第八話「転倒」  
 
初めてのはずなのにまるで慣れた手つきでタオルに石鹸をこすりつける。  
「こんなものでしょうか?」  
「ああ、それでいいよ」  
タオルを四つ折りにたたみ背中に密着させて擦り始める。少し強い。  
「ご、ごめん、もう少し優しく、少し痛い」  
慌ててコンルが手を止める。  
「ご、ごめんなさい。大丈夫ですか?」  
「いや、加減してくれれば大丈夫だから」  
苦笑しながらコンルを見る。少し力を弱めもう一度何かに挑戦するかのようにコンルが背中を擦る。今度は自分が普段洗っているよりも少し弱いくらいであった。  
それでも言う事はない。ちょうどいい。  
ふと、鏡を見た。曇っていて完全に見えるわけではないがコンルが楽しそうにタオルを動かしているのが見えた。  
ふと、コンルから声が掛かる。  
「あの・・・、このお湯は使っては駄目なのでしょうか?」  
コンルが指差したのは湯船のお湯だ。ちゃんと確認するんだなと、苦笑する。  
風呂場の扉は何の確認もせず開けていた事を思い出す。  
「ああ、使っても構わないよ」  
「分かりました」  
「おっと、お湯を汲むのならそこの桶を使ってね」  
本当はもっと別の言い方があったかもしれないがコンルに分かりやすく伝える為にあえて桶と伝える。  
 
白い桶を手に取ったコンルがお湯を汲む。そしてそのまま背中に掛け湯をするものだと思っていた。  
しかし、現実は甘かった。何のためらいもなくコンルがユウキの頭の上から掛け湯をしたのだ。頭の上から始まり全身にお湯の雪崩が注ぎ込まれる。  
軽い水しぶきがコンルの晴れ着に付着するがあまり気にした様子は見られなかった。  
それくらいであれば差し支えはないのかもしれない。  
「・・・」  
「まだ、落としきれてませんね」  
まるで他人事の様に独り言のようにつぶやきながらもう一度お湯を汲みユウキの頭から掛けていく。  
コンルは全然ユウキの表情に気付いていない。さらに念押しでもう一度掛け湯をしようとする。  
咄嗟にコンルの手を掴む。驚いたコンルが桶を床に落としてしまう。  
「えっ?」  
頭をびしょびしょに濡らしたユウキが目を閉じながらコンルにつぶやいた。  
「やっぱり、体の洗い方の時代は変わってるかもしれない・・・」  
 
 
「い、いいよ。そこまで洗わなくても」  
「いえ、折角ですから私に任せて下さい。ユウキさんは何もしなくてもいいですから」  
俺の目の前にコンルが楽しそうな笑顔を振りまいて俺の体を洗っている。  
当然、自分の大事な所はタオルで隠してある。  
後ろにいるときはいいが、こう、自分の目の前に立たれると何処に目を向ければいいのか分からない。  
それだけではない、彼女の動きにあわせて豊富な胸が上下に動く。ますます目を合わせられない。  
不自然な目の動きにコンルが気付く。不思議そうにユウキを見つめる。  
「どうかしましたか?先程から目が泳いでますが・・・」  
「そんな事はないよ、そんな事は・・」  
「じゃあ、顔はしっかりとこっちを見ててくださいね」  
そういってユウキの顔にコンルの両手が触れる。真っ直ぐに体勢を合わせようとする。  
コンルの青い瞳が自分を捉える。完全に自分の目とコンルの目が近距離に迫る。  
ご、拷問だとユウキは心の中で悲鳴を上げた。  
「変な、ユウキさん」  
 
(あんた、自分で誘惑してるって気付いてないのか?)  
体中が赤くなり精神的に限界が訪れる。そりゃ、昔、姉貴と入った事はあるがあくまでも子供の頃の話だ。  
今は違う、ここにいるのは子供ではない。言うなれば新婚夫婦が風呂に入っているようなものだ。まして恋人と付き合ったり、同棲した事もないユウキにとっては女性と一緒に風呂に入る行為・・・  
それはまさに、例えるならコンルは沸騰した鍋、ユウキはその中に入っている蟹そのものであった。今のユウキは茹で上がった蟹である。  
蟹はついに限界の悲鳴をあげる。  
「な、なあそろそろ風呂から上がろうか。もう十分洗ってもらったし」  
「えっ?しかしまだ、胸と後ろの背中しか洗ってませんよ」  
この状況でまだ何処を洗うつもりだったんだろう。その時コンルがタオルから石鹸を落とす。慌てて拾おうとするが床に足を滑らせる。  
「あ、危ない」  
慌てて、転倒しそうになったコンルを見て抱きかかえようと一歩動いた時だった。  
踏み出した第一歩が床に落ちていた石鹸と重なった。当然ユウキも体勢を崩す。  
そのまま体の体勢を整えられないまま二人は体ごと湯船の中に落ちてしまった。  
大きな水しぶきと共に・・・  
 

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