華屋加四郎が病で床に伏せてから二年。
すでに金貸し、算盤の生徒達も減り続けている。
それも当然だ、サムライ達が世から姿を消してからは堅気な商売が増え続けている。
ハイカラな衣装に輸入物の酒。
もはや上を恐れずに自由に仕事を選べる時代に金が足りない者はそう多くない。
キクは考えていた。
もう、米もねぇ・・・。
子供のころ、生米をかじっていた事を思い出した。
思えば、あれだけでも儲かってたって事か。
苦心する加四郎の姿が脳裏に浮かんだ。
「おい・・・キク」
荒い呼吸をしながら加四郎が布団から上体を起こした。
「お父!なんでおきんだよ!」
「もう・・・長くねぇかもしれねぇからな・・・」
ぜぇ、と言葉の間に唾液が喉を通らないような、雑音が混じる。
キクにだっていつかその時が来ることくらい承知していた。
だが、あの父が。
気丈に振る舞い、誰にも臆した事のない父が弱音を吐く。
その姿こそが耐えにくい。
「そんな事言うなよ、ほら、雑炊つくっからよ」
急いで台所に向かう。
きっとお腹がすいているせいだろう。
お父がそんな弱気なはずがない。
―――オレを担いでくれた大きな背中。
―――約束してくれた時から一緒に食卓を囲んでくれた事。
いつでもオレの尊敬できるお父だった。
「キク・・・もう米もねぇだろ」
ハッとする。
昨日の残りの米を大根と噴かして食べたのが最後だ。
自分は食べずに、加四郎にだけ与えた。
『食えねぇよ』そう告げる加四郎に、嘘をついた。
さっき宇田川の旦那にそばをおごってもらった。
だから腹いっぱいだ、お父よりもいいもん食ってんだ。
『そうか』そう言うと、熱い雑炊に咳をしながらなんとか注ぐというように食べていた。
どうしよう・・・。
米も、大根もない。
金も薬代でほとんど消えている。
「なあ、キク。オレはもう先がねぇんだ、どっかに嫁いだらどうだ?」
その言葉に背筋が凍った。
「お父、ほら、今日は権兵衛が返済の日だから夕飯くらいは・・・」
「キク!」
怒鳴り声に一瞬身が固まる。
「おめぇ、考える事から逃げんな。迫力もねぇ病人の金貸しにわざわざ大金渡しに来るか?」
そのとおりだ。
もう返済の時期が過ぎているのに訪れるのは金の無心だけ。
要するに生きているうちにかっぱらえばいいと思っている連中だ。
「実は、宇田川の旦那のアニキに嫁ぎ先を紹介してもらってんだ。おめぇは行け」
なんで?
なんでだ?
オレはお父を助けたいだけなのに。
どうしてそんなに邪険に扱うんだ。
「育ててもらった親に孝行して何がわりぃんだよ!」
「育ててやった娘を不幸にして幸せだと思うか!」
その言葉に、オレは憤った。
台所のまな板を叩き落とす。
「金だろ・・・金さえあれば・・・」
「金だけが幸せじゃねぇ、お前と過ごしてそう思ってるよ」
金かしの加四郎。
江戸では名の知れた恐ろしくキレる男が、微笑みながら告げる。
そんな笑顔に、キクは逃げ出した。
なぜ逃げたのだろう。
恐ろしかったのか?
なにが?
そうか。
一瞬、オレはお父を見捨てて、幸せになってしまおうかと思ったんだ。
「腹減った」
酒屋の前で座り込む。
もう年頃のキクが見っとも無いが、腹に力が入らない。
加四郎の薬代、これからの稼ぎ、そして生活費。
八方詰まりだった。
頭が暗くなるのは空腹のせいだけではないだろう。
「とりあえず、権兵衛の所にでも催促しに行くか・・・」
無駄ではあろうけど、義理人情が通じるかもしれない。
すくっと、立ち上がり、腰を払った途端だった。
酒屋から罵声がとどろき、男が腰を抜かして逃げ去った。
何事かと思い、入り口を見てみると、どこかで見た男が怒鳴っている。
どこで見たのだろう。
男は一頻り叫んだので清々したのか、着物を正して満足げにあたりを見回した。
一瞬、眼が合う。
絡まれたら厄介だと思って去ろうとすると、肩を掴まれた。
「何しやがる!」
「おめぇ、うさぎ道場に顔出してた嬢じゃねぇのか?」
「あ・・・うさぎ道場の門下生か?」
「ああ、反蔵だよ、どうした、暗い面しやがって」
なんと言ったらいいのだろうか。
と、口にする前に腹の虫が鳴り響く。
「なんだ、腹減ってんのか・・・そうだな、おれぁここで用心棒やってからよ、飯くらいおごるぜ?」
うさぎ道場には比較的人格者が揃っていたが、今のこの男の仕事は明らかに堅気ではない。
「まあ、いいから入れよ」
腕をつかまれ、強引に店に座らされた。
「おい、酒と・・・適当に飯を持ってきてくれや」
半ば強引に座らされ、反蔵がキクをまじまじと見つめる。
「なんだよ」
「いやな、前に見たときはまだまだガキだったが、もう一丁前の女だなってよ」
一丁前の女・・・。
やがて料理が運ばれてくる。
実に旨そうな焼き魚の定食だった。
「食えよ」
酒をごくごくと飲みながら反蔵が遠慮するなと言う。
だが、こんなにいいものを食べていて、お父は何も食べられない。
金だ・・・金が欲しい。
「ったく、食事の時も女らしくってか、そんなのいらねぇよ」
勘違いをしているようだが、どうやら反蔵はオレを一人前の娘だと認識しているらしい。
「なあ・・・」
「なんだ?」
早くもほろ酔い加減の反蔵が徳利に酒を注ぎながら問う。
「オレ・・・買ってくれねぇか?」
「本当に、いいんだな?」
反蔵がキセルをふかしながらたずねる。
宿屋の二階では行灯が燈色のぼんやりとした灯りだけが二人を映していた。
「どうせ、生娘じゃねぇんだ、一両、払ってくれるんだろ」
「相場にしちゃたけぇな・・・」
「オレ、いろんな奴にいいって言われるぜ」
そんなはずはない。
キクは男と肌を合わせたことは一度も無かった。
肩から着物をずらし、誘惑する。
体が小刻みに震えるのを必死に抑える。
「まあ、困ってるみてぇだしな・・・わかったよ一両だ」
反蔵がコロンと転がした金を、そっととろうとした時だった。
行灯に映された二人の影が重なる。
首筋に、唇に、反蔵が押し付けられた。
ぞっとする。
女達はこんな事を繰り返しているのだろうか。
「なあ、待てよ・・・」
キクが制する。
「一両も貰えたんだ、あんた、口淫って知ってるかい?」
「さぁな」
小さなキクの胸に手を添え、乳首を摘む。
「んっ・・・要するにさ、口でするんだよ、気持良いぜ・・・」
「へえ、試してみるか」
キクがおずおずとそそり立つ反蔵の男根に手を添える。
脈打ち、骨でも入っているのではないかと思うほど堅かった。
男は一度だけすればもう大丈夫らしい。
口でするのは抵抗があるが、陰唇はもっと嫌だ。
ぺろ、と男根の先を舐める。
「おお」
思わない快感に反蔵が声を漏らした。
丹念に舐めたくり、何度も下エラをなぞる。
だが、一向に反蔵が果てる様子は無かった。
「おいおい、口でするなら、こうだろ」
反蔵がキクの頭を掴み、口に含ませる。
微かに塩辛いような味と、むせ返る匂い。
だが、やめるわけにはいかない。
唇をきつく締め付けると、根元まで飲み込み、先端まで吸い込むように包む。
それを幾度も繰り返す。
「なるほどな、確かにこりゃあいい」
反蔵の息が荒くなる。
男根の角度もどんどん競りあがり、震えてきた。
もう一往復しようとした途端、口の中の男根が跳ねる。
それと同時に粘っこい、青臭い白濁液が飛び出した。
暴れる男根に口を離すと、キクの顔に精液が降りかかる。
「どうだ・・・満足したか・・・」
今にも吐きそうだった。
「ああ、そろそろ前座は終わりだな」
「え?」
肩を押さえ、キクを倒れさせる。
「なぁっ」
「一両だぜ?まさか一回だけじゃねぇよな?」
男は一度果てればそれまでじゃなかったのか?
キクの性への知識不足が完全に裏目に出た。
腰巻をたくし上げられると、反蔵が下の口に舌を這う。
「綺麗だな・・・」
生暖かい舌の感覚が、敏感な内膜を刺激する。
気持がよくないと言ったら嘘になる。
だが、嫌悪感だけは取り除けない。
「結構不感なんだな」
それはキクが生娘だから素直に快楽を求められないせいだ。
蜜も少しずつしか流れない。
「いい・・・んだよ、その代わり、膣は・・・キツイぜ」
「そうか」
なんのためらいも無く、反蔵が男根を陰唇に押し付ける。
相当女慣れしているのだろう、多少キツメの女も相手にしているらしい。
めり込む男根にキクは下唇をかんだ。
涙が溢れる。
純粋に痛みからだ。
「確かに、こいつぁいい締りだ」
生娘だと気づいていない反蔵は、激しく腰を振る。
まだ受け入れる体制になっていないキクの膣内は激しくこすられ、痛みが激しくなる。
「ああ・・・いいぞ・・」
痛みで絶え絶えになる言葉を、感じているように見せかける。
まだ発展途上の胸を反蔵がついばむ。
意外にも、隆々と突起になっていた。
興奮している事は確からしい、まるで胸から神経の塊のような乳首を弄くられ、喘ぐ。
「すげぇな・・・」
もう終わりも近いらしい、そろそろ限界なのだろう、キクの体の負担も考えず、強引に腰を振る。
がくがくとゆれるキクの体が、不意に止まった。
膣内に何かがが流れている。
膨らむような、異物感。
小水とは違う、熱い液体。
反蔵が男根を抜いた。
「すげぇ体だな、名機ってやつか」
行灯の薄明かりのせいで失血していることは気づかれていない。
すぐに紙で股を拭くと、着物を羽織った。
一両を懐にしまう。
「なあ、キクの嬢ちゃん」
「なんだよ」
声が震えただろうか、気づかれなかっただろうか。
「ここは体売るにもその筋のやつらが仕切ってやがるんだ、なんなら安全にオレが口を利いてもいいぜ?」
「・・・考えとく」
それよりも、お父だ。
朝からほったらかしになってしまった。
だけど一両だ、すぐに米を買って、魚を買って、野菜を買って。
「なあ、お父!」
まず、最初に言おうとしたのは『ごめんな』のつもりだった。
体を売った事は絶対に口にするつもりはなかった。
だが、台所には。
叫び声が出ぬように豆絞りを口に咥え、首を包丁で切った『加四郎だったもの』だった。
「お父・・・」
意外なほど衝撃を受けていなかった。
もとより、もたないと思っていたからだろうか。
それにしても、コレほどまでに驚かないものだろか。
頭は冷静に父の死体を見つめていても、手から食材が落ちた。
「あれ?」
手に力が入らない。
ひざも震えている。
手には紙が握られていた。
『わるかった』
たったそれだけで?
そんな、オレの苦労のことだけで?
「なんで・・・なんでそんなことで死んじまうんだよぉぉぉぉぉぉ!」
天を向いて大声で叫ぶ。
涙が滝のように流れ、顔からあらゆる体液が溢れた。
声を聞いて隣の宿屋の男達が集まってくる。
わんわんと泣いているキクを遠ざけ、岡っ引きがやってきた。
金だ。
元は金持ちだった。
だから幸せだった。
つまり、幸せは金を持っている事なんだ。
キクが暗くなった街中で、腕を組んで壁に寄りかかっている。
一人の男が近づいた。
「二分で付き合ってくれるらしいな?」
冷酷な眼で男を見る。
「あんたは器量が悪いから三分と十朱だよ」
「三分までだ」
まあ、それなら妥協点だろう。
「いいよ、それなりの部屋くらいは用意してくれるんだろ?」
「ああ、もちろんよ。あんた、名前はなんてんだ?」
「管物の寒菊、それだけで十分だろ?」
時代が変わるまで、まだ日は長い。
歴史はあっという間でも、一日を生きていけるウサギは何匹いるだろう。