「借りた金はきっちり返せよな」
そう言いながら伍っさんのところにたまに現れる娘がいる。名はキクというらしい。伍っさんも摂っあんもあの娘には頭が上がらないようだがどうも気になる。
気になったらどうしようもない性分なものでキクが道場から出ていくのをたまたま見かけたので追いかけることにしてみた。
「穂波、悪いが用事を思い出したから先に帰るな」
「帰るって…風間くん、今日の稽古はまだ始まってもいない…」
ちょいと跡をつけてみれば商人の長屋にたどり着いた。つまるところ金貸しだ。
金に困っている訳ではないので安易に足を踏み入れる所ではないのは知っているが…。
「ウチの店に何か用か?」
長いこと店の前に居座っていたらしい。不審に思った店主が出てきやがった。眼鏡の奥からは怪しいといったオーラが出されているのがはっきりわかる。
「…お父…」
店の中から顔だけを出してこっちを見ているキクがいた。
「客か?それとも同人を呼ぶかどっちだ?」
この風貌のせいで同人にしょっぴかれるのは慣れているが全く自慢にはならない。それにキクの前で恥は晒したくない。となれば客となるしかないだろう。
「客?なら早く言え。で、何を質物にするんだ」
そこまでは考えていなかった。とりあえず何かあるかと探ってみると、お志乃から貰ったお面が出てきた。
「そんなお面なら一両にしかならねぇよ」
一文か。
お志乃を取るかキクを取るか。
悩んだ挙げ句お面を渡し一両を受け取った。
これで金の催促にキクが長屋に来てくれると思えば安いものだ。
明日からが楽しみだ。