とある日の宇田川邸。自室で本を読んで時間を潰そうとするも一行も読み終わらないうちに本を置いて部屋をウロウロと歩き回る屋敷の主。その主の様子を見て義兄が煙草を吐き出す。  
「まぁまぁ落ち着けよ。志乃だって本でも読んで待っててって言ってたろ?」  
しょうがないと呟きながら懐から春本を出すと畳の上に置きこれでも読めと勧める。  
「せ…摂津殿…。今このような時に不謹慎であるぞ」  
「不謹慎ってもな…。伍助ちゃんだって今更だろ」  
とにかくと言って本をしまわせると外を眺めた。外は陽が半分ほど既に沈みかけていて薄暗くなっている。  
 
それからどれだけの時間が過ぎたのかはわからない。  
伍助が妻の部屋に行こうとするもお湯を運んでいた下働きの下女に咎められ、すごすごと元の部屋に戻ると義兄は壁に寄りかかって寝ていた。  
「呑気なものだ…志乃の一大事だというのに…」  
あまりに気持ちよく寝ているため刀を手に取ると屋敷中に響く鳴き声が聞こえてきた。  
「む…。この声は…」  
この際、義兄に構ってなどいられない。刀を放り出して妻の部屋に走った。  
襖を勢いよく開ける。  
「…志乃っ!」  
「あ、ごっちんー。産まれたよー」  
老齢の産婆が近づいてくる。  
「おめでとうございます。元気な姫でございます」  
「ごめんね、男の子じゃなくて」  
「そのようなことはないぞ」  
慌てて否定する。下女によって真新しい着物にくるまれた女の子を抱きしめる。  
「名前どうしよっか?」  
まだ横になったままの妻が話しかけてくる。休んでいてもいいと言うが大丈夫と突っぱねられた。  
「うむ…そうだな…」  
考えて窓の隙間から空を見つめる。陽はすっかり沈み漆黒の闇が広がっていた。その闇にぽっかり浮かぶ満月。  
「…ミツキと言うのはどうだろうか…」  
「うん。そうだね。ミツキも月に行けるといいね」  
娘が月に行けるかはまた未来の話。  
 
 
終  
 
 

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