(「今が最悪の状態」と言える間は、まだ最悪の状態ではない)  
                 by  シェークスピア       
                       
 
サムライスピリッツ外伝 もうひとつの物語  
第四話 「対峙」  
 
 
コンルが外を歩いているのは散歩の為ではなかった。目的は二つ。  
一つはある男性に託したリムルルを探し出す事は言うまでも無い。そしてもう一つは・・・  
 
 
走り回るうちに住宅街から離れた所に迷い込んでしまったコンル。  
例え道に迷ってもすぐにユウキの元へ戻る事は可能なので帰る事に対しては問題ない。  
しかし自分が「生きて」帰れるかはまだ確信を持つ事は出来なかった。  
徐々に気配を感じるようになる。接触は近い。  
最悪の状態が発生してしまう前に・・・  
「もうすぐ・・・そろそろ気を引き締めないと・・・」  
「その必要は無いよ」  
コンルが声のした方向を見る。自分の後ろにその男はいた。うっすらと笑いを浮かべながら。  
 
「やはり、やはりあなたもこの時代に・・・」  
コンルの表情が曇る。見てはいけないものを見てしまったような、そんな表情だった。  
「感謝しているよ。君がリムルルを助ける為に必要以上の力を使い果たし「私」と「自分」に掛けた封印を自分の手で解いてしまった事を・・・」  
「くっ・・・」  
「コンル・・・この封印が解かれたのはもう数十年ぶりになるんだろうねえ?  
はっきりと言えるのはまだリムルルが誕生していない過去の話・・・」  
 
 
 
「氷邪・・・」  
「その名前で呼ばれるのも数十年ぶりになるんだねえ。魔界の上を行く大魔界の一人のこの私を・・・」  
氷邪と呼ばれた男はふと空を見上げた。二人の存在を強調させるかのように先程まで降っていた雪は徐々に止み始める。  
 
大魔界・・・  
 
「魔界の上を行く大魔界の強者はこの世でごく数名しかいない。一人は君達もよく知ってる・・・」  
「暗黒神アンブロジア・・・」  
氷邪が口にする前にコンルがその名を口にした。  
かつて天草四郎時貞が徳川家に復讐しようとした際、崇拝していた暗黒神の名。  
「そう、魔界を代表する暗黒神。魔界の将軍そのもの。魔界でアンブロジアの名を知らぬ者はいない」  
「しかし、アンブロジアは・・・」  
「そう、皮肉な事にアンブロジアが復活したという朗報は聞いていない。魔界の連中の計画は全て人間達の手によって阻止されているからね」  
「それはこれからも続きます。暗黒神アンブロジアが復活するという法則は絶対に成り立ちません」  
「驚いたよ、そう、それを止めているのは侍と呼ばれる人間達の力、まさに武士の意地、侍の執念、「侍魂」そのものだよ」  
 
 
 
簡単に説明を終えた後、空をずっと見上げていた氷邪が再びコンルの視線を見つめる。  
表情はコンルとは裏腹に余裕の笑みさえ浮かべている。警戒心を強めているコンルとは反対に氷邪はコンルに話し続けた。  
「もう一人はかつて、とある守護精霊と死闘の末、自らの巨大な力と共に封印された精霊」  
「それがあなた・・・」  
氷邪が少し頷き、そしてコンルに向かって人差し指をさした。  
「!?」  
「一つ聞こうか?君の始まりは、コンルと言う存在の始まりは何処からだい?」  
「・・・」  
氷邪の質問にコンルは唇を噛み締めて黙っていた。  
「「答えない」んだ?それとも「答えられない」のかな・・・まあ、いいよ。ならば私が言ってあげようか」  
指していた指を下ろすと氷邪は再び話を続け始めた。  
何も言わずにコンルは氷邪の話に耳を傾けていた。決して氷邪の目を逸らさないように。  
「人は母親の胎内の中から生まれるもの。そうやって成長し、人を好きになり、結ばれてまた子を産む。その繰り返しが続く」  
「何が言いたいのです?」  
話の意図が見えてこない。何故こうも昔話に付き合わなければならないのか?頭の中でコンルなりに氷邪の計画を考えていた。  
「だが、私やおまえは違う。我々精霊は全て「無」から作られた。親も子もいない。ただ気が付けばその場に存在していた。  
そこから自分で考え自分で判断しなければならない。誰も教えてくれない」  
 
 
孤独・・・  
 
 
 
氷邪がコンルに向かって歩き始めた。足跡を一つ一つ作りながら氷邪は一歩一歩確実にコンルに向かって歩み始めている。  
「気が付けば大魔界の一人へと私はなっていた。勿論そこまでの道のりは長かったし、  
時には誤解を受けた事もあったよ」  
「誤解?」  
「そう。一時期、魔界の連中から「おまえは(氷邪)だからあの中国大陸の「劉雲飛」と言う武人の弟子の一人ではないか?」と・・・」  
「・・・」  
「確かに似たような名前を持った奴がいたかもしれない。だが、そんな事は問題ではない。  
千年前から私が存在している訳ないだろう」  
コンルが呆れて溜息をつく。それに気付いた氷邪が一言だけ付け加える。  
「「無」から作られた私が誰かに仕えるはずがない。たった一人を除いては・・・」  
氷邪がコンルを見る。コンルは氷邪から絶対に目を逸らさなかった。逸らしてしまうと全てあいつに負けてしまうような気がしたからだ。  
 
「私は、この世でたった一人しかいない氷の精霊としての最強と最凶を持った冷徹な存在「氷邪」の名で行動していた。筈だった・・・」  
「しかし氷の精霊は一人ではなかった・・・」  
コンルがわざと氷邪に聞こえるようにつぶやく。  
「だが、ここで思わぬ出来事があった。復活出来ないアンブロジアの代わりに人間を皆殺しにする為に全ての始まりとして「蝦夷」に降り立った時全ての計画が狂ってしまった」  
「蝦夷で始まり琉球で終わろうとしたのですか?」  
「少し違う、最後は江戸の予定だったのさ。将軍を葬り去りアンブロジアの為に魔界の地上を用意しておくつもりだった」  
「あなたはアンブロジアの部下ではないのですか?」  
「まさか?君と違って誰かに従う事はないさ。君の言葉で言うなれば同じ大魔界の「友達」さ」  
そんなあっさりとした関係ではない。自分と氷邪の考えている「友達」の標準は違う。  
それはコンルにも分かっていた。  
 
 
氷邪がコンルの後ろに立つ。背後からでもはっきりと感じ取れる。この男の巨大な力が。  
今、ここでぶつかってしまえば間違いなくこの辺りの地形を破壊してしまう。  
ユウキさんの時代を無闇に破壊する事は出来ない。少しずつ訪れる最悪の状況をコンルは想像し始めた。  
「だけどその時に私は始めての敗北をした。いや相打ちだったのかな。最初に「蝦夷」を選んでしまったのが間違いだったかな」  
氷邪が「はぁ」とさも残念そうに溜息をつく。その溜息そのものが自分に対する皮肉のようであるとコンルは感じ取った。  
 
「うっ!」  
コンルの体から悪寒が走るのを感じた。  
「本当にまいったよ。氷の精霊が氷の精霊に全部阻止されてしまったんだから」  
コンルが後ろを振り向いた。  
「!!!」  
その氷邪もあざ笑うかのようにコンルの後ろを向く。  
「そうだよね・・・」  
 
 
 
守護精霊・・・・コンル・・・・  
 
 
 
氷邪の最後の言葉は先程の言葉と違い、憎しみでも悲しみでもない感情のこもっていない言葉だった。  
その瞬間と同時にコンルは氷邪から距離を取った。攻撃を仕掛けてくると思ったからだ。  
だが、氷邪は攻撃の意志を見せていない。にやにやとしながらコンルを見ている。  
「本当にまいったよ。君自身の肉体にずっと封じ込められたんだから。  
だけど封印の力を持続させるために君は持っている力の大部分を犠牲にしなければならなかった」  
言い終わると同時に氷邪がひし形の氷の塊を作り出した。それはまさに・・・  
 
「完全に私を封印した時には君はこの姿を保つのでやっとだった。リムルルを守る為に必要な最低限の力しか使わなくなった。勿体無いねえ。  
その姿を夢の世界だけに限定するなんて。  
夢の世界だけの姿にしないで自分のやりたい事をこの現実世界で実行すればいいのに。  
私なら間違いなくそうするし、あれだけの巨大な力があればリムルルを守るだけじゃない。やろうと思えば生きとし生きるもの全ての存在を・・・」  
「氷邪!!!!」  
コンルが声を荒げていった。例え冗談で言う台詞であってもコンルはそれを許さないだろう。  
巨大な力を使った一方的な無益な破壊、意味もなく人間の虐殺に使う事など・・・  
「まあ、冗談はさておき、君に封印され続けたおかげで私の今の肉体は消滅しかかっているんでね」  
「!?」  
「肉体が消滅するのもあと数日しかないだろうね。だから肉体が消滅する前に新しい肉体となる生贄を探さないといけない。それもアイヌの巫女をね・・・」  
「ま、まさか・・・」  
コンルの表情が徐々に青ざめる。大体の氷邪の目的が分かった。氷邪がこの時代で行おうと考えている事を。  
 
「さてと、昔話(但し、コンルから見れば無駄話であったが)を語ったし、気分も懐かしくなった所でそろそろ本題に入ろうか?」  
氷邪が第一声を放つ。  
 
 
「今、リムルルは何処に居るんだい?」  
 
 
「・・・」  
予想通りの発言だった。動揺を悟られないようにコンルが返事を返す。  
「知りません。いえ、例え知っていたとしてもあなたに教えるつもりはありません」  
「ふ〜ん。教えないんだ。でもコンルだって分かってるはずだよね。リムルルがこの地の何処かに居る事を・・・」  
「私はある男性に全てを任せました。その男性ならきっと大丈夫だと・・・」  
 
(そう、彼なら、ありのままを受け止められる心を持っていると・・・  
きっとリムルルとも上手くいくと・・・)  
後にそれはコンルの思惑通りの結末になる。最終的にコンルはその男性をリムルルに託した事にほっとする事になる。  
 
 
「ふふ、ふははっははっ。君は余裕なんだねコンル・・・」  
氷邪が大声で笑い出した。相変わらず、にやついた笑みは健在である。  
 
「では、逆に聞きますが何処から来るのですか?あなたのその余裕とも言える、不気味過ぎるほどの笑顔の表情は?」  
コンルの質問に氷邪は表情を変えずに答える。  
「君自身で言っているじゃないか。余裕だからだよ。追い詰められないと誰だって動揺しないでしょ?  
さっきから君は何かを問われる度にはっきりと表情を変えている。本当に分かりやすいよ」  
氷邪が片手を空に向かって上げ始めた。氷邪の手には少しずつ、そして確実に力が込められていた。  
「さて、私もリムルルを探さないといけないしコンルに邪魔されるのも困るから・・・」  
「氷邪、戦う前に一つだけ質問があります」  
「ん?答えられる範囲かい?」  
 
 
コンルにはどうしても確かめておきたい事があった。出来る事なら的中しては欲しくない。  
しかしあの時からずっと気になっていたのだ。  
それは、つい先程の事だった。  
 
 
(その頬の傷はどうしたのですか?)  
(何、対した事無いよ。軽い怪我だから)  
(大丈夫ではありません。私の為にこの寒い中を出掛け、怪我までして)  
 
 
(あの時ユウキさんの頬に付けられていた傷は間違いなく刀傷。この時代にも刀を平然と持ち歩いている人はいないはず)  
まだこの時代を詳しく把握していないコンルだったが直感的にそう感じ取っていた。  
ユウキが刀を持参していなかった事。髪型が明らかに違っていた事。  
手掛かりは少ないがそれでもそんな気がしていたのだ。  
 
そしてこいつに聞かなければならない。  
意を決意したようにコンルは氷邪に確かめる。  
「あなたは「この時代」で誰かを斬りつけましたか?」  
コンルの質問に氷邪は即答で答えた。  
「ああ、そうだよ。でも半分当たってるけど半分違うね」  
やはり、こいつはユウキさんを斬り付けている。自分のせいでユウキさんを巻き込んでしまった。守れなかった自分も許せないが、それを行ったこいつも許せなかった。  
「氷邪!あなたと言う人は、何の関係もないこの時代の人にまで・・・」  
「何を勘違いしているんだい。私が斬り付けたのは「この時代」の相手ではない。  
君と同じ「過去」から来た人物さ」  
「!?」  
自分達以外にも「過去」からこの時代に来た者がいる。頭の中で整理したかったが考える余裕を氷邪は与えなかった。  
「長い時を超えようやく君の体から出られたんだ。まだ体は慣れてないが挨拶代わりとして受け取ってもらう」  
氷邪の手が辺りの雪を吸い込んでいく。いや、正確には手に密着していると言うべきか。  
氷邪とコンルの辺りの雪は全て氷邪の手に吸い込まれていった。  
それを呆然として見つめるコンル。恐らく自分に向けて一直線に放ってくるであろう。  
ならばそれを放つ前に氷邪の懐に飛び込み、攻撃するしかない。  
決して見せる事はない、(見られる事もないが)コンルの目つきが変わった。戦う目である。  
氷邪が自分の手に精神を集中している今しかない。  
 
「氷邪!」  
走ると同時にコンルも自分の手に力を込めた。だがその時だった。氷邪の手が一直線にコンルに向けられた。  
それでもコンルは動きを止めなかった。最後の最後まで諦めない。  
自分の攻撃が氷邪に届くまで。  
「じゃあ、受け取ってくれたまえ」  
氷邪の手に密着していた雪の塊がコンルに襲い掛かった。  
既に攻撃の準備は整っていた。その大きさはリムルルがいつも放っているルプシ・カムイ・エムシ程の大きさである。  
「うっ!」  
完全な誤算だった。一方的に飛び出してしまった為に回避が間に合わない。ならばと、咄嗟に腕を十字にし、防御体勢を取る。  
その瞬間、氷邪が開いていた手を握り締めた。「バン」と言う大きな音を立てて雪の塊が破裂する。  
「えっ?」  
落ち着いてコンルは状況を思い出した。氷邪が放ったのは氷の塊ではなく雪の塊。  
氷と違い破片に当たって怪我をする事はない事に気付く。  
雪の粉が舞い散るようにしてコンルの周りを飛び舞う。雪は徐々に地面に落ち、最後には何事も無かったかのように元の地形へと戻っていた。  
「だから、言ったじゃない。挨拶代わりだって。それにこの姿になってまだ私も君も慣れていないでしょ」  
 
「ひょ、氷邪・・・・」  
完全にしてやられた。自分は氷邪にして弄ばれてしまった。今回、氷邪は初めから戦うつもりなどなかった。只、自分の力量と自分の置かれた状況を調べていただけであった。  
「次に会う時は挨拶なしで戦うかもね。さっきも言ったけどリムルルを探す妨害をされると困るからね」  
再びコンルが氷邪の前に立ちはだかる。  
「次なんてありません。今ここであなたを・・・」  
「慌てなくてもいずれ決着の時は来るさ。それまでこの時代で一生忘れられない思い出を作ったらどうだい?」  
「なっ?」  
氷邪の周りから雪が舞い散り始めた。まるで木の葉のように徐々に氷邪の姿を覆い隠していく。  
それを見逃すコンルではなかった。  
「逃がすものですか!」  
コンルが手を大きく伸ばした時であった。ふわりと、雪が舞い上がり氷邪の姿は何時の間にか消えていた。  
「くっ・・・」  
コンルが呆然と空を見上げる。先程まで止んでいた雪が再び降り始めた。再び静寂な時間が動き始める。果たして自分は氷邪よりも先にリムルルを見つける事が出来るのだろうか・・・  
「氷邪・・・最も恐れていた事態が起きてしまった。  
もし、リムルルだけでなく、この時代も氷邪が狙っているのならば止めなければならない」  
少しでもいい。僅かな気配でもいい。小さな手掛かりでもいい。何処かにリムルルの情報があれば。  
落ち着いた表情でコンルは目を閉じた。そしてゆっくりと祈り始めた。  
「今日は、ここまでですね。長い散歩になってしまいましたが」  
そして現在の首飾りの所有者の事を思い浮かべながらコンルは祈る。  
(ドクン・・・)  
「?」  
一瞬自分の胸の鼓動が速くなった事に気付く。ただ、ユウキの事を想像しただけなのに。  
「今感じた胸の鼓動は一体・・・?」  
もう一度精神を集中させる。余計な事を考えずに・・・  
胸の鼓動は既に消えていた。  
数十秒後コンルの姿は消える。  
自分を迎えてくれた男性の家へと・・・  
 

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