不幸になる人は、自分の喜びばかりを考えている
人を喜ばせることを考えなさい、その憂鬱は消える BYアルフレッド・アドラー
原作 陸捨肆様「リムルル」より
サムライスピリッツ外伝 もうひとつの物語
第十四話「気配」
コンルの元に戻ってきた。どうもまだ気が付いていないみたいなのでコンルの肩を揺さぶった。
ゆりかごの様に左右に揺れながら、ゆっくりとコンルが目を開ける。そして見た。
ユウキを見た瞬間分かった。
そこにいたのは笑顔のユウキではなかった。がっくりと肩を落とした感じであった。
恐らく・・・
「やはり、いませんでしたか・・・?」
「ゴメン、期待の収穫を得られなくて。自分の顔見知りしか会えなかったよ」
どうも、目の焦点が合ってない。
まだ、コンルの意識は回復していないみたいだ。よっぽど眠りこけていたんだな。
「ふふ、ユウキさんのお友達に会えたんですか。良かったですね」
「ああ、それにその人から誕生日の贈り物をもらったよ・・・」
そこでコンルが誕生日と聞いてユウキを見た。
「そうですか、ユウキさん、おめでとうございます。私からも祝福しますよ」
そういってコンルが氷を頭に落とそうとした。
「だぁぁっ、ダメだよ。頭に落とされても痛いし、こんな所で氷なんか落としたらそれこそここが混乱するよ」
はっと、思い出したようにコンルがその手を止めた。この人は自分から目立ちたいのだろうか?
「あと、それにさ・・・・」
そこまで言った瞬間だった。
「!!!!!」
コンルの体中から電流が走った。僅かな断片を繋ぎ合わせ、一つの終着点を指し示した。
「見つけました!」
コンルの意識もはっきりと回復した。煙草の匂いも構わずに立ち上がった。
「微かですがリムルルの気配がしました」
「ホント?」
早歩きで駆け出しながら気配のした方向へと突き進む。それは、自分が先程コウタ先輩と出会った道の流れであった。
右、左と顔をキョロキョロしながら動き回るコンル。それはさながら迷子の子供を捜す母親のようだ。
ふと、コンルが立ち止まった。そして立ち止まった場所を見渡した。
ユウキが少し遅れて到着した。あまりに早く動くので中々追い付けない。
「ここで気配がしたのですが、今は徐々に消え始めています」
思わず、ユウキは唖然とした。コンルが立ち止まった場所。
(コウタ先輩がいた下着売り場じゃないか)
女性陣の下着が置かれているのをまじまじと見てしまったユウキの顔が赤くなる。
「何でリムルルがこんな所に?」
コンルに問い掛けた。胸を押さえながら、白い息を一度だけ吐いた後、言った。
「それは私にも分かりません。しかしここにいたのは間違いありません」
「どうも、少しばかり遅かったみたいだね。まだ気配はする?」
その質問とは裏腹に、残念そうに首を横に振った。
「駄目です。気配がどんどん消えていきます。恐らく、この周辺にはもういないでしょう」
収穫はここまでか。リムルルって言う娘はここで下着でも買おうとしてたのだろうか?
しかし、現代のお金も持っているはずがないのにどうやって?
「くそっ!せめてリムルルが誰かと一緒にいれば・・・」
ユウキが悔しそうに拳を握り締める。
(誰か・・・・)
またコンルの体に衝撃的な何かが走った。思わず掠れた声がコンルの喉から零れ落ちる。
「あ・・・あ・・・・」
まともな声も出ないまま、不器用な声。それでも無理矢理に、必死で声を上げた。
「私・・・私ユウキさんに・・・・」
その慌てふためいた声。まるで重要な何かを言い忘れてたかのように。
すっとユウキの顔を見据えた。びっくりしたような顔でコンルを覗き込む。
「ユウキさんに大事な事を話していませんでした・・・」
「何を?」
「私、リムルルをある男性に託したんです。だからリムルルは一人ではないはずなんです」
さすがのユウキも度肝を抜かれたかのように、腰を抜かしそうになった。
それを最初に言ってもらわないと。
ユウキにしてもリムルルは一人でずっと迷子になっていると思っていた為にずっと一人ぼっちの女性を探し続けていた。
取り敢えず、また、話がややこしくなりそうだから、今は、どうやってその男性を託したかは考えない事にしよう。
恐らく、コンルが託した男性なら大丈夫だろう。多分・・・・
「コンル!それは最高の手掛かりだよ。で、その男性はどんな・・・」
しかし、折角の手掛かりを思い出したのに再びコンルが首を振った。
「ごめんなさい、私も名前は分からないのです。特徴もこの時代の服装でしたので、どのように説明すればよいか・・・顔を見れば思い出すのですが・・・」
ユウキが残念そうに首を傾けた。コンルも申し訳なさそうに俯いて小さな溜息をついた。
「手掛かりは男性・・・」
その男性の写真を見せれば恐らくコンルも思い出すかもしれないが、どんな男性か、俺自身も分からないのに探すのは容易ではない。
と、なるともう一つの手掛かりは・・・
「その男性はどんな感じの男性かな?子供とか、青年とか、おじさん、おじいさんとか」
もしも、この時男性と言う言葉を思い出して、コンルがリムルルの体つき、見た目の特徴をユウキに話していれば状況はさらに変わっていたかもしれない。
残念ながらその説明をユウキに伝える事をコンルは見逃していた。
ふと、コンルが目を閉じて考え込むように頭をうならせた。そして数秒・・・
すっ、とユウキに向かって人差し指を突き出した。
「?」
「ユウキさんぐらいの人でした。若い男性です」
「そうか。もしかしたら家に連れ込んでいるかもしれないな。でも、悪い奴だったらリムルルを捕まえて身代金を要求してないか不安だ」
コンルが安心そうに付け足した。
「大丈夫です。それだけはありえません。その人からは一切の敵意、悪意を感じられませんでしたから。包容力のある方です。そう、こんな風に・・・」
不意にコンルが笑みを浮かべながらユウキを包み込む様に優しく抱き締めた。
周りの客がニヤニヤしながらこちらを見ている。「若いねえ・・」と聞こえてくる。
なりふり構わず、そして周りの環境を考えずに色々と実行するのはやめて欲しい。
何も考えないコンルを自分の体から引き離す。
「あっ・・・」
思わず、コンルが声を上げた。ユウキが困ったように顔をしかめる。
「それに万が一リムルルに手を出そうとしてもきっと返り討ちに遭いますよ。子供の頃から護身術みたいなものは身に付けていますから」
コンルが笑って答える。それはさながら楽しそうな話し方である。
(護身術か・・・コンル本人は、俺に体を見られただけだと思い込んでるはずだから、
そんな無防備なコンルの体を色々と触った自分は、ばれたら半殺しじゃ済まないだろう)
まずは、リムルルと一緒にいる男性に敵意はない事だけは分かった。さて、問題はここからどうやってリムルルを探し出すか。
その男性が分からない以上どうしようもない。
コンルの元に歩みよろうとした瞬間、再びコンルが膝をついた。
「ううう・・・神経を集中させすぎて、気を許した瞬間にこの匂いに耐えられなくなりました」
そうだった。ここは喫煙ゾーンだから他の場所に比べて煙草の匂いがひどいんだった。
「取り敢えず、一度外に出ようか・・・」
「は、はい・・・・」
苦労して返事をするコンルを余所に俺はコンルの手を引っ張り階段を下り、出口へと向かった。