梅雨最中の時期にも関わらず、この数日は実にのどかな晴天が続いている。  
お陰で夜半の月も綺麗に見えた。  
このところは暑気払いも兼ね、半分ほど雨戸を開けたまま寝ることも多くなっているせいで夜の  
中途に目覚めても、それなりに真っ暗闇ではないのは有難い。何しろ、夜の暗さというものは根  
源的な恐怖を誘うものなのだ。  
子供の頃であればの話、だった。  
 
「んー…」  
ごく近くで、魂を蕩かすほどの甘い声が響く。  
とろんとした浅い眠りの中にいた伍助の意識は、一気に表舞台に引き上げられた。  
気がつけば、開いた雨戸の隙間から煌々たる月の光。昨夜は半月だったから今宵は下弦の月  
と言うべき様相であろうと思われた。  
澄んだ青い光が夫婦の寝間にまで差し込んでいる無粋は、まあ許せるだろう。滅多に見ること  
の出来ない志乃がここにいるのだから。  
ごくり、と唾を飲み込んだ。志乃は数刻前に睦んだ時のまま、何も知らずにしっかりと伍助の首  
に華奢な腕を回している。真昼時の疲れを見せることもなく元気に駈けずり回っている志乃から  
は想像も出来ない、あえかで艶かしい姿にやっと収めたばかりの淫心が再び起き上がりかけて  
いた。  
「志乃」  
淫らがましい気分ではあるが、志乃がいつも精一杯立ち働いているのは良く知っているからこ  
そ、無理に起こす気にもなれずにただ囁く。  
「志乃、お主がいればそれでいいのだ、オレは」  
「ん」  
まるで返事でもするように、眠りの中にいる志乃はむずがるように声を上げて更にしっかりと抱  
きついてきた。まるで人形のように艶やかな頬を撫でると、わずかに笑むのが愛らしい。そのま  
ま、すりすりと鼻面を寄せて快い髪の香、肌の香を嗅ぎ続けるうちに再び眠気が戻ってくる。  
縁あって出会った誰よりも大切な妻。  
本当の夫婦になるまでには少し時間がかかったが、今は何があっても志乃がいつも幸せに笑  
って過ごせるようにしたいと心から思っている。その為にも、一日でも早く強く大きな器を持った  
男になる必要があった。  
「そうすれば、お主ももっと笑ってくれるだろう、志乃」  
鼻先を擦り合わせるようにして囁く先で、愛しい女は相変わらず涎を垂らしてだらしなく寝こけ  
ていた。  
今この時の全ては文月の半月が見せた綺麗な夢、それでいい。  
 
 
 
終わり  
 

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