事の始まりは笹川屋の若主人龍造の一言からだった。
「よう、イロオトコ」
このところの暑さは一気に夏本番といったところだ。そんな中を仕立て上がりの荷物を抱えて
来たというのに、顔を合わせるなりの相も変わらずの軽口にちょっとした不愉快感を覚えて、
挨拶をするのも忘れたままマサツネはむっと口を噤んだ。
「お前さん、最近仕上がりの評判がいいぜ。縫い目が随分丁寧になったんで、お前さん指定の
仕事も結構ある。なかなかいい傾向じゃあないか?この調子でいけば、かねてからの希望通り
一から好きなモンを縫えるようにもなれるかもだ」
「へえ、それは有り難いな」
不快を感じていたのも忘れて、思わず感嘆の声を漏らしてしまった。
自分の仕事振りの評判はやはり気になるし、それが良いと知れば純粋に嬉しい。徹夜を厭わず
頑張ってきた甲斐があったというものだ。
何事も先立つものが必要なこともあって、江戸に出て来た当初の夢はひとまず据え置きにして
きたものの、開店休業状態の屋号もそのうち名乗れるようになるかも知れないと思えば今後の
仕事にも張りが出る。
「でだな、手間賃は別として褒美のひとつもくれてやろうって案があるんだがどうだ」
マサツネくんすごいじゃない、と喜ぶミツキの顔を想像して頬を緩めていたせいであまり聞いて
いなかったが、どうやらこの時期は毎年贔屓の得意先にと少人数用の屋形船を何隻か借り切る
という話だった。
「そのうちの一隻を回してやるよ。五日後の暮六つ刻にすぐそこの船着場から出ることになってる。
この機会に天女様としっぽりってのもいいだろ」
「…ま、まあな」
根っから人が悪いのか神懸り的に察しが良いのか、いまだ計りかねている男ではあるが、たまに
こんな風な突拍子もない提案をしてくるのにはいつも面食らう。だが、今日だけはあまりにもツボを
突いた内容だっただけに、邪推をする余地などどこにもなかった。
これでは頬が緩んだままになるのも無理はない。
「屋形船?わあ楽しそう!アタシ初めて!」
話を聞いた瞬間、ミツキは子供のように目をキラキラさせて喜んだ。こんな風に満面で大喜びする
のを見るのは久し振りのような気がする。時間が経つごとに龍造の提案であることには正直どうか
とも思い始めていたのだが、ミツキと一緒にというのであれば話は別というものだ。
「オレも乗ったことないから、どんなものなのかと思ってさ」
「何人乗れる船なの?他の人たちともお喋り出来るといいなあ」
「船は他にもあるけど、そのうちの一隻に乗るのはオレたちだけだよ」
「あ…」
その時になって屋形船が乗り合いではないことをようやく悟ったのか、ミツキの頬が染まる。
「アタシ、マサツネくんと二人だけ…?」
「そ。嫌?」
「嫌、なんかじゃないよ。ちょっとびっくりしただけ」
「それでさ、ちょっと頼みたいことがあるんだけど、いいかな」
「え…」
また今度は何を言い出すのかと警戒している様子も、一層そそられるものがある。
屋形船に乗り込む当日の午後、取っておきの着物を着込んだミツキは何ともいえない表情で鏡の
前に座っていた。その髪をマサツネが嬉々として梳いている。
「…マサツネくん、こんなことも出来たんだ…」
「簡単な結い方なら何とか。ミツキちゃんは髪も綺麗だから、一度オレが手を入れてみたかったん
だよね」
「仕立物といい、髪結いといい、マサツネくんって生まれつき器用に出来ているのかな。それって
すごく羨ましいかも。アタシはお裁縫がさっぱりだから」
「オレはミツキちゃんがいつも羨ましかったよ」
そんな会話を交わす間も、重くなるほど椿油をじっとりと吸い込んだ櫛がミツキの艶やかに流れる
髪を滑る。
当世の娘たちの間では思いきり短く切り髪にするのが流行り始めているようだが、やはりこの国で
女と生まれたならば一度ぐらいは美しく結い上げるのも趣のひとつだろう。懐古調や今様風など、
珍しい形の結い方が現れているのも結髪を支持する層が根強いことの表れなのだ。
ミツキの髪は思っていた通りに癖もなく、よく手に馴染んで聞き分けの良い生き物のように自在に
操れた。充分な長さもあるのでその気になれば凝った結い方も出来るかも知れない。いずれまた
こんな機会があれば是非やってみたいとも思った。
「わ、すごーい」
鏡の前に座っているミツキは、見る見るうちに結い上がっていく髪を不思議なものでも見るような
顔で眺めている。品玉を夢中で見ている子供のようだ。
「はい、出来上がり」
切り髪と並ぶほどに最近娘たちの間で流行っている結髪の形がある。その形で結い上げられた
髪のミツキは、いつもよりもずっと淑やかに見える。
「このおまけで完成、と」
懐から赤い花簪を幾つか取り出してちょんちょんと均整を取りながら挿すと、その出来栄えに鏡の
中にいる少女が目を見張った。
「わあ、これアタシ…?」
「気に入った?」
「うん、でも信じられない…今までこんな風に結って貰ったことってなかったから」
「いつもの髪型もいいけど、たまにこんなのも悪くないよね」
「ありがとう、すごく嬉しい!」
やはりミツキも年頃の女の子だ。普段は剣の道を目指して男と変わらない格好でいるとはいえ、
やはり美装に憧れもするし、現に美しく変わったらこんなにも喜ぶ。人一倍愛らしく生まれついた
のだから当然のことだろう。
「でも、こんなにして貰ってちょっと悪いみたい。アタシは何も返せないもん」
「気にしないでいいよ。後のお楽しみってこともあるし」
その場を立ち上がりかけていたミツキの顔が再び赤くなる。だが、着飾っていることもあってか
咄嗟に振り上げかけた拳をひっそりと袖で隠したのがいじらしかった。
二人が笹川屋近くの船着場に到着した頃、既に他の得意客たちはそれぞれに集まって談笑
していた。目立って若く明らかに他の客とは浮いている二人に奇異の目を向ける者もいたが、
折良く時刻は日没を過ぎて暮六つとなり、全ては闇の中へと紛れていく。
「そら、あれがお前さんたちの船だ」
客たちの間を愛想良く回っては手際良く船への案内をしていた龍造が、ゆらゆらと進んでくる船の
一番最後にある一隻を指す。船が船着場に留まるごとに乗り込んでいく客たちは、皆とても嬉し
そうで、この上なく幸せそうでもある。
「わあ、綺麗ね」
何隻も水上に浮かんでいる屋形船は、ほんのりとした灯を灯していてまるで夢幻のような光景に
見えた。うっとりと眺めているミツキの横顔もまた幻のように儚く思えて、逢魔のまやかしに連れ
去られたりしないようにと肩を抱き寄せる。
「痛いよ」
肩を掴んだ手に重ねられた小さな手は、たしなめるような声とは正反対に優しい。
「見せつけんなって」
ミツキには聞こえないようにこっそりと囁く龍造がひらりと頭上で手を振ると、引き寄せられるように
最後の船が船着場に留まった。
「じゃあお二人さん、一刻と半の初夏の宵をどうぞごゆっくり」
そんな芝居がかった台詞を吐く龍造は、とてつもない異界への案内人に見えた。だが、再びこの
現実世界に戻っては来られないとしても、こうしてミツキが側にいるのであれば何ひとつ憂うこと
などないような心持ちになっていた。
「ミツキちゃん、揺れるから気をつけて」
先に船に乗り込んで手を差し伸べると、ミツキは着物の裾を気にしながらも方袖を押さえて手を
伸ばしてきた。
「…わ」
乗った途端に足元から揺らぐ不思議な心地があるのか、溜息のような声が漏れた。
「怖くないよね」
「うん、おもしろーい」
今日のミツキは驚いたり子供のように喜んだり恍惚としたり、いつも以上に色々な表情を見せて
くれるので側にいるだけでも新しい発見がある。
ゆるりと連なりゆく屋形船は、近くの料理屋の前で再度留まった。そこで料理がおのおのの船内
の卓上に運ばれてくると、窓辺で水上の光景に目を奪われていたミツキが歓声を上げた。
「うわあ、すごいすごい!」
卓上に所狭しと並べられた御馳走の山に、美しく着飾っていることもすっかり忘れて完全に子供
に戻ったような喜びようだった。
「では、ごゆっくり」
料理を並べ終えると、料理屋の使用人たちは慇懃に辞儀をして去って行った。その流れるような
無駄のない動作からするに、どんな客がいたとしても決して動じることなどなく、そして何を見聞き
したとしても公言はしないのだろう。客商売とはそういうものだ。
もちろん、それはこの屋形船の船頭も同様で、ここで何が起ころうとも平然と船を進めるのだ。
他の船はそれぞれに好むところの行き先があるのか、揺らめく灯が次第に遠ざかって行く。
さすがに日も暮れた上に水上にいることもあって少し寒さを感じたらしく、ミツキがそっと襟元を
寄せて船の窓を閉じた。そして卓の向かい側に座る。
「お腹空いちゃった」
「それじゃ食べようか。どれも美味そうだよ」
「ホント、アタシまだ見たことないのもあるかも。これとか」
と、無邪気に小鉢の中にあるなにやら白いものを指す。添えられた品書きによれば生湯葉だと
いう。
「あはは、オレもだ」
「たまにはこんなのもいいよね、珍しいし」
それが急におかしくなってひとしきり二人で笑ってから、いただきますと手を合わせて箸を手に
取った。
「うん、おーいしい」
まずは刺身を一口食べたミツキが嬉しそうな声を上げる。
「ホントだ、すごい新鮮なんだね」
料理はどれも出来たてで、汁物や天麩羅はまだ温かい。もちろんそんな仕出しの料理を口にする
のはマサツネも初めてのことだった。味もことのほか素晴らしいとあって、彩り良く盛り付けられた
料理はどんどん二人の胃の腑に収まっていく。
滅多にない御馳走を一通り食べ尽くして満足した様子のミツキだったが、そこでやっと目に留めた
ものがあった。
「あ、お酒もあるんだ…」
数本並んでいる銚子を見てやや表情が強張ったのは、あの桜の頃の酔態があったからだろう。
マサツネにすれば降って沸いた幸運だったし、あのことがなければ今でもミツキとはここまでの
仲にはなっていなかったのだが。
「別に飲み過ぎたっていいじゃない、オレ以外の奴にそんな姿見せなきゃいいんだし」
「そんなの…当たり前!じゃあ飲むから」
頬を染めて怒ったような声を出しながら、ミツキはその勢いを借りて傍らに置かれた杯を取って
突き出してきた。
「注いで」
「うん、少し飲もうよ。こんな席なんだし」
銚子を一本手に取って杯に酒を注ぐと、ミツキは一気に飲み干して得意気な顔をした。
「こんなの、何でもないんだから」
「ゆっくり飲んだ方がいいよ、すぐに酔いが回ったらあの時みたいになっちゃうし」
「あ、あの時とはもう違うもんっ」
すぐに乗せられるところは全く変わらないミツキは、自分ではそうと気付かずに何度も杯を空に
しては注がせる。注ぐ合間にも手酌で少し飲んでは様子を伺っていたマサツネだったが、勢い
づいてしまわないうちに杯を取り上げた。
「あ…」
「はい、もうおしまい。これ以上は身体に毒だよ」
「嫌、もっと飲みたいの」
「じゃあ少し酔いを醒ましてからだね、窓開けようか」
立ち上がるとだだをこねるミツキをあやすように言葉をかけ、側の窓を少しだけ開けた。途端に
夜の冷気が流れ込んできて船の中の熱気が紛れる。
「気持ちいい…」
卓にもたれてとろんとした表情を見せるミツキが妙に艶かしい。そのまま崩おれてしまいそうに
なる身体を後ろから抱き留めた。
不思議な微笑みがすぐ近くでふわりと浮かぶ。
酔いも手伝っているのだろうが、これほどに妖艶な表情をまだ見たことがなかっただけに思わず
生唾を呑み込んだ。
「アタシたち、夜の中にいるのね」
「そうだね」
「変な感じ、でも悪くないかも」
現実と切り離された船の中で、ミツキもどこを漂っているのか分からなくなっているのかも知れ
ない。いつとも、どことも知れない闇の中にたった二人きり、そんな奇妙な感覚は何故か不安を
覚えるものではなく、むしろ安堵感に満たされたものだ。これがまさに色即是空の境地というもの
なのだろう。
「マサツネくん、アタシたちずっと一緒にいようね」
「もちろん最初からそのつもりだよ」
抱き寄せる腕に身を預けてくるのを確かめてから、襟元に手を差し入れる。
「あ…」
もうすっかり手に馴染んだ乳房はふっくりと柔らかく、軽く揉むだけでミツキは幼女のように微かに
首を振る。
「こんな所で、恥ずかしがらなくてもいいよ」
「だって…声聞こえちゃうよ…」
「船頭?こんな客には慣れてるから」
指に当たる乳首が硬くなりかけている。感じ始めているのだと嬉しくなって、緩んでいる襟元を
思い切り広げた。肩から胸元までが一気にあらわにされたのが恥ずかしいのか、魅惑的なほどに
潤んだ目をしながらも睨んでくる。
「やだ、もう…」
堪らずに両手で震える乳房を掴み、目の前に晒されている首筋を吸うと肌越しに息を呑む気配が
伝わってきた。悪戯心を起こして軽く歯を立てるだけでその度に小さな痙攣が走るのが分かる。
そんな反応を楽しみながらもわざと意地悪いことも言ってみた。
「ミツキちゃん、ちょっとオッパイ大きくなったんじゃない?」
触れる度に肌はより滑らかになったように、最初の頃とはわずかに乳房の感触が変わっていた。
熟れていない果実のようにわずかな硬さがあった乳房は、今では随分柔らかく感じる。大きさが
変わったように思えるのもそのせいだろう。実際に大きくなったかも知れない。
「そ、んなの当たり前じゃない、あんなに…いっぱいしておいて」
「そうだね、オレが揉んだり舐めたりしてたもんね。じゃあここはどうなのかな」
左手はそのまま乳房を揉み、右手は着物の裾を割る。
「…いきなりは嫌」
嫌がる素振りのミツキがむずかるように更に髪を振り乱す。その勢いで簪が今にも髪から抜け
落ちそうになっていた。
「そんなに嫌?」
どこよりも敏感に出来ているそこは、まだ何もしていないのに既に充分なほど濡れている。指を
ほんの少し潜り込ませるだけで更に奥へと引き込もうと蠢いているのが感じ取れた。これほど
身体が感じて欲しがっているというのに、可愛いミツキの口からは拒否の言葉が出るばかりだ。
「こんなマサツネくんは嫌あ。何でこんな時に意地悪になるの?」
「ん?どこが?オレはいっつもミツキちゃんにいいことばっかりしてるのに」
耳に吐息を吹き込むように囁きながら。柔らかい膣内を掻き回す指を二本に増やして好きなよう
に蠢かせていく。それが快いのか肌の震えが大きくなった。思わずつられて二本まとめて指の
腹で内壁を強く擦る。
「ああんっ!」
刺激で腕の中の身体が大きく反り返って両の乳房が突き出される。翻弄されきっているのが
よほど悔しいのか、潤んだ目のままきっと鋭く見返してきた。
「だって…外から見えるトコに跡つけないでって言ってもつけたりするし、わざと声出させようと
するのにすぐ後で出させないようにしたり。アタシそんなの嫌だもん…」
そんな可愛いことを言われて、さっきからずっと疼いている股間の一物が一層硬くなった。これ
がミツキの本心ではないことは分かっていても、涙まで流されるとやはり弱くなる。いつもつい
色々とやりすぎてしまうが、それは全部この気持ちゆえなのだ。
「教えてあげようか?ミツキちゃん見てるとそんなコトいっぱいしたくなるんだよね」
その言葉に大きく見張られた目から一筋の涙が零れ落ちた。
「分からないよ、アタシには前より今の方がマサツネくんのことが分からなくなってる。でも…」
見据える眼差しが内心の葛藤を表して激しく揺れていた。
「それでもアタシはマサツネくんがいい、いいんだもんっ!」
髪から抜けそうになっていた花簪が一本、二本とはらりと落ちて本物の花びらのように畳の上
に散った。そしてそれがこの事態の転機にもなった。
「ごめん、ミツキちゃんがそんなに嫌がるんなら、もうしないから」
「ううん、マサツネくんは面白がって絶対またやる。分かってる。だからそれはもういいから…
アタシを困らせる分、アタシもいっぱい困らせてあげる」
まだ目尻に涙を溜めながらにっこりと笑う顔は、以前の無垢な少女そのもののミツキとは少し
違っている。しかしこれもまたミツキの一面でしかないのだろう。
一度軽く唇を吸ってから、笑い返す。
「それは覚悟してる。ミツキちゃんのことしか考えられなくなるぐらい困らせてよ」
「うん、いいよ」
今度はミツキの方から咬み合わせるように唇を重ねてきて、舌がするりと差し入れられた。それ
が嬉しくてきつく舌を絡ませ合い、誘われるままに熱を帯びた口腔内を探り尽くす。戯れ合う
間に間に儚げな甘い吐息が聞こえることも快い。
しばらくそんな風に口接を愉しんだ後、我に返ったようにミツキが髪に手をやる。いつの間にか
可憐な花簪は全部落ちていた。結い上げた髪も少し崩れてきている。
「やだ…せっかく綺麗にして貰ったのに」
「後で直してあげるよ。だから続きしよ」
「…その前に着物だけ脱がせて。痛んだり汚れたりしたら嫌だもん」
腕の中から抜け出すなり、するすると帯を解いてすっかり着崩れてしまっていた着物を脱ぎ捨て、
蜻蛉の羽のように薄い襦袢一枚の姿になった。
「そんなのもいいね」
「…バカ、やぁあんっ!」
最高の御馳走を前にずっとお預けを食らっていた一物はもう腹につくほど反り返っている。濡れ
ようを見る限りはいきなりでも構わないだろうと、薄衣のミツキを押し倒して強引に押し入った。
案の定、そこは限界まで硬くいきり勃った一物を何の抵抗もなく受け入れ、根元まで飲み込んで
いく。
「だから、いきなりはいやぁ…」
言葉ではまだどこか拒んでいるのに、漏らす吐息は喘ぐように甘い。火がつくほど激しく擦れ合う
粘膜の挟間でとろとろと淫らな潤いが溢れ続けている。
「気持ちいい、そうだよね」
「あ、んっ…やだぁっ…」
耐えきれずに首を振る度に、髪が崩れて畳にさらさらとうねる。そんな婀娜な様子が一層欲情を
煽るばかりだ。
「ミツキちゃん…」
腰を使って思う様攻め立てている間に、目の前がちかちかと明滅する。今日は長い間我慢をして
いたのだからもっと愉しんでいたいのに、油断したら今にも達してしまいそうになって内心焦って
しまった。だが、ミツキの方が一足早く限界を迎えそうになっている。
「…あああっ!」
腕の中で痙攣して一瞬跳ねたミツキの内部が、同時にきゅうっと強く異物を締め上げてくる。
「うぁ、ちょっと…」
あまりにも魅惑的な内部の動きに絡め取られないうちに一物を引き抜くなり、溜め込んでいた
ものを一気に吐き出した。
「あ、ごめん…」
襦袢から覗く乳房から腹までおびただしく精が飛び散ってしまったが、ミツキの膣内に出さない
約束は何とか守れたようだ。
「もう、何でそんな強引なの…」
少しの間ぐったりとしていたミツキは、まだ荒い息をつきながら襦袢の紐を解いた。身体の線が
透けるほどに薄い布がさらりと肩から滑り落ちる。
「襦袢がくしゃくしゃになったじゃない…」
その声音にそれまでになかった色香を感じて、何も言えずにただ見蕩れてしまった。
長い髪が白い肩に乱れかかっている。まだ身体に散っていた精を手の甲で拭って、溜息のよう
に呟く。
「せっかくマサツネくんが結ってくれたのに、解けちゃった」
はらりと髪を払うと、一糸も纏わぬ艶かしい姿で抱きついてきてくすくすと笑う。
「ミツキちゃん?」
「言ったよね、アタシもいっぱい困らせてあげるって」
「うん、覚えてる。何するつもり?」
突如として魔物にでも変貌したようなミツキに魅入られそうになりながら、それでもどんなことが
この先にあるかという期待が膨らむばかりだ。
ミツキは子供のように胸元にかじりついてきて、肌を吸っている。そのまま何ヶ所かついた跡を
嬉しそうに舌でなぞって甘えたような声を出した。
「アタシだけじゃ不公平だよ、マサツネくんも脱いで」
「分かったよ」
今夜のミツキはそれまで見たこともない顔を幾つも見せてくれる。だからこそまだ知らない顔や
媚態がきっとあるに違いないと確信して、言われた通りに着ていたものを全部脱いだ。
「そこに座って」
乱れ髪を背に流して、ミツキは壁際を指す。
「ここ?」
「そう、そこにいて。大人しくね」
何をされるのか分からないまま壁にもたれるように座ると、それを待っていたかのようにミツキは
獲物を狙う猫のように近付いてきて、まだ萎えきっていない股間の一物を握った。
「え、ちょっと」
さすがに驚いて声を上げるが、ミツキはたしなめるように一度顔を上げて薄く笑うだけた。無言の
まま先走りを零す先端をぺろりと舐め、ためらう様子もなく喉奥まで咥え込んでいく様子がとてつも
なく妖しい。
「ン…」
刺激されて一物が硬くなったのを感じたのか、苦しげに呻くような声が細い喉から漏れる。
比較の対象を他には知らないが、この技巧はもちろん拙いに違いない。それでも形をなぞるように
丹念に舐め上げられ、小さな手で扱かれているだけで気持ちが良くて堪らない。
あまりの快感に感極まって口に出してしまわないように耐えるのが精一杯になっていく。ミツキが
自分からこんなことをしてくるなど、まだ信じられない心持ちなのも快感の一助なのだろう。
「ミツキちゃん、すごいね…」
さらさらした髪を撫でていると、ようやくミツキが顔を上げた。唾液で濡れた唇を舐める舌の動きが
やたら悩ましい。
「…気持ちいい?」
「すごくいいよ。またしたくなった」
「男の人はこうされるといいって、何かの本で読んだの」
染まった目元で微笑むミツキがゆらりと身を起こした。可愛い口で鍛えられた股間の一物は既に
限界に近いほど硬く張り詰めている。
「おいで、ミツキちゃん」
「うん」
腕を回して抱き合い、ひとしきり舌を絡ませ合う間にも互いの腹に揉まれて一物はますます硬く
なった。それを見遣ってミツキはまたぞっとするほど妖艶な笑みを浮かべる。指を添えて位置を
定めるなり、ゆっくりと腰を落としていく。
「あ、ん…」
この体勢は初めてだったせいもあって、簡単にはいかずに何度か身を捩りながらもようやく全て
を収めた。膣内は蕩けるほどに柔らかく、そしてひどく熱い。ミツキもまた感極まっていたことが
繋がる部分からも伝わってくる。
「気持ちいい…」
夢でも見ているような呟きが零れる。すっかり快感に支配されているのか、目の前で舞ってでも
いるように華奢な身体が揺れていた。それと共に、不規則に締め上げてくる内部の気紛れな動き
に不意を突かれて、危うく翻弄されそうになる。
「…すごすぎ」
「ね、アタシともっといっぱい気持ち良くなろ…」
手を取って乳房へと導かれ、頬と唇を挑発のように啄ばまれて、燻り続けていた欲望に突如と
して火がついた。
身体をずらして畳に寝転び、下から思い切り突き上げ始めると面白いようにミツキが身をくねらせ
ながら激しく喘ぎ始める。
「あぁ…すごい、熱いよおぉっ!」
その艶姿は見たこともない魅惑の図絵となって目の前で繰り広げられた。船の揺れも手伝って
いるせいで、いつも以上に感じているのが繋がっている膣内から生々しいほどに伝わってくる。
あの普段は潔癖で気丈なミツキが今は快楽の虜となって淫らに腰を振り、髪を舞い上がらせて
いる。それが何とも扇情的で、もうどうなっても構わないとばかりに細腰をがっちりと掴んで突き
まくった。
「やぁあんっ!」
もう一切抑えることを忘れた声が船内に響き渡る。ミツキの内部を潤しているものが繋がった部分
から溢れ出して、腰が動く度に漏れる水音が外の果てなき波の音と混ざり合った。船の天井の灯
も遮るほどに激しく長い髪が揺れ動いている。
下から両手で乳房を捏ね上げてやれば、つられるように内部の熱が尚も激しく燃え盛った。この
華奢な身体の奥が異界そのものででもあるようだ。
「もっと、もっと感じて、ミツキちゃん」
「あ、あぁあっ!ああんっ!」
もうミツキには快感のあまり一片の正気も残っていないだろう。これほどまでに燃え狂う姿を目前
にしても、更にもっと追い詰めたいと思うほどに今のミツキは素晴らしく劣情をそそった。欲情の
あまり目が眩みそうになりながら、マサツネは身体を起こす。
「な、に?やぁああっ!」
快感に没頭していたミツキは、いきなりまた畳に押し倒されて浅ましいほどの声を上げた。反動で
内壁が激しく引き絞られ、危うく達してしまいそうになった。
「もうすぐだよ…」
「あんっ、はぁあんんっ!」
ぎりぎりまで抜いては一気に奥まで何度も突き立て、身体の中で黒く渦巻く快感にそろそろけり
をつけようときつく抱き締めながらミツキを攻めたてる。
「やぁ、アタシ、もうっ…」
壊れてしまうほど激しく攻められて、息も絶えだえにミツキが喘ぐ。次の瞬間に声すら失ったまま
身体が痙攣して膣内が驚くほど熱くなった。また達したのだ。
意思を持った生き物のように蠢く内部が、獲物を決して逃すまいと根元から貪欲に締め上がりに
かかる。
「うっあ…」
これが機と引き抜いた一物の矛先を傍らの畳に向けるなり、それはいともあっさりと精を放って
しまった。
「ミツキちゃん、大丈夫?」
後始末もそこそこに汗と涙にまみれたミツキの頬を撫でると、死んだように閉じられていた瞼が
ゆっくりと開いた。少しの間何も見えていないのか瞳が空間を彷徨っていたが、マサツネの姿を
確認すると涙が溢れる。
「…良かった、いてくれて」
放心していたうたかたの間に、何か怖い夢でも見たのだろうか。
「オレはどこにも行かないよ、それはミツキちゃんが一番分かってることだよね」
その言葉に、強張っていた表情が少しだけ和らいで笑顔がわずかに浮かんだ。
微かな波の音だけが響いている。
さっきまで船の中に篭っていた異様なまでの熱気は開け放した窓から逃げて、今はただ静かな
時が流れている。
窓から見えるものは月も星もない黒い夜空と、時折灯を映して白く映える水面。
これまでのことが全て夢ででもあったように、二人は寄り添って何もない窓の外を眺めている。
「静かだね」
「うん」
大人しく抱き寄せられている襦袢姿のミツキはとても愛らしく、ずっとこのまま船で漂っていたいと
心底願った。けれどこの異界での夢の終わりは確実に近付いている。散り散りになっていた他の
船の灯が遠くにちらちらと見えているのだ。
「もうじき船着場に着く時刻だから、そろそろ支度しようか」
「…うん」
歓楽を極めてから、ミツキはまるで魂が抜けてしまったように物静かだ。疲れたのか、眠いのか
とも思ったのだが、思案する時間はもう残されていないようだ。
てんでの行き先で水上にいた屋形船は、再び船着場に集まってきていた。
「じゃ、降りようか。ミツキちゃん」
「うん」
乗り込んだ時と同様に、マサツネが先に船を降りてからミツキの手を取る。船から出たミツキは
夜風の肌寒さにふるりと身を震わせて無意識なのか身を寄せてきた。このままでいいから、と
言われたので結局結い直すことのなかった髪は、最初からそうだったようにさらさらと背で揺れ
ている。またいつかその髪を飾る時まで、懐の花簪はしまったままになりそうだ。
「寒い?」
「少し…」
手が冷たいのか、ミツキは白い指先を擦り合わせる。どこかで熱いお茶でも飲もうと言いかけた
が、後ろから唐突に肩を叩かれた。
龍造だった。
「たんと愉しんできたかい?」
今夜のことには確かに感謝してはいるが、馬鹿正直にはいそうですと言える訳もなく黙り込んで
いると、その代わりのようにミツキが頬を染めて口を開いた。
「…この世のこととも、思えませんでした…」
そのどこかまだ夢を見ているように甘い口調が、今夜の宴はまだ終わっていないと続きをせがむ
ように感じられて、収めた筈の淫心がまた湧き上がり出したのは無理もない。
朝日に映える凛とした横顔が、木戸の隙間から見えた。
「今朝も早いなあ」
床の中でだらしなく寝返りを打ちながら、マサツネは大あくびをする。
ミツキは今日も元気にどこかの道場へ稽古をしに行く。腕を上げて師範となり、いずれは自らの
道場を持つ為に。父親の名に頼らず自らの力で生きていく為に。
そうしていつも頑張っているミツキが眩しく、側にいることすらも誇らしい。
マサツネもまた、今は必要に迫られて単なる仕立て直しで生計を立ててはいるが、近いうちに
再び一から好きな着物を仕立てることが出来次第、白狐屋という屋号を再開させる心積もりで
いる。江戸随一の仕立て屋になるのはそれからの話。
たとえどんなに遠回りでも、その先には目標がある。そんな大看板があれば心は決して揺らが
ない。それが現実というものだ。
今はただ出来ることだけを頑張るしか道はない。そう思っている。
あの夜の屋形船でのことは、ミツキとの会話の中でも話題に上ることもない。
あれほどに魅惑的で浮世離れしたひとときはどこか不思議な夢だったとでも思っているようだ。
確かにあの夜、二人は異界に連れて行かれたのだろう。
それでも構わなかった。まだ少女のミツキの中に信じられないほど莫大な隠微と妖艶を見たの
だから。そのうちに完全なる妖美艶麗の化身となった姿を見られるに違いない。
その日の夕方はやたら蒸し暑くなった。梅雨もいよいよ近いと見える。
窓も木戸も開け放して仕事に没頭していたマサツネの部屋に、道場帰りのミツキがやって来た。
手には何かが入った袋を持っている。
「そこに蜆売りがいたから買って来ちゃった。砂抜きしなきゃいけないから今夜は無理だけど、明日
は蜆汁なんてどう?」
ミツキの相変わらず元気な様子に、自然と笑みが漏れた。
「あー、いいね。楽しみにしてるよ」
「おかずは何がいいかな…」
煮物が、寄せ豆腐がと可愛らしく思案している姿につい悪戯心が起きて、困らせてみたくなった。
「ミツキちゃん」
「え?」
「いつかオレがすごい仕立て屋になったら、また屋形船に乗ろうね」
しばらく禁忌のようになっていたことを不意に言われて、ミツキは少し怒ったような表情を浮かべ
ながらもほんのりと頬を染めた。
「…期待しててもいいならね」
手にしていた針をしまって戸口のミツキに近付くと、空いている右手を取って甲に口付ける。
「うん、きっとすぐに叶えるから待ってて」
いずれ互いに目指す夢を叶えて夫婦になったら、再びあのミツキの姿を拝める筈だ。その為ならば
どんな艱難すらも乗り越えられそうに思えた。
梅雨が近いとはいえ、明日もきっと晴れるのだろう。
終わり