ぱしんっ、と乾いた音が閉め切られた部屋に響いた。
「アンっ!」
「ほうれ、腰の動きが鈍くなったぞ。もっとしっかり動け」
言いながら、下になっている男が、もう一度、上に乗っている女の尻たぶを平手で打った。続けて、ゆっさゆっさと無造作に身を揺する。
「あああああぁぁぁん! やっ、ダメっ! わ、わかりました・・・」
すすり上げながら、女も、男に合わせるように、くねくねと腰の動きを早めた。
ぐっちょぐっちょ、と肉と肉が粘液越しにもつれ合う淫靡な音が早まり、食いしばった歯の間から、押さえ切れないあえぎ声が漏れる。
望まぬ快楽に歪む女の顔を見上げながら、男が笑う。
「今のお前の顔、亭主が見たらどう思うかな?」
びくんっ、と女の身体が止まる。
「や、めて・・・」
「やめて? もっとしての間違いじゃないのかあ?」
「やめてっ、動かな、い、でっ!」
男の腹に手で突っ張って、湧き上がる快感を必死に抑える。
「お前が今何をしてるか、ホラ、言ってみろ」
「そっ、そんなの、言える、わけっ、な、あああ、ああああんんっ!!」
男が大きく突き上げると、女は堪らず崩れて男の胸に顔を伏せた。
「おら、こう言ってみな」
男が耳元でささやく。女は悔しげに唇を噛んだ。意を決して、ふっと息をつく。
「・・・あたし・・・宇田川志乃は・・・越後屋の若旦那さまに・・・抱かれて、気持ちよく・・・なっ・・・て、まっ、すっ。・・・とても、しあわせ、で・・・す」
涙声で、志乃は言われたとおりの台詞を口にした。
大丈夫。気にしなくていい、こんなのただの言葉。お芝居の台詞。あたしの本心なんかじゃない。
そう思った。思おうとした。
きゅうっと下腹の奥が震えるように縮んだ。ただの言葉だけのはずなのに。
「お? 軽く、イったか?」
「イってなんか、ないっ・・・ンンッ」
無理やり唇が合わせられる。口中を丁寧になぶられて、志乃の瞳がとろん、と澱む。
「お前も大分素直になったなあ。最初の頃なんざ、何やったって動かねえ、マグロみたいな女だったってーのによぉ。今じゃ、ホレ、こんなに食いついて、おれのを離そうともしねえ」
「やめ、て・・・」
越後屋は下卑た笑いを浮かべ、がばっと身体を起こし、体位を変えた。志乃の小柄な身体を布団に転がし、背後から抱きかかえるような、犬がつがうような体勢になる。
「そろそろ、お前の大事な亭主が帰ってくる頃だな。よしっ、その前に思いっきりイかせてやるぞ」
「ま、待って! ま、あ、あ、あ、や、やだやだっ、やだあ、や、ああぁぁぁ・・・」
後ろから越後屋に激しく突かれ、志乃は脱力して布団に顔を伏した。
「ごっちん・・・ゴメンね・・・」
発 端
(あれ・・・?)
あたしは何故か天井を見てた。見覚えないぞ?
(ここ、どこ?)
記憶をたどってみる。
(たしか、お面を越後屋さんに納めに来て・・・そだそだ、暑かったろう、って旦那さんに奥の間に通されて、お茶ご馳走になったんだっけ.
そのまま寝ちゃったのか。イケナイイケナイ)
と、あれれ? 起きらんない?
ていうか、縛られてる?! なんで?!
あたしは文字通り、大の字になってた。手首足首をきつくぎゅうっと引っ張られて、狭い座敷の四隅まで縄が伸びてる。
半分バンザイしてるみたいな格好。
とても一人じゃ動けないよ! えええぇぇ、なんで? 何があったの?
見回せば、殺風景な部屋だった。畳敷きで、家具らしい家具は何にもない。
とにかく、このままじゃ何も出来ない。助け呼ばなきゃ。
「あのー、すいませーん! 誰かいませんかー?」
結構大きい声出したのに、ヘンに声が響かない感じがした。あ、この部屋窓もない。
嫌な予感がする。
「お、気がついたかい」
ほどなくして、部屋にひとつしかない襖がガラリと開いて、笑顔の男がやってきた。
どこか、ねずみみたいな雰囲気のあるニヤケ顔。
知ってる、この越後屋の若旦那さんだ。
「あ、若旦那さん。これ、ほどいてください。動けないんですよ」
「そうだろうねぇ。志乃さん」
嫌な笑い方だなあ。
「そうしてるんだから」
若旦那が、あたしの足首にかかった縄を、指先でぴんっ、とはねた。
・・・危ない。
あたしはこの期に及んで、ようやく自分の置かれた立場を理解した。これは・・・まずい。
「・・・ほどいてください!」
あたしは精一杯の気迫を込めて、若旦那の顔を睨み付けた。
「大声だすよ!」
「出せばいいじゃないか。どうせ聞こえない」
喉を鳴らすような、ヤな笑い声だった。
「こないで!!」
あたしはメチャクチャに手足をバタつかせた。けど、縄がギシギシと軋むだけで、全然外れそうにない!
「暴れたって無駄だよ。ほら、裾が捲くれてきてるじゃないか」
「さわんないで!」
まだごっちんにだって触ってもらってないんだから!!
露わになったあたしの太ももに、ぺたりと手を乗せてきた!
あまりの嫌悪感に背筋に震えが走った。
「やめてってば! あたし、結婚してるんだからね!」
「ああ、知ってるとも。でも、そんなの関係ないじゃないか」
関係ない、って!!
あたしはこの男が何を言ってるのか分からなかった。
「前々から、目をつけてたんだよ。色々女を囲ったことはあるけど、お前みたいなのはいなくてねえ」
「ななにいってるのよ! やーめーてーってばあ!」
わめくあたしに、若旦那は覆いかぶさるように近づいてきた。
笑顔だけど、目が笑ってないよ! 生臭い息が顔にかかる。
怖いよ・・・ヤダ、こないでよ・・・。
「ほら、この生きの良い事が気に入ったんだよ。私の女になりなよ」
ぺろり、とおでこが舐められた。
・・・思わず涙が出た。
「それ以上やったら・・・奉行所に訴えてやるからね! 早くはなしてっ!!」
絶対、負けるもんか!
けど・・・若旦那は面白そうに笑って、するりとあたしの着物の胸元から手を滑り込ませた。もぞもぞ動いてるぅ!
「訴えるってことは、へええ、全部お上に伝えるのかい?」
「そうだよっ! だから・・・」あうっ!
「乳首をこうコリコリって摘まれた、こんな風に脱がされてどこをどんなに弄られた、って・・・お前の亭主にも、教えるんだよねぇ?」
・・・・・・!
やだ・・・こんなのごっちんに絶対に知られたくないよ!
「だったらいいじゃないか。宇田川・・・伍助だっけ? お前の亭主、今度道場を建て直すんだって? 何かと金も必要だろ?」
あたしの胸から手を離さずに、若旦那は続けた。
「お前の持ち込んでくる、ヘンテコなお面。今度からは倍の値段で買ってやるからさあ。いいだろ?」
いつのまに帯を緩めたのか、あたしの着物はすでに半分以上はだけた状態になっていた。
こンの・・・!
「やーだああ! はーなしてえ!!! こんなのヤダヤダああああぁぁ!!」
「・・・うるさいなあ。もうあきらめろ」
「これ以上したら、舌噛むからねっ!!」
若旦那は、ぴたっと動きを止めた。思案している雰囲気だ。
「いいだろう。じゃあ、こうしようじゃないか」
ゆっくり身を離していく。やたっ。
「これから一時の間、お前が求めない限り、お前の身体には指一本触らない。だが、求めたときは・・・お前は私の女になるんだよ。いいね?」
いいわけがない。
けど、そんなの絶対求めるわけ、ない。
「・・・いいよ。約束だかんね」
「ああ、約束だとも」
若旦那はにやりとうなずくと、部屋から出て行った。
戻った時には手に何か抱えてた。ガラスでできたヘンな道具と・・・香炉?
「この道具の砂が全部下に落ちるまでが、時間だからね。じゃあ、数えるよ」
あたしから見える場所に、砂の入った道具がとん、と置かれた。
サラサラサラと粒の小さい砂が落ちていっているのが見える。
・・・なかなか進まないなあ・・・。
ちょっとたった頃、あたしは自分が汗をかいてることに気づいた。
あれ? そんなに暑いとは思わないけど・・・。
ほんのり、あまぁいニオイ。なにコレ?
「おや、暑いのかな?」「近づかないでってばー」
ヘンだ。なんかアタマがぼーっとしてる。
「そんなに汗をかいて、暑かろうに。拭いてあげよう」
ふくらはぎの辺りに、さあっと布の触れる感触があった。
「さわらないって言ったじゃない!」
「大丈夫だよ、直接さわってないから。指一本触らないって約束だったろ?」
「そんな・・・」「約束、だろう?」
そうかな、・・・そうだったかな? じかにさわられたんじゃないし、いいのかな?
ふ、と記憶が途切れた。
まだ、砂、だいぶ残ってるなあ・・・。
「ンっ・・・」
布の感触が、足をあがってきた。汗を拭いてもらったのに、なんか余計しっとりしてる気がする。なんでだろ?
「拭くのに邪魔だから、帯も緩めるよ。いいね?」
「あ・・・うん」
ジャマだもん、しょうがないよね。それにしても、なんでこんなにあついんだろ。
しゅるり、となれたてつきで、おびがとかれた。ふう、ちょっとすずしい。
「おやおや、こんな所まで汗かいてるよ。仕方ないね」
あたしのむねのたにまが、みずをあびたみたいに、すごいあせかいてた。やだ、はやくふいてほしい。
ちょっと・・・なにか、おかしい・・・。なにか、ヘン・・・
「アンッ・・・」
ちょっとめを、つぶってたみたい。まだすな、はんぶんくらい。みたら、わかだんな、あたしのむねちゅうちゅうすってる。
「なに、するの、よ、うっ」
「ほら、手じゃさわってないからね。口じゃ触ったって言わないだろ? 約束約束」
あ、そっかあ。やくそくなら、いいのかな? いいの? ・・・んんっ、ああ、くるくるなめられてる・・・ン。
また、きおくが とん だ。
「いい香りだろう? 南蛮渡来の逸品だからね」
「うん・・・すっごくイイ・・・」
「・・・ねえ、まだ、まだすな、おちてない?」
「ああ、まだだねぇ」
「アン、ああっん、もっと、しっかり・・・」
「もう布巾じゃ拭ききれないから、手で拭こうか?」
「うん・・・それでいいからぁ」
あ、たし、いま なんて いった?
「・・・ふあああぁぁぁん!!」
あたしは自分の出した声で、目を開けた。あたし、泣いてた。身体をみると、にやけながらあたしのアソコを覗いてる若旦那の顔があった。
なんで? なんであたし着物脱いでるの?!
「お、ちょっと戻ったかい?」と、あたしの股間に指を這わせた。しびれるような甘い感覚があがってきた。
「あああぁぁぁ、アンっ!」頭がヘンになりそうな快感だった。
「なん、で! やく、そく・・・」
「なあに言ってる、お前がいい、って言ったんじゃないか」
「そ、そんな、の・・・!」あたしはある事に気づいて、ばっと砂の道具を見た。もう少しで全部落ちる!
「も、う、終わり! おしまいっ、おしまいだか、ら、ねっ! ホラ、ホラみて」
若旦那は顔を上げた。で、っも、指だけはくちゅくちゅ、って動かし、て・・・。
「あ、そうかい。じゃあ、こうしなきゃね」
と、手をのばして、ほとんどおちた砂の道具をさかさまに回し、た。
「あ!!」
「ほら、まだ終わってないからね。さあ、続きを楽しもうじゃないか」
「え、あ、う、っそ、そん、なの、ダメ! インチキ ダぁ・・・メ・・・」
あたしのアソコから、ゆびがはげしくでいりしてた。
あたしのからだは いきが、できないくらい、わかだんな ちょっとしたゆび うごき で おもしろい はね た。
びくん!
「それじゃあ、入れるからね」
「いやあ・・・」
におい、あせ、きもちいい、うごけない、ぐちょぐちょのおと、あつい、きもちいい、きもちいい、もうなにもかんがえらんない。
あたしは、うすぐらいてんじょうみながら、”大好きなひと”のかおをおもいだそうとがんばった。
ごめん・・・ごっちん・・・あたし、もうだめ・・・。
ごめんね・・・。
夕 闇
ちゃぷん・・・。
薄暗い風呂場で、志乃は湯船に鼻まで沈めた。
どうやって帰宅したのか、覚えてなかった。
どうなっちゃったんだろう・・・あたし。
ただ、あの部屋でのことは、悪夢の中の出来事のようにぼんやりと、しかし、しっかりと覚えていた。
香と手拭いに含まれていたという媚薬のこと。
自分でも聞いた事のなかった、自分自身の、激しい嬌声のこと。
全く好きでない男を受け入れ、あまつさえ懇願してしまったこと。
上にのしかかる男の背に手を這わせ、夢中になって唾液をすすったこと・・・。
伍助に話せるはずなどなかった。話したくもなかった。
聞いたら、絶対に、あたしよりも怒るに違いない。きっとカタキを討つ、と越後屋に殴りこむだろう。あの男も斬ってくれるかもしれない。
・・・けれど、あの男を斬ろうとも、絶対に前の二人に戻ることは出来ないだろう。志乃はそう思った。
ごっちんに知られるのは、絶対にやだよう。
・・・あたしが、なんとかするんだ!
ざばっ、と志乃は湯から立ち上がった。小ぶりの乳房に、まだ肉付きの薄い腰つき。少女から大人の女になりつつある、可憐な裸身だった。
だが、その手足首にはうっすらと縄の痕が残り、胸元やふとももにかけては、所々キスマークで赤く充血していた。
そして、その秘所から小ぶりな尻にかけて、白い肌とは対照的な、黒い革製の紐のような道具が付けられていた。
股間から左右に伸びて、腰骨の上辺りをくるりと巻いて絡み付いている。
これが若旦那・・・越後屋喜兵衛のおみやげだった。
身じろぎした志乃の顔が、身体の奥から湧き上がる感覚に歪んだ。眉間に皺がより、ぎゅっと唇をかむ。
喜兵衛の、コレをいれる時のさも嬉しそうな顔を思い出した。
幾度か志乃の中に精を放った後、喜兵衛はごそごそと何かを持ってきた。
「やあぁ・・・」
志乃は、秘所に押し付けられた物の圧力に、反射的に声を上げた。
「見えるかい? この張型。これは特別にこしらえた品でね、ココに彫られた溝、これのおかげで入れられた女の動きにあわせて動くんだよ」
黒光りする張型の先端で、ぐにぐにと志乃のクリトリスを刺激する。
「あ、は、ああ、ああああン! イイっ、それ、イイぃやあ!」
動かせない四肢の代わりに両手のひらをぎゅうっと握って、志乃は荒い息を吐いた。
「これにも、たーっぷり塗って、っと・・・」
「や、ああ、あ、ふ、っふ、それ! ダメぇ! もう、それ、やだあぁ! あ、ったまおかしくなっちゃうぅう!」
ずるりり、とつい先ほどまで男を知らなかった膣の中に、媚薬まみれの張型がゆっくりと埋め込まれる。
「どうだい、気持ちいいだろう」
「ん〜〜〜〜〜〜!! っは、あ、あ、あ、ああ、ふ、っふ、ふぅ〜、ふぅ〜・・・」
突然与えられた強烈な刺激に、志乃は窒息しそうなほど深い呼吸を繰り返した。形のいい胸がぷるぷる大きく踊る。
「あ、ああ、あっは、はぁ、はぁ、はっああああああ・・・!!」
志乃は堪えきれずに、今日だけで何度達したか分からない絶頂に、再び達した。
これを外したかったら、またおいで。
それが、喜兵衛が別れ際に言った言葉だった。
深く埋め込まれた張型は、鋼線入りの革紐部分は、どんなに引っ張っても指一本入る隙間さえ開かなかった。
また、強引に引っ張っていると、それだけで張型が暴れてて達してしまいそうになった。
どうやら背中側にある鍵を開けなければ、どうやっても開かないようだった。
「明日、絶対に、外させてやる・・・!」
志乃は湯桶片手に冷水を浴びて、奥歯を噛み締めた。ぴしゃっと頬を張る。
「負けるもんか!」