この時期としてはやや早い台風が、江戸にも襲来しようとしていた。  
伍助は普段の勤めも休んで、普段色々とかまけてないがしろにしている屋敷のにわか修繕に  
励んでいる。何しろ、古い屋敷のことだ。下手をすればあっと言う間に屋根瓦を全部持って行か  
れかねない。  
そうならないようにと、日常で心に留まっていた箇所を思い出しては補修に勤めている伍助の  
姿を見遣って、志乃はくすっと笑った。  
幸せなんて、こうしていつでもささやかに側にあるもの。  
 
「…これで何とか大丈夫になったぞ、志乃」  
丸一日かけて、外壁や屋根瓦の据わり、そして梁の具合等を見ながら作業していた伍助がよう  
やく戻ってきた。妙に凝り性な伍助のことだ。用意した昼食もそこそこに屋根に上っていたほど  
だったので、さすがにぐうぐうと腹を鳴らしている。  
ずぶ濡れでかなり寒そうだったので、用意していた着替えと手拭いを渡していつものように笑っ  
て見せた。  
「お疲れ様ー、お腹へったよね。さあ、いっぱい食べて」  
頑張っていたせいもあって、早めに戻ってくるのは分かっていた。手際良く並べられた膳を畳の  
上に座り込んでいる伍助の前に置くと、急に神妙な表情になって見上げてくる。  
「なあーに?」  
「ん、む…いや」  
「ごっちんは今日ずっと頑張ってたもん。アタシだってごっちんの為に頑張りたかった。それだけ  
だよ」  
食材はどれもありあわせだ。  
この台風の中、わざわざ御用聞きも尋ねては来ないし、外出は危険だからと伍助に止められて  
いる。だが、まだそれなりには揃っていたから何とか形になる料理に仕上がっていた。  
 
二人が膳を囲んでいる間も、外ではひっきりなしに風が鳴り雨が叩きつけていた。  
「雨、すごいね」  
「うむ、台風だからな」  
「ごっちんが屋敷を守ってくれたんだもんね。今夜は安心して寝られるよ」  
「…そ、そうか」  
若干早めの夕餉だったが、何となくいつもより楽しい気分だ。それは台風という日常にないもの  
があるせいだろうか。  
「ねー、ごっちん」  
飯椀を膳にかたりと置くと、志乃は何もかもを台風のせいにして伍助に擦り寄った。  
「な、何だ、志乃」  
「今夜は早く寝ようよ。ごっちんも疲れてるだろうしね」  
「…いや、それほど疲れてなど」  
明らかに緊張しているのか、今まで勢い良く掻き込んでいた椀を取り落としそうなほど硬直して  
いる。とうに夫婦になってもそうなのかと、微笑ましいほどだ。  
「アタシが一緒にいたいんだもん、いいよね」  
「む…」  
きっと伍助は拒否もしないまま、今夜はこうして一緒に過ごすことになるのだろう。ある程度分  
かりきっていることとはいえ、そんな分かりやすさは志乃にとっての安心材料になっていた。  
これも、台風というもののの成せる技だろうか。  
「…志乃よ」  
意を決したように、もどかしげに肩が抱き寄せられた。  
 
 
 
終わり  
 

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