「ごっちん、寝間を掃除してたら箪笥の隙間にこんなの挟まってたの見つけたんだけど」
とある日の夕餉の刻に、伍助は一番見られてはない相手に例の春本の存在を知られてしまっ
たことで、柄にもなく焦りまくってしまった。どう見てもまだ子供のような志乃には絶対に知られ
たくなかったというのに。
「…ぶはっ!!」
味噌汁を拭いて盛大にむせる伍助を面白そうに眺めて、当の志乃は平然としたものだ。主菜の
煮付けを噛み下しながらも器用に言葉を繋ぐ。
「これ、兄様が押し付けたんだよね。アタシ見たことあるもん」
「みみみ見たことがあるって」
「春本とか、枕絵の類って嫁入り前の娘だったら嗜みの一つとして見せられるもんなんだよ。分
かんなかった?」
「あ、そうなのか…?」
そういう話はどこかで聞いたことがある。だが、伍助には兄がいたきりで女の姉妹はいなかった
ので、あくまでも感覚として身近ではなかった。しかし、あんなものを婦道教育にとは随分だと
も思ったが、二の句も告げない。
箱膳にことんと茶碗を置くと、志乃はにっこりと笑った。
「うん。だからアタシ、何があっても旦那様のごっちんに精一杯尽くすつもりでいるんだからね」
「そ、うか」
「女って、そういうもんでしょ」
ぱたん。
箸が揃えて置かれると、全く思いがけないことに志乃がいざり寄ってきた。
「志乃?」
「ごっちん、アタシは子供だと思ってんでしょ。だから手出ししないんでしょ?」
まるで猫の仔のようにじりじりと距離を詰めてくる志乃に、伍助は逃れることも出来ずにただ固ま
っているだけだった。