第十二話「憧れの先輩」  
がやがやと人通りが多くなる。見慣れない人々、服装が自分やユウキに近い格好ばかりである。  
着物や、ざんばら髪、ちょんまげ、刀を帯刀している者。色々と探しては見たが、やはりこの時代にはいなかった。  
しかし、坊主頭や、金髪の男性、女性はいくつか目撃した。中には髪が生えていない男性もいて驚くコンルであった。  
(この人ごみの中でリムルルを探すのはとても難しいですね  
まだ気配を感じない。少しでも断片的な気配があれば・・・)  
もし、外で感じないのであれば建物の中にいる可能性がある。  
数十分、人ごみの中を耐えながら歩き回ったが見つからなかった。  
「ここにはおりそうかい?」  
コンルに聞いてみた。残念そうに首を振るコンル。  
「何か特徴見たいなのはないか?何でもいい」  
「そうですね・・・最初にユウキさんと出会った私のあの姿の服装でしょうか」  
「って、事はアイヌ民族が着てる服装って事だね」  
「えっ?どうして知ってるんですか?私はユウキさんには一言もアイヌだと・・・」  
間髪入れずユウキが口を挟ませた。  
「いや、本で君達の服装を見た事があるからね。それでちょっとね・・・」  
(やっぱり、ユウキさんは鋭いですね。やはり現代の人は何でも知っているのですね。でも、忘れないで下さいね。ユウキさんもアイヌにあたるのですよ)  
クスっ、と、コンルが鼻で笑った。  
「もしもリムルルの服装がアイヌのままなら見つけやすい筈なんだけど・・・。最悪警察署にいるかもしれない」  
 
「けーさつ?」  
「ああ、黒い服を着たおじさん達。まあ分かりやすくいえば役人みたいなものだよ」  
「それは大丈夫です」  
不安を他所にコンルが言葉を返した。  
「私達はそのけーさつから脱獄してきたのですから・・・」  
(だ、大丈夫じゃねええええ)  
お、大騒ぎになってるぞ。どうするんだよ。しかもどうやって脱獄したんだろう。想像するのが怖い。  
「とりあえず、場所を変えよう。もしかしたら建物の中かもしれない」  
「はい・・・」  
少し笑顔が曇り始めた。場所を変えて少しでも落ち着かせないといけないな。  
「一つ大きい建物があるからもしかしたらそこをうろついているのかもしれない」  
不安そうな顔を隠しきれないコンルの手を引っ張って再び駐輪場へと向かった。  
 
 
バイクに乗って数十分。国道沿いの有名なショッピングモールに足を踏み入れる。  
そこはコンルから見れば夢の世界そのものであった。たった数百年でここまで変わるものなのかと・・・  
いや、数百年だからこそこれだけの時代が変わるものだと。  
既にコンルの言葉は失われていた。ただ、ユウキに引っ張られて一歩一歩足を踏みしめるだけだ。  
「うっ・・・」  
コンルがその場に座り込んだ。それをみたユウキが心配そうに覗き込んだ。  
「ううっ・・・・はぁっ、はぁ・・・」  
口元を押さえる。少し苦しそうだ。もしかして・・・  
「ごめん、休憩もしないでコンルに無理をさせすぎたから」  
しかしユウキの答えとは裏腹にコンルは首を振った。疲れているわけではないらしい。  
「違います。ただ、急激な匂いが襲ったので。少し堪えました・・・」  
「匂い?」  
その辺の匂いを嗅いで見た。少し空気が悪いかもしれない。それだけではない。  
このショッピングモールの密閉された空間、さらに周辺から煙草の匂いが思った以上に充満している。  
慣れないコンルにとっては煙草の匂いほど辛いものではない。  
「長居はしない方がいいな」  
「そ、そんな事はありません。だ、大丈夫で・・・うっ・・・」  
またコンルが口元を押さえた。座り込みながら何度も呻き声を漏らす。  
 
周りの人々の目線が痛い。しかし誰もが気にするだけであり、すぐにまた自分の世界に戻ってしまう。  
結局の所それが現実でもあるが。しかし素通りする中にどうしても聞き捨てならない言葉もあった。  
 
「嫌ね、最近の若い連中は。きっと「つわりよ」ほら、今流行ってるじゃない。えっと・・・そう・・「出来ちゃった結婚」よ!」  
 
 
ユウキは耐えがたい屈辱を受けながらも心の中で叫んだ。  
 
(それだけは違う!!!)と・・・  
 
 
ようやく体調の落ち着いたコンルを連れてエスカレーター前に来た。自動的に動いている不思議なからくり、人が上に上がったり下がったりしている。  
「怖がらなくてもいいよ。一緒に乗れば大丈夫だから」  
「あの、ユウキさん。今からこのからくりで上に向かうのですか?それとも下に向かうのですか?」  
からくりと来たか。いかにもコンルらしい。  
「ああ、とりあえず上に向かおうかな」  
「そうですか。それでしたら・・・」  
コンルをエスカレーターに乗せようとした時であった。コンルが右隣の階段を指差した。  
「上に向かうのでしたら階段で行きましょう。よく見るとからくりで上に向かっても階段で上に向かっても目的地の場所は同じみたいですから」  
「えっ?」  
思わず、拍子抜けした。  
「それに、階段を使って歩いた方が足腰にもいいですし、あのからくりは私達のような元気な人よりも体が不自由な人の為にある様な気がするんです」  
「こ、コンル・・・・」  
「さあ、行きましょう。ユウキさんはもっと足腰を鍛えるべきですよ。あっ、待たせて御免なさい。私達は階段で行きますのであなた達はこのからくりで行って下さい」  
「からくりって言っちゃダメ・・・」  
唖然としている後ろの男女をよそに、言うが早いかコンルがユウキの手を引っ張ってそのまま階段へと駆け出した。  
(す、凄い。一瞬でこの周りの空気を理解してコンルなりに行動してる。やっぱりこの人は現代に馴染んでいく人だと・・・)  
不思議だ。俺がこの時代を伝える為にコンルを引っ張ってる筈なのに今初めてコンルに動かされている。  
 
 
コンルに引っ張られながら階段をのぼりきった。一階とは違うまた別の雰囲気にコンルは息を呑んだ。江戸の町を遥かに越えている。恐らく徳川家の財力よりも・・・  
もっと知りたい。コンルが身を乗り出そうとした時だった。  
 
「あうっ・・・」  
また、座り込んでしまう。ユウキが周りを見渡した。そして落胆した。  
「何てこった。ここら一体全部喫煙室そのものじゃないか」  
たしかに横の案内図を見ると「喫煙は出来るだけここで行って下さい」と書いてある。  
最近は煙草を吸う人が増えたのかご丁寧に個人の喫煙室まで置いてある。  
(個人の喫煙室なんて始めて見たぞ。それに余計な部分に金を掛けるなよ・・・)  
いくら密閉された部屋の中が喫煙室でも、そこから漏れてくる煙の匂いにコンルが耐えられるはずもない。  
一階の匂いよりも少し強い。店側は時折この部屋の清掃をちゃんとしているのか不安になった。  
まわりにお客達の座る為のベンチが置いてあったのでそこにコンルを座らせる。  
苦しそうに息を吐きながらそれでも口を開くコンル。  
「さ、さすがにこの辺りを調べるのは私には難しそうです。お願いがあるのですが・・・」  
「ああ、コンルはそこで休んでて、ここにリムルルがいるか捜してくるよ」  
「はい、宜しくお願いします」  
言い終えるとコンルが目を閉じてゆっくりと休み始めた。あまり長居は出来ないな。  
俺は急いでアイヌの服装を着ている女性を探し始めた。  
 
 
「こんなショッピングモールだと目立つからすぐに見つかると思うんだが」  
辺りの専門店を見るがそれらしい女の子を見かけない。既に見慣れた現代人の衣服のみがユウキとすれ違う。半ばいないと諦め来た道を戻りだす。そしてふと下着売り場を見た。  
 
「えっ?」  
そこには見慣れた人影があった。何であの人がこんな所にいるんだろうと疑問に思いながらも声を掛けた。  
「コウタ先輩!」  
声に反応した青年が後ろを向いた。少し慌てた様子だったがすぐにいつもの表情を見せた。  
ユウキにとってコウタ先輩は憧れの存在でもある。  
「あれ?どうしてユウキがこんな所にいるの?」  
 

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