うららかな日差し溢れる初夏の昼下がり。  
伍助の勤めは今日休みということで、先刻まで一緒に夕餉の食材を買いに行っていた。  
戻って来てからもまだ支度をする夕方までは時間もあることだしと、散歩がてらに二人はぷらり  
と道場近くにある川に立ち寄っていた。  
最近特に暑くなっているので、何となく涼しげな水辺を見たくなったのもある。  
やはり街中よりは吹く風が心地良くて、わずかに浮いていた汗がすうっと引いていく。  
「わー、気持ちいいね」  
それに今は野辺の名もない花が盛りで、ひとつひとつはとても小さいけれど、とても健気で可愛  
いから志乃にとっては眺めているだけでも楽しくて仕方がなかった。  
「いっぱい咲いてるねー、きれーい」  
「…うむ、そうだな…」  
側に誰もいないこともあって子供のように手を繋いでいるのだが、やはりどこか気恥ずかしいの  
か伍助の言葉は素っ気ない。だが、いつものことだと志乃は気にもしていない。  
「今日は安いお芋たくさん買ったから、煮っころがしにするね。それと、さやえんどうのお味噌汁。  
ごっちん、大好きだもんね」  
「ああ…」  
「もう、ごっちんたらあ」  
そんな相変わらずの頑なな態度がおかしくて、ぷっと吹き出してしまった。繋いだ手は緊張して  
いるのか少し汗ばんでいる。  
ああ、本当にこの人と出会って良かったと今は心から思っていた。こんな風に毎日ささやかな暮  
らしの中でかけがえのない幸せを感じながら過ごせるのであれば、この手は決して離したくはな  
かった。  
 
『野の花小花、お嫁に行った。果報者だあれ』  
まだほんの幼い頃、実家の近所の友達と拙い手遊びをしながらそんなことを歌って笑い合った覚  
えがある。女の子なら誰でも大人になったら必ず一番大切な人と出会って、幸せになるのだと思  
っていた。  
最初に嫁いだ時もそのつもりでいて、夫の暴言暴挙に一年我慢した挙句耐えられなくなった。男  
性とはみんな妻にはあんな風に豹変するものだと思っていた。  
だからもう二度と結婚なんてするものかと決めていたのに、今こうして手を繋いでいて心から欲し  
かったものを全部くれた二度目の夫にこそ、志乃の本当の運命は定められていたのだろう。  
 
『野の花小花、お嫁に行った。果報者だあれ』  
どんな花も綺麗と言ってくれる人はいるし、いつかみんな幸せになる。回り道はしたけれど、全て  
が今の幸せに繋がっていると思えば何もかもが嬉しい。  
『果報者だあれ』  
それはきっと。  
「ごっちん!」  
「ぅわわっ!」  
突然何かに弾かれたように抱き着いたせいで、勢いで二人とも倒れそうになった。柔らかな黒土  
の地面はそう痛くはなさそうだけれど、これではまるで本当に子供だ。  
「いきなり何だ、志乃」  
何が起こったのか分からない顔をしている伍助は、それでも握った手を離そうとはせずに真っ赤  
になって恥ずか  
しそうに横を向いたままだ。  
「んーん、何でもないっ」  
ぶんっと握った手を振って、志乃はいつものように元気に笑い返した。これでいい、二人はこのま  
まで。何事も起こらない毎日が実は一番幸せであることを志乃は知っている。そして、何も知らず  
とも伍助はそんな暮らしを共に送ってくれる。  
さりげない野の花のような幸せがあれば、それでいい。  
多少ぎこちないながらも仲睦まじい様子の年若い二人を、一面に咲き誇る野辺の花々がひっそ  
りと祝福していた。  
 
 
 
終わり  
 

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