第十六話「大金の行方」
「はい、私からユウキさんへの贈り物です。仮に私が持っていても使い方なんて分かりませんから」
五十万円入りのご祝儀袋を手渡される。袋を上に上げながら頭を下げる。
「有難う、この時代を代表して受け取らせていただきます」
「はい。ところで50万はこの時代では大金なのですか?」
「1万円でも十分、大金な時代だよ」
何を基準として代表なのか分からないがまるで殿様から褒美を受け取った武士のようだ。
コンルが一つの達成感を感じたのか、落ち着いた気持ちで白い息を吐いた。この人の体だけではなく、その息から漏れてくる匂いすらも香水の様に自然の香りがする。
アダルト雑誌で男性が女性の吐息にハァハァする理由がなんとなく分かった。
「折角だから、コンルに一つ自然が綺麗な所を見せてあげようかな」
「是非、見せて下さい」
じゃあ、バイクに乗ってと声を掛けようと思った時だった。ショッピングモールの十メートルくらい先で何か声が聞こえた。
「赤い羽根共同募金にご協力下さい」
街頭募金・・・恵まれない子供の為に。そういう事は全く気にしていなかったユウキ。
福祉やボランティア関係を勉強してるわけではなかったから当然といえば当然だが。さらに、人生において一度も募金した事はない。
「あれは何ですか?」
若い男女が何やら箱を持ちながら道行く人々に声を掛けていく。まじまじと見つめながら箱の中身を気にするコンル。
「あの箱の中には何が入っているのですか?」
「お金だよ。正確には募金といって簡単に言うと、飢えで困っている人や、病気を治す為の費用として役立っているんだ。
それを自分達みたいな通りすがりの人が、善意があればあの箱の中にお金を入れているんだよ」
コンルが疑問を投げ付けた。
「この時代の人はその箱の中にお金を入れてくれるものなのですか?」
「・・・どうだろう。まあ気持ちで入れていると思うし、見て見ぬふりをする人もいるよ」
「そうですか・・・」
コンルが残念そうに顔を曇らせた。
(大金の使い道、決まったな。元々ここには存在しない他人の強運で手に入れたお金。ここで使うのも悪くない)
意を決意したように、募金活動をしている人に向かって歩き始めた。歩く途中で1万円だけ抜き取る。神様、コンル様。せめて食費だけはお許し下さい。
一万円だけ財布に挟んだ後、募金活動をしていた女性の前にご祝儀袋を差し出した。
何事か分からず、ユウキの顔を見上げる女性。少し遅れてコンルもやってくる。
「それ、全部寄付します。ちなみにその中には49万円入ってますのでどうか少しでも役立てていただければ」
(ユウキさん、凄く勇ましいと思ったのですが・・・数字で例えると「49の男らしさと1の金銭の誘惑」に負けましたね)
あえて、嫌味もこぼさず黙って見守るコンル。元々誕生日の贈り物であげているので嫌味を言う事自体間違えていると思ったからだ。
そのかわり、わざとらしく白い息を吐いた。はっきりと人の目に映るくらい白い息を。
募金の女性達は普段ありえない大金に最初は驚いたが感謝の気持ちを込めて頭を下げる。
中には49万の大金を寄付してくれた男性に感激して、しくしくと泣き出す女性もいた。
お礼に手ごろな赤い羽根を二枚受け取る。その場を後にしてバイクの置いてある所に歩き出す。
バイクの前でコンルを呼び寄せる。何事か分からず、ユウキの元に近付く。そっとユウキが赤い羽根を取り出した。
「折角だから、胸に付けてあげるよ。元々これはそういう飾りみたいなものだから。取り敢えず動かないでね」
そっとコンルの胸ポケット部分を軽く掴み針を通し、軽い調整をしてから出来たよと伝える。
「似合いますか?」
少しだけ上着を寄せながら羽をまじまじと眺めている。羽のさらさらした部分を楽しそうに触れている。
「ああ、似合ってるよ」
「ふふ、有難うございます。じゃあ、私もユウキさんに付けてあげますね。先程の羽を下さい」
自分から手を差し出してきたコンルにもう一枚の羽を手渡す。
(何か照れるなあ・・・)
コンルも同じ様にユウキの右胸に針をそのまま・・・
突き刺した!!!
その瞬間、ユウキの衣服を貫通し直接、胸へと針が数ミリ程刺さったのである。
それは腕に注射を刺し、中々抜き取って貰えない様な状況であった。
脳に痛みを伝え、体がそれを認識し、悲鳴を上げるようにと命令される。
「痛ってええええええええっ!!!」
「きゃああああっ???ユウキさん?」
情けない青年の悲鳴と同時に思わず、コンルまで悲鳴を上げる。コンルが全ての原因に気付いたのはユウキが数秒うずくまり、
ユウキが「頼むコンル!今すぐ羽を取ってくれ」と訴え、
自分の羽を抜き取り「馬鹿!自分のじゃなくて俺の羽だよ!」とユウキに注意を受け、
あたふたと慌てながら「ユウキさん御免なさい。ちょっと待って下さい」ともう一度自分の胸に赤い羽根を慎重に通し(この時にようやく自分が羽を突き刺したからユウキが悲鳴を上げた事に気付く)
終わってからユウキの羽を抜き取る瞬間までであった。
(こ、今回で俺はこの人に二度殺されそうになったぞ・・・)
三度目は起こりませんようにと必死で目の前の精霊にではなく神に祈るユウキであった。