あれは四年前。  
蒸し暑くて、何となく寝付けない夏の夜のことだった。  
喉が渇いて水でも飲みに行こうかと布団から身を起こそうとしたミツキの耳に、それまで  
聞いたこともない声が聞こえてきた。  
「何だろう」  
十歳の時に両親と寝室を別にするようになって一年。どことなく苦しげな呻き声が気にな  
って部屋を抜け出したミツキは、そこで意外なものを見た。  
薄暗がりの中、障子戸の隙間から見えたものは普段見慣れている両親とは全く別の声  
色で囁き合い、睦み合う二人だったのだ。  
『ごっちん…』  
『志乃、ここがいいのか』  
『うん、いい…もっとしてぇ…』  
『よし、今暫く堪えよ』  
『あぁんっ…』  
布団の中で腕を回して抱き合い、隙間もなくぴったりと重なる二人はもうミツキの知ってい  
る両親ではなく、夜の威を借りてただの恋人同士に立ち戻ったように見えた。そこには普  
段の厳しくも優しい父と大らかで温かい母の面影は全くない。ただお互いに二人だけでい  
る時間を楽しんでいるだけだ。  
そこにはミツキが入り込む隙など一分もない。  
声も出ないまま部屋に戻って布団を被ると、眠れないままに朝を待った。朝にさえなれば、  
またいつもの両親に戻ってくれると思ったからだ。  
もちろん、うとうとして明け方に目を覚ませば両親はいつもと同じだった。あれはやはり夜  
が得体の知れない妖術でも使ったのではないかと頬を抓ったほどだ。  
その二人の妖しい声は、それからも寝付けない夜には度々聞くことになったのだが。  
 
そして十五歳になったミツキは生まれ育った家を出た。  
両親は同じ歳に結婚したと聞いていたし、甘えてずるずる居つくのも性分じゃない。何より  
もあの夜の二人は大層幸せそうに見えたのが少し羨ましかったのだ。両親のように自分  
の幸せを見つけられればそれでいい。  
一人立ちの理由なんて、大体はそんなもの。  
 
 
 
終わり  
 

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