摂津正雪は久しぶりにふらりと茶屋にやって来た。茶屋の女の子達からは黄色い歓声が上がり奥へと連れていかれる。  
「あら、またタダ飲みにいらしたの?」  
外を眺めていると薄雲がやって来た。後ろにいる下働きの女性が酒を置いていく。  
「相変わらずだな」  
「ご冗談を。タダでやって来て私と話を出来るなどおもてなしの極みですわ」  
正雪はおもてなしねぇ、と呟くと御猪口を傾ける。そして口を離した。  
「……これ、水じゃないか」  
薄雲は気のせいと笑った。  
「水でもてなすなんて聞いたことないぞ」  
「おもてなしの基本は真心ですのよ、摂津様。その水は貴方がいらっしゃらない日に女の子たちが流した涙です」  
さすが太夫は言うことが違うと水を飲み干した。  
薄雲は違う上客に呼ばれて別室に移動した。代わりに違う女が正雪の相手をするためにやって来た。久しく来ていなかったのでおかわりの水だけでも話が盛り上がりテンションも上がる。  
「美人と飲むと水だってことを忘れるくらい旨いな」  
「イヤだー摂津様ってば。文字通り太夫が汲んだ只の川の水ですわよ。」  
「太夫って…薄雲がか?」  
本来ならば水汲みなど入りたての下積みの行う仕事である。  
「はい。太夫ったら摂津様が『アイツはお金がないのだから水を飲ませておけばいい』って言うんですよ。あ、でも汲んだ後にちゃんと沸かして上澄みをお出ししていますよ」  
川水には上流より流れてきた流木の破片や泥が混じっている。それを取り除き飲めるようにするには一度釜で沸騰させたあと冷ましてから上澄みを取ると安全で刺激のない飲み水が出来上がるのだ。  
「太夫は毎朝、今日こそは摂津様がいらっしゃるからとお湯を沸かしていたんですよ」  
「…………」  
正雪は黙って水を眺めた。貧乏侍であるからいつも上等な酒を呑むことが出来ないと言うことを薄雲は知っていたのだ。  
「…………真心か…」  
「何か仰いまして?」  
「いや…その…酒を出せる食べ物屋でも開けば毎日酒を飲めるかなって考えてさ」  
「摂津様ってば商人のようなことを」  
女は笑った。士分が商の話をするなど有り得ないからだ。  
だが正雪は怒ることもなくつられ笑いをして誤魔化した。  
 
 
糸冬  
 

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