思わず駆け出した安寿はずっと堪えていた涙が止められなかった。
未だ静まらぬ心を落ち着かせようと傍らの岩へと凭れた。
波の音が優しく辺りに充ちて二郎の眼差しを思い浮かべるとキリキリと胸が締め付けられそうだった。
そっと唇に指を当てると何故か笑みが漏れた。
あんな目にあったのに笑っている自分が空恐ろしかった。
下半身は未だ痛みを残し傷跡から血と注がれた精液を垂らしながら。
――おぉ、なんて恐ろしいのでしょう。
安寿は人買いなぞよりおぞましい人の心の闇を垣間見た気がし身震いをした。
小屋に眠る弟の穢れない姿を思い出すと尚の事、己の醜さが思われた。
軽く溜息を洩らすと高く上った月に淋しげな微笑を送った。
――おとう様、おかあ様。どうか、どうか厨子王だけはお守り下さい。
小屋の扉に手を掛けたとき、背後に人影が近付き安寿を後ろから抱きすくめる手があった。
安寿は必死に身を捩り乱暴な腕の持ち主の顔を確かめた。
月影に浮かぶその顔は山椒大夫の三男、三郎だった。
この横暴で残忍な男は、奴婢達の間でも恐れられていて
特に、年端も行かぬ安寿と厨子王の姉弟は鬼のような存在として見ていた。
その顔を見ると腰を抜かしたように木戸に背をつけてしまった。
「……あ」
言葉も出せぬままに安寿が三郎の顔を穴が開くほど見つめていると
先程、三郎の提言によってその父に犯された身体を思い出した。
思わず俯くと三郎は声を顰めて言う。
「お父っさんでは満足できずに二郎兄にも手を出してるのか?
おぬしは随分な好き者だな。へへへ……」
言いながら安寿の身体を嘗め回すように見た。
その言葉と視線に安寿の顔は耳まで真っ赤に染まった。
その恥らう顔の初々しさに三郎はからかうように舌なめずりをした。
酒臭い息がかかると吐き気がするほどの嫌悪感が湧きあがってきた。
顔を背けて、しかし恐ろしさに身体は細かく震えた。
逃げ出す事も出来ずに居ると三郎は安寿の腕を掴み小屋へと引き摺り込んだ。
安寿が抵抗すると加減無い平手打ちで両頬をたたかれ、
土が剥き出しの狭い土間に叩きつけられた。
その拍子に口を少し切ってしまった。
噛み締めた砂は苦い血の味がした。
安寿が起き上がるより前に三郎は圧し掛かると着物を剥ぎ取りにかかった。
三郎の顔は酒に上気して本物の赤鬼のように見えた。
「いや!いや!」
安寿は掠れたような声を上げて身を庇い三郎の腕を払う。
しかし恐怖をおしての必死の抵抗も三郎の情欲を徒に刺激するだけだった。
「勿体つけるな!阿婆擦れめ」
三郎の低い声の恫喝に安寿は震え上がった。
大人しくなった安寿の着物を引き千切るようにして脱がすと両手でその裸体を撫でた。
安寿は剥ぎ取られた布切れを掴むと処女を失ったばかりの痛々しい身体を隠した。
布の合間から見え隠れする身体を父が抱いたのだと思うと、
三郎は言いようの無い羨望のような欲望を覚えた。
「お父っさんが……」
父の痕を探すように三郎の指は安寿の小さな身体を撫で回した。
二度目の刺激で敏感になっている身体をまさぐられて
思わず出そうになる声を呑みこみ、眠る弟の夢を覚まさぬよう歯を食いしばった。
安寿の身体を捕らえ愛撫を繰り返すうち三郎にも生々しい欲望が湧き上がってきた。
降りかかる熱く生臭い息に安寿は顔を顰める。
しっとりと掌に張り付くような皮膚の良さは今まで蹂躙してきた年増の比にならなかった。
快楽に耐え、喘ぎ声を我慢するというのも今までの下品な女たちに無い風情だった。
顔を背けた首筋を三郎の舌がちろちろと舐め上げると、ぞわぞわっと安寿の全身を気色悪い感覚が走った。
最後の力を振り絞り三郎を振り払うと上がり框へと身を投げた。
視線の先には月の光に照らされながら寒々しい寝床に臥している厨子王の姿があった。
その清らかな寝顔を目にすると安寿は鋭い矢に胸を刺されたように
がっくりと項垂れてそのまま膝をついた。
後ろから三郎が近づいても安寿はもう抵抗もしなかった。
安寿の腰を支え、上半身を框の上に押し付けると割れ目を両手で開いた。
赤く充血したそこは先の情交の跡を残しぬらぬらと湿っていた。
三郎が指をそこへ差し込むと滑りの良くなった為かすっぽり抵抗も無くはまった。
指の腹が安寿の膣壁を突付き、押し、擦る。
再び溢れる愛液でそこが充分に三郎を受け入れられるのを確認すると
掴んだ腰を持ち上げて狙いを定めて押し入った。
突かれる度、軽い身体は弾かれるように前へと押し出され
痛々しい程広がった膣口は大夫より尚猛々しい三郎を包む。
大夫の老練な手管と異なり三郎はただ安寿を痛めつけるだけだった。
後ろから獣のように襲われると安寿は女の身体を恨んだ。
どんなに拒んでも力ずくで組敷かれてしまう。
しかし今は恐ろしい顔が見えないだけ救いだった。
きつい膣に収まると三郎の陽根は更に膨らみ滅茶苦茶に突いた。
痛みと恐ろしさで安寿の腕は宙を掴み身体が反った。
三郎は挿入しながら安寿の手を取りその細い指を結合部に触れさせた。
「おぬしの身体はわしらのものだ」
そういうと抜き挿しし、安寿の指先は粘液に濡れた。
それを絡ませて突起を安寿の指で刺激させた。
「あああだめっ」
強い刺激に思わず声がでた。
安寿が手を振り解き床につくと三郎は自分の手で同じ刺激を与えた。
小さく硬いそこに触れられ、抓まれる度、安寿の身体は電流のようなものが流れた。
必死に声を抑えても身体全体がビクビクとしてきて三郎にも刺激が走る。
抜き挿しするたびに漏れる愛液は土間の土に糸を引いて垂れた。
先程まで生娘だった安寿の身体は充分に男と交わる事が出来るようになっていた。
床で擦り剥かぬよう白魚の指の上に載せた頬には未だ枯れぬ涙が零れた。
時折、呻き声のような悲鳴を上げながら何とか責め苦から逃れようと
身をくねらせても、三郎の腕からは逃れようも無かった。
売られてきた身をどんなに嘆いても此処から抜け出す事が出来ないように。
「ほれ、ほれ声を立ぬか。萱草の眠りを覚ますくらいに」
三郎はそう言って安寿の頭を厨子王の眠るほうへと捩じった。
――こんな……こんな苦しみは私だけで充分。
安寿はそれを見ると歯を食いしばり悲鳴を呑みこんだ。
一向に声を立てなくなった安寿に反して、肉同士のぶつかり合う音と
湿ったような淫猥な音が交じり合い三郎の荒い息が重なる。
口からは音を洩らさぬが陰部から漏れる粘ついた音は抑えようも無かった。
ぐちゅぐちゅという音が三郎が動くたびに小屋に響く。
安寿の身体は度重なる交合に限界を越えていた。
手肢が痺れ痙攣したように全身を震わせるが口は貝のようにしっかり閉じていた。
三郎は安寿の身体がとうに限界を超えているのを知りながら己の欲望を注ぎ続けた。
脂の汗を流し全身を瘧のように震わせながら安寿の眼は虚ろに空を見詰める。
突きながら回した手で幼い乳房を蹂躙されても安寿はもはや何も感じる事が無かった。
先程、初めて恋慕の接吻を受けた可愛らしい唇へも三郎の指が伸び、口内を弄られた。
三郎も次第に限界に近付いていた。
一際強く安寿を突き押し、両手で小さい丸い尻が真っ赤になるまで叩いた。
叩くたびに安寿の中が狭まり三郎を一層刺激した。
「うぅっ」
反返った男根が安寿の中で一瞬震えるとそのまま最奥を一突きして放出した。
締まる膣壁に搾り取られるようにして最後の一滴まで出し切るとずるりと安寿の体内から引き出した。
三郎のそれは湯気を立ち昇らせ満足そうにだらりと垂れ下がっている。
手を離すと安寿の身体は崩れ落ちるようにして土間へと手折れた。
その股間からは注がれたばかりの精液がとろりと流れ出る。
呼吸をするだけで精一杯の安寿はもう身体を隠す事も出来なかった。
あまりの痛々しさに思わず三郎の胸にも突付かれるような痛みが走り、
思わず差し伸べそうになった手を見て自分でギョッとした。
苦々しげに舌を打つと殊更に乱暴に転がる安寿の身体を足蹴にした。
それでも無反応な安寿のそばにしゃがむと髪を引っ張り上げて顔を掴んだ。
「よいか、垣衣。お前はもう子どもではないのだから、これからは別の仕事もしてもらうことになるぞ」
そしてちらりと厨子王の方に目を走らせ
「おぬしの働きが悪かったら萱草は……判るな?」
安寿は唇に二度目の接吻を受けた。
しかしそれは先程のものとは違い烙印のような接吻だった。
安寿は見開いた目で間近の三郎の顔をまじまじと眺めた。
その眉間には深い溝が刻み込まれている。
口を離し安寿を投げ捨てると三郎は小屋を出て行った。
月の光も差し込まぬ土間の片隅で安寿の両目から大粒の涙が零れた。
――逃れられない、決して。
そう思うと地面に開いた底知れぬ穴に吸い込まれるように落ち込んでいった。
目を瞑り、顔を覆い、この身体が無くなってしまえば良いと思った。
思いながらもその絶望はえも云われぬ甘美な味がした。
それに気付くとむしろ無くなってしまえばよいのは心だと安寿は悟った。
放り出された守り本尊の地蔵を拾うとそっと眠る弟の横へと滑り込ませた。
「はやくおとう様のいらっしゃる所へゆきたいわ」
呟くと倒れるように眠りに落ちた。
翌日から安寿の様子がひどく変わってきた。
顔には引き締まったような表情があって、まゆの根にはしわが寄り
目ははるか遠い所を見詰めている。そしてものを言わない。
日の暮れに浜から帰ると、これまでは弟の山から帰るのを待ち受けて、長い話をしたのに
今はこんな時にも言葉少なにしている。
厨子王が心配して
「ねえさんどうしたのです」
というと、
「どうもしないの、大丈夫よ」
といって、わざとらしく笑う。
安寿の前と変わったのはただこれだけで、言う事が間違ってもおらず。
する事も平生のとおりである。
しかし厨子王は互いに慰めもし、慰められもした一人の姉が変わった様子をするのを見て
際限なくつらく思う心を、たれに打ち明けて話す事も出来ない。
二人の子どもの境涯は、前より一層寂しくなったのである。
潮汲みをしていても三郎が見回りに来ると安寿は身を固くして顔を上げず
黙々と仕事を続けようとするのを、難癖をつけてきまって人目につかぬ陸へと引きずり込むのだった。
行為を重ねるうち安寿には諦念しか浮かばなかった。
とある暖かな日、何時ものように伊勢の小萩と仕事をしているとき
小萩の汗ばんで捲くった袖から見えた肌が、あまりに滑らかに
水面を照らす光をうけるので安寿は思わずどきりとした。
仕事が終り手を繋いで帰路につくときにも安寿の心は安らがなかった。
小萩の手は安寿の柔らかな手に比べ仕事の所為で皮が厚く、温かかった。
安寿は疲れた身体を姉妹の誓いをした小萩に凭れるようにして甘えるように歩いた。
小屋に戻り弟と二人になっても一つの事を考え続けていた。
雪が降ったりやんだりして年が暮れかかった。
奴も婢も外に出る仕事をやめて、家の中で働く事になった。
安寿は糸を紡ぐ。糸を紡ぐのはむつかしい。
それを夜になると伊勢の小萩が来て、手伝ったり教えたりする。
安寿は弟に対する様子が変わったばかりでなく、小萩に対しても
ことば少なになって、ややもすると無愛想をする。
しかし小萩はきげんを損ねずに、いたわるようにして付き合っている。
山椒大夫が屋敷の木戸にも松が立てられた。
しかしここの年の始めはなんの晴れがましい事もなく、にぎわしい事も無い。
ただ上も下も酒を飲んで、奴の小屋には諍いが起こるだけである。
常は諍いをすると、厳しく罰せられるのに、こういうときは奴頭が大目に見る。
血を流しても知らぬ顔をしていることがある。どうかすると、殺されたものがあっても構わぬのである。
折々訪れる小萩に安寿は心を弾ませながらも中々素直に出せなかった。
ある宵、奴達に厨子王が酒を少し分けてもらい小屋へ持ってきた。
「ねえさん、屠蘇をいただいてまいりました。
ね、たまには華やかな気持ちになりましょう、昔みたいに」
厨子王がそう言うとふさぎがちな姉に酌をして勧めた。
安寿も折角だからと少し口をつけて後は厨子王に注いだ。
幼い厨子王はすっかり酔いが回り楽しそうにしていたかと思うと次にはぐうぐう寝てしまった。
安寿は眠ってしまった弟をにこにこと見詰めながら
久しぶりに楽しい気持ちになっていた。昔のように。
婢の小屋のにぎやかさを持って小萩が来た。
安寿はそっと口に指を当てて小萩ににっこり笑った。
小萩はそっと小屋の扉を閉めると安寿の横へ座った。
「萱草、寝ちゃったのね」
「まだ子供ですもの」
「あら、垣衣も子供じゃない」
安寿は小萩のことばに少し間をおいて微笑んだ。
少しだけ安寿も酔いが回ったようで今日は小萩に対しても素直な自分が出せる。
「そうよ、わたし、ねえさんの子供だわ」
そういうと小萩の胸に顔を埋めた。
何時もと様子の違う安寿に戸惑ったように美しい髪を撫でていると安寿の腕が小萩に絡みついてきた。
見上げる安寿の潤んだ瞳に小萩もどぎまぎした。
安寿の顔が近付き小萩と唇を重ねた。
柔らかい唇は甘く蕩けた。
「ん……」
目を瞑り、突然の快楽に酔っている小萩の唇をぺろりと舐め、
安寿は自分が受ける暴力とは違う、優しい愛撫を小萩に与えた。
「垣衣……だめよ」
小萩の声は決して拒否の響きを伴っていなかった。
「なぜ?」
安寿は甘え声で言った。
小萩も何故かは判らなかった。
「ねえさん、きもちいい……でしょう?」
言いながら、安寿の指は小萩の豊かな乳房をまさぐり、乳輪をなぞった。
小萩の乳は母のそれを想わせるほど柔かかった。
安寿が乳首に吸い付くとその長い髪が小萩の裸体に流れかかった。
「垣衣……」
小萩の掌が安寿を求めるように着物の上から抱きしめた。
安寿は裸の小萩をその素肌を抱きしめた。
胸の谷間に顔を埋めると懐かしい心地がした。
そのまま下の方へ降り、柔らかな脂肪の程よくついた腰、豊かな茂みの陰部に口付けをしていった。
小萩の女陰に舌を伸ばし湛えた蜜を舐め取るとヒクヒクと蠢いた。
「は…あぁ……」
小萩が甘い吐息を漏らし安寿の頭を掴むと安寿も夢中で溢れる蜜を吸い取った。
ちゅばちゅばという甘い水音に二人の気持ちも高まった。
安寿が小さな肉豆を舌で挟むと小萩の喘ぎは一際たかまった。
「ねえさん、ねえさん……」
安寿は顔を上げるとその喘ぐ口を何度も吸った。
小萩の暖かい手も安寿の身体をまさぐり二人の脚は絡まった。
安寿も蜜をもう溢さずにはいられなかった。
するりと小萩の指が滑り込むと安寿の腰は待ちわびたように動いた。
くちゃっと肌の硬い指を呑みこむそこはいつも乱暴に扱われているにも拘らず
仄かな桃色を帯びて生娘のように清らかだった。
「垣衣は綺麗ね」
小萩の言葉に安寿は吃驚した。
自分のことなんて考えた事も無かった、綺麗なのは小萩ではないか。
安寿の指も小萩に、互いに入り組んだ形になった。
細く長い安寿の指は小萩を悶えさせるようにくねった。
小萩の中は温かく指に吸い付くようだった。
安寿が指を動かすと小萩も負けじと動かす。
中をゆるりと撫ぜられるとこんなに気持ち良いのかと安寿は初めて知った。
男は所詮男、女の体のことなんてわかってない。
互いの気持ち良いところを知り尽くしているかのように快楽を貪った。
弾む息で二人は同時に果てた。
べとべとになった手で互いにきつく抱合いながら満ち足りていた。
「ねえさん、ずっと側に居て、ね」
安寿の言葉に小萩は優しく微笑みその頬をなでた。
甘い眠りにおちてゆきそうだった。
こんなに安らかに眠るのは久しぶりだった。
男たちに蹂躙されるより深い睦み合いを安寿は感じた。
このまま、優しい時間がずっと続けばよいと思った。