今日という一日は、明日という二日の、価値を持つ BYベンジャミン・フランクリン  
 
 
 
原作 陸捨肆様「リムルル」より  
サムライスピリッツ外伝 もうひとつの物語  
第十話「出発」  
 
「体調はもう大丈夫なの?」  
「はい、ユウキさんのおかげでもう大丈夫ですよ」  
簡単な後始末を終え、戸締り、ガス、風呂の電気、ストーブ(弱火にしておけば大丈夫だろう)も消してある事を確認する。  
普通に見ればこの時代の住人にしか見えないコンルと一緒にアパートの外に出る。  
すがすがしい朝とはこういうことをいうのだろう。気付かれないようにコンルを横目で見た。  
「?」  
不思議そうにコンルが首を傾げた。別にユウキが声を掛けてくれそうな感じではない。  
あっさりとコンルはユウキの仕草に気付いてしまった。  
思えばここでコンルが倒れていて、不思議と彼女を介抱して、精霊だと言われて拍子抜けしてしまい、思考回路が可笑しくなってしまった事もあった。  
 
アパートから駐車場までそんなに距離は離れていない。ついでに自転車小屋もある。  
その自転車小屋の自転車と一緒にユウキ愛用のバイクが置いてあるのだが、今回は違った。  
あの時コンルを連れてそのままアパートの中に入ってしまったのでバイクをそのまま放置してしまっていたのだ。  
雪まみれになった愛用のバイクはご主人に見捨てられたかのように悲しそうに埋もれてしまっていた。  
さっと雪をどかした。コンルもそれを見て手伝う。コンルから見れば見たこともない物体。  
見た事もないからくりである。  
ふと、コンルが見た事もない物体が気になったので声を掛けようとした。  
「これはバイクといって、まあ簡単に言うと自由に出掛ける事が出来る最高の乗り物さ。  
まあ、コンルの時代で言えば馬を何倍にも早くした感じだと思えばいいよ」  
「はい」  
聞きたい事を質問しようとしたが先にユウキが答えてしまったのでコンルが開いた言葉は相槌のみであった。  
バイクと呼ばれる乗り物。前と後ろに丸い何かが取り付けられている。どのようにして、どんな移動をするのだろうか?少しだけコンルの胸を高鳴らせる。  
ユウキがもう一度バイクの点検をする。雪に埋もれていたが異常はない。このままエンジンを掛ければ動くはずだ。  
すっと、ユウキがバイクのキーを取り出す。  
「何ですかそれ?」  
間髪入れずにコンルが尋ねる。ユウキがコンルにそれを見せながら答えた。  
「鍵だよ」  
「何のですか?」  
「バイクの鍵だよ」  
コンルが驚愕した。まるで扉の鍵を開けるみたいだと。  
「夜中に言っていたドアのノブと呼ばれるもの見たいなのですか?」  
「まあ、そんな所かな」  
感心しながら一つ一つ納得していくコンルを余所目にユウキが鍵を差し込んだ。  
その時、まるで命が吹き込まれたかのようにバイクのエンジン音が鳴り出した。  
 
「きゃっ・・・」  
生まれて始めて聞く音に反射的に小さな悲鳴を上げてしまった。ユウキがさぞ、無理もないかと言わんばかりに楽しそうに見ていた。  
「乗って。今から少し現実世界を見せてあげるよ。リムルルを探すがてらね・・・」  
「乗ってと言われても・・・・」  
コンルが少し困った表情を見せた。どのようにして乗れば・・・・  
 
 
ふと、コンルの頭の中で何かが走った。バイクを別の方向で想像してみる。カムイコタンの時代で例えるならこの乗り物は何に近いか・・・  
バイクの形をもう少し柔らかく考えていく。そしてユウキの乗っている形。あれはまるで・・・  
 
 
(シクルゥ・・・・)  
完成した自らの想いに納得したコンルがシクルゥに乗る要領でユウキの後ろに座り込む。  
「・・・」  
何かバツが悪そうに黙り込んだコンル。ユウキがそれを見た。  
「どうしたの?」  
「いえ、何でもありません」  
じゃあ、何でそんな顔をするのかユウキには分からなかった。  
 
(このバイク、シクルゥのようにふかふかではないです・・・)  
精霊による、小さな愚痴であった。  
 
 
「おっと、乗る前にこれを・・・」  
ユウキから丸い何かを手渡される。見た事もない物体にきょとんとしたあどけない表情を見せる。  
「それはヘルメットといって頭を守るものだよ。こうやって頭を守るんだ」  
そう言って、手本を見せるかのようにユウキが自分のヘルメットを頭に被る。  
なるほど、と納得したコンルが同じ要領でヘルメットを被った。  
(やっぱり、基本は姉貴と同じ体型だな。胸は姉貴より大きいけど)  
(わ〜〜、へるめっとと呼ばれるものを被ると同じ視界でも全く別世界になるものなのですね)  
最後にアクセルを掛ける前にもう一度コンルに注意を促した。  
 
「少し、飛ばしていくから慣れない間は俺の体に捕まってた方がいいよ。もしかしたら落ちちゃうかもしれないから」  
「はい、分かりました」  
ヘルメット越しから響きの入ったコンルの声が返ってきた。それと同時であった。  
むにゅっとした感触がユウキの背中に密着した。  
「あっ・・・」  
ふいに声を上げてしまった。忠告どおりにユウキの体を抱き締めたコンルが不思議そうに見つめる。  
「どうかしましたか?」  
「い、いや何でもない」  
抱き締められた瞬間、彼女の胸がユウキの背中を押し付けたのだ。背中越しから感じる彼女の胸の感触。姉貴のはあまり感じないのにどうしてコンルにだけ・・・・?  
身内と他人の違いかと、自分に納得させユウキはストッパーを外しバイクのアクセルを動かした。  
「行くぞ!コンル!」  
それに答えるかのようにコンルも返す。  
「はい、いざ尋常にお願いします」  
やっぱり、時折間のずれた事を発言するが、それがこの人の個性でもあるのだから・・・  
コンルから映る新しい現実世界がゆっくりと動き出す。多少の雪が地面に積もっていたがユウキのタイヤはそれを無視するかのように地面にタイヤの跡だけを残していった。  
(馬よりも早い・・・これが現実の乗り物・・・)  
自分の胸をユウキに押さえながらまずは落ちないように、しっかりと彼の体に自分の腕を、そして体を添えるのだった。  
 

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