三日経つと、また家の中の仕事が始まった。  
安寿は糸を紡ぐ。厨子王は藁を打つ。  
もう夜になって小萩が来ても、手伝うに及ばぬほど、安寿は紡錘を廻す事に慣れた。  
あの時ほどでは無いが三郎からは度々呼び出される、それにも慣れた。  
静かに姉弟の小屋は春を待っていた。  
 
紡いだ糸をもって山椒大夫の屋敷に入るとあの時の奴とも顔をあわす事が合った。  
しかし互いにそ知らぬ顔でやり過ごす。  
それなのに二郎はなにかを知っているような目でじっと安寿を見る事があった。  
 
厨に粥を受け取りに行った。  
その日安寿はどうにも食欲が出なくて一人食事時に外を歩いていた。  
この頃では随分陽射が柔かく春の近さを感じた。  
安寿は戯れに雪玉を作り海の中へとぽとんぽとんと落としていった。  
海の向こう、佐渡はきっと母が居る。  
きっと大きくなったら行かれる。  
そう思うと辛さも寂しさも一時だけ忘れる事が出来た。  
指先が赤く染まり悴んだ。  
冷たくなった掌に息を吐いて海を背にした。  
小屋に戻ると厨子王は居らずひっそり閑としていた。  
悴んだ指で糸も紡げずぼんやり座っていると二郎が小屋を見回りにきた。  
 
「如何した?手を動かせ、寒くて動かんか?」  
 
安寿の手を取り二郎はその余りの冷たさに驚いた。  
そのまま屋敷に連れてゆき火に当てると安寿の髪を優しく撫でた。  
ふっと気が緩み安寿は疑問を呈した。  
 
「あの、二郎さま。何か御存知でいらっしゃいます?」  
 
ぴくっと二郎の手が止まり難しい顔をして安寿を見た。  
 
「お前がなんの事を言うているのか、わしには判りかねるが……」  
そういうと行き成り安寿を抱きしめた。  
「弟が働く狼藉、お前と小萩の事。ちゃんと知っておる。  
 わしが判らぬのは己の気持ちだけよ」  
 
二郎は安寿の冷たい身体を掻き抱き光沢ある長い髪に顔を埋めた。  
安寿は驚きはしなかった。  
為すがまま二郎に抱かれても何も思わなかった。  
裸になった安寿を押し倒し覆い被さると唇を重ねた。  
上を向き震える乳房をそっと掌に包み先端を摘む。  
ぴくんと反応を返す安寿を安心させるように頬から胸まで唇がなぞる。  
右手で安寿の股間をまさぐりそこが十分湿っているのを確かめ  
自分のものをかるくしごいた。  
安寿の両足を折り曲げて身体を畳むようにして狙いを定めると突いた。  
 
「はぁ……」  
 
柔らかい肉に包まれてこみ上げる愉悦、安寿の口から漏れる溜息も二郎の耳には快い。  
安寿も暖かい部屋で受ける優しい愛撫は心地良いと言っても良かった。  
今は何もかも忘れて二郎との交合に没頭してしまうべきと己に言い聞かせた。  
二人の身体が楔のように繋がると安寿は二郎の腰に脚を絡めた。  
二郎が驚いて安寿を見ると初心な娘のようにはにかんだ。  
安寿の手を取り畳に磔にするように押し付けると腰を突っ張り睥睨した。  
長い髪が広がり子どものような身体つきながらしっかりと二郎を受け入れている。  
安寿は見上げてにっこり微笑んだ。  
手はそのままで二郎が再び口を吸うと安寿の指にぐっと力が入るのを感じた。  
ゆっくり中で動きながら安寿の口も貪る。  
漏れる甘い溜息さえも吸い込むように二郎は安寿の口を吸い続けた。  
手を振り解き二郎の胸に掌を滑らせると胸板は早い鼓動で動いていた。  
 
「二郎さま。あぁ……あつい……です」  
 
躍動する動きにあわせるように安寿も腰を浮かせる。  
少し浮いた背に手を廻し全身を抱きかかえるようにする。  
安寿の身体は二郎の手に軽く儚いものに感ぜられた。  
綿毛を抱いているような錯覚に囚われ確かめるように安寿を突いた。  
 
「んぁ…はあぁ……」  
 
安寿も男女の交合とはこんなに優しく出来るものかとしみじみ感じた。  
嬉しさと哀しさでぐちゃぐちゃになりながら二郎の身体にしがみ付いて泣いた。  
何故、三郎はいつも乱暴にするのだろう?  
いつか優しくされたいと何処か心の隅で想っていた。  
二郎に優しくされるほど安寿の心は傷付いていった。  
しかし今はすべてを二郎に委ね、髪を振り乱して愛し合う真似をしていた。  
安寿は自分が淫乱と言われても気にならないほど二郎を求めた。  
本当は身体なぞ交える気の無かった二郎だが安寿の肉体の魅力に虜になった。  
その肉体の内に潜む、危ういほど儚いようで居て鋼のように堅い心を見た。  
安寿の髪を弄り喰らい尽くすように小さな顔に所構わず吸い付く。  
 
「綺麗な髪の毛だ」  
 
耳元で囁く言葉も安寿には聞こえていなかったかも知れない。  
 
腰の骨がぶつかり合い身体の奥で感じあう。  
心は決して交わる事が無いが快楽の淵に二人で登りつめる事が出来る。  
安寿は圧し掛かる二郎の重みさえ感じなかった。  
腰を振り快感の大波に二人身を任せた。  
 
「あぁ…んぁぁっ」  
 
一際大きな波に呑まれた時安寿の膣は二郎を痛いほど締め付けた。  
搾り取られるようにして安寿の中に放出した二郎は肩で息をしながら  
ぐったりとなった安寿を壊れ物を扱うようにそっと畳に横たえた。  
 
さらさらと黒髪が安寿の汗ばんだ身体に降りかかりはっとするほど美しかった。  
横たわった安寿が手を伸ばし二郎の首に廻すと引き寄せて口付けをした。  
口を合わせると互いの荒い鼻息がこそばゆかった。  
二郎が目をそっとあけると安寿の絡まる睫毛には珠が光っていた。  
白魚の指が二郎の頬を撫ぜ、ゆっくり目を開くと細い腕は力無く髪の海へと落ちた。  
 
終った後も二郎は丁寧に安寿の身体を清めた。  
濡れた手拭いで拭うと、ふっくらした股間から安寿のものでない体液が漏れてくるのを見た。  
二郎は罪悪感からそれを丁寧に拭き取った。  
まるでそれを綺麗に拭き取れば二人の行為が無かった事になるかのように。  
しかし後から後から滲んでくるそれは拭いきれなかった。  
 
「食事をしなさい」  
 
二郎はそういうと温かくなった着物を安寿に差し出した。  
素直に着物を着て厨へと向かうと小萩が安寿の分の粥を取っておいてくれていた。  
 
温めた粥を受け取り、匙で口に運ぶとこみ上げる悪寒に席を立った。  
慌てた小萩の足音が聞こえても、堪えきれず流しに吐き戻していた。  
胃の中は空っぽで黄色い酸っぱい臭い液体しか出なかった。  
もどしても不快感は消えず何度も咳き込んだ。  
真っ赤な顔で涙を滲ませていると小萩が驚いて背を擦った。  
小萩の掌は相変わらず優しく温かだった。  
 
 
水が温み、草が萌える頃になった。  
明日からは外の仕事が始まるという日に、二郎が屋敷を見回るついでに、三の木戸の小屋に来た。  
藁を打っていた厨子王が返事をしようとして、未だ言葉を出さぬ間に  
この頃の様子にも似ず、安寿が糸を紡ぐ手を止めてつと二郎の前に進み出た。  
 
「わたくしは弟と同じところで仕事がいたしとうございます。  
 他に無い、唯一つのお願いで御座います、どうか山へお遣りなすって」  
 
二郎は物を言わず安寿の様子をじっと見ている。  
暫くして二郎は口を開いた。  
 
「父が自ら決める。しかし垣衣、お前の願いはよくよく思い込んでのことと見える。  
 わしが受けあって取り成してきっと山に行かれるようにしてやる。安心しているが良い」  
 
こういって小屋を出た。  
二郎の目蓋には紅潮した顔の中、思いつめたように輝く瞳が焼付いて離れなかった。  
一度は抱いた女のああまで思いつめた様子が気がかりでならなかった。  
あの日垣衣は何故抱かれたのだろうか?  
まさか自分の事が好ましいと思われた訳でも無さそうだが…  
弟の付けた傷に塩を塗りこむような事を自分はしたのだ。  
三郎はせめてもの償いに安寿の願いを叶えようと想った。  
 
厨子王は杵を置いて姉の側に寄った。  
 
「ねえさん。どうしたのです?それは、貴女が一緒に山へ来てくださるのは嬉しいが  
 何故だしぬけに頼んだのです?何故私に相談しません」  
 
姉の顔は喜びに輝いている。  
 
「本当にそうお思いのはもっともだが、私だってあの人の顔を見るまで  
 頼もうとは思っていなかったの。ふいと思い付いたのだもの」  
 
「そうですか。変ですなあ」  
 
厨子王は珍しい物を見るように姉の顔を眺めている。  
 
奴頭が籠と鎌とを持って入ってきた。  
 
「垣衣さん。お前に潮汲みをよさせて、柴を刈りに遣るのだそうで  
 わしは道具を持ってきた。代わりに桶と杓を貰ってゆこう」  
 
「これはどうもお手数で御座いました」  
 
安寿は身軽に立って桶と杓とを出して返した。  
手渡した時に触れた手で正月の事を思い出して安寿に悪寒が走った。  
枯れた枝のような手。ぞっとして慌てて手を引っ込めた。  
奴頭はそれを受け取ったが、未だ帰りそうにはしない。  
顔には一緒の苦笑いのような表情が現れている。  
この男は山椒大夫一家のもののいいつけを、神の託宣を聞くように聞く。  
 
「さて今ひとつ用事があるて。  
 実はお前さんを芝刈りに遣る事は二郎さまが大夫さまに申し上げてこしらえなさったのじゃ。  
 するとその座に三郎さまが居られて、そんなら垣衣を大童にして山に遣れと仰った。  
 大夫さまは良い思いつきじゃとお笑い為された。  
 そこでわしはお前さんの髪をもろうて行かねばならぬ」  
 
そばで聞いている厨子王は、この言葉を胸を指されるような思いをして聞いた。  
そして涙を浮かべて姉を見た。  
意外にも安寿の顔からは喜びの色が消えなかった。  
 
「ほんにそうじゃ。芝刈りに行くからには、私も男じゃ。  
 どうぞこの鎌で切って下さいまし」  
 
安寿は奴頭の前に項を伸ばした。  
光沢のある、長い安寿の髪が、鋭い鎌の一掻きにさっくり切れた。  
短い髪の毛がはらりと顔に掛かり、頭がすっと軽くなった。  
奴頭の掌の中、長く美しい髪の毛がぐんにゃりと垂れ下がってた。  
頭を上げると安寿は奴頭に微笑んだ。  
気味の悪い物を見るように自分の手の中の髪と安寿とを見交わした。  
「しぶとい子ども」幾度か耳にした言葉が今奴頭に痛いほど判った。  
 
奴頭が出てゆくと厨子王は姉の頭を見て泣いた。  
姉は優しく弟の泣くに任せてた。  
小萩がきて安寿の頭をみて驚いた。  
もう一緒に浜へ行かれぬのを聞いて泣いた。  
安寿は小萩をきつく抱きしめた。  
 
あくる日姉と弟手を引き合い木戸を出た。  
山椒大夫のところに着てから、二人一緒に歩くのはこれがはじめてである。  
厨子王は姉の心をはなりかねて、寂しいような、悲しいような思いに  
胸が一杯になっている。  
昨日も奴頭の帰ったあとで、色々に言葉を設けて尋ねたが、  
姉は一人で何事かを考えているらしくそれをあからさまに打ち明けずにしまった。  
岩の面に朝日がいちめんに射している。  
安寿は重なり合った岩の、風化した間に根を降ろして小さい菫の咲いているのを見つけた。  
 
「ごらん。もう春になるのね」  
 
厨子王は黙って頷いた。  
姉は胸に秘密を蓄え、弟は憂えばかりを抱いているので  
兎に角受け答えが出来ずに、話は水が砂に沁み込むように途切れてしまう。  
安寿は先に立ちずんずん登ってゆく。  
厨子王は訝りながらついてゆく。  
外山の頂ともいうべき所にまで来た。  
 
「厨子王や。私が久しい前から考え事をしていて、  
 お前とも何時ものように話をしないのを変だと思っていたでしょうね。  
 もう今日は柴なぞ刈らなくとも良いから、よくお聞き。  
 あの中山を越してゆけば、都が近い。  
 筑紫へ行くのも佐渡へ渡るのも容易い事ではないけれど、  
 都へはきっと行かれます。  
 お前はこれから思い切って、この土地を逃げ延びて、  
 どうぞ都へ登っておくれ。  
 神仏のお導きで、善い人にさえ出会ったら、筑紫へお下りになった  
 おとう様のお身の上も知れよう」  
 
厨子王は黙って聞いていたが、涙が頬を伝わって流れてきた。  
 
「そして、ねえさん、あなたはどうしようというのです」  
「私のことは構わないで、お前一人でする事を、私と一緒にするつもりでしておくれ。  
 おとう様にもお目にかかり、お母様をも島からお連れ申した上で私をたすけに来ておくれ」  
「でも私が居なくなったら、あなたをひどい目にあわせましょう」  
「それは虐めるかもしれないがね、私は我慢して見せます。  
 金で買った婢をあの人たちは殺しはしません。  
 さあ、あそこまで降りていって、お前を麓へ送ってあげよう」  
 
姉は今年十五になり弟は十三になっているが、女は早く大人びて、  
そのうえ物に憑かれたように、聡く賢しくなっているので  
厨子王は姉の言葉にそむく事ができぬのである。  
木立の所まで降りて、二人は籠と鎌とを落ち葉の上に置いた。  
姉は守本尊を取り出してそれを弟の手に渡した。  
 
「これは大事なお守りだが、今度合うまでお前に預けます。  
 この地蔵様を私だと思って、護刀と一緒にして大事に持っていておくれ」  
「でもねえさんにお守りが無くては」  
「いいえ。私よりは危ない目に合うお前にお守りを預けます。  
 晩にお前が帰らぬときっと討手が掛かります。  
 あの塔の見えていたお寺に隠しておもらい」  
「でも寺の坊さんが隠しておいてくれるでしょうか」  
「さあ、それが運試しだよ。開ける運ならば坊さんがお前を隠してくれましょう。  
 麓まで一緒に行くから、早くおいで」  
 
二人は急いで山を降りた。  
足の運びも前とは違って、姉の熱した心持が暗示のように弟に移って言ったかと思われる。  
泉の湧く所へ来た。姉は木の椀を出して、清水を汲んだ。  
 
「これがお前の門出を祝うお酒だよ」  
 
こう言って一口飲んで弟に差し出した。  
弟は椀を飲み干した。  
 
「そんならねえさん、ご機嫌よう。きっと人に見つからず中山まで参ります」  
 
厨子王は十歩ばかり残っていた坂道を一走りに駆け下りて、沼に沿うて街道に出た。  
安寿は泉の畔に立って、並木の松に隠れては又現れる後ろ影を小さくなるまで見送った。  
そして日はようやく昼に近付くのに、山に登ろうともしない。  
幸いに今日はこの方角の山で木を樵る人が居ないと見えて、  
坂道に立って時を過ごす安寿を見咎めるものも無かった。  
 
坂の下の沼の端に降り、弟を見送った安寿は自分の半身は弟に託され去っていった事を悟った。  
沼に足を踏み入れると水の冷たさは氷のようだった。  
意に介さずざぶざぶと膝まで浸ると冷たさに感覚が無くなった。  
自分の身体が汚れているとも思えなかったが、沼の静けさに沈んだら  
背に連ねた穢れも払われるような気がした。  
厨子王はきっと逃げ切れる。なぜか確信して安寿はその身を投げようとしていた。  
腰まで水に浸かったとき安寿の心に抗うように胎児の動きを感じた。  
 
「あっ」  
 
下腹を押さえ安寿は水の中を走り走り、走りぬいた。  
息が上がり冷たいはずの水が温く感じた。  
陸に上がると藁沓を脱いだ所から大分離れていた。  
安寿は砂浜に横たわり笑った。涙が出るまで。  
下腹に手をやると不思議に懐かしい気持ちになった。  
母の温もりが今時分のものになった事を知った。  
見上げた青空は、沼よりも深く、青く吸い込まれそうだった。  
何時の日か、筑紫まで往かれるかどうか、さぁそれこそ運試しだ。  
でもきっと生きてゆかれる。  
裸足のまま、雪が融け柔らかな土の出てきている道を、晴れ晴れした足取りで歩いていった。  
 
 

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