眠っていると、長い夜が一瞬にして終わるように感じ、
起きていると逆にそれは長い夜へと変わる。
サムライスピリッツ外伝 もうひとつの物語
第三話 「静寂を消す者」
コンルは起き上がっていた。数時間眠っていたが、この時代に来てからずっと警戒していた邪悪な気配を感じると慌てて飛び起きた。
部屋の周りを見渡すが何もない。
窓から見える周辺の景色を見ても特に怪しい所はない。
「この気配、間違いなくあいつもこの時代に・・・」
その正体を調べるためにコンルは外に出て探索しようと決意した。
だが、皮肉にもこの時代の扉の開け方をコンルが知っているはずもなかった。
見た事がない扉の形。カムイコタンでは簡単にリムルル達が開けていた。
しかし、眠っている彼を起こす訳にはいかない。
その時、暗かった密室の闇を一つの光が差し込んだ。突然明るくなった瞬間に驚いたコンルが後ろを振り向く。
「ユ、ユウキさん・・・」
そこにはあくびをしながら「何してるの?」と言いたそうな顔をしてユウキが見ていた。
入り口前に立っているコンルを見て外に出ようと考えている事は彼にも理解出来た。
「もしかして外に出ようとしてたのか?」
図星を当てられて少し動揺するコンルを見て、「やっぱりな」と苦笑いをする。
「まあ、この時代に来て慣れないから無理ないよな。あんまり眠れないんだろ。
外を散歩してきなよ。少しはこの時代にも慣れた方がいいんじゃないのかな?
どうせこんな夜中じゃ誰も起きてないと思うし」
そう言いながら扉の開け方をコンルに伝える。
扉に付いている「ノブ」と呼ばれる所を右手でひねれば開くらしい。
コンルが右手でノブを動かす。今までコンルが悩んでいた扉は簡単に開く。
「あっ・・・」
「まっ、自分でやってみると以外と分かるものさ」
扉の先に見える外の景色を眺めると雪は止んでいた。恐らくこの時代の何処かに・・・
気配を感じる以上、そう遠くない場所に・・・
「じゃあ、鍵は開けておくから眠くなったら家に戻ってくるといい」
「いえ、鍵は掛けておいて下さい」
コンルの言葉に一瞬戸惑うユウキ。
鍵を掛けてしまったら中に入れなくなる事をこの人は知らないのかと考える。
「その代わりこれをユウキさんにお貸しします」
自分の首に付けていた数珠のような首飾りをユウキに手渡す。大きさとしてはちょうど良い。
「それを常に首に付けていて下さい」
「これを首に付けるとどうなるの?」
「実際に見ていただければ分かりますよ」
そう答えるとコンルが外に出て扉を閉める。扉の反対側からコンルの声が聞こえる。
「鍵は掛かってますか?」
「ああ、待ってくれ。今掛けるから」
コンルの言葉に従いユウキが扉の鍵を閉める。あえて確認してみたが扉は開かない。
「で、扉の鍵を掛けたけどこれでどうなるの?」
「しばらく待っててください。その首飾りの力が発揮されるには数十秒の時間が必要なのです」
どんな力なのだろうかと気にしながらも俺は彼女の言う通り時間が流れるのを待った。
「お〜〜い?まだなのか?」
しかし扉の反対側からコンルの声が聞こえない。
聞こえないのかと思い、さっきよりも大きな声で話し掛ける。それでも反応はない。
その時自分の肩を叩く者がいた。一瞬驚いたユウキが後ろを振り向く。
「こういう事ですよ。ユウキさん」
自分の目の前に見慣れた女性がいるのを確認するとユウキは言葉を失った。
もはや現実にはありえない出来事である。
「それがこの首飾りの力なのです。
前にも言いましたが本来この姿は夢の世界でしかなる事が出来ません。
ですからこの首飾りも直接使う事は無いと思っていたのですが・・・」
「この時代ではおおいに役立ちそうですね」と自分を納得させているコンルを見て俺は思った。
「と、言う事はこの首飾りを付けている限り、俺がどんなにコンルから離れていてもコンルはすぐにここに戻って来れると言う事になるんだな?」
「はい。そういうことになりますね。勿論その逆の方法で使用する事も可能ですが」
「逆?」
「はい。私自身がユウキさんを呼び寄せる事も可能なのです。でもこの時代では私がユウキさんに頼らなければなりませんからあまり使う機会はないでしょう」
俺が迷子になったら使う機会はあるかもしれないが、さすがに自分の時代でそれはないと思った。
と、言う事は・・・
(この首飾りをつけている間は何処へいてもコンルと離れられない関係になってしまうんだな・・・関係って言い方はちょっと大げさか・・・)
ふと気になった事があったので質問してみた。
「まさかと思うがこの首飾りを付けていたと言う事は、コンルって方向音痴なのか?」
あまりに、唐突に聞いてしまったので「しまった」と思いながらもコンルの返事を待った。
「そうですね。私よりもリムルルがと言った所でしょうか・・・いつも道に迷ったときには私に頼っていますから」
「失礼な」って怒られるかと思っていたがやけに気にしてない見たいだった。
変わりにコンルがリムルルに対して失礼な事を言ってしまったと内心後悔してしまった。
しかし、慌てているコンルを見て何を慌てているのか俺が気づく事は無かった。
「では、そろそろユウキさんの睡眠時間を減らすわけにもいきませんので・・・」
そういえば外に出たいとコンルが言っていた事を思い出し本題に戻る。
「まっ、疲れたらすぐに戻ってくればいい。じゃあ、俺はゆっくり眠るとするかな」
「はい、お休みなさいユウキさん」
そういって外に出るコンルを確認した後、扉を閉めようとした時だった。
「ん?そういえば・・・」
「どうかしましたか・・?」
「いや、大した事じゃないんだが俺が氷を買いに行ってた帰りコンルは外で俺の帰りを待ってたんだよな」
「はい、そうですよ。あの時は本当に催促させてしまい本当に・・・」
「いや、それはいいんだが、あの時コンルはどうやって外に出たんだい?」
コンルが扉の開け方を知ったのは、ついさっきの話である。決して彼女を疑うわけではないのだが扉を開けずにどうやって外に出たのか気になった。
コンルが「ふふり」と笑いながら窓を指差す。窓に何かあるのかと、確認してみた。窓の扉は換気の為に一時的に開けていた。
ちなみに自分の住んでいるアパートは二階である。まさかと思い窓の下を眺めた。
その下の地面に足跡がはっきりと続いているのを見て俺は確信した。
「扉の開け方を知りませんから、仕方なく窓から飛び降りてユウキさんの帰りを待っていたのですが・・・」
「た、頼むからあんまり無茶をするのだけはやめてくれ・・・」
本当にコンルの行動を見ているだけで寿命が縮まりそうだ。
「大丈夫ですよ。それくらいの高さであれば何て事はありませんから。ユウキさんは無理なのですか?」
わざわざ突っ込む必要もあるのだろうか・・・
「間違いなく飛び降りたら大怪我するよ・・・」
聞いて良かったような、聞かなきゃ良かったような・・・
間違いなくコンルの身体能力の凄さを知ってしまったような気がする。
この寒さも何て事無いって言っていたからな。
コンルが外に出て行ってから数分後。俺はベットの中で色々と今日の出来事を思い出していた。
(過去の時代からリムルルと言う女性と一緒にやってきた事)
リムルルって女性はどんな人なのだろうか?コンル以上に活発なのだろうか・・・
それともコンルと同じ様に天然な所があるのだろうか。
(本来コンルの本当の姿は夢の世界でしか実体化する事が出来ない事)
じゃあ、なんでこの現実世界であの姿になれるのだろうか?普段はどんな姿をしてるのだろうか?
力を使い過ぎたとかって慌てていたよな。
だけど、何処に居るのかも分からないのにコンルはリムルルを探す事が出来るのだろうか?
この右も左も分からない未来の時代で。もしかしたらリムルルも何処かで辛い思いをしているかもしれないのに。
俺のように偶然誰かに助けられていればいいのだが・・・
徐々に睡魔が襲ってきた。集中力が徐々に失われ俺はゆっくりと眠りに付いた。
誰もが寝静まった夜。人の住んでいない町外れの道。静寂な中、漆黒の服装に包まれた男が居た。男は何も考えずゆっくりと歩いていた。
しかし男には目的の人物がいた。その人物に接触するために、その為だけに歩く。
「おまえも私を探しているのか・・・」
男がゆっくりとその足を止めた。ならばここで待つのも悪くない。
その時その静寂を打ち破るドス黒い声が響いた。
「おい、ちょっと待てや、大人しく俺様の質問に答えろや」
男が後ろを振り向くと、ざんばら髪の黒い服を着た、血色の悪い、紫色の肌を持つ男がしゃがみ込んでいた。
この寒さの中で男は一枚しか服を着ていない。それをものともしない雰囲気を漂わせていた。
「この羅刹丸様の質問に答えろや。いいか・・・」
「覇王丸と呼ばれる侍は何処か・・・かい?」
羅刹丸と呼ばれた男が質問をする前に男は答えた。心を読まれて動揺するかと思ったが、
羅刹丸はけらけらと笑いながら男に平然とした口調で返す。
「だったら言えや、死にたくなかったら答えろや」
まるで人を脅す事を楽しむかのように羅刹丸のドスの聞いた声が響く。いや、脅しを楽しんでいるだけではない。
相手の怯えた顔を見る事が羅刹丸の快感そのものであるのだ。人を殺す事に何のためらいも無い。
「少なくとも「この時代」に覇王丸はいないのではないかな?それくらい知らなかったのかな?」
「何?」
「魔界代表、いや代表と言う程有名ではなかったかな。魔界の残虐者の一人の羅刹丸君・・・」
男が言い終わった瞬間、羅刹丸の「妖刀・屠痢兜」が男の首元に突きつけられる。
羅刹丸の怒りに刺激させるには十分な挑発であった。
いや、羅刹丸に怯えなかった事だけで既に本人は苛立っていた。
「てめぇ、この場で息の根を止めるから小便漏らして命乞いでもしな!もっとも命乞いをしても見逃すつもりなんざ、初めからねえがな」
そのまま羅刹丸は男の首筋に刀を突き刺そうとした。だが男はそのまま羅刹丸の金的を蹴り上げた。
不意をつかれた一撃が羅刹丸の体中に激痛を走らせる。
「うがああっ?」
「何処から狙われるのか分からないのだからちゃんと全身を守らないと駄目じゃないのかな?羅刹丸君」
男は余裕の笑みを交わしていた。羅刹丸にとって金的を狙われたのは二度目であった。
これ以上にない屈辱である。羅刹丸がゆっくりと起き上がり男を睨みつける。
「戦意はまだまだ大丈夫みたいだね。さてと、質問も終わったし私はこれで失礼しようかな」
「ああ?舐めやがってるのか?貴様、この俺に喧嘩を売っておきながら生きて帰れると思ってるのか?」
羅刹丸の屠痢兜に力が入る。そのまま羅刹丸が男に突っ込んできた。
「おらよ!心臓、内臓、ぶちまけてやるからよぉお!」
羅刹丸が襲い掛かると同時に男は自分の頭上に大きな氷を作り出す。
男が拳で握り締めるとそれを合図となるかのように氷が花火のようにして砕け散った。
「ああ?何訳のわかんねえ事してやがる」
「のろし見たいなものですよ。君との戦いの始まりを意味する合図」
謎の行動を取った男を見てさすがの羅刹丸も動きを止める。
(そしてもう一つの合図・・・)
さあ、ここから始まるのですよ。
もう一つの物語が・・・
その氷の花火の音をそして砕け散る瞬間をコンルは頭上で眺めていた。
「自分は近くに居るという事を私に合図していると言うのですか」
そしてコンルは走り出した。自分を呼び寄せている罠だと知りながらも。
互いに無言の状態が続いたが男の方から口を開いた。
「いいでしょう、羅刹丸君には私の力を少しだけ見せてあげましょうか。きっと羅刹丸君を良い意味で満足させてあげられますよ」
(そう、氷の具現化の力をね・・・)
「はっ、武器も身に付けてない貴様に何が出来る。今の貴様には命乞いしか出来ねえだろうがっっ!!」
羅刹丸が男の傍まで間合いを詰めた瞬間だった。
「武器が無いのなら作ればいいんですよ。この場でね・・・」
男の手元に一瞬にして刀が現れた。但しその刀の色は青色に染まった刀であった。それは氷の力によって作られた刀。
だが、刀の形を見た瞬間、羅刹丸から動揺の色が走った。
「なっ?河豚毒だと?」
河豚毒・・・
それは羅刹丸が探し回っている覇王丸の愛刀であった。その有り得ない出来事に羅刹丸は動きを止めてしまう。
「動きを止めると負けですよ。羅刹丸君」
男が羅刹丸に向かって刀を振り上げる。
「弧月斬!!!」
「ちいいっ!!!」
刀を真似ただけでなく、技も覇王丸と同じ技を羅刹丸に見せ付けた。だがわずかに羅刹丸の方が防御に徹していた為、男の攻撃を防ぐ。
男は弧月斬を放つと同時に空中に飛んでいた。羅刹丸が上を見上げてにんまりと笑う。
「ふん、馬鹿が。貴様が地面に降りた瞬間が最後だ。俺の一撃で死ねや!」
だがその瞬間、
「烈震斬!」
そのまま羅刹丸目掛け空中から刀を振り下ろしてくる。落下速度が速いため止むを得ず羅刹丸が距離を置く。
そのまま男が地面に向かって強力な一撃が放たれる。その衝撃により男の周辺の雪は全て飛び散った。地面にぽっかりと開いたへこみが男の一撃を物語る。
「惜しかったですね、普通なら弧月斬の隙を狙って攻撃すればそのままあなたの勝ちでしたが・・・」
男はまだ余裕の笑みを浮かべている。
「あいにく私は人間ではないのでね。人間以上の力を発揮するのですよ。ああ、でも羅刹丸君も魔界の出身だから人間ではないのでしたね」
男がさらに羅刹丸の感情に火に油を注がせる発言を平然と言う。
「でも、その人間に負けた経験がありましたね」
そういって男が自分の首を斬り落とすしぐさを羅刹丸に見せ付けた。
それを見ただけで羅刹丸の脳裏に殺したい二人目の相手の面が甦る。一人目は覇王丸である事はいうまでもない。
自分を侮辱しただけでなく、自分をもて遊ぶこの男に対し羅刹丸の怒りは頂点となっていた。
「てめぇのその首、俺が刎ねてやらぁぁぁぁ!!!」
先程以上の動きで羅刹丸が男との距離を縮め一瞬にして男の首元を捉える。
「そう、羅刹丸君もその人間に首を刎ねられた・・・」
男は防御する事もなく河豚毒から新しい刀を作り直す。
「!!!!」
羅刹丸がその刀を見た瞬間、再び焦りの色が浮かび始めた。
その刀こそあの尼に斬られた刀と全く同じ・・・何故こいつが?
羅刹丸の一撃を腰を軽く動かしてかわし、男が羅刹丸の首元に向かって鋭い一閃を放った。
「そう、こんなふうにねぇ!!!!!」
「う、うぎゃあああああああああっ!!!」
一瞬だった。男が羅刹丸の背後を取ったときにはドス黒い血と共に羅刹丸の首が飛び上がる。
雪は羅刹丸の血によってドス黒く染まっていく。男の手元から既に刀は消えていた。
「どうだい?良い意味で満足出来たでしょ?別に負けを認めなくてもいいからね。これは歴史に残らない戦いだから」
男が羅刹丸の首を見る、目の焦点は合っていなかった。
一瞬の出来事で羅刹丸自身もどうなってしまったのかはっきり整理出来ていないのだろう。
「さてと、私もこれで失礼させてもらうよ。魔界の連中もこれでは人間にやられすぎている見たいだね」
数十分後である・・・・
羅刹丸の首が不気味に微笑み始めた。
「ヘッ、ヘッ・・・・」
徐々に羅刹丸の姿がうっすらと消え始める。
「ヘッ・・・ヘッ、ヘッヘッヘ・・・」
そして最後には羅刹丸の肉体も血も何事も無かったかのように消えさった。
だが男がもたらした一撃によって穴の開いた地面だけがはっきりと残っていた。
そして羅刹丸が最後に誰に対してでもなく一言つぶやいた・・・
「ヘッヘッヘ・・・殺してェ奴が三人に増えちまったなア・・・」