長い梅雨も明けて、いよいよ盛夏という季節。  
毎年のことながら、うだるような暑さは正直堪らないものがある。  
「暑いなあ…」  
勤めから戻る途中にあまりの暑さで何度も物陰で足を止めて涼みながら、伍助はまだ随分と高  
い位置にある天道を恨めしく眺めるばかりだ。  
それでもあの可愛い妻はこんな日でもきっと変わりない。相変わらずくるくると自分で仕事を見つ  
けては、素早くこなしているのだろうと思えば自然と足も進む。  
今では、志乃の生きる姿勢そのものが伍助の支えになっていたのだ。  
「今帰った」  
「ごっちん、お帰りー」  
家中を掃除していたらしい志乃が、玄関先での伍助の声を聞いて奥から飛び出してきた。手に  
は真っ黒になった雑巾。相変わらずどんなことをしていても本当に楽しそうだ。  
今日は特に、にこにことしていてその笑顔にうっかり引きつけられそうになった。  
「お…志乃」  
「えへへー、今日はいいものがあるよ」  
「いいもの、か…?」  
「うん、いいものっ♪」  
勿体をつけるように、額に大粒の玉の汗をかきながら志乃はにかっと笑った。  
 
風呂場に入って冷たい手拭いで汗をかいた身体を拭うだけで、随分楽になった。全く水分の一  
滴まで蒸発してしまうような暑さは耐え難いものがある。  
着替えて一息ついていると、そろそろ支度も終わったかと悪戯っぽい笑みを浮かべた志乃が顔  
を覗かせる。  
「ごっちん、暑い中お疲れ様ー」  
「…うむ」  
「さ、居間に行こっ」  
まるで月を見ているうさぎのように元気な志乃にぐいぐいと腕を引っ張られて、訳が分からないま  
ま伍助は居間へと誘われた。  
「志、志乃…あまり急ぐな」  
「んー、ふふふっ」  
楽しい秘密を抱えているように、志乃の足取りはとても軽やかだった。  
 
「志乃、一体何…」  
言いかけて、思わず口を閉じた。  
居間にあったものは、長年使い慣れた皿とその上にでんと乗っかった見事な瓜。  
それらが二つ、並んで涼しげに揃い踏みをしている。  
「午前中にね、表の通りに瓜売りが来てたんで買ったの。美味しそうだったからごっちんも喜んで  
くれると思ったし。今までずっと井戸端で冷やしてたから冷たいよ」  
「ほう、瓜…か」  
ごくりと喉が鳴った。  
この暑さで身体中が限界まで干上がっていたので、思う存分水菓子でも食らいたいと思ってい  
たところだ。志乃が良く気のつく妻だということは今までのことで分かりきっていたとはいえ、ここ  
でそんな嬉しい気遣いをみせられては心底参るばかりだ。  
「済まんな、志乃」  
「んーん、どう致しまして」  
褒められて満更でもないのか、志乃の頬はほんのりと赤かった。  
 
子供のように縁側に並んで座る若い夫婦は、まるで季節外れの雛人形だ。  
良く冷えた瓜はかぶりつけば、一口ごとに快く喉を通って胃の腑に収まっていく。それに熟しきっ  
てるのか蕩けるように甘い。やや青臭い匂いまでが夏の風情で、伍助もすっかりさっきまでの暑  
さを忘れてしまった。  
「美味いな」  
「うん、甘くて美味しいねー、ごっちん」  
本日の一番手柄を立てた志乃は、自慢げにまた大口を開けて笑った。一般的なしとやかさとは  
程遠いが、これはこれで志乃らしくて可愛らしいと思えるのは当然惚れている証拠なのだろう。  
惚れた相手とこうして並んで冷えた瓜を食んでいるのは最上の幸せに違いない。  
折々に何度も確認しているが、今日もまたそんなことを考えて伍助は感慨に浸っていた。  
「ごっちん」  
無防備になっている間に、志乃が無邪気な子うさぎのようにじゃれついてくる。どうやら先に瓜を  
食べ終わったようだ。  
「やだ、指が瓜の汁でべたべたー」  
「そっ、お主も同じではないか」  
「アタシはいいんだもん、もう全部舐めちゃった。ごっちんの指も舐めたげよっか」  
そんな、とんでもないことを言ってくる。  
 
時々、こんな風に志乃の言動は突拍子がなくなるのだ。それがまた途方もなく愛らしくて良いの  
だが、最近は閨の手数を重ねる度に言動の端々に艶めいたものを感じるのはきっと気のせいで  
はないだろう。  
可愛い妻は、確実に女の婀娜を身に着けていっている。そんな変化が眩いほどだ。そう感じて、  
伍助は思わず口篭る。  
「何を…言うのだ」  
「ほらぁ、汁が手首まで垂れてる。着物汚れちゃうよ。拭くものもないしさ」  
「やめろ、志乃…こら」  
ぺろり。  
手首に熱い舌の感触を感じて、反射的にそれまで意識しないでいるつもりだった一物に瞬時に  
して血が滾る。  
「あまーい、瓜はやっぱ美味しいよねー」  
「志乃、オレは瓜だけでは足らなくなったぞ」  
「えっ」  
もう堪らず、それだけ宣言すると伍助はぐいっと志乃を抱き上げて空け広げていた奥の間に入る  
なり、ぴしゃりと襖を閉めてしまった。  
こんな可愛い妻が側にいては、褥を共にする刻を待ちきれなかったのだ。  
 
 
 
終わり  
 

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