寒い冬の中、自分は一人の女性を助ける。だがその女性はこの時代から来たのではない。
信じられないが彼女がやってきたのは「現代」でも「未来」でもない。
「サムライスピリッツ外伝 もうひとつの物語」
第二話 「紹介」
「過去の時代だって?」
寒い外から自宅のアパートに戻り、改めて先程、彼女が言った言葉を聞き返す。
夕食を食べながら(彼女はさっき自分が買って来た氷と一緒に食べているが)彼女の話を聞いている。
(氷を主食にしているっていうのも実際見ていると少し違和感があるが・・・)
「はい。ある女性と共にこの時代にやって来たのです。
先程周りを眺めていたのですが文明、文化、環境、明らかに私達の時代よりもはるかに進んでいますね。」
ここまで誉められるとこの時代の自分としては少しだけ鼻が高い。
「君の時代っていつの時代なんだ?」
玉子焼きを口に頬張りゆっくりと食べながら彼女に質問する。
「江戸幕府が開かれて150年と少し。それくらいの時代に私は存在します」
氷をおいしそうに食べながら答える彼女。このまま見慣れると逆に違和感がなくなってしまいそうだ。
しかしそうなると一つの疑問が浮かんでくる事になる。我慢出来ずに俺は尋ねる。
「さっき君は氷の精霊だと言ってたね。氷を食べてる君の姿を見ているとまるで共食い・・」
ポカリ・・・
「いてっ!」
最後まで言おうとした瞬間、頭上から小さな氷が落ちてきた。そんなに痛くは無かったが、反射的に声を上げてしまった。
「それは言わない約束です。分かりましたか?」
「ご、ごめん・・・」
(い、今のは謝るべき所だったのか?おかしくないか?)
俺の他にも絶対に共食いって同じ発言をしそうな相手が居ると思うのだが・・・
だが、頭上から氷を落とせる人間なんて存在しない。
やっぱり彼女は本当に人間じゃなさそうだ。
だけど、ただの精霊でもなさそうな気がする・・・
「・・・」
「な、何だよ、まだ怒ってるのかよ?悪気があって言ったんじゃないから・・・」
「その頬の傷はどうしたのですか?」
傷と言われてハッとした。そういえば買い物の帰り道に変な奴に襲われたんだっけ・・・
咄嗟に逃げたから大丈夫だけど、いきなり斬られて殺されそうになったんだっけ。
「何、対した事無いよ。軽い怪我だからさ」
「大丈夫ではありません。私の為にこの寒い中を出掛け、くしゃみをして、怪我までして」
後で思ったがやっぱりでバイクで行けば良かったと後悔している。
近場だから歩いてでも大丈夫だと思った自分の考えが少し甘かった。
そう言って彼女が俺の頬に手を当てる。冷たくてひんやりする。
しかし次の瞬間みるみる傷が癒えて行く。彼女の手が光り傷跡を徐々に消していく。
数十秒後には完全に消えてしまった。
「ななな・・・・」
あまりにも何が起こったか分からず声にならない自分がいた。
しかしそれを平然と眺める彼女。
「どうしましたか?」
「き、君は一体何者なんだ?」
「だから、先程も言った通り氷の精霊で、人間ではありません。やっぱり今の力をみて驚かれましたか?」
これは本当に現実なのか?俺が長い夢を見ているのだろうか・・・
「あっ、そう言えば申し遅れました。私の名前はコンル。呼び捨てで呼んでもらって構いませんから」
「コンル?君の名前はコンルって言うのかい?」
「はい。正確には(コンル)と言う名前を付けてもらったというべきでしょうか」
「誰に?」
「勿論、私の主であり友達であるリムルルと言う女性です。」
コンルと名乗る女性がそう、自己紹介する。リムルルと言う女性が彼女の名付け親か。
勿論、リムルルって名前に心当たりがあるわけがない。主であり友達か・・・
「ところであなたの名前を教えてもらえないでしょうか?
やっぱり名前で呼び合ったほうが会話も行いやすいですから」
いざ、こう面と向かって自己紹介をお願いされると照れるものだが答えないわけにもいかない。
「俺の名前はユウキ、「勇敢な気持ちを持って欲しい」と言う意味を込められて親が付けてくれたんだ」
「それではユウキさんと呼ばせてもらいますね」
わざわざ敬称で呼ぼうとするコンルを見て、苦笑いしながら手を横に振る。
「別に呼び捨てで構わないんだぜ。そう「さん」付けされるほどでもないし・・・」
「いえ、ユウキさんを呼び捨てにする事は出来ません。礼儀みたいなものがありますからどうか「さん」づけで・・・」
「まあそこまで言うのならコンルに任せるけど」
そう言って「わざわざすいません」とぺこりと礼をするコンル。
簡単な夕食を終え、これからの事を考える事にした。
「帰るあてがない以上、リムルルって女性に会うまでの間、俺の所で泊まっても構わないよ」
「えっ?」
突然の言葉に驚いたのはコンルであった。
「しかし、それではユウキさんの家族にご迷惑が・・・」
「いや、心配はいらないよ。うちの両親は共働きで今ここにはいないから、
コンルに分かりやすく言うなら今は「江戸」で働いているからさ」
俺はそういってコンルの肩を叩きながら「大丈夫」だと念を押した。
「分かりました。それではお言葉に甘えさせて頂きます。
不思議ですね。私が精霊だと知ってもこのように優しく接してもらえるなんて」
「まあ、慣れってやつかもしれないな」
「そんなものなのですか?」とコンルが苦笑いをしていると同時に携帯電話が鳴る。
「きゃあっ?」
その突然の音にコンルが思わず悲鳴を上げる。
「ああ、ごめんごめん。これは携帯電話と言って簡単に言うと遠く離れた相手と話が出来るんだよ」
あまりの出来事に呆然とそれを見詰めているコンル。
俺はそのまま電話の相手が誰なのかを確認する。そして思わずにやりとする。
(コウタ先輩だ)
コウタ先輩。自分の一つ上の先輩で子供の頃に良く遊んでもらった思い出がある。
中学生の時に自分は引越しで一度は他県に離れたが、大学の時再び戻ってくる事になる。そして同じ大学で先輩と再開する事になる。
しかしコウタ先輩には致命的な弱点があった。携帯電話を持っていない為自宅からしか掛けられないのだ。
だから、コウタ先輩が電話を掛ける時は必ず自宅と言うことになるのである。
こんな時間に掛けてくるのも珍しいと思いながら電話を取る。
「はい、もしもしどうしたんですか先輩?」
「ユウキ、おまえは信じないかもしれないがもし、気を失った女性を家に連れて来たらおまえはどうする?」
突然の言葉に一瞬驚いたが話を聞いているうちにコウタ先輩の所に可愛らしい女性がいて
その女性をどのように介抱すればいいのか悩んでいるみたいであった。
(コウタ先輩もついに彼女を作るきっかけが出来そうだな)
心の中でにやにやしながらも、状況を色々と聞き自分なりの助言をコウタ先輩に伝える。
「そういえば女性で思い出したのですが実は俺の所に・・・」
コンルと言う女性がいると伝えようとした瞬間、コンルがそれを止める為に俺の肩を叩く
(ユウキさん。私の事はあまり他人に言い触らさないで下さい。私の存在が混乱を招く原因になるかもしれませんから)
小声でコンルが答える。
「俺の所にどうしたんだ?」
「い、いえ俺の所に雪が降り始めたんです。大雪で困りますよ。本当に・・・」
自分でも物凄く下手な言い訳だと感じていたが既に遅かった。
「何訳のわからないこと言ってるんだ?天気予報見ただろ。今日は全国大雪だぞ。
それに女性と全然関係ないし」
「そ、そうですね。ははは・・・」
「変なユウキだな。まあ助言ありがとな。今から彼女を介抱してくる」
「その女性を介抱した後の良い展開を期待していますよ」
「大きなお世話だっつうの」
「悪いな、何も考えずにお前の事を喋ろうとして」
「いえ、わざわざ私から無理を言ってごめんなさい。それに私は本来この時代には存在していないのですから」
「まあ、俺から見ればコンルも意外とこの時代に馴染めるかも知れないぞ?」
「そ、そうですか?」
「まあ、明日色々とこの時代について教えるよ。今日はもう遅いからそろそろ寝よう」
そういって俺は押入れからコンルの分の布団を取り出す。
時々友達が遊びに来るから予備があって助かったと感じる。
だが、最後の最後でやっぱり彼女はとんでもない事を口にするのだった。
「この姿で眠るのは生まれて初めてですね」
「へっ?」
だが、この時もっととんでもない失敗をしている事に俺は気付いていなかった。
簡単な事である。
コウタ先輩にコンルの存在を口にしなかった事。
だが、全ての真実に気付くのは最後の最後である事はいうまでもなかった。