うさぎ道場が講武舘との試合に負けて二年。
五助は姿を消し、他の門下生も去っていった後、志乃は遊郭へと売り飛ばされた。
最初は恐怖だった、涙もした。
だが、知らぬ男に抱かれる悦びも知った。
愛する夫のために鍋を握った手は快楽を与えるために。
愛した男のために送った笑顔は淫猥に。
ウサギの面の変わりに白粉を。
志乃は、籠に入れられたウサギになった。
「志乃、お客だよ」
障子の隙間から月を眺めながらキセルをふかしていると、指名をされたらしく、名前を呼ばれる。
「はいはい」
肩を露出した、だらしのない着物を引きずりながら客間に向かう。
そこでは胡坐をかいて酒を飲んでいる男がいた。
助平らしい、色好きな目が見て取れる。
志乃は愛想よく笑顔をすると、徳利を取り、酒を注いだ。
ふと、男の脇に目をやると、脇差が隣に置いてある。
侍。
志乃の顔に一瞬、陰りがでた。
「刀が珍しいかい?」
男がいやな笑いを作りながらぽんぽんと、隣に来いと合図をした。
志乃が肩を寄せると、男が着物の間から手を差し込み、胸を揉んでくる。
「あ・・・」
気持ちがよさそうに振舞うと、男は志乃の首筋に唇を当てた。
そのまま押し倒され、首筋を舐められる。
「ねえ、殿様?」
殿様、男を立てる一言。
こう言われれば、浪人でも少しばかり金が多く取れた。
「なんだ?」
「志乃って呼んで」
「へへ・・・気持いいか?志乃」
志乃、そう言われるだけで股が濡れるように熱くなる。
男の手を掴むと自ら陰部に近づけさせる。
「もうこんなか、とんだ淫女だな」
帯を乱暴にはずされ、やや未発達な体があらわになる。
「志乃」
男が女陰に唇をつける。
『志乃』
ごっちん。
一緒に蕎麦を食べた、楽しかった。
男がわきの下を舐め、胸の突起をつねる。
「へへ・・志乃」
「殿様ぁ・・・」
『志乃』
一緒に月見をした、初めて手を握ってくれた。
男が手を強く握る。
着物の股を開き、褌から一物を取り出した。
「入れるぜ?」
「早くぅ・・・」
男のモノが入れられると、背筋が伸びるのような快感が走る。
そのまま上下にこすられると、肉壁がこすられ、じれったい。
技術を見せ付けるつもりなのか、腰を円のように回すと、膣内をこすられる。
敏感な部分がかき回されるような感覚に、男を抱きしめた。
何度、抱かれた男に五助を見ただろう。
いくら客が来ようが志乃の寂しさが埋められることはなかった。
男の腰使いが荒くなる。
志乃は両足を男の腰に回すと、男の耳たぶを舐めた。
「もっと強く抱いて!志乃って呼んで!」
「おう!志乃!志乃!」
男がいっそう腰を早くすると、がくりと覆いかぶさってくる。
膣の中に異物感。
粘りのある液体が流し込まれた。
「ぁぁ・・・」
しばらく息を荒げていた男が志乃から一物を抜くと、着物を正す。
志乃はちり紙で股を拭いた。
男は無言で部屋から出て行った。
これだけ抱かれているのに、どうして寒いんだろうね、ごっちん。
こんなに人がいるのに、どうして寂しいんだろうね、ごっちん。
―――ごっちん。
突然、先ほどの男の叫び声が聞こえた。
そして女性の叫び声、何か走り去るような大きな足音。
怒号、絶叫、板が折れる音。
何事かと、着物を胸にはおり、部屋の隅に移動する。
すると、先ほど男が出て行った入り口が乱暴に開かれた。
そこには。
そこいたのは。
無精髭を生やし、髪は乱れ、返り血を浴び、血のついた刀を持った最愛の人物。
「志乃・・・」
声が出ない。
嬉しいのか、悲しいのか、叫びたいのか。
だが、志乃から出た言葉は、そのどれにも反していた。
「おかえり、ごっちん」
船の上で、二人が寄り添う。
「ねえ、ごっちん、どこまで行くの?」
「わからぬ、俺達は月にはいけぬのかもしれん」
「でも、ごっちん、ほら」
志乃が指をさした場所には、月が映りこんだ海だった。
「月があんなに近くにあるよ」
「志乃・・・」
接吻をした。
いままでのなによりも熱い唇。
「それでは、月まで行くとするか」
「うん!」
二人が月に飛び込む。
誰もいぬ海の沖で、ぽちゃん、と音が響いた。