泥のように疲れて寝込んだ後の夢に碌なものはない。  
大抵は記憶の隅に押し込めている悩みの一端が立ち現れて、異形の者やら幻影やらの  
妙なものを見せる。  
ただ、その夜の夢はいつもとは全く違っていた。  
 
しどけない寝姿の娘がそこにいる。  
眠りは大分深いようで目覚める様子もない。  
我はその娘に悪戯をしようと思いつく。  
まずは滑らかな頬に、そして顎から首元にと滑らせた手をはだけた夜着の襟の中へと  
潜らせる。乳房はまだそれほど豊かではないものの、手に伝わる感触は大層温く柔ら  
かい。  
手の感触に違和感があるのか、娘がむずかるように身じろぎをする。あらわになった  
胸元から甘い芳香が立ち昇って鼻腔を心地良くくすぐり、更に淫心を刺激していく。この  
娘はかねてより我が心の中を占めているからこその感情が淫心によって増幅される。  
『ン…』  
決して目を覚まさせないように緩く両の乳房を揉む手に感じ入ったのか、眠りの中にいる  
娘が吐息のように甘い声を漏らす。今目覚めてはくれるなよ、と念じながらすっかり乱され  
役に立たなくなった夜着の帯を解いて無防備な膝を開いた。  
『ア』  
本能で危惧を感じたのか、娘が初めて高い声を上げた。  
 
短いものの、何とも魅惑的な夢はそこでぷつりと途切れた。  
「んー…」  
まだ夜の明けきらぬ時刻、闇の中でマサツネは床の中でぼんやりと頭を掻いた。今さっき  
見たものがどんな夢かは分かっているものの、これまで女と大して関ってこなかったことが  
災いして、どうしてこんな夢をと混乱するしかない。  
「あれはミツキちゃんだったのかなあ…?」  
まだわずかに記憶に残っている、夢の中の娘の乱れ姿だけはやけに印象的だった。まだ  
そんなつもりはない気でいても、いずれそうなりたい願望がやはりあるのだろう。  
現実には口を吸うどころか、まだ手すらも握っていないのに。  
「やっべ」  
夢の中で乳房を揉んでいる時の高揚感を思い出すと、途端に身体の芯が疼いた。男は  
こうなったら何としてでも吐き出すしか手はない。どのみちこんなことは何度もやっている  
と観念して既に熱く滾っている一物を扱いた。  
薄い壁一枚隔てた隣の部屋では、当のミツキが何も知らずに今夜も幸せな夢の中を漂って  
いる。もしここで悪い気を起こして木戸を壊してでも浸入したら、そして有無を言わせずに  
狼藉を働いたら、あの可愛いミツキはどんな顔をするだろう。  
絶対にすることのない、本当にしたら二度と顔を合わせられない類の妄想に突入しながら  
マサツネは一心に手の中にあるものを握り、扱き上げる。  
 
あと少し、というところで脳裏の中で夢の中の娘が誘うように微笑む。  
「うぁ…」  
願望やら焦燥やら自分でも分からない感情が一緒くたになって、一気に追い上げられて  
発火でもするようにそれは弾けた。  
ミツキが隣に越して来てからずっと、何となく気まずいのでこんなことは憚ってきたつもり  
なのに、夢が禁忌の突破口になってしまった。  
「…ちょっとマズいよなあ…」  
傍に投げ捨ててあった手拭いで濡れた手を拭くなり、感じたこともない罪悪感に襲われて  
しまってごろりと横たわる。眠気は完全に飛んでいた。  
ミツキともっと話したい、出来れば四六時中一緒にいたい、触りたい、とは思っていたが  
その先にあるものが何なのかはまだ正直理解出来ていない。あの夢の中にいたらもっと  
気持ちの良いことがあったに違いないことは分かっているのに。  
「やっぱ、ミツキちゃんとああいうことしたいよなあ」  
闇の中で繰言が空しく響く。  
 
「ふぁーあ」  
寝惚け眼で木戸を開けながら大あくびをするミツキは、今朝も空を見上げてにっこりと笑い  
大きく伸びをする。  
「いーい天気。今日もがんばろっ」  
すると、ミツキの物音を聞いて隣の家からもマサツネが出てきた。その姿はいつも見る起き  
抜けではない。  
「ミツキちゃんおはよ」  
「あ、おはよー、今朝は随分早いね」  
「うん、なんか昨日寝られなくってさ。で、仕事もなかったからご飯作ったんで一緒しようよ」  
「ん、いいよ。お腹減ってたし」  
夜明け前のマサツネの様々な思いをミツキは微塵も知らない。そして自己の禁忌を破って  
しまったマサツネが新たに淫らな企みを一つ作ったことも知らない。  
 
 
終わり  
 

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