佳日、弥生の桜散る頃にその吉報は思い掛けなく訪れた。  
 
「ごっちん」  
珍しくその日は朝から口篭りがちでいる志乃は、熱でもあるのか頬が真っ赤だった。  
もしや季節外れの風邪ではと案じた伍助は昼餉の場でついと愛妻の額に手をやって、  
平熱であることに思わず知らずの首を傾げる。  
「む…妙だな」  
「何してるの、ごっちん。アタシ熱なんてないよ」  
「何をとは」  
真っ赤な頬をしたままの志乃は、それでも精一杯笑っているように見えた。妻とはいえ  
ど、少女といっても何の変哲もない姿をした志乃は時折痛々しく目に映る。ぐらぐら茹で  
上がったように真っ赤な頬をしながら言葉を紡ぐ唇が、散る桜の花弁のように言葉を  
舞い上がらせる。  
「あのね」  
「うむ」  
正座をして神妙に志乃の瞳を覗き込む伍助も、一緒に茹でられたように思えてきた。  
「昨日ねえ、お医者さんに行ってきたの…アタシね」  
「…うむ」  
「赤ちゃん出来たの」  
 
愛らしい乙女妻の頬が更に華やかにぱあっと染まる。まるでついぞ見も知らぬ花のよう  
に可憐だった。この妻との間に念願の子が出来たことも奇跡のように喜ばしい筈なのに、  
伍助はどう言葉をかけていいのか分からなかった。  
「……そうか」  
志乃はそんな唐変木の夫に気付いただろうか。なおも言葉がはらりと舞う。  
「生まれたら一緒に大事にしようね、ごっちん」  
「…うむ、そうだな」  
心から待ち望んだことなのに、嬉しいと、ありがとうと言いたくても無粋な言葉しか出ない  
ことが恨めしい。そんな伍助に気付いているのかいないのか、志乃は更に花のような  
笑みを浮かべる。  
「…ありがとう、ごっちん」  
以前はさして感じたことのなかった生きることの喜びが溢れてくる。かけがえのない大切  
な存在がこうして増えていくだけでもそれを実感するのだ。やはり何を言っていいのか  
分からないまま、伍助は曖昧に言葉を濁す。  
本当はもっと色々とねぎらいたかったところなのだが、そこが気の利く男とは違うのだろ  
うと悔しいばかりだ。  
「でかしたな、志乃」  
「えへへー」  
しかし志乃は気にする様子もなくはにかんでいる。  
ますます真っ赤な頬をしたままの二人のいる居間に、ひらりと桜の花弁がひとひら舞い  
落ちてきた。  
 
 
 
終わり  
 
 

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