ふと気付くと、そこに女が立っていた。  
 
「んー、……客か?」  
堂島軍二は気怠そうに向き直り、女と女の刀を見る。  
女侍は言葉の変わりに唇をくっとつり上げて、微笑を浮かべた。  
美しい極上の笑み。だが、その笑みには温かい人間味など微塵もない。かといって  
非情な色すら存在していない。  
まるで誰の手も借りずに顔を笑みの形に変えることが出来る、等身大の人形のようだった。  
堂島はその美しく妖しい女から漂う毒気を帯びた色香と、それに混じった血の臭いを  
感じ取る。そして、女がその血の香りを好んで全身に纏わせているということを。  
堂島の剣客としての勘は、人を斬る楽しみだけに依存して生きている人間特有の臭いを嗅ぎつけ、  
激しい警鐘を鳴らした。  
――…しかし刀は人を斬る道具、そして剣士は斬り合いをせねば生きてはいけぬ生き物だ。  
そう思いながら堂島は「用事は何だ?」と女に尋ねる。  
 
「刀を鍛えて欲しい」  
女が初めて口を開いた。  
「磨き上げてくれ。より鋭く、より人を斬りやすいように」  
人形のような瞳にふと、人間らしい感情が宿ったように見える。ただし、それはあくまで残虐な欲望だった。  
「……。…六円かかるが払えるな?」  
堂島は刀を受け取りながら言った。  
女侍は無言で頷き返す。  
 
受け取った刀を抜いた堂島は、壁に寄りかかって腕を組む女に視線を向けた。  
女は片方の眉を上げ、小首を傾げてみせる。  
「難癖つけて絡んできた者がいたから斬っただけだ。……フフ、さすがに目ざといな」  
言いながら、女は体をわずかに震わせて、人を斬った余韻をその体に呼び戻すように大きく息を吸った。  
女から発せられる毒っぽい艶がいっそう濃くなったような気がする。  
「……もう少ししなやかな方が、使い勝手がいいんじゃないのか?」  
堂島は刀を見ながら言った。  
「いや、いらない。鋭くしてくれ」  
女はそう言い残すと工房の外へ出ていった。  
 
 
空が高い。  
女侍は、のどかさの中に言葉では言い表せない緊張感を秘めているこの六骨峠の渦中に、  
我が身を投げ出し、そして凍り付くような快感を感じているように見えた。  
 
軽く腰を下ろし、鉄を打つ音を聞きながら緊張感という褥に身を委ね微睡んでいた女に、やがて  
堂島は声をかける。  
「ふぅ……。仕上がったぞ」  
その声に女は立ち上がり、再び工房の中に入っていった。  
渡された刀はより磨きがかかって、人の肉と骨とを断つにふさわしい狂気の光をその身にたたえている。  
その光に魅せられたように女は溜め息をつき、次の瞬間、殺気と劣情をその体に宿しながら大きく震えた。  
女は、人を斬りたいという欲望と性欲とが等号で結ばれているような――……否、”ような”ではなく 
まさにそれだった。  
つまり、人間の肉を断つ感触で欲情し、また欲情することで不意に人を斬る快感を思い出すような、  
救いようのない狂気じみた無頼の類。間違いなく女侍はそういった種類の人間だった。その証拠のように 
女は、抜き身の刀を見て欲情し、劣情をたたえた淫靡な光を映している。  
斬るか寝るか、どちらにしようかと思案しているようにも見えた。  
「……じゃ、六円払ってくれ」  
それに気付かぬ振りをしながら堂島は言う。  
もしも斬りかかってきたなら、返り討ちにする自信があった。  
――だが、もしそうではなく……。  
 
「…………」  
堂島の思案をそれ以上許さずに、女は愉悦の表情を浮かべてこちらを見た。  
まるで、すぐ側にちょうど良い獲物を見つけた肉食獣のような眼差しで、目に見えるほどに  
その身を快感に戦慄かせながら。  
女の視線の、殺気とはまた違った異様な感覚。それにハッとする前に、女は堂島に襲いかかった。  
刀を抜いて斬りかかったのではない。まるで猫が獲物に襲いかかるように、堂島に飛びかかったのだ。  
胸に重苦しい衝撃を受け、堂島の巨体が倒れた。  
「……金はないんだ」  
女が堂島に馬乗りになったままそう言い、笑う。生温かい吐息が堂島の顔にかかる。久しく触れていない  
香るような女の肌が、否が応でも堂島にまとわりついた。  
 
堂島は呟いた。  
「またか…。最近こういう奴が多くて困る……」  
自分の口から転がり落ちた台詞が金を払わぬ者へ対しての言葉なのか、もっと別の意味を孕んだ  
それだったのか、堂島自身もよく分からない。  
 
自分の上に乗ったままの女を押しのけることは可能だったが、堂島の中の牡がそれを拒んでいた。  
のしかかってくる女の発情臭を敏感に察知してしまっているからだ。  
「払わないとは言っていない。……これで勘弁してくれ」  
女が堂島の唇に噛みついた。  
「……うっ!」  
その刺激が直接、堂島の男に響く。  
しかしそれでも堂島は、押しのけようとも逆に組み敷こうともせずに沈黙していた。  
「フフ、こんな支払いをした者は今までに居なかったか?」  
情けない表情を浮かべ強ばったままの堂島の顔を覗き込み、嘲笑いながら女はさらに囁く。  
「どうした?女も抱けないのか?フフフ、あまりに無沙汰なものだから抱き方を忘れたか?……それとも――」  
衆道か。  
目を細め、赤い唇を美しく歪めて挑発する。  
「何だと……?」  
もともと気の短い男だ。  
堂島はその言葉に頭に血を昇らせ、獰猛なまでに膨れ上がった劣情を残らず女にぶつけた。  
女の両の腕を掴みながら起き上がると、そのまま組み敷く。千切らんばかりに女の衣服を剥ぎ、  
乱暴に脚を開かせた。  
「この淫売が……」  
思った通り、女の秘所には今にもこぼれそうなほどの潤いが秘められてい、その淫靡な唇が誘うように  
蠢いている。  
堂島は抵抗を見せない女侍をちらと見、依然として羞恥心はおろか恐怖すら見せぬ表情に  
少しの焦りを感じながら、乱暴にいきり立った自身を突き刺した。  
「……あぁっ!!」  
女の顔が隙のある表情へと変わる。  
快感に震える、苦悶の表情に似たそれ。堂島は久方振りに味わう女の肉と、何かを蹂躙する  
心地よさを痛いほどに感じ、低く笑った。  
さらにそれを貪欲に求めて激しく律動する。貫くたびに響く、女の淫らな嬌声が堂島を後押ししていた。  
 
限りを知らずに膨張した欲望は、その身を加虐心へと変え、女に襲いかかる。  
堂島はいったん動きを止め、長い髪を乱暴に掴み上げながら女を壁に押し付けた。勢い余ってその髪が  
ブチブチと音を立てながら堂島の手に絡みつく。  
「つっ……!」  
女の歪んだ顔を愉快そうに眺め、堂島は白い胸に手を伸ばした。  
硬くなった乳首を指の腹で転がすように愛撫し、それに女が恍惚とした表情を見せたとたん、  
爪を立てて捻り上げる。  
「うあっ…!?」  
その痛みから逃れようにも背後は壁だ。  
女の視界は乱れた黒髪に遮られ、しかし腕を拘束されている訳でもないのにそれを整えようとしない。  
堂島は、鉄と炎とが染みついた無骨な指で乳房を鷲掴み、グイと上に引っ張った。  
「な、何……」  
柔軟な女の肉体がそれと共にわずかに浮き上がる。  
浮いた下肢に滑り込んだ指が女の臀部を捉え、尻の肉をかき分けて女のもうひとつの受け入れ口への  
侵入を試みた。  
「よ、せ……このっ…!っああぁあっ!」  
排泄器官への屈辱的かつ無慈悲な蹂躙と共に、堂島が再度動き始めた。  
 
肉のぶつかる音と自らの低い唸り声、そして女の喘ぎ、その体から香る淫靡な匂いと染みついた血臭。  
それしか感じなくなった堂島に、やがて弱々しい言葉が飛び込んできた。  
 
「あっ……い、厭ぁ……」  
 
――…何?  
拒否の言葉。  
信じられないほど慎ましやかな声が女の口からこぼれていた。  
「厭、だと?この期に及んでよくそんなことが言えたもんだな!?ッハハハ!!」  
形勢が逆転し、もはや女に感じた漠然とした不愉快な不安すら払拭されたことに、堂島はこの上なく  
愉快な笑い声をあげた。  
男が潜在的に持っているある種の加虐心を煽られ、ますます息を荒げて単純なほどに  
興奮を示し、追い打ちをかけるような激しい摩擦を繰り返した。  
犬のような下品な息遣いのまま顔面を女の胸元まで這わせ、その乳房に食らいつく。  
「あぁ、……ック…くぅ…っ」  
脳髄にまで響くような直接的な快楽。まるで、人間の肉を断つ瞬間のような、じっとりとした  
生温かい心地良さ。まとわりつき、執拗に締め上げる女の最奥。堂島の意識はそれに  
根刮ぎ奪われかけている。だが、さらに女を肉体的にも精神的にも追いつめてやろうとする意志だけが  
堂島を押し留めていた。  
 
――ざまを見ろ。挑戦的に男を誘ってみたところで痛い目をみるのは…。  
「……!?」  
そう思いながら、ふと女の顔を見た堂島は愕然とした。  
 
笑っている。  
堂島の顔を下から見上げ――だが、その目は高みから見下ろすかのような嘲弄の色を  
秘めていた――視線が絡まると、その目は淫靡に光った。快感と苦痛に顔を歪ませながらも、  
女は手の中で踊る愚鈍な人形を見て恍惚とした微笑を浮かべているのだった。  
「ハハハ。いいぞ、続けて…ンッ……!ハッ…ア、単純な男は、嫌い、じゃない」  
「何だと……?」  
堂島に耐え難い屈辱感がのしかかってきた。  
この女は、女の抵抗の言葉が男をさらに興奮させることを知っている。そしてそれに  
踊らされた自分を見て、愉快そうに笑っていたのだ。痛みや屈辱すら楽しみながら。  
女侍は、堂島の無精髭の浮いた顎に舌を這わせた。  
「…っあ…、はぁ……!どうだ?六円分は楽しめたろう…フフ。つ、釣りはいらないさ。  
……私も、愉快な思いを……ッア!させてもらったからなぁ……フッ、ンフフ、フ」  
ばねのようにしなやかな肉体が、驚くほどに力強く突き上げてくる。  
「この匂い……、お前の身体は鉄の匂いがする……。ウフフフ、私と同じ、血の匂いだ。  
クク……、ハァアッ」  
女は目に狂気の色を映しながら、堂島の肩にきつく歯を立てた。  
「……ぐぅっ!」  
白い歯との狭間から滴る堂島の血を、傷口をえぐるように這うその淫猥な舌が舐め取る。  
激しい水音の源が、自分の肩口からなのか、それとも深く浅く結合したそこからなのかが  
もう分からない。  
からみついた女の白い細腕は恐ろしいほどに力強かった。  
「フフッ、楽しいなァ?」  
積極的に動いているのは確かに男の方なのに、その姿は強靱な粘着質の糸に絡まって藻掻く  
囚われの哀れな節足動物のようで、ひどく滑稽だ。  
 
「…何て、女だ……!」  
女の与えてくる痛みよりも強い快楽に負け、堂島は敗北感を背負ったまま欲望を搾り取られた。  
 
「…………」  
衣擦れの音が堂島の耳を不快にくすぐる。  
「お前が鍛えた刀、あれを見たとたん催して来てねぇ…」  
殺意がだろうか、それとも性欲…いや、両方なのだろう、女侍は衣服を整えながら笑っていた。  
「…………」  
「そういう顔をするな」  
堂島は女を遠巻きに眺めて、口も開かない。  
「穏便にコトが済んで良かったじゃないか。正直、あの瞬間まではお前を斬り捨てていくつもり  
だったのだから」  
それでも押し黙ったままの堂島を見て女は笑い、それ以上言わずに立ち去ろうとする。  
しかし軒下でピタリと足をとめると、後ろを振り返らずに言った。  
「……ああ、お前。仕事熱心なのは構わないが、料金は先払いにした方がいい」  
「……あ?」  
 
女はわずかに顔を上向け鼻を鳴らすと、何かを嗅ぎつけた動物のように颯爽と宿場の方へと  
去っていった。  
 
…………  
…………  
…………  
 
ふと気付くと、そこに女が立っていた。  
 
「んー、……客か?」  
堂島軍二は気怠そうに向き直り、女と女の刀を見る。  
女侍は言葉の変わりに唇をくっとつり上げて、微笑を浮かべた。  
美しい極上の笑み。だが、その笑みには温かい人間味など微塵もない。かといって  
非情な色すら存在しない。  
まるで誰の手も借りずに顔を笑みの形に変えることが出来る、等身大の人形のようだった。  
堂島の男としての勘は、この女に対して激しい警鐘を鳴らした。  
――またこの女か……。  
そう思いながら堂島はそこに立っている女を見、露骨に嫌そうな顔を浮かべつつ、  
「用事は何だ?」と尋ねた。  
「刀を鍛えて欲しいのだが……」  
「……。…どんな風に鍛えるんだ?」  
堂島は低く唸りながら女侍の刀を受け取りかけたが、途中でその手をとめる。  
 
「待て。……待て、先払いだ」  
 
  完  
 

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