと同時に、しまった!という様子で、2色のリボンが木の陰に引っ込む。  
「じゃ、後は、当事者同士で話し合ってくれや」  
 人懐っこい笑顔を浮かべた青年が、団子代を置いて立ち上がる。  
「何から何までありがとうございます!………えーっと…」  
「オレの名前は火月。風間火月だ」  
「火月さん、ありがとうございました!私、リムルルって言います!」  
「おう。じゃあ、またな。…っても、アンタとは、またどっか出会えそうな気がするけどな!」  
 涙を拭い、ニッコリと笑うリムルルの頭をぐしゃぐしゃと撫でて、火月が茶店を後にする。  
 もう一度礼を述べようと、慌てて後を追うリムルルだったが、たった今茶店を出たはずの火月の姿はどこにも見えなかった。  
「…おっかしいなあ…どこ行っちゃったんだろう…??」  
 首をかしげるリムルルの足に、ふわふわとした毛皮が当たる。シクルゥだ。  
 振り返ると、そこには、ばつの悪そうな笑みを浮かべた、二人の姉の姿。  
「り、リムルル…あなたまだカムイコタンに帰ってなかtt…」  
「リムルルー!!大丈夫だった!?さっきの男に変な事されてない!?お団子奢ってあげるからお兄さんとイイ事しようよハアハア(;´Д`)とか誘われてない!?リムルルたん萌え〜〜とか言われなかった!?!?」  
 我に返り、リムルルを咎めようとした赤ナコの言葉を遮るようにして、紫ナコがリムルルに抱きつき、頬擦りする。  
「うん。大丈夫だよ。紫姉様。お団子奢ってもらっただけだから」  
「ちょっと、二人とも!私の話がまだ…」  
「ホントに!?大丈夫だった!?最近は、動き回るリストラ担当死人とか、万年喀血林檎男とか、男女両刀遊郭侍とかがうろついてるから心配してたのよ〜〜〜!!」  
 
 真っ赤になって怒る赤ナコを尻目に、紫ナコの抱擁は今だ続いている。  
「赤姉様、紫姉様。心配してくれてありがとう。でもね、私は大丈夫だよ。もう、姉様達に守ってもらうだけの子供じゃないもん!」  
 ぎゅうぎゅうと、紫ナコに痛いくらいに抱きしめられながら、リムルルは口を開いた。  
 考えてみれば、姉たちに自分の意見を言うのは初めてだったかもしれない。  
「…姉様達から見たら、私は足手まといにしかならないだろうけど…でも!私は、姉様達の力になりたいの!だから…だから…っ」  
「…リムルル…」  
 ふう、とため息をついた赤ナコが、嗚咽で言葉を続けられないリムルルの頭をそっと撫でる。  
(…いつの間にか、そんなことを考えられるくらい大人になってたのね…)  
 嬉しいような寂しいような気持ちで、ナコルルの胸が満たされる。ついこの間まで子供だ、子供だとばかり思っていたのに…。  
「…泣き虫なところは、昔から変わっていないわね…」  
 クンネサランペでリムルルの涙を拭ってやりながら、微笑を浮かべた紫ナコがリムルルの鼻を摘む。  
「そんなに泣いてばっかりだと、今度こそ置いていくわよ、リムルル」  
「…赤姉様…もしかして、それって…」  
 意味深な赤ナコの台詞に、リムルルの瞳に希望の火が灯る。  
「アイヌの戦士の修行は厳しいわよ」  
 ニッコリと笑う赤ナコの言葉に、見る見るうちにリムルルの目から涙が零れ落ちる。  
「ハイ!姉様!!」  
 袖口で涙を拭い、泣き顔のまま満面の笑みを浮かべてリムルルは思う。  
…世界で一番大好きな人に、自分を認めてもらうこと…。  
たったそれだけのことで、人は強くなれるということを…。  
 
 
 
 
 
 
 …ちなみに、リムルルに団子を奢ったせいで、手持ちの路銀を使い果たしてしまった火月が、行き倒れの挙句蒼月にとっ掴まり、小一時間問い詰められたのはまた別のお話…。  
 
    どっとはらい♪  
 

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