梅雨最中にも関わらず、朝から珍しく晴天の日。  
この際だからと、志乃は一日中張り切って屋敷中を掃除していた。  
ここ最近、雨降りが長らく続いていたこともあって、なかなか細かい箇所まで手が回らないと零し  
ていたのだ。だからこそ今日はまさに掃除日和なのだろう。  
まめまめしく立ち働く志乃は、本当に生き生きとしている。  
 
「今帰った」  
特に何も疑問に感じることなく、いつものように勤めから戻ってきた伍助は迎えに出た志乃の様  
子がいつもと少々違っていることを察した。  
「ごっちん、おかえりー」  
相変わらず愛らしい妻だ、決して怒っている訳ではない。ただ、どこか物言いたげな風情を残し  
ている。  
伍助自身、別段身に覚えもないのでその態度には何か引っ掛かるものを感じたのだが、これと  
いって問うことも出来ないのがもどかしかった。  
「…掃除は終わったのか」  
「うん、さっきね」  
「では、まだ日も高いことだし一緒に散歩にでも出るか」  
「うん…」  
やはり何かを言いたげに口篭っている。普段の志乃ではない。まさか一人でいる間に何か大変  
なことが、とつい動揺してしまう。  
「志乃?お主具合でも悪いのか」  
「んーん、そうじゃない」  
どうやら杞憂のようだった。  
「では何だ」  
「あのね…」  
言葉を継ぐことなく、志乃は居間の茶箪笥の上に乗せていたらしい一冊の本を持って来る。それ  
は以前伍助が志乃の兄、摂津に貰った春本だった。興味本位で一度ちらりと眺めただけで、何  
となく捨てる気にもなれずに寝間の箪笥の隙間に押し込んだまま忘れていたものだ。  
「お掃除してたら、これ、見つけた…」  
「ぅあっ」  
あまりの驚きで、思わず変な声が出る。  
 
「ごっちん、こんなの持ってたんだ…」  
「違、違うぞ、それは…」  
根が嘘をつけないだけに、要領の良いことを言うことも出来ず、まさか摂津の名を出すことも出来  
ず、伍助は必要以上に慌てに慌てた。  
めくるめくばかりの悩ましい男女の交歓図など、筆も下ろさぬまま鬱々としていた頃の伍助なら  
ともかくも、今は特に興味もなく見る必要もないと思っている。この日が落ちさえすれば、ようやく  
互いの味に馴染み始めた志乃と存分に睦むことが出来るのだ。只の図絵など今更何の用があ  
ろうか。とはいえ、未練たらしく隠し持ってしたことについては弁解の余地もない。  
あわあわとふためいている伍助を前に、春本を抱き締めた志乃は真っ赤な顔をしてぽつんと呟  
いた。  
「うん、分かってる」  
「え?」  
「これ、おにいちゃんに貰ったんだよね…こんなのいっぱい持ってたから分かる…でも、隠してて  
欲しくなかったな」  
「…志乃」  
胸が痛くなった。これではまるで志乃との睦み合いにでも不満があって、このように扇情的な本  
を忍ばせていたようではないか。少なくとも誤解だけはされたくなかった。  
これだけ尽くしてくれる志乃に何の不満もあろう筈がない。  
「済まん、志乃。つい言うことが出来ずにいたのだ。他意はない、それは分かってくれ」  
一気に言葉を吐き出してしまうと、志乃は相変わらず真っ赤な顔をしながらも少しだけ拗ねたよ  
うな表情になった。  
「…だって」  
ばさりと春本が畳に落ちる。  
「ちょっと悔しかったんだもん、アタシじゃ足りなかったかなって」  
「だから、それは済まんと」  
「ごっちんの、バカあ!」  
まるで子供のように聞き分けのない顔で、拗ねてしまった志乃は両手の拳でぽくぽくと伍助の  
胸を叩いてくる。やはり少しも痛くないのだが、それだけに傷ついているのが分かって辛い。こう  
なっては宥めようもなく、ただ困りきるしかなかった。  
 
「や、だから済まん、志乃」  
「バカバカバカああっ!!」  
「うお、志乃よっ…」  
志乃が勢い良く飛び込んできたせいで、体勢が崩れて立て直す間もなく畳に折り重なるように  
して倒れ込んでしまった。  
「…ごっちん」  
「志、志乃…悪いが退いてくれんか」  
まだ日は高い。なのにこのままでは変な気になりそうで、伍助は必死に淫気を押し留めようとし  
ていた。なのに、ぴったりと志乃が抱き着いたままなのでどうすることも出来ない。  
「やだ」  
「聞き分けのないことを…」  
「だって、ごっちんが悪いんだからね。あんなもの持ってるし」  
「そ、それは仕方なかろう」  
あまりにも間近で見つめられて、後ろめたくて目を逸らしながらもごもごと言葉を継いでいると急  
に志乃が口調を変えた。  
「この際だから、苛めちゃおっかなー」  
「えっ」  
「うん、苛めちゃおっ」  
赤い顔をしたまま、志乃は人の悪い笑みを浮かべて伍助の着物の上からするすると身体を撫で  
始めた。  
「お、おい、志乃…悪い冗談はやめんか」  
「んーん、やめたげないもんっ」  
夕刻に近いとはいえ、夏の日はまだ高い。このようなところを誰かに見られでもしたら大層困ると  
一瞬思ったのだが、わざわざ他人の屋敷に無断で入り込む輩がいる訳もない。春本が志乃の不  
興を買ったのなら、今はしたいようにさせてやるかと腹を括るしかなかった。  
まさに、まな板の上の鯉という有様だ。  
途端。  
目を閉じてすぐに、首筋に柔らかな感触を感じた。猫でもじゃれているように舐めたり、吸ったり  
しているのだがくすぐったくて仕方がない。  
 
つい耐え切れずに声が漏れる。  
「志乃っ…」  
「ごっちん、暴れちゃやだよ」  
「…うむ、分かった」  
妙に楽しそうな志乃の声色は、まるで遊んででもいるようだ。勢いがついたのか、さっきから身  
体を撫でていた手が襟元から入り込んできて肌身に直接触れてくる。  
「…うっ」  
悪くはないが、どうもこの感じは何とも落ち着かない。普段志乃にしている手管をそっくりそのま  
まなぞられているのだ。何もかも全く同じ通りに、舐め回して跡をつけながら志乃は下へ下へと  
攻めを移していく。  
遂には、袴の紐が解かれて下帯まで緩められてしまった。ただ気が済むまで戯れるだけでさす  
がにそこまではしないと高を括っていたのだが、見込みは思い切り甘かったようだ。  
「志乃、それはいかん、いかんぞ…」  
慌てて起き上がろうとして、意外なほどの強い力で止められる。  
「えー、何で?アタシのしたいようにさせてくれるんでしょ、だったら…」  
やや落ちた日が差す室内で楽しげに笑う志乃は、夜と同じように妖艶な表情をしていた。闇夜の  
褥での伍助がそうであるように、肌身に触れることで欲情を催しているのだろう。これほどあから  
さまに志乃が自らの欲を表したことなどなかっただけに、その妖しい変貌が伍助の背筋をぞくり  
と震わせた。  
「あ」  
すかさず、まだ勃ちきっていない一物を緩めた下帯の中から取り出した志乃はその勘の良さで  
伍助の変化にも気付いたようだ。  
「なんか、触ったらここ元気になったよ」  
「…そ、そうか…」  
「やっぱ、ここが一番正直かもねー」  
からかうように笑いながらも、ぺろっと舌舐めずりをした愛らしい唇がようやく芯の通ったようにぴ  
んと反り返った一物を、そのまま飴棒でも舐めるように深く咥え込んだ。  
「志、乃、よせっ…」  
未知の快感に、耐えているつもりだった伍助は思わず声を上げた。まだお互いに色々と知り初  
めたばかりだ。何もかも手探りで至らないことばかりとはいえ、さすがに志乃にはまだそんなこと  
など教えてもいない。だとすれば起因は一つだ。  
「うぁっ…志乃、そればかりは、よせと言うにっ…」  
「やだ」  
念入りに舐めていたものから一旦口を外すと、どこか拗ねているような口調で志乃は口を尖らせ  
た。  
 
「あの本に、ちゃんと描いてあったもん。男の人にこうしてるとこ。本じゃなくて、アタシにいっぱい  
感じて欲しいんだもん」  
どうやら志乃は、こともあろうにどんな本かと春本の中身を見たらしい。だが乙女妻が見るには過  
ぎるほど刺激的な図絵ばかりだ。伍助でさえあまりの艶っぽい内容に目が眩んだほどだ。どれほ  
ど衝撃があったのか推して知るしかない。  
要は隠し持っていた春本に志乃なりの悋気を感じていたということなのだろう。  
他愛無いと言えばそれまでだが、それでこのような行動に出る可愛らしさにまた目が眩みそうに  
なった。  
「そ、うか…それは済まなかったな」  
「んーん、いいよ、もう。だからね」  
「何だ」  
「いっぱいしよっ」  
先程よりはかなり立派に勃った一物を両手で撫で回し、あむっと再び口に含んだ志乃は技巧す  
ら知らないままただひたすら奉仕を続けていた。肉茎を舐め上げ、先走りをたらたらと零す先端  
をちゅうちゅうと吸うように口付けてられて、伍助はたちまちのうちに追い上げられていった。  
技巧の拙さなど関係ない、志乃がわざわざそれをしているだけでも感じるのだ。  
あまりの刺激に、限界がもう来ようとしていた。  
「志乃、志乃っ…いかん、出るぞっ…」  
さすがにそればかりは、と咄嗟に身を離そうとして再度止められた。  
「じゃあ、もういいよね」  
顔を上げた志乃はこれまでとは全く異なる顔をしていた。悪巧みが成功した様子の子供と婀娜  
な女の魔性の表情が眼差しに交錯して、つい見入ってしまうほどだった。婀娜な女が微笑みな  
がら着物の裾をたくし上げ、まだ一度も触れていない秘花の如く色付いた女陰を晒す。  
驚いたことに、そこはもう腿まで淫らな滴りを零すほどに濡れきっていた。  
「ごっちんのが収まるのは、ここだよ」  
指でぬらぬらとした女陰を開いた志乃は、なまめかしく笑った。それが当然ででもあるようにため  
らいなく限界を迎えようとしている一物の上に腰を落とすと、感極まったような声が愛らしい唇か  
ら漏れた。男の上に馬乗りになるなど初めての体勢だ、上手くいかなくても当然だと伍助は声を  
かける。  
「あぁ…」  
「志乃、辛かったら止すのだぞ」  
「ぁ…平気、んぁぁ…上手く、いき、そうっ…」  
何度かもじもじと腰を動かして、何とか奥まで繋がったようだ。思わず安堵の溜息が可愛い妻の  
喉から漏れ出る。  
 
「あ…はぁ…」  
「志乃」  
名を呼ばれて、ひたすら目を閉じていた志乃の瞼がゆっくりと開かれた。  
「…ごっちん、熱いよ…気持ちいい…」  
「志乃の中も熱いぞ」  
「すご、おかしくなりそ…」  
真っ赤な顔をしながら、志乃は夢うつつのように必死で腰を振って自らの身体を探り出した。それ  
に伴っていつもはきっちりと着付けている襟元が崩れ、真っ白な柔肌が次第にあらわになってい  
く。これほど扇情的な光景はない。  
「志乃、志乃。堪らんぞっ…」  
妖しく腰を振る志乃に刺激されて、伍助も一緒になって動き出した。繋がる箇所が擦れ合うごと  
にぬるぬる、ぐちょぐちょといやらしい音をたててこれ以上ないほど歓喜している。  
もっとこの素晴らしい快感を感じていたかったが一物はもう限界だっただけに、そろそろ本当に終  
わりが来そうだった。  
「志乃、いくぞっ…」  
強く細腰を掴んで下から突き上げると、鳴くように高く細い声が上がった。  
「うん、うんんっ…来て、いっぱい出してぇ…」  
すっかりはだけられた着物の襟元から、まだ芯のある青い果実のような可憐な乳房が零れ出し  
て動きに合わせるように揺れていた。  
「志、乃ぉっ…」  
待ちに待ったものが、思いきり志乃の膣内へと放出されていく。ぎりぎりまでの緊張していた全  
てのものが一気に弛緩して、すぐには何も考えられないほどだった。  
「ぁ、あぁ…んっ…」  
乳房を薄紅に染め上げて、幾度か震えながら志乃もまた達したようだった。瞬時にして内壁が激  
しく締めあげられたことでそれと察した伍助がふるっと震える乳房を握ると、それもまた感じるの  
か一層びくびくと互いの粘膜が密着した部分が痙攣した。  
「やぁあ…本当におかしくなるぅぅ…」  
「なれば良かろう、一緒にな、志乃っ」  
「やぁっ…」  
勢いに火がつしいてしまったのは伍助のほうも同様だったようだ。しどけない様子で喘ぐ志乃が  
あまりにも扇情的で、まだまだ感じ続けていたかった。抱き上げて体勢を入れ替えると、畳に髪  
を擦り付けるようにして一瞬志乃が目に涙を溜めたまま拗ねる。  
「ごっちんの、バカ…」  
それもまた可愛くて、繋がったままだったのをいいことに再びやわやわと絡んでくる内部を思い  
きり突き上げ始めた。  
 
「あぁあ…ごっちん、気持ちいいよおっ…」  
腰を使う度、柔らかな内部で留まっていた二人分の愛液と精液が交じり合ってどろどろと零れ出  
る。それもまたとてつもなくいやらしくて、また欲情を催した。  
「志乃、可愛いぞ…」  
「ん…ごっちん、もっと、もっとおおっ…」  
深く抱き締められている志乃は見たこともないほど、幸せそうに微笑んでいた。  
ようやく遅い西日が差し込もうとしている時刻の室内、何もかも忘れて睦み合っている二人にとっ  
ては些細なことなどもうどうでも良くなっていた。  
 
二人がすっかり満足して気が済む頃、外は薄暗がりが広がっていた。  
夏の宵とはいえ、つい羽目を外してしまったようだ。  
「志乃」  
「あー、お腹空いたねー」  
機嫌の直った志乃は、相変わらずの様子で畳から起き上がった。  
「すっかり遅くなっちゃった、御飯作ろっか」  
「いや、無理にとは言わんぞ。蕎麦でも食いに出るか」  
「あ、いいねそれ。賛成」  
伍助の提案にすっかり乗り気で着物の乱れを直す志乃は、まるで小さな娘のようだった。  
会話だけなら単にずぼらな妻のようだが、普段の志乃は実に伍助や周囲に対して痛々しいほど  
に気を遣う気性なのだ。だが、それに甘えていては志乃の負担が増えるばかりだ。たまにこれ  
ぐらいは気を抜く時があってもいいだろう。  
ごそごそと着物と袴を直しながらも、、伍助は改めて夫かくあるべしの心構えを強くした。  
「じゃ、行こっか」  
もう春本のことなどすっかり忘れて、志乃は薄青い宵闇の中で無邪気に笑っていた。  
 
 
 
終わり  
 

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