「お前の顔を見るのもアキたんだけどな」
キクが金の取り立てにウチに通うようなって数ヶ月。
まとまった金が入る事もあるから、その時はどんと景気よく返せるが
ものの数日でまた借りに来るため、常に借金がある状態だ。
「あっちいなー、今日は!」
日が落ちかけているとはいえ、夏の盛りで風もない。
キクは言いながら手ぬぐいで首の汗を拭う。
「月末には返すって言ったじゃねーか、わざわざ来るなよ」
「アンタそう言っていっつも月末に家空けてどっか行っちまってるだろ。
オレだってこんな汚い家、来たくねえっての。
女が寄り付かねえのも分かるよ。
まったく、ちゃんと風呂には入ってんのかい?」
言いながらキクは手ぬぐいを投げてよこした。
ふと、手ぬぐいについた汗のにおいが俺とはちがっている事に気付いた。
「…なにやってんだよ、アンタ」
気がつくとキクの顔が目の前にあった。
くんくんと嗅ぎまわる俺を睨みつけている。
「タダでさえ暑っ苦しいのに、むさくるしい顔近付けんなって」
「香とかじゃねえよな…アレはキツくて大抵の女はあの匂いがして
嫌いなんだが、お前のは何だコレ?」
「…オレも香とかは嫌いだから何にも付けてねえよ」
「そうなのか?俺と匂いが違うから、ホラ」
俺は前をはだけてキクに嗅がせようとずいとつき出す。
キクは怒ったような困ったような顔をして俺の顔と俺の胸に目を往復させる。
「な、なんだよ、それ、嗅げってのか?」
「おう、匂ってみろよ、違うんだよ」
「アンタ…バカじゃねえの?」
そういいながらキクはすいっと顔を胸に近づけた。
「…汗臭え」
「な?お前とはちがうだろ?」
言いながら自分の胸元に顔を寄せるキクのうなじが目に入った。
白いうなじからばんだ肌がちらちら覗き、よりいっそう
甘ずっぱい匂いが立ち昇っている。
「嗅いだよ。もういいか?」
離れようとするキクの肩をつかむ。
「お前のももっと嗅がせろよ」
「…何いってんだよ」
覗きこむ俺と目を合わせないように
目をきょろきょろさせながらキクは真っ赤になっている。
首筋に顔を近づけ、すうと息を吸い込むと甘い香りが鼻をくすぐる。
うなじから耳の後ろ、耳をなぞるようにあご、首筋をたどる。
「分かんねえ…女ってのはこんな匂いがするもんなのか?」
俺のつぶやきの息が首にかかってくすぐったいのか、
キクはぐっと目をつぶってふるふると震えている。
「キク?」
真っ赤になって固まっているキクの首筋につうと汗が流れるのが見えた。
「汗が甘いのか?」
俺は反射的にその汗を舌で舐めた。
「…やっ」小さくキクが声を上げる。
「しょっぺえ。」
キクの肩から手を離して自分の腕についた汗を舐める。
「ヘンだなあ、汗はオレと変わらねえ気がするんだけどな。
なあ、キク、なんか、匂いの付くモン食ってんのか?」
ぺろぺろと自分の腕を舐めながらキクを見ると
キクが真っ赤になって肩を震わせている。
「どうした?」
「…気が済んだのか?」
「ああ、やっぱ分からねえってのが分かった」
「そうかい…そりゃ、よかったね…オレはアンタが分かんないよっっ!!!」
キクはそばにあった志乃の作ったうさぎの面を俺に投げつけ
引き戸が壊れるほどの音を立てて飛び出していった。
声をかける間もありはしない。
「お、おい、金の取り立てはいいのかよ…」
オレは呆然と出て行ったあとを眺めていた。
おわり。