「おやすみ、花」  
「おやすみなさい」  
 花の額に一つ口付けを落として、玄徳は花の部屋の前から去っていく。  
パタンと扉を閉めた花はこころもち肩を落とした様子で夜着に着替え始めた。  
 
 孫尚香の偽者の事件をきっかけにようやく想いを交わすことが出来た二人の仲は、  
今や玄徳軍の主だった面々の間では公認となっている。  
愛を囁かれ、体中を愛されて、初めて玄徳と結ばれたのはつい先日のことだ。  
確かに花は幸せの只中に居た。不安に思うことなど無かった、筈だったのだが。  
それ以来、玄徳が触れてこない。それどころか、玄徳との距離が僅かにだが開いたような気すらしていた。  
玄徳が初めての恋人の花には、そういう男女の触れ合いが普通どれくらいの頻度で行われるのかなんて  
よくわからなかったからなかなか気付かなかったのだけれど。  
 
(やっぱり、ちょっと変だよね……)  
 あからさまに避けられているわけではないと思う。ことあるごとに頭をなでてくれるのは相変わらずだし、  
今日みたいに時間があるときは夜に花の部屋まで送ってくれる。絡めた手の温かさも変わらない。  
そして、おやすみ、と口付けをしてくれて……でもそれだけだ。その口付けだって。  
(今日も、唇にキスしてくれなかったな)  
ここ最近、玄徳は花の唇に口づけをしなくなった。おやすみのキスは唇に、なんて決めていたわけじゃなかったけれど、  
たいていはそうだったし、頬や額だけのことなどまず無かった。  
それなのにこのところまったく唇に触れてこないのが、花が玄徳との僅かな距離の変化に気付くきっかけだった。  
 
 玄徳さんと何かあったっけ、と思い返すも花としては特に思い当たる節も無く。  
いつごろからこんな風になっちゃったんだろうと考えてみて、浮かぶのは玄徳との初めての夜。  
 
あれから触れてくれなくなったってこと?だとしたら。  
……もしかして、玄徳さんは、その、つまり……あんまり気持ちよくなかった、とか?  
 
一度思考がマイナス方向に振れると坂道を転がるように花の不安が加速していく。  
 
実際、芙蓉姫みたいにスタイル良くないし、とくに胸なんてとても比べられないほどささやかなわけで。  
自分で言ってて悲しくなるけど正直なところ偽者の尚香さんのほうが女の人っぽいくらいだったと思う。  
そういえば、仲謀軍への使者になった時にも貧相な体って言われたっけ。あの時は思わず言い返して  
牢に放り込まれるなんて大失態をやらかしちゃったけど、冷静に考えて、篭絡はともかく  
貧相っていうのは否定できないよね。玄徳さんもそう思ってるのかな。ガッカリさせちゃったかな。  
ああ、ガッカリしたのはスタイルだけじゃないのかも。一応私だって現代日本の女子高生だったわけで、  
雑誌とかでそういう知識が無かったわけじゃないけど、いざ自分の身に起こってみるともういっぱいいっぱいで、  
どうしたら玄徳さんに喜んでもらえるのかなんてそんな余裕全然無くて。  
好きだって、愛してるって言ってくれて、痛かったけどもっとずっと幸せで、きっとすごく優しくしてくれたのに、  
私からは多分その何分の一も返せてない。  
玄徳さんは大人で、かっこよくて、当然そういう経験だって豊富だろうし、  
私なんかが相手じゃつまらなかったんじゃないかな……。  
 
「……もう寝よう」  
 あえて声に出して思考を中断する。今ここで花が一人で悩んだところで答えが出る問題でないのは確かだった。  
深刻に考えすぎているだけかもしれない。身も蓋も無い言い方をすれば、構ってもらえなくて不安になっている、  
ただそれだけのことだ。その程度の事で不安を訴えて玄徳を煩わせる事はしたくなかった。  
最近は玄徳も孔明も忙しそうにしていたし、そのあおりを受けて花自身も幾分疲れているのかもしれなかった。  
そんなときは得てして思考がネガティブになるものだ。  
どうせ明日だって師匠にこき使われるのだからちゃんと休まなくちゃ、と花は燭台の明かりを落として横になった。  
明日こそ玄徳さんとちゃんとキスとかできればいいな、そうすればこの不安も消えるのに、とまぶたを閉じると  
幾許もしないうちに意識が闇に溶けていった。  
 
* * *  
 
 翌朝。前夜の不安は何も解決を見ないままではあったが、花は身支度を整えるといつも通り孔明の執務室にむかった。  
孔明は鋭い。悩んでいるのを見抜かれはしないかと行きがけはそんなことばかり考えていたけれど、  
仕事が始まってしまうと忙しくて花自身余計なことを考える暇がなかったのは助かった。  
 
 
「はい、これで最後。玄徳様にこの書簡を届けたら、そのまま帰っちゃっていいから。お疲れ様」  
うーん弟子思いのいい師匠だなあボクって、等とのたまう孔明に、ありがとうございますと  
こちらも冗談めかして返した声がいつも通りで、花はとりあえず胸をなでおろした。  
「じゃあ今日はこれで失礼します。師匠もあんまり無理しないでくださいね?」  
「君に言われるまでも無くわかってるって。じゃ、よろしく〜」  
こんなやり取りもいつも通り。ひらひらと手を振る師匠に背を向けて玄徳の部屋へ向かう。  
その背に孔明が心配そうな視線を向けていたことに花は気付くよしも無かった。  
今日はちゃんとキスしてくれるだろうか――触れてくれるだろうか。そんな落ち着かない気持ちを何とか押し込めて  
花は深呼吸を一つすると、常を装って声をかけた。  
「玄徳さん、花です。師匠からの書簡を預かってきました」  
 
* * *  
 
「……今日もダメだったなぁ」  
結局今日も昨日と同じ展開で部屋に帰されてしまった。昨夜グルグルと考えていたことが再び頭をもたげてくる。  
玄徳に直接尋ねればよかったのかもしれないが、本人を目の前にして、どうして抱いてくれないんですかとは  
花にはとてもじゃないけれど聞けなかった。  
 水でも飲んで気分を落ち着けようとしたら水差しは空で、そんな些細なことですらますます気分が落ち込む。  
(気分転換もかねてお水もらいに行こう)  
とぼとぼと炊事場を目指す。まだ人がいて、暗い中水差しを満たすなんてことにならなかったのは幸いだった。  
その帰り道、行きに見たときは明るかった玄徳の執務室の明かりが消えていて、何となく玄徳の私室の方向に視線を向けたときだった。  
 
「……何、あれ……」  
水差しを落とさなくてよかった、などとどこか遠いところで花は考える。  
わかっている、これは現実逃避だ。問題なのは水差しじゃなくて。  
 
(あの人……誰?)  
 
玄徳の部屋を知らない女性が訪れようとしていた。扉が開いて玄徳が顔を覗かせる。  
その場で二言三言言葉を交わしたようだったが、その女性は玄徳に招かれてするりと扉の内へと姿を消した。  
この城で働く使用人などであるわけがなかった。あのように胸元と背中を大きく開けた衣装を纏う女性といえば。  
(どう見てもお水の人っていうか、夜の蝶っていうか、ええと、こっちだと……歌妓、って、いうんだっけ)  
思考の表面を言葉だけが滑り、内容の理解を拒もうとしている。けれどそれも僅かな間だけだった。  
いっそ見なかったことにしてしまいたいのに、考えるのをやめられない。  
 
 夜に男女が二人きりになることの意味を教えてくれたのは玄徳さんでしたよね。  
男女が二人きりになるのはこっちでは不埒な行為で、その、そういうことを期待されても仕方ないって。  
っていうか、芙蓉姫にも似たような事言われたな。  
初めてのときのこと芙蓉姫にしゃべっちゃったとき、婚儀も挙げていないのに玄徳様ときたら、ってちょっと怒ってたっけ。  
なのに、そんな風に私には言ってたのに、玄徳さんは、こんな時間にさっきの人と二人きりになっちゃうんですか。  
私は帰したのに、あの人とならいいんですか。二人で何してるんですか。  
 
何してるんですか、という思考の予想以上の衝撃にひゅっと息を飲み、そこでようやく花は自身がその場に  
硬直していたことに気付いた。こんな回廊のど真ん中で立ち止まっていては迷惑だろうと  
他人事のような思考でのろのろと自室へ向けて足を動かす。  
その間も脳内で渦巻く言葉はとどまるところを知らない。  
 
何をするって、そんなの決まってる。やっぱり、私じゃ玄徳さんの相手は務まらなかったんだ。  
凛としてて、背が高くて、キレイな人だったな。ああ、なんか、全然勝ち目無い気がしてきた。  
こっちでは偉い人には奥さんだって何人もいたりするらしいし恋人くらい何人いてもいいのかもしれないけど、  
玄徳さんの何人かの恋人のうちの一人っていうのは嫌だ。それはやっぱりこっちではわがままな事なのかな。  
私だけを愛し続けるって言ってくれたのは嘘だったんですか。  
それとも、それを撤回するほどに、私は至らない恋人でしたか。  
 
 気付いたら花は部屋まで帰ってきていた。水差しを戻すと急に気が抜けて、今更のように涙がこぼれる。  
もう水を飲む気にもなれずそのまま寝台に倒れこんだ。  
こんなひどい気分で枕に顔を押し付けることになったのは孫尚香との婚儀を後押しした日以来だ。  
それでもあの時は、いずれ日本に帰ることになるのだからという逃げ道があったからマシだったのかもしれない。  
本が無い今、玄徳と他の誰かが恋仲になったとしても元の世界に帰ることも出来ないという事実が  
花の気分を更に暗澹たるものにしていた。  
 
* * *  
 
 翌日は硯を落として墨を床にぶちまけたり、きちんと積み上げていた書簡の山を崩してしまったりと散々だった。  
日も暮れかけ、花が本日いくつ目になるかわからない書き損じを新たに作ってしまった時とうとう孔明が口を開いた。  
 
「君ねえ、いったいどうしちゃったの。昨日からなんか変だとは思ってたけど、今日は輪をかけてひどい。  
 まあどうせ玄徳様のことなんだろうけど、今度は何悩んでるわけ」  
「え、いやその、何って言うか……って師匠、昨日から気付いてたんですか?」  
「ボクを誰だと思ってるの。ま、ボクならずとも、我が弟子にしちゃ君はわかりやすすぎるからね。  
 素直なのは君の美徳でもあるけど、軍師見習いとしてはもうちょっと修行が必要だよ。  
 で、何、玄徳様と何があったの」  
「……何も、ありませんよ」  
「そんな顔で言っても説得力の欠片もないよ」  
 説得力が皆無であることくらい花自身も重々承知だったが、ある意味でそうとしか言いようが無いのも事実だった。  
実際このところ花と玄徳との間には“何も無い”のだ。  
その一方で昨日見た女性と玄徳との間には“何かあった”としか思えないということが花を追い詰めていた。  
 
「でも、本当に、玄徳さんとは何も無いんです。自分の至らなさに落ち込んでるだけで」  
 うつむいてしまった花を見て孔明は内心やれやれとやめ息をついた。  
どう見ても玄徳様絡みなのは確かだけれど、これ以上追及しても態度を頑なにさせるだけだろう。  
もちろんボクが本気で誘導尋問にかければ大体のあらましを聞きだすことは可能だろうけど、  
さてどうしようか、と思案していると再び花が口を開いた。  
 
「あの。……昨日の夜、玄徳さんのところに、その、……女の人が来てた、みたいなんですけど」  
 やれやれ、と今度こそ口に出して孔明は天を仰いだ。なるほど、そういうことか。  
「あの子、見ちゃったんだ」  
「あの子って……師匠、知ってるんですか」  
「あー、まあねえ。あの子が玄徳様のところにいったのは、ある意味ボクの責任だから」  
意地の悪い言い方になってしまったのはたしかだが、花がここまで辛そうにするとは孔明にも予想外だった。  
けれど、今自分の口から真実を告げたところで、花自身が信じなければ意味は無い。  
ここまで思いつめているのであれば、策を弄するより直接玄徳様と花をぶつけた方がいいだろう。  
花の心痛の一因と関わりある身として、そのためのお膳立てくらいはするべきだ。  
このままでは的盧に蹴り殺されかねない。ちょうど“彼女”も戻ってきている頃合だ。  
 
 孔明は手近な木簡にさらさらと何かを書き付けて花によこした。  
「はい、これ。玄徳様に渡してきてくれる?」  
「師匠、これは?」  
「んー、ま、たいしたものじゃないよ、半分は君が玄徳様に会いに行くための口実みたいなものだから。  
 これを玄徳様に渡してきたら、ついでに昨日の子のこと、玄徳様に聞いてみな。大丈夫、玄徳様は君の味方だから。  
 あ、多分今は私室の方にいらっしゃるはずだからそっちにね」  
「わ、かりました。すみません」  
正直昨日の今日で玄徳の私室に行くのは気が引けたが、ここで断ると何があるかわからなかった。  
以前なんて、行きたくないと言ったとき真後ろに玄徳本人がいたこともあったのだ。あの時は本当に気まずい思いをした。  
幸いにしてそんなあくどい真似は今回はされなかったが、花の気分が重いことには変わりなかった。  
玄徳に直接昨日の女性について尋ねるなどできそうもない。  
それでもせめて書簡は届けなければ、となんとか部屋まで体を引きずり、花は扉の内へと声をかけた。  
 
「玄徳さん、花です、師匠から書簡を預かってきました」  
「ん、ちょっと待っててくれ、今あけるから」  
 
扉が開く。その向こうに昨日の歌妓を見つけて花は凍りついた。息が出来ない。  
動かない花を不審に思った玄徳が花に手を伸ばし――  
 
パシン  
 
「え、あ、その」  
玄徳の手を跳ね除けた花は、その音でようやく我に返った。ああ、やってしまったと思う。  
「あ、の、ごめんなさい、お邪魔しました!!」  
そう言って書簡を玄徳に押し付け脱兎の如くそこから逃れようとして――部屋から数歩も行かないうちに玄徳の腕に捕らえられる。  
 
「どうした、花、いったい何があったんだ」  
「放っておいてください!あの、もうお邪魔はしませんから」  
お願いだから。そんな風に抱きしめないで欲しい。そう花は願う。  
けれども、抱きしめてくる力は強くなるばかりだ。  
「花!!」  
「っっ……!!」  
限界だった。玄徳の腕に抱きしめられると、花はどうしようもなく玄徳に甘えてしまう。  
くるりと向きを変えて玄徳に向かい合うととうとう涙がこぼれた。  
言ってはならないと思っていた言葉が堰を切ったようにあふれ出す。  
「なんで、あの人なんですか。私じゃ、ダメ、なんですか。」  
「花?」  
「わかってます。私なんかじゃ、玄徳さんにはつりあわないって。恋人は務まらないって。  
でも好きなんです。もう、玄徳さんのところ、にしか、帰る場所なんてないんです。お願いだから、捨てないで――」  
「捨てないで、って……いったいどうしたんだ、花!!」  
ああ、もう、最悪だ、と花は思った。泣き落としなんて卑怯だと思うのに止まらない。  
一方的にいいたいことだけまくし立てて、これじゃあまるで子供みたいだ。  
 
 流石に様子がおかしいと思ったのか部屋から歌妓が姿を見せ、玄徳たちに近づいてくる。  
何言われちゃうんだろう、ああでもなんにしても声なんて聞きたくないな、と思った花の耳に飛び込んできたのは  
まったく予想外の声だった。  
 
「花殿、どうなさいましたか!……玄徳様、これはいったい」  
 
その声は花も良く知る人物のもので。  
「……子、龍、さん?」  
「ええ、そうですが。……花殿?」  
子龍と思しき声を発した歌妓らしき姿の人物を花はまじまじと見つめた。  
今の今まで気付かなかったが、確かに子龍のようだ。  
昨夜感じた凛とした佇まいも、女性にしては長身だと思ったことも、正体が子龍だとすればむしろ当然だった。  
けれどなぜ子龍がこのような格好をしているのかと困惑して動きを止めた花をはさんで玄徳と子龍が会話を始める。  
「子龍、すまないが今日のところはこれで。とりあえずの顛末は把握したから詳しい報告は明日で構わない。  
ああ、それとすまないが孔明に今から花を借りると伝えてほしい」  
「承知いたしました」  
それでは失礼します、と踵を返した子龍を花は放心したまま見送った。  
 
 
「とりあえず、俺の部屋に来るか」  
その玄徳の言葉に花は訳もわからず頷いて、促されるままに部屋に入り寝台に腰掛けた。  
隣に腰を下ろした玄徳が心配そうに覗き込んでくる。  
「大丈夫か。だいぶ取り乱していたが、どうしたんだ」  
「……さっきのって、子龍さんですよね」  
「ああ、あれか。実は今日ちょっと捕り物があったんだが、その下準備のために数日前からある妓楼で  
 内偵についてもらっていた」  
「え……」  
「お前に言えば、自分が行くと言い出しそうなのはわかっていたから話していなかったんだ。  
 お前にそんなことをさせられるわけがないだろう。  
 芙蓉にもさせたくは無かったし、第一、あいつにそういうことは向かないからな。  
 それで、お前の師匠が授けた策があれだ。酒を注ぐ程度であればバレませんよと言っていたが、ああも化けるとはな」  
(……ああ師匠、それは流石に子龍さんに酷ですよ……)  
事の真相に、思わず子龍に同情してしまう。  
「じゃ、じゃあ、昨日玄徳さんのところに来たのも……」  
「なんだ、知っていたのか。決行のめどが立ったんで一度戻ってきていたんだ。ただ、執務室は人の出入りが多いから  
 あの格好で話し込むと目立ってしまうし、なによりあいつが子龍だと知る人間は少ない方がいいと孔明がいうから、  
 俺の私室のほうに通したんだが」  
 
 結局自らの勘違いだったとわかり、花の全身から力が抜けていく。  
(一人で空回りして、なんだか馬鹿みたいだ。おまけに玄徳さんに抱きついてわあわあ泣いて。――恥ずかしい)  
「さっきから子龍のことばかり気にしているが、それとさっきのとがどう関係しているんだ?  
つりあわないとか、捨てないでとか、なにやら不穏当な言葉が並んでいたように思うんだが」  
「そ、それは……あの……」  
 
「ああ、すまない、無理に話せと言ってる訳じゃないんだ。俺には話せないというならそれでも構わない。  
 だが、お前を不安に陥らせている何かがあるなら、俺はなんとしてもそれを取り除いてやりたいと思う」  
玄徳の大きな手に頭をなでられて、いったんおさまっていた涙が再びにじむ。  
「ああほら、そう泣くな……大丈夫だ。  
 何を不安に思っているか知らないが、俺のお前を愛する気持ちが揺らぐことなど無い。  
 俺にお前が手放せるわけ無いだろう」  
愛されている実感と、こんなに大事に思ってくれる人をどうして信じられなかったんだろうという気持ちとがないまぜになって、  
一粒、二粒と雫が花の頬を滑り落ちた。  
 
「その……、勘違いだったんです、けど」  
「ああ」  
「――私、あれが子龍さんだなんて、知らなくて。昨日、玄徳さんの部屋に入っていくのを見て、  
 玄徳さんに、ほかに好きな人が出来たと、思って……」  
「なんだって?」  
「だって、玄徳さん、初めての夜以来、全然そういうこと、してこなくて。口付けだって、唇にしてくれなくなったし。  
 ……もしかしたら、玄徳さんは、私なんか抱いても、つまらなかっ、たんじゃないかって、不安になって。  
 それで、昨日の夜、女の人が、玄徳さんの、部屋にはいっていって、私、わた、し、捨てられる、んじゃ、ないかって、思っ、て」  
「違う!…違う、そうじゃないんだ」  
だんだんと涙声になっていく花を抱き潰すほどに抱きしめて玄徳は花に語りかけた。  
「すまない。まさか、そんな風に受け取られるとは思ってなかった。つまらないなんて、そんなはずが無いだろう。  
 あんなにお前を求めてしまったのに、どうしてそんな風に思うんだ。  
 ……俺はお前のことになると加減が効かなくなる。  
 お前を大事にしたいと思うのに、求めすぎてお前を傷つけてしまうんじゃないかと思った。  
 お前に口付けてしまうと、止まらなくなりそうだったんだ。現に、初めてだったお前にも無理をさせてしまった。  
 俺の方こそ、呆れられてるんじゃないかと思った」  
「そんな事、ないです。だって、玄徳さん、優しかったです。それに、私は玄徳さんと一つになれて嬉しかったんです。  
 でも、それから何も無くて、もしかして気持ちよかったのって私だけだったのかなって不安に――」  
 
 続くはずの言葉は玄徳に飲み込まれてしまった。唇を食み、ねだるように表面をなぞる玄徳の舌に応えて  
花が僅かに唇を開くと、待ちかねたとばかりに熱い舌が進入してくる。  
おずおずと花が自ら舌を触れさせると、初めて花から触れてきた喜びに、玄徳はいっそう深く口付けた。  
言葉にせずとも伝わる玄徳の愛を受け止めていると、それまで悩んでいた事が信じられないくらいだ。  
触れられなかった時間を埋めるように交わされる深く長い口付けに花の不安が溶かされていく。  
つ、と銀の橋を架けて二人の唇が離れる頃には花はすっかり蕩けきっていて、そのまま玄徳にこてんと上半身を預けた。  
頭の上のほうから、花、とかすれた声で名を呼ばれ甘い震えが走る。  
ゆるゆると顔を上げると熱情を隠さない玄徳の瞳にぶつかった。  
 
「――お前が、欲しい」  
 
愛おしさをただ一言にこめて玄徳がそう告げると、花は瞳を潤ませそれは幸せそうに頷いた。  
 
帯を解かれ、袷をはだけられて一糸纏わぬ姿で花は寝台に横たえられた。  
「あ、の、私だけ裸なのは恥ずかしいので…その……」  
消え入りそうな声で懇願する花に、ああもういったいこいつはどうしてくれようかと玄徳は思わず口元を緩めたが、  
それ以上花に言わせず自らも服を脱ぎ捨てる。そのまま覆いかぶさるように花に口付けた。  
「その、私……」  
胸が小さいのを気にしていると花が告げれば、玄徳はそんな事を気にすることはないと真面目にいった。  
「こうやって俺の手にすっぽり収まって、俺を感じてくれるお前の胸が、俺は好きだ」  
そう言って愛撫を始めた玄徳の掌に花は涙が出るほど安堵する。  
やわやわと、時に押しつぶすように触れる手に花は素直に身をゆだねた。  
 
「ふ、あっ……やぁん」  
先ほどまでと異なり触れるか触れないかの絶妙な距離で乳房をなでられて花はねだるように声を出してしまう。  
玄徳はそんな花の様子に僅かにのどで笑うと、色づいた頂点に口付けた。  
そのまま舌で転がし、同時にもう片方を指で責めると花はビクンと体を震わせる。  
(お、かしくなっちゃいそう。でも、やめないで欲しい)  
行き場の無い快感に、花は飽きもせずに花の胸に口付けている玄徳の黒髪を知らずかき回す。  
そんな花の反応に気をよくして頂点をちゅうと吸い上げると、いやいやと首を振った花が膝をすり合わせた。  
それに気付いた玄徳の手がそろそろと花の下肢へと移動していく。  
 
「ひゃっ、ぁぁん」  
直接触れられていたわけではなかったが、口付けと胸への愛撫でそこは既に濡れそぼっていた。  
割れ目を玄徳の指がなぞる度にくちゅくちゅと水音がたつ。  
「もうこんなになってる」  
「……っ、い、言わなくて、いいです、から、っんああっ」  
花の足を開かせると、その間に玄徳は体を割り込ませた。  
花弁に、指に、蜜を擦り付けるようにこすりつけるとつぷりと指をその中心に埋める。  
「ぅあ、……は、ぁっ」  
開かれて間もない花の中心は、指一本でもきゅうきゅうと締め付けてくる。  
この中に己自身を埋めた時の感触を思うと今すぐにでも己を突き入れたい思いに玄徳は駆られたが、  
流石に花にそんな無理はさせられないとなけなしの自制心をかき集めて花の中をほぐしていく。  
「ああ、ん、…玄、徳さん、……そ、こ、あああっ」  
花の嬌声が高くなるに従って水音もその存在感を増していく。中をかき回す指も増やされていた。  
ばらばらに中をこすられてとめどなく蜜があふれ出す。  
快感と羞恥の間で眉を寄せる表情すら玄徳を煽っていることに花は気付かない。  
はやる気持ちを抑えて花の弱いところを刺激し、秘芯を押しつぶすように責めるとひときわ花の声が高くなった。  
「やん、そこ、…っだめぇ」  
「大丈夫だ、花、俺を、素直に感じればいい」  
「や、やぁっ、んん…っあぁあああ!!」  
 
そのまま軽く達してしまった花をやんわりと抱きしめると、何とか呼吸を整えた花の力の抜けた腕が  
そろそろと玄徳の背にまわされた。そのいじらしさに、玄徳の分身がさらに大きさを増す。  
「花。……そろそろ、いくぞ」  
こくりと頷いたのを確認して、熱い昂ぶりを花の中心に当てる。先端をぐっと埋め込むと、それだけで花は苦しげに息をついた。  
だが、玄徳としてもここでやめられるものではなかった。  
何度も名を呼び、口付けを落としながら、狭い花の中に少しずつ自身を収めていく。  
「花……花……っ」  
「はぁ、……っ、げん、とく、さん」  
ようやく全てを収めると、玄徳は花を抱きしめた。抱きしめ返してくる花のいじらしさにすら心が震えるほどの喜びを感じるのに、  
「私、玄徳さんに抱きしめられるの、大好きです」  
などと耳元で囁いてくるのだからたまらない。  
 
「花っ…、そう俺を煽るな。……これ以上の無理はさせたくないんだ」  
「無理なんて。……私、わたし、玄徳さんが大好きなんです。だから、だから――」  
 
 ――玄徳さんの好きなように、してください。  
 
もはや風前の灯だった玄徳の最後の理性はこの一言で吹き飛んだ。  
 
「くっ……花、花っ……」  
「え、あ、っはぁぁあん、ああっ」  
膝の上に花を抱え起こして、グッと突き上げる。知らず逃げ腰になる花だが、玄徳に腰をつかまれそれもかなわない。  
粘膜をこそぎ落とすかのような深く激しい抽挿に花の体は震えた。  
支えを求めて玄徳の首にすがりつくと、更に腰が引きつけられた。花の首筋に顔を埋めた玄徳が噛み付くように口付けてくる。  
「花……」  
「あ、あぁぁ、……ひゃぁあんっ」  
そうして首筋にいくつも赤い花を咲かせていく。  
触れる玄徳の髪にすら感じてしまい花は身をよじろうとするが、その僅かな動きでさえ玄徳とこすれあう場所に  
新たな刺激を生み出してしまう。  
「つっ……あぁ、やぁ、あ、んんっっだめ、だめぇぇ」  
「ダメ、じゃ、ないだろう。お前の中は、こんなにも、俺を求めているというのに」  
「だって、あ、あ、ふぁ…そこっああ、っはぁぁっ」  
ぬるぬると熱く絡みつく花の中は、きゅうきゅうと締め付けるのに、腰を引くと追いすがるように吸い付いてきてたまらない。  
花の感じる場所をめがけて擦りあげるとさらに締め付けてくるのが心地よくて、何度もそこを攻めてしまう。  
一方の花は執拗にそこを刺激されて、もう力が入らないほどに感じきっていた。  
なのに玄徳を受け入れている場所だけが花の意識とは別のところで玄徳を締め付ける。  
花はやってくる快感を受け止めきれずにぽろぽろと涙をこぼしながら玄徳にすがりついた。  
「っ、玄徳さん、あぁっ、わたし、わた、し、もう……っ」  
「花……っ」  
互いに余裕が無いのがわかって、二人で高みに駆け上っていく。  
「も、やぁぁ、助けて、玄徳さん、玄徳、さぁんっ」  
「っ……、大丈夫だ、俺は、ここにいるから。愛してる、花……」  
「っわ、たし、も、愛してます、……っ、あ、やぁああぁぁぁああん!!」  
「く、ぅあ、……っ、花……っ!」  
 
ひときわ深く貫かれた花の体が震えたのとほぼ同時に玄徳は熱を放った。  
花を抱きしめたまま潰さないように二人寝台に沈み込む。  
そのまま触れるだけの口付けを幾度もおとすと、次第に花の焦点が定まってくる。  
「ぁ……玄徳、さん……」  
「ああ、気がついたか」  
結局自らの求めるままに花を抱いてしまった自覚のある玄徳は、少し申しわけなさそうに花の頭をなでた。  
「すまない、今日こそは優しくできると思ったんだが……大丈夫か」  
「今日こそはって。……玄徳さんは、いつも優しいです」  
「はぁ、まったくお前はいつも俺を甘やかしすぎだ。……だが、これで、俺がどれほどお前を求めているかわかっただろう」  
「っ……、は、い。その、……気持ちよかったのが私だけじゃなくて、玄徳さんも気持ちいいって思ってくれたなら、  
 すごく嬉しいで――ひゃあん!」  
未だ花の中に残っていた玄徳が再び質量を増して、花は言葉の途中で鳴き声を上げた。  
「……、だから、そういう可愛い事を言われると、だな」  
「え、あ、……なんか、また……」  
「――悪い。止まらないんだ、もう一度付き合ってくれ」  
そういうと、花の了承を待たずに玄徳は再び腰を動かし始めた。  
 
先ほどまでの貪りつくすような抽挿とかわって、先端でゆるゆると入り口のあたりをかき混ぜていく。  
それでも一度達した花は更に敏感に快感を受け取ってしまう。  
「はぁ、……玄徳さん、……んっ」  
「花……」  
時折花の弱い場所を掠めるようにすると花はびくびくと体を震わせる。  
じらすようなその動きに、花の腰も揺らめき始めたのを感じ取って玄徳は口元を緩ませた。  
しばらくそんなゆるゆるとした触れ合いが続いていたが、とうとう花が音をあげた。  
「っ玄徳さん、お願い、意地悪しないで……」  
「意地悪って、いったいなんのことだ」  
「そ、んな、……ぁあん」  
「どうした、言ってくれないとわからないぞ」  
 
度し難いなと玄徳は思う。けれど、ここまできたら花の口から求めさせてみたいという欲求には抗えなかった。促すように名を呼ぶ。  
「……花」  
「……、玄徳さんが、欲しいです。もっと奥まで、玄徳さんで、いっぱいにしてください――」  
自ら言わせるように仕向けたというのに、玄徳の頭は瞬間真っ白になった。めまいがしそうだ。  
花を泣かせたくはないのに、泣きながら己を求めてくる花が何よりもいとおしいと思う。  
まったく、本当に度し難いなと胸中でつぶやいて、花の涙ながらの懇願に応えるべく、自らも待ちわびていた奥へと突き入れかき回した。  
もっと、もっと、と泣きながら敷布を握り締める花の手を解いて玄徳が指を絡めると、ぎゅうっと握り締めてくる。  
「はぁ、あっああん、……あぁっぁあああ!!」  
「っ……、花……っっ!」  
上り詰めた花に締め上げられ、玄徳も再びその熱を解放したのだった。  
 
 玄徳さん、大好きです、と告げるや疲れ果てて夢の世界へ旅立ってしまった花を慈しむように抱き寄せる。  
やはり無理をさせてしまったと思うが、好きな女に求められて抗えるわけが無いだろう、と言い訳じみた自己弁護をすると、  
自らもまぶたを閉じる。  
明日の朝一番に花の顔を見られる喜びを思いながら、玄徳の意識も夜の帳に覆われていった。  
 
 
 
***オマケ***  
「失礼いたします。趙子龍、ただいま帰還いたしました」  
「ああ、大変だったみたいだねぇ。玄徳様のとこはもういいの?」  
「取り急ぎ報告すべき事は申し上げたのですが、孔明殿、あなたから書簡を預かったと花殿がいらして――」  
「あー、だいたいわかった。それで追い出されてきちゃったんだ」  
「追い出されるなどと……。  
 理由はわかりかねますが花殿がだいぶ取り乱していた様子だったので、玄徳様はそちらを優先なさったようです。  
 それと玄徳様から、今から花を借りるとの言伝を預かっております。  
 あの様子では書簡に目を通されるのは明日以降になるのではないかと」  
「うん、まあ、予想通りかな。いやー、しっかし君も罪な男だね。いや、罪な女か、『香鈴』殿」  
「?どういうことでしょうか?」  
「んー、こっちの話」  
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