精魂込めて拵えたものは、自分の分身であるかのように思う。  
そのせいかもしれない。  
夜鳴きそばをすする志乃の、月明かりに照らされた横顔も捨て難い。  
が、自分の打った年越しそばを幸せそうに食す妻の姿は、どこか特別になまめいて見え、  
伍助は思わず箸を止めた。  
 
器用に箸を握る指先の角度。  
すり落ちた袖からのぞく白い腕。  
ふうふうと熱を冷ますために尖らせた唇。  
すぼめた口から奏でられる水音。  
含んだものを咀嚼する頬の蠢き。  
恍惚と味わう表情。  
ごくりと上下する喉元。  
満足げにこぼれる吐息。  
濡れた唇をぺろりと舐めあげる舌先の色。  
 
「おいしい!」  
「そ、そうか」  
「ごっちんの作るおそば、あたし好きだよ!」  
向かい合って座る志乃の、屈託のない笑顔に、我に返った伍助は「いかんいかん」と己を省みる。  
奇しくも今日は煩悩を消してくれる鐘が鳴る。  
伍助は心密かに感謝しながら、寝床の用意をした。  
 
ごーん。  
      ごーん。  
   ごーん。  
             
「志乃には、煩悩などないのであろうな」  
横になっているうちに除夜の鐘の音が聴こえて、伍助は苦笑した。  
「あるよぉ」  
志乃はいたずらめかして笑うと、伍助の布団の中にすべり込んできた。  
 
    ごーん。  
 こーん。  
       ごーん――……。  
 
「ぼんのうって、鐘が百八つ鳴っても消えないねぇ」  
「う、うむ」  
ほんのうのまま二人、飽くまで抱き合いながら年が明けた。  
 
<終>  
 

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