一礼をして、ミツキのその日の稽古は終わった。  
さて帰ろうと身支度をしていると、道場主がひそりと話しかけてくる。  
「最近のお父上の御様子は?壮健でおられますかな」  
「…さあ、最近は会っておりませんので何とも。ただ、相変わらずではあると思います」  
手拭いで流れる汗を拭きながら、何の感情も出さないように答えるのが常となっている。  
こんなことは何度も交わされた会話だ。この国で剣に関わる者であれば、ミツキを通して父親  
である宇田川伍助という人物の影を見る。それも無理のないことだろう。  
それほどに今現在のこの世の中の有り様に影響を与えた人物なのだ。  
とはいえ、当の宇田川伍助はといえばそれによって国の中枢に関わるということを一切せず、  
若い頃に始めた道場経営と筆学所講師を今なお続けているのみだ。どのみち下級武士で  
あったのなら、のし上がってこそ男だと陰口を叩かれたこともあったと聞く。権威に関心がない  
とは欲がなさ過ぎると影で嘲笑されているのも何度か見たことがある。  
ただ、ミツキは父親の選択が間違っていたとは思っていない。  
宇田川伍助という人物の全ての始まりがその妻、志乃との情愛であったように、新しい時代と  
なっても夫婦睦まじく暮らしていければそれで良いとする考えに間違いはないのだし、立身出世は  
別のこととしてそれはそれでとても素晴らしいことだと思う。  
そこに他人の思惑が介在する余地はないのだ。  
ともあれ、権力等に少しでも色気を持つ輩にとって父親のそんな泰然自若とした態度はなかなか  
したたかで食えない奴と映るらしく、今もってうさぎ道場には御機嫌伺いが絶えないらしい。  
「それではこれで失礼致します。次回はまた来週伺います」  
竹刀を収め、帰り支度を済ませて再び一礼すると早足で道場を出た。  
「お父さんも、まだまだ大変なんだろうな」  
今更ながらに父親の苦労を感じて、溜息をつく。  
 
季節は春を過ぎて初夏に差しかかろうとしている。  
日は大分傾いてきているとはいえ、朝からの抜けるような晴天でとても暑かった。長屋に帰る  
までの道すがら、じりじりと日差しに照らされているせいで一度は引いていた汗がまたじっとり  
滲み出してくる。  
「嫌だな、もう…」  
この間までは結構寒い日もあったのにと、恨めしく御天道を睨んで懐から手拭いを取り出し  
汗を拭こうとした。  
「あれ?」  
それはミツキが長年使い慣れたものではなかった。端にはどこかの店の意匠がある手拭い  
で、もちろんそんなものは全く覚えがない。  
「こんなもの、どこで」  
不思議に思いかけていた時、突然閃いた。  
二日ばかり前に隣のマサツネの部屋に泊まった時、帰り際に間違えて持って来てしまった  
のではと。他には心当たりもないので、それしか考えられない。  
「悪いことしちゃった、返しに行かなきゃ」  
そのまま仕舞おうと軽く畳んでいると、微かな匂いが立ち昇った。少し前のミツキなら分から  
なかっただろう、紛れもないマサツネの匂いだった。一緒に過ごしている時はほとんど体臭  
など感じないのに、離れている今この時に思い出させるなんて奇妙なものだ。  
「…もう、マサツネくんのバカ」  
畳むつもりで握り締めた手拭いに顔を寄せてついつい匂いを嗅ぐうちに、決して怒りなどでは  
なくどうしようもない気持ちが溢れてきて何故だか泣きたくなった。いつもいつも会いたがって  
会えば触れたがる癖に、マサツネは今どこにいるのだろう。ミツキを一人きりにして。  
「会いたいなあ…」  
空を切るように飛ぶ一羽の鳥が、不意に視界の端をよぎった。  
急に寂しくなって今すぐに会いたい、と思った瞬間に身体の芯が痺れるように熱くなって堪ら  
なくなった。  
「やだ、やだぁ」  
いきなり昂ってしまったことに動転しながら、とにかく帰らなければと駆け足になる。  
 
木戸を閉めて部屋に駆け込んだ途端、足の力ががくりと抜けて狭い畳の間にへたり込んで  
しまった。もう身体中がどこもかしこも疼いて仕方がない。  
「どうして、何でこんな風に…」  
ただマサツネの匂いを嗅ぎ取っただけで、身体がこんなにも反応してしまうことがまだミツキ  
には信じることが出来なかった。あの匂いが睦み合う感覚を悩ましく呼び起こしているのだと  
思い当たるにも至らず、ただ闇雲に戸惑うばかりだ。  
「アタシ、おかしくなった…?」  
涙をぽろぽろ零しながら、とにかく身体の熱を鎮めようとあちこちさすっても全然効き目など  
なかった。苦し紛れに乳房を揉んで、腹を撫で、袴の紐を緩めて隠しどころに手を伸ばし、  
すっかり敏感になっている箇所に指を差し入れていつもされているように強く擦る。  
「あぁんっ!」  
すごく気持ちがいい。  
畳にばさりと髪が投げ出された。浅ましいほどに着物を乱して、ミツキは身をくねらせながら  
もっと強い快感を得ようとしている。けれど元々自分ですることなど知らなかっただけに、要領  
が良く分からないままだ。  
早くけりをつけてしまいたい、なのに上手くいかない。  
溜まった熱が身体の中をぐるぐる巡るばかりで、もどかしくてひどく苦しい。  
 
呑気な鼻歌が聞こえてきたのはそんな時だった。  
「ミツキちゃーん。そこの角で饅頭買って来たんだけど、一緒に食べない?」  
どこからか戻って来たマサツネが何も知らずに木戸を叩く。  
ミツキは驚いて立ち上がろうとしたものの、ひどい有様に身が竦んだ。こんなところで一人で  
していることを知られたら、恥ずかしくて死んでしまいそうだ。出来るならこのまま居留守で済ま  
せてしまいたいと心から願った。それなのに、はしたない身体は声を聞いただけで一層疼いて  
しまう。  
「ミツキちゃん、いないのー?」  
耳を塞ぎたかった。全部なかったことにしたかった。  
「い、いるよ」  
なのに答えてしまったのは、それを今のミツキが一番望んでいたからなのだろう。  
 
「なーんだ、いるんじゃな…」  
いつもの調子で木戸を開けたマサツネが、中の様子を見て一瞬固まる。  
「入ってそこ閉めて、早く!」  
着物の襟を掻き寄せて叫ぶミツキの勢いに驚いたのか、木戸はすぐに閉じられた。伺うように  
そろりと近付いてくるマサツネの手が髪に触れる。それだけでも切なくなって涙が止まらなく  
なった。  
「ミツキちゃん、何して」  
いつも妙に察しのいいマサツネなら、もう分かりきっているだろう。ミツキの様子や室内に篭った  
熱は只事ではないのだ。  
「そんなのアタシだって分から…」  
「もしかしてオレのこと、思い出してたの?」  
上手く言葉が出てこなくて燃えそうに熱い頬でやっとのことで頷くと、息が詰まるほど強く抱き  
締められた。微かに感じるだけだった匂い、そして服越しの体温をこうしてはっきりと感じ取った  
だけで頭がくらくらしてくる。  
「オレもだよ。あれからずっと朝も昼も夜も夢の中だってミツキちゃんのことばっか」  
「…う、ん」  
「ミツキちゃんも同じになってるんなら、すっげー嬉しい」  
「そ、そうなの?」  
腕の力がぐっと強くなって、本当に息が詰まりそうだ。  
「ね、ここで続きしよっか」  
「…いいけど…」  
少し前のミツキなら、こんな風になった自分など信じられなかっただろう。だが短い間に知った  
色々なものは内部で確実に目覚しい変化となっている。こうして抱き締められているだけでも  
嬉しいような、むず痒いような気分でいられるのだから。  
 
「ね、ちょっとそこ寝ててくれるかな」  
ちゅっ、と頬に口付けられ、その勢いで畳に押し倒された。咄嗟に声が漏れそうになった唇の  
間に熱い舌が捻じ込まれる。夢中で応えているうちに、何も考えられなくなってきた。さっき  
からずっと重い熱を抱え込んで疼き続けている身体が限界を訴えてきている。  
「ミツキちゃん、もっといっぱい気持ち良くしたげるよ」  
額や瞼や頬を探るように唇を落としながらも、もう興奮してきたのか乳房を揉む手の力が強く  
なる。  
「ぅあっ」  
顎、鎖骨と下がっていく舌が乳房の線をなぞった。くすぐったいだけの筈なのにいつも以上に  
鼓動が跳ね上がる。  
「やぁぁ…」  
そんなミツキの敏感過ぎる反応を楽しんでいるのか、乳房に頬を寄せては時折吸いついて  
いるマサツネが面白そうに目を細める。それがちょっと癪だった。  
「あ、あんまり見ないで」  
「そんなの無理、ミツキちゃんこんなに可愛いんだから」  
身体は追い上げられているのに、恥ずかしくて仕方がない。思わず両手で顔を覆っている間に  
マサツネは緩んでいた紐を解き、袴を足から抜いて両膝の間に入り込んだ。  
「やっ、ちょっ」  
そのまま、一番疼いて堪らない箇所に顔を埋めてきて舐められる。途端にそれまでになかった  
ほどの快感に襲われて思わず大きな声を漏らした。  
「あ、ダメっ」  
「何で?」  
「アタシまだお湯屋さんに行ってないの。そこやだっ、あああんっ」  
懸命に抗おうとしても、しっかりと腰を押さえつけられていて逃れられなかった。唇の端を舐め  
ながら嬉しそうに笑う顔と目が合って、今すぐにでも消え入りたくなるほど恥ずかしい。きっと  
茹で上がったように真っ赤な顔をしているのだろう。  
「それがまた良かったりして」  
「お、お願いだから…」  
「ダーメ」  
もうミツキにはほとんど正気が残っていなかった。そこを指で探られて奥までを開かれ舌先を  
差し込まれては、ただ身悶えるしか出来なくなっていた。  
「やあ…」  
投げ出された両足が空しく畳の上を滑る。せめて大きな声を出さないようにときつく噛み締めた  
着物の襟が滴る唾液を吸っていく。  
「もっといっぱい声出してよ」  
これ以上にミツキを悶え乱れさせたいのか、絶え間なく卑猥な悪戯をしかけてくる指が中心で  
硬くしこっているだろう花芯をいじり、舌でつつく。その度に身体がひくひくと跳ねるのを止められ  
ない。  
「ひゃっ!」  
これ以上に何かされたら本当にどうなってしまうか分からなかった。  
「そう、そんな風にしててよ」  
散々快感を煽っている張本人は満足そうに内腿に吸いついて跡を残している。  
 
もたらされる激しい快感が苦しいほどで、それは気が遠くなるほどの長い時間に思えた。  
「んっ、く…」  
飴でも舐める子供のように、ぴちゃぴちゃと濡れた音が室内に響いていた。これまでの行為で  
どうやら女はこんな時にはそこが濡れてくるらしいとは知っている。きっと今も感じているままに  
身体が反応して潤ってきているのだろう。合間に滴るものを啜ってでもいるような音も混じり、  
そこまでこの身体が快感に陥落して淫らになってしまったのかと思うほどだった。  
「あぁぁ…そこ、ダメぇ…」  
自分でも触っただけで気持ちが良くなる場所を指で探られ奥の奥までくまなく舐められては、  
今すぐにでも気をやってしまいそうになる。早くこの苦しいほどの快感にけりをつけてしまいたい  
のに、どこをどうすればミツキが感じるのか、どうすれば達するのかをもう知っているマサツネは  
出来るだけそれを先延ばしにするだろう。  
ずるい、ひどいと言っても始まらない。ミツキはそれでもいいと、この場で全てを任せたのだから。  
けれど事の転機は案外すぐに訪れた。  
ひとしきりミツキの反応を堪能したマサツネはようやく顔を上げると、濡れた口元を拭いながら  
身を乗り出してきた。  
「ミツキちゃんがあんまり可愛いから、もう我慢出来ないよ…ほらね」  
見せつけようとでもいうのか、咄嗟に身体を起こそうとしたミツキの手に露にした一物を握らせて  
くる。これまであまりはっきりと間近では見たことがなかっただけに、まさかこれが今までずっと  
中に入ってきていたのかと信じられない気持ちだった。  
「これ…マサツネくんの?」  
手の中の赤黒い一物は握っているだけでもどんどん硬度と大きさを増していて、まるで生き物の  
ようだ。だが、それすらも今のミツキにとっては興奮する要素でしかない。  
「そうだよ、早くミツキちゃんの中に入りたい。いいよね」  
「…ん、来て」  
その言葉を待っていたかのように、今まで手の中にあったものは散々舐められて蕩かされきった  
箇所に押し当てられた。  
「は、早く…」  
決定的な快感をずっと待ち続けていた身体の欲求に逆らうことも出来ず、ミツキは戸惑うことも  
なしに一番欲しいものを口にした。  
「うん、すぐにあげるよ」  
 
嬉しそうな言葉と共に、一気に奥まで突き込んでくる。  
「ああぁ…」  
その瞬間に、熱や欲やずっと抱え込んでいたものが一気に消し飛んでしまいそうだった。それ  
ほどに気持ちが良くて、一突きされるごとに失神してしまいそうになる。涙で霞む目の端に嬉し  
そうな顔が映って、憎まれ口の一つも叩きたくなった。  
「マサツネくんの助平…」  
「ミツキちゃんになら、幾らだって助平になるよ」  
抑揚をつけるように巧みに突いてくる振動に、小さく声を上げながらもミツキは目の前の相手を  
出来るだけ睨みつけ、何とか正気を繋ぎ留めようとしていたが叶わなかった。絡み合わせてきた  
指が、声を出させまいと塞いでくる唇が、何もかもミツキから奪っていく。  
「…気持ちいいんだね」  
「ンんっ…」  
違う、と言いたいのに言葉が全然出ない。マサツネの身体全てで攻め立てられて、なけなしの  
意識がもう飛んでしまいそうだった。  
「ミツキちゃん、オレの、ミツキちゃん…」  
「や、ぁ…」  
さっき手に握っていたものが今は内部の隅々までを擦り上げている感覚が妙に生々しくて、  
それがまた気分を追い上げる。耳を軽く噛みながら囁いてくる声が泣きたくなるほど甘い。  
「もう、痛くないよね」  
「ん…でも、お腹はやっぱり苦しい…」  
答えるとまだ涙がぽろぽろと零れた。決して悲しい訳でもないのに、むしろ嬉しいと思えている  
のに、隙間もないほどぴったりと嵌った身体の奥から搾り出される切なさが何もかも分からなく  
させる。  
「苦しい、ようっ…」  
「泣かなくていいよ」  
宥めるような声と共に、舌が涙を舐め取っていく。不思議とそれだけのことで何だかとても安心  
出来た。この先どんなに不安になったり怖いことがあっても、マサツネだけはずっと側にこうして  
いてくれるのだろうと思えた。  
「やっ…」  
身体の中で、滾り狂う熱が一層大きく張り詰める感覚。同時に大きく揺さぶられて、今すぐに  
でも途切れそうな意識の端で切羽詰った声がする。  
「そろそろ、イきそうっ…いいね」  
「ん、うん…一緒、に」  
その後は、もう言葉が漏れる余裕すらなくなった。ただ獣のように快感を求めて繋がり合った  
箇所が浅ましいばかりの水音をたてて擦り上げられる。もう息すら出来ない、と感じたその  
刹那にようやくミツキは待ち望んでいた法悦の境地を見た思いがした。  
 
「…これ」  
ようやく睦み合った汗が引いた頃、ミツキはくしゃくしゃになった着物の中から例の手拭いを  
取り出した。  
「あれ?これってオレの?」  
「うん、この前間違って持って来てたみたい。洗って火熨斗かけたら返すね」  
「それはいいけどさ」  
「…マサツネくんの匂いがしたんだもん、だから堪らなくなっちゃって…」  
まだ頬が熱い。けれど、どんな風に思われても正直に言うしかないと思った。ここまで何もかも  
晒してしまっているのだから。  
まだ恥ずかしくて何も言えなくなって背を向けていると、柔らかく抱き締められた。  
「嬉しいよ。オレのことそんなに?」  
「…うん」  
「じゃあさ、これはしばらく洗わずに持ってる。ある意味縁起物だしさ」  
「そ」  
それはダメ、と言いかけて思わず声を呑み込んでしまう。首筋に口付けられたからだ。  
「や、だ。ふざけないでったら」  
「こういうこと、初めてだったから何も分からなくて気持ちが上擦ってるのはお互い様なんだと  
思う。だから恥ずかしがらないで何でも話してよ。オレも言うから」  
「…何でも?」  
「うん、何でも。ミツキちゃんが嫌じゃなきゃ」  
いつの間にか日は更に傾いて、室内は暗くなりかけている。お互いの表情もはっきりとは分か  
らないほどだ。だからこそ言葉の意味だけがするりと心に落ちてくる。  
「…嫌な訳ないじゃない」  
そうだ、何もかも始まったばかりだから戸惑う。それでも懸命に生きてさえいれば自分なりの  
答えはきっと見つかる筈だ。その過程で困ったことが起こったとしても、マサツネが一緒に頭を  
悩ませてくれるのだろう。今は、それでいい。  
 
 
閉塞感ある時代において自由に生き、新時代を築く礎となった人物、宇田川伍助。  
その一人娘であるミツキもまた、全てにおいて自由に自分らしく生きようとしていた。空を往く鳥  
ほどに力強い翼は今はまだなくとも。  
 
 
 
終わり  
 

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