第七話「入浴」
食器を片付けた後、風呂場を確認し、準備万端になった事をコンルに伝える。
「えっ?お風呂ですか?」
少し悩んだ末、コンルが首を横に振った。
「私は入るときっとのぼせてしまうか、体が溶けてしまいそうですから辞めておきます」
「溶けてしまうって・・・氷じゃないんだから」
コツンと頭に氷が落ちてきた。思わず「うっ」と小さな声を上げてしまう。
「思い出しましたか?」
「・・・」
もう一度コンルが氷を落とそうと手を上げようとしたので慌てて静止する。
何度も頭の上に氷を落とされたら自分の頭がいくらあっても足りない。
「入らないんだ。ちょっと残念だな」
「何が残念なのですか?」
はっと、息を呑んだ。思わず口が滑りすぎたことに気が付いた。
「じゃあ、しばらくそこで待ってて。しばらくしたら戻るから」
「はい。私の事は気にせずゆっくりと入ってきてください」
コンルに背を向けてゆっくりと風呂場へと向かう。何となく後ろを向いてみた。
コンルが手を振っていた。まるで自分が出稼ぎをしにいく夫を見送る妻のように。
「俺は旦那様か・・・」
彼女に聞こえないように小さくつぶやいた。
自分の衣服を脱いだ後、ゆっくりと風呂場の戸を開く。カラカラカラと、昔ながらの音がした。
もう一度風呂の温度を確認する。ちょうどいい湯加減だ。
入る前にシャワーで一通り体を洗ってからゆっくりと足元から入る。
少し親父臭いが頭にタオルをのせながら。
「ふーっ・・」
眠気覚ましの朝風呂は最高だとご機嫌になるユウキ。普通は朝シャンだけだがお風呂まで入れるのは少し贅沢だったかもしれない。
さて、色々と動き回って出掛けたらリムルルって女性を見つけられるだろうか?
等と考えながら石鹸で体を洗う為に立ち上がろうと思った瞬間だった。
カラカラカラと、突然誰かが戸を開けたのだ。慌てて座り込むユウキ。
白い湯気に隠れながらうっすらとコンルが顔を見せる。ちょっと、戸惑ったようにユウキを見る。
「あれ、風呂には入らないんじゃなかったの?」
風呂場の中でタオルでちゃんと隠すべき所を隠してからコンルに質問する。
(入る気にでもなったのかな?)
「い、いえ折角ですのでせめてユウキさんの体だけでも洗って差し上げようかと・・」
いきなりの願ってもない要求に考える前に口が先に動いてしまった。
「ああ、構わないよ。お言葉に甘えてお願いしようかな。でもここに入るときは靴は脱いで入ってね」
今、気付いたのだがこの人は土足で部屋の中を歩いていたようだ。自分の世界でもこんな事をしているのだろうか?
タオルで前を隠し湯船からあがるユウキ。何の疑問を持たず見つめるコンルに思わず自分が恥ずかしくなる。
「え、えっと・・・この時代ではどんな風に体を洗うのですか?」
「いや、特に基本は変わらないと思うからコンルの好きにしていいよ」
そういってコンルにタオル(勿論予備の)と石鹸を渡す。取り敢えず、この時代の機械は説明しないと分からないよな。
「このタオルで石鹸をこうやって擦ると泡が出て来るからそれで体を洗ってくれればいいよ」
「はい」
「えっと、ここの「お湯」って書いてあるボタンを押すと、お湯が出てくるんだ」
「はい」
「で、ここの「水」って書いてあるボタンを押すと、水が出てくるの」
「はい」
「最後にこのシャワーってボタンを押すと・・・」
ユウキが、引っ掛かっている別個になっている機械の道具を取り出す。そこの蛇口から細かい雨のような感じでお湯が流れてきた。
「本当にユウキさんの時代は不可不思議が多すぎます。私もびっくりしました」
(あんた自身も不可不思議な所が多いと思うけどね・・・)
「取り敢えず最低限の説明はしたからこれで大丈夫かな。分からない所はある?」
「ユウキさん・・・」
「ん?何か分からない所があった?」
ちょっとだけカッコつけて先生気分になっているユウキとは裏腹に少し困ったそうにユウキに質問するコンル。
「もう一度最初から説明してもらえませんか?」
「・・・・」
ユウキは心の中で溜息をついた。
(それって、分からないんじゃなくて人の話を聞いてないんじゃ?)
「ふふ、冗談ですよ」
この人は、とうとう冗談まで言うようになった。徐々に打ち解けているのが自分でも分かった。