また一つ、大きな戦いを終え、ナコルルは帰郷の途についていた。  
カムイコタンまであと少し、薄日が差し込む深い森の中で、かの女は足を止めた。  
傍らの木の幹にそっと寄り添うと、額を当て、瞼を閉じる。  
「この森にも、生気が戻ってきてる。 ・・・よかった・・・」  
安堵の表情を浮かべるナコルル。歩み出そうとして、再び踏み留まった。  
もうすぐ、久し振りの故郷。しかし、嬉しいはずのその顔は曇っていた。  
コタンに帰れば、アイヌの巫女としての宿命が彼女を待っている。  
「・・・」  
(コタンは大好き、皆のことも。 でも・・・  
・・・もう、誰も傷付けたくない・・・)  
両の掌を見つめる。その手が、血に塗れているように感じて、ナコルルはきゅっと目をつぶった。  
 
(・・・自由になりたい。 普通の女の子みたいに・・・可愛い服を着て・・・恋をして・・・。)  
青い瞳の笑顔が脳裏を過ぎる。  
我知らず微笑んでいた自分に気付いて、少し驚く。そして、はにかむような笑みに、自嘲と悲しみの色が混じる。  
ナコルルは、ふるふると頭を振った。  
(なんて、大それたことを・・・)  
 
「早くコタンへ帰ろう」  
そう独りごちて、前を向いた。その時。  
「どうしても帰るのか」  
ナコルルの背後から、声が降ってきた。  
はっとした瞬間、胸が、きゅんと締め付けられる。  
(ガルフォードさん・・・!)  
 
「・・・皆が、待っているんです」  
平静を装い、前を見据えたまま、ナコルルは答える。  
やんわりと拒絶を込めたその言葉は、自分自身にもまた甘えを許さぬ、という意が篭められていた。  
「・・・行くな!」  
「!!」  
突然、ガルフォードの腕に背中から抱き締められて、思わず竦み上がる。  
今度ばかりは、動揺を隠せなかった。  
身体が、それ以上に顔が、頬が熱い。心臓が早鐘を打つ。  
その腕に、かの女を拘束するほどの力は無いのに、息苦しくて、ナコルルは動くことが出来なかった。  
 
「・・・もう戦わなくて良い。 俺と、ずっと一緒にいよう。」  
「・・・!」  
唐突な告白に驚く。  
堪らなくなってナコルルが振り仰ぐと、そこには固い信念と、悲しみを湛えた青い瞳。  
「君は優しすぎる。ひとを傷付ける度、君自身も傷ついていく。  
・・・君にもう、剣を取って欲しくない」  
「ガルフォードさん・・・」真摯な眼差しに射抜かれ、否応無く心が揺さぶられた。  
その胸に、縋りたくなってしまう。  
「・・・ごめんなさい」  
俯くと涙が零れてしまいそうになるのをこらえ、一生懸命に笑顔を作った。  
「私はアイヌの巫女。 わかってください・・・」  
 
「・・・Oh、Shit!」  
ガルフォードは苛立ちを顕わにして踵を返すと、吐き捨てるように言った。  
「・・・OK。わかった・・・」  
その背中から、抑えた声が届く。ナコルルからは、その表情は伺えない。  
「ガルフォードさん・・・」  
「巫女を出来なくなればいい」  
「えっ・・・?」  
一瞬、彼が何を言っているのか分からなかった。  
呆然とするナコルルに、ガルフォードが向き直り、矢庭に両の二の腕を掴んだ。  
「痛・・・!」  
先程の抱擁と違う、驚く程強い彼の腕力に、ナコルルは思わず声を上げる。  
「巫女でなくなってしまえば、君はもう、縛られることも無い・・・」  
抑揚の無い低い声音に、ナコルルは言い知れぬ恐怖感に苛まれた。  
「ガルフォードさん・・・?何を、言ってるの・・・?」問う声が震える。  
「巫女は、純潔でなくてはならないんだろ」  
「!?」  
その言葉の意味を素早く理解して、背筋が凍りつく。 ナコルルは初めて、この男を怖いと感じた。  
「ガルフォードさん・・・やめて・・・」  
ナコルルは彼から離れようと身じろぐ。しかし、二の腕を掴む強さは、それを許さない。  
「こんなこと、したくはなかった!しかしっ」  
「お願いです・・・どうか、放して!」  
ナコルルが懇願しても、ガルフォードは聞き入れない。  
「君を守る為にはもう、こうするしかないんだ!」  
二人の距離が詰まる。  
「嫌ぁっ・・・やめてっ!!」  
明らかな拒絶に、ガルフォードは悲しげに顔を歪める。  
「やッ・・・お願い・・・!ガルフォードさんっ・・・!  
ん・・・っ!!」  
焦燥に駆り立てられるまま、ガルフォードは哀願の言葉を紡ぐかの女の唇を塞いだ。  
いきなり唇を奪われて、ナコルルに衝撃が走る。  
「んん・・・!!」逃れようと激しくもがくと、すぐに酸素が尽きて、ナコルルは苦しげにうめいた。  
見開かれた双眸から、涙が零れる。  
肘から下を必死に動かし、腰に帯びたチチウシに手を伸ばす。  
ナコルルの掌が、柄の感触を捉えた。  
懇親の力を振り絞って繰り出した刃が一閃するのと、ガルフォードが飛び退いたのはほぼ同時だった。  
「ナコルル・・・」  
刹那に見た、傷付いた色を湛えた青い瞳。  
しかし、軽い酸欠状態に陥っていたナコルルは荒く息をつくのに精一杯で、他に考えを巡らせる余裕など無い。  
チチウシを翳して後退る。  
 
「来ないで・・・!お願い・・・!」  
それだけをやっとのことで吐き出すと、乱れた着衣も構わず、ナコルルは木々の間を闇雲に駆け出した。  
息が切れ、着崩れた巫女装束が動きを妨げ、足が縺れる。  
「あうっ!」地表に張り出した木の根に躓き、ナコルルの身体は宙を舞った。  
地面に叩きつけられ、暫く呼吸が出来なかったナコルルは、這いつくばったままで激しく咳き込む。  
ようやく半身を起こし後ろを振り返ると、ガルフォードはすぐそこまで追いついていた。  
「・・・っ!」  
もう逃げられないと悟ったナコルルは、愛刀を自らの喉元へ宛てがって目を閉じる。  
瞬間、キィンッと鋭い金属音を残し、チチウシが弧を描く。  
「馬鹿なことを・・・っ!」抜刀したガルフォードが吼える。  
ナコルルは、力なくその場にへたり込んだ。忍刀を放り出し駆け寄ってきたガルフォードに平手打ちされ、はっと我に還る。  
「そうまでして巫女で居たいのか・・・!?自分を犠牲にしてまでっ!」  
強い調子で詰られる。そして、そのままの勢いで抱きすくめられ、ナコルルは身体をびくりと強張らせた。  
張られた頬にじん、と痛みが広がると、堰を切ったように涙がとめどなく溢れ出す。  
「俺が、君を自由にする!そうすることが、正しいんだ!」  
頬を涙で濡らし、怯えきった表情で弱々しく首を振るナコルルの着物を、ガルフォードは袷から差し入れた手で肌蹴させた。  
「駄目っ・・・!ああっ・・・!」  
白い柔肌を晒され、ナコルルは羞恥に身を縮める。  
「はぁ、んんっ!!」  
頤を反らされ、再度、呼気ごと唇を掬い取られた。  
先程の触れるだけの口付けと違い、深く重ね合わされた唇に、ナコルルの抵抗が鈍る。  
胸中を過ぎる甘い感傷に、流されてしまいそうだ。  
「・・・んっ」  
歯列を割って絡み付いて来た生暖かい舌には愕然とするも、やがて身体を走り抜ける痺れにも似た甘美な感覚を知る。  
まるで、時間が止まっているかのように錯覚し、ナコルルはいつの間にか瞼を閉じていた。  
咥内を弄っていたガルフォードの舌が、唇と共に離れる。  
未だ恍惚とした中で、どちらからともつかず、はぁ、と深い息をつく。  
休む間もなく、今度は首筋に舌を這わされた。  
「あ・・・っ」  
湿った舌がくすぐったくて、ゾクゾクと肌が粟立つ。  
同時にすべらかな肌の、あちこちを愛撫される感触。  
「・・・!」  
ナコルルは口付けで翻弄されている間に、あられもない姿にされていたことに気付く。  
「や・・・!」  
「綺麗だよ、ナコルル・・・」  
耳元で囁かれ、ナコルルは真っ赤になって縮み上がった。  
(・・・そんなこと、言わないで・・・!)  
ゆっくりと、地面の上へ仰向けに倒される。艶やかな長い黒髪がしなやかに広がった。  
「ガルフォードさん・・・!間違っています、こんなこと・・・」  
ナコルルは瞳を潤ませ、ガルフォードを諌めた。  
ガルフォードの真剣な視線とかち合う。  
 
「・・・君を、救いたいだけなんだ。  
Because、I Love you・・・」  
そう言ったガルフォードの声色は優しくて、異国の言葉を知らぬナコルルにも、その意味合いは伝わった。  
「私・・・でも・・・!  
あっ」  
言葉の先は、ナコルル自らの口から発せられた声に遮られる。  
見れば桜色の乳首を口に含まれていた。  
「や・・・っ、あぁ!」  
舌で転がされると、そのなんとも言えぬ感覚に、ナコルルは小さく身体を震わせ、自分でも信じられないほどの甘い声が零れる。  
「あ・・・はぁ・・・っ」  
初めての感覚に怯え、押し退けようとガルフォードの頭に手を伸ばすが、力が入らぬ腕はただ彼の頭を掻き抱く形を成しただけだった。  
そのうちにも愛撫は順に、下へと降りていく。  
「・・・!」  
脚を開かれそうになって、薄れかけていた羞恥心がよみがえった。  
「嫌っ!!やめて・・・ガルフォードさ・・・!!」  
耳まで真っ赤に染め、いやいやとかぶりを振る様が、余計にガルフォードを煽る。  
問答無用、とばかりに、かの女の大腿を左右に押し広げた。  
「いやぁっ!!  
見ないで・・・っ!」  
自分でも見たことのない部分をガルフォードに見られると思うと、あまりの恥ずかしさにナコルルの身体がカッと燃え上がる。  
反射的に顔を叛けるナコルルに構わず、露わになった恥丘や内股にガルフォードは舌で触れていく。  
「やっやめて・・・!  
そんな・・・ぃゃあっ・・・!」  
ささやかな茂みの奥の、男を知らぬ秘部。ガルフォードが顔を埋め、ゆっくりとそこに唇を吸い付けた。  
「はぁあっ・・!あぁ!!」  
堪らず、ナコルルが声を上げる。  
畳み掛けるように、ガルフォードは舌で秘裂を割ると、小さな陰核を舐めあげた。  
「ああぁんっ!!」  
電流が走るような刺激が身体を駆け抜け、ナコルルがひときわ甲高く鳴く。  
一体自分の身体に何が起きているのか。得体の知れぬ感覚にナコルルは戦慄する。  
「ンッ・・・!あぅ・・・っ!」  
唾液で湿った敏感な部分を今度は指の腹で擦られ、我知らず腰が浮いた。  
そこを攻め続けながら、白い肌を這い登りガルフォードは再びナコルルの乳房を嬲る。  
「凄く、感じるんだね」  
徐にガルフォードが口を開く。  
「!」  
淫らな行為に自分は感じているのだと宣告され、ナコルルは眼前が真っ暗になった。  
(そんな・・・  
私・・・悦んでいるんだ・・・)  
信じられない思いだった。  
巫女は決して男と睦んではならない、そのしきたりの意味がやっと分かった気がした。  
こうして恋しいひとに抱かれる悦びを知ってしまった自分は、もはや唯の女に成り果てたとナコルルは思う。  
そんな生き方に、憧れていた筈だった。  
今は、それがどうしようもなく恐ろしい。  
「は、あンっ・・・!」  
心は絶望しているのに、はしたなく零れる嬌声を抑えることが出来ない。  
そんな自分がひどく穢れて思え、情けなさに涙が溢れた。  
「あぁ・・・はぁっ・・・!」  
容赦なく与えられる快感から逃れようと思わず身体をしならせるが、しっかりと押さえつけられていて叶わない。  
「うぅ・・・アッ、はぁン・・・っ!」  
己の意思とは別のところで快楽にうかされている身体は、もはや自分の物ではないかのようだ。  
居た堪れなくなって、ナコルルは両腕で口許と顔を覆う。  
喉の奥で生まれた声が、鼻に掛かってくんくんと漏れる。  
 
(もう、嫌・・・消えてしまいたい・・・)  
恥じ入るナコルルの秘口からとろりと溢れ出した蜜を、ガルフォードは指で掬い取った。  
「っ・・・ン!」  
「ナコルル、こんなに濡れて・・・」  
仰け反るナコルルの顎の先で愛おしそうに言うと、ガルフォードはかの女自身の愛液で濡れそぼった秘裂にそっと指を挿し入れた。  
「・・・!?  
いやあああっ・・・!!」  
異物の挿入を自分の内に感じ、ナコルルは鋭い悲鳴をあげた。目尻から涙が零れる。  
ナコルルが身動ぎすると、温まった内部が蠢いた。  
ガルフォードの指に、生暖かい膣壁がきゅうきゅうと吸い付く。  
「や、あぁっ・・・!」  
押し留めようと伸びてきたナコルルの腕は、ただ、ゆるゆるとガルフォードの首に回された。  
粘膜の中で指を動かすと、そこはくちゅくちゅと卑猥な音を立てる。  
「はぁンっ・・・!ぁあ!」  
くの字に背を曲げて緊張と弛緩を繰り返す度、ナコルルの両足がひくひくと痙攣した。  
身体の中心が、麻痺したように熱い。  
「・・・もう入るね」  
徐に言って、半身を起こしたガルフォードが忍装束の前を寛げる。  
「きゃあっ!」  
始めて見るいきり立った雄根に驚き、ナコルルは咄嗟に顔を覆った。  
ガルフォードはその両手を取ると、地面に縫い付ける。  
「痛ッ・・・!」  
ぐしゃぐしゃに濡れた膣口に尖端を宛てがう。  
「嫌!・・・そんなのッ!無理・・・っ!!」  
秘裂に押し当てられた熱さと巨きさに、ナコルルは恐怖に慄く。涙を流し、必死に首を横に振る。  
ガルフォードは取り合わず、ゆっくりと自らの腰を埋め込んでいく。  
「だめぇ・・・ッ!!」  
冷徹な肉楔が、めりめりと割り入ってくるのと同時に引き裂かれるような痛みが全身を駆け抜けた。  
「・・・っ!」  
身体を貫かれる未知の苦痛に、ナコルルは固く目をつぶる。  
激痛に自然と腰が退けるのを、ガルフォードの重みが繋ぎ止め、封じた。  
「くっ・・・!」  
きつく締め付けられたガルフォードが、耐えいるように眉根を寄せる。  
そのまま、一気に最奥まで押し込まれた。  
 
「・・・あああぁっ!!」  
内側からの圧迫感に、端正な顔を歪め、ナコルルは絶叫した。  
ガルフォードは躊躇することなく、さらに突き上げる。  
抜き差しされる毎、襲ってくる鈍痛に、ナコルルは奥歯を噛み締めて堪えた。  
溢れた体液に血が滲んだのが、ガルフォードの欲情を少しだけ薄める。  
「君に、酷いことを・・・ごめん・・・!」  
苦しげにガルフォードが呟くが、ナコルルには答える余裕など無い。  
「アっ!あう・・・ッ!」  
頬を涙でしとどに濡らし、ただただ喘ぐ。  
ナコルルの膣があまりに締め付けるため、ガルフォードの息も上がっていた。  
あっさりと上り詰め、「も、もう・・・!」とうめく。  
ガルフォードが小刻みに腰を打ちつけると、ナコルルの声にならぬ叫びが空を切って断続的に息を吐く。  
「ウ・・・!」  
低い声を発して、ガルフォードが身体を震わせた。  
「あ・・・あぁ・・・」  
体内に熱い迸りが放たれ、膣の奥で肉棒がどくどくと脈打つのを、ナコルルは薄れゆく意識の中で感じる。  
気を失う間際に、声が聞こえた。  
 
俺が、君と、君の大事なものを守るよ・・・。必ず・・・。  
 
 
 
木立の間に、朝靄をわけ、光が差し込んで来るのをナコルルはぼんやりと見詰める。  
いつもと変わらない朝陽を、昨日とは違う自分が見ている。  
鈍い痛みが全身を襲う。あちこち擦り剥けて、腕の青い痣が悲しい。  
傍らで眠る男を見遣ると、穏やかな寝顔があった。それを、愛おしく思う気持ち。  
今はその胸に芽生えた想いだけが、いくらかかの女の心を癒すのだった。  
 
(おしまい)  
 

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