「ごっちん、お待たせー」  
のどかな上天気が気持ちいい日の昼餉の時刻。  
いつもの元気な声と共に、粥の膳を運んでくる愛くるしい妻、志乃が何か悪戯でも企んででもいる  
ようにふふっと含み笑いをして部屋に入って来た。  
「お腹空いたでしょ」  
「あ、ああ…まあな」  
背中に怪我をして以来、伍助は日頃の骨休みも兼ねて屋敷で療養を続けていた。  
もちろん、世話焼き好きな志乃は普段以上に献身的に尽くしてくれている。至れり尽くせりで痒い  
ところに手が届く文句なしの快適な生活だというのに、何となく居心地が悪いような気がしている  
のは伍助の律儀さゆえだろうか。  
それとも単に、することもなく時を噛み潰しているだけなのがもどかしいのだろうか.  
まあ何にしても今は志乃や周囲に甘えていればいいかと思い直して、にこにこと膳を据える志乃  
に目を遣った。  
「今朝ねー、裏の家から卵を貰ったんだよ。だから、ちょっと御馳走」  
言いながら自慢そうに土鍋の蓋を取ると、中にはいつもの白い粥ではなくほんのり黄色い雑炊が  
ほかほかと美味そうな湯気をたてていた。志乃の作る食事はどれも絶品だったが、これもまた見  
ているだけで腹が鳴るほどだ。  
「ごっちん、今のうちにしっかり身体治さなきゃいけないもんね。この卵雑炊、頑張って美味しく作  
ったからいっぱい食べて」  
手際良く飯椀によそう姿にはいつも見蕩れている。武家の娘であるにも関わらず、家事を厭わな  
かったことを伺える動作の無駄のなさだ。  
「あー…まだちょっと熱いかもね。アタシ吹いてあげる」  
「え、えええっ!?」  
「ごっちん、傷の治りが遅くなるよ。言うこと聞いて」  
思わずうろたえかけたのだが、志乃は有無を言わさず笑顔で威圧してきた。  
こうして志乃が側にいて尽くしてくれるのは嬉しいのだが、正直夢のようなのだが、こんなに何で  
もかんでも思い通りになってしまうのはやはり少し怖い気がしていた。何もかも満たされてしまう  
と、ある日全部がぱっと消えてしまうように感じていたから。  
そんな伍助の気も知らず、志乃は無邪気に箸の上の卵雑炊にふーふーと息を吹きかけていた。  
「そろそろいいかなー、はい、ごっちん」  
一箸分の雑炊に鳥の雛のようにぱくんと食いつくと、卵の味がふわっと口の中に広がった。  
「美味しい?」  
「ああ…美味いぞ」  
「良かったー」  
一本抜けた歯の顔で、志乃は心の底から嬉しそうに笑った。それがいつも以上に素晴らしく可愛  
らしい表情だったので、伍助はそれまで何やらぐだぐだとつまらない原因で悩んでいたことなどす  
っかり忘れてしまった。  
志乃がいればそれでいい。  
志乃がいれば何もかも思い通りになったとしても、当たり前のことになる。  
ようやくそれに気付いて見上げた空は、すっきりと青くて綺麗だった。  
 
その後すぐに千代吉がマロを伴って山ほどのなな菜を見舞いに持って来た為、また一騒動あった  
のだが、それはまた別の物語。  
 
終わり  
 

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