森の中を通るその名も無き道は、道というにはあまりに自然に近かった。  
下生えは茂り、木の枝もその道の半ばまで勢力を伸ばしている。  
とはいえ、一応は2頭立ての馬車が走行できるくらいの状態にはあった。  
そして、その道を森の内部へと向かっていくと、やや開けた空き地に出る。  
申し訳程度ではあるものの、澄んだ水がその脇を流れていて……飲料水をできる限り節約しなければいけない立場にある旅人などが野営を行うには、かなり理想的な立地といえる。  
そういったわけで、カスール三姉兄妹がその森中の空き地を夜営地に選んだのは至極当然なことといえた。  
 
焚き火が爆ぜる度、それに照らされる周囲の光景、その陰影もぱちりと揺らぐ。  
そんな揺らぐ火明りに、二人の人影が映し出されていた。  
一人は長身痩躯の青年。焚き火からやや離れた場所に置かれた木箱―食料品などを詰めている箱で、こういった時には椅子―に腰掛けている。  
焚き火に照らされたその容貌は非常に整っているのだが、そこには彼の若さには似つかわしくない気怠さがまとわりついている。  
ただ、彼の常を知る者が見たら不思議に思っただろう。今の彼は眉根を寄せ、まるで何かに耐えるような表情を浮かべていた。  
もう一人の人影は、顔立ちも体つきも分からない。  
その人物が椅子に腰掛けた青年の、その足の間に上半身を潜り込ませている故に。  
だが、焚き火の方に突き出されたその臀部の、着衣の上からでも分かる豊かさからすると女性であると推測できる。  
なるほど、そう思って見ればその背中には艶やかに焚き火に照り映える黒髪が流れているし、先ほどから漏れ聞こえるくぐもった声も女性のものだ。  
 
「ラクウェル……。お前、巧くなったな」  
 青年がぽつりと呟く。  
 と、ラクウェルと呼ばれた女性が顔を上げた。  
 性別の差はあれど青年に酷似した顔の造作。まず大多数の人間が『美人』と形容するであろう顔立ち。  
 そののんびりと緩んだ顔立ちに、口と……そして露出した青年の性器を繋ぐ唾液の糸がひどくアンバランスだった。  
「だって……」  
 開かれた口から零れた声も、顔立ちに相応しい柔らかい美声である。  
「シャノンがヘタだヘタだって言ったからでしょ?」  
 くぃ、と小首を傾げて言うラクウェル。そんな子どもじみた動作が、彼女には違和感なく馴染む。  
「そりゃ最初の時の話だろ」  
 眉をひそめて青年―シャノン―が答える。  
「……結構傷ついたんだから」  
 唇を尖らせ、上目遣いで…お互いの位置上どうしてもそうなってしまうのだが…ラクウェルがさらに言いつのった。  
 ついでのように尖らせた唇でシャノンの性器、その先端をついばむ。  
「……悪かったな」  
 刺激にぴくりと反応しながらシャノンが詫びた。  
「素直でよろしい」  
 ラクウェルがふわりとした微笑を浮かべる。  
「じゃあ素直なシャノンにご褒美あげるわね……」  
 優しい笑顔と柔らかな声色に不釣合いな淫行をその白い指先が開始した。  
 赤黒い陰茎に華奢な指がしっかりと絡み、ゆっくりと、だが力を込めて上下動を始める。  
 しゅ、しゅ……と肉を擦る音が微かに生じ、森の夜気に溶けていった。  
 一擦りごとに、シャノンの肉棒がその硬度を増していく。  
   
「……っ、……ぅ」  
 シャノンは目をつぶり、息を殺して自分の性器からもたらされる快感に耐える。  
「……我慢しないでいいのよ?」  
 ラクウェルが空いていた手をシャノンの睾丸に伸ばしながら言った。  
「どちらかと言うと、早く出してくれた方がいいわ」  
 言いながら、ふに、と明らかに確かな経験に裏打ちされた手つきと力加減でもってその陰嚢を揉む。  
「分かってるさ……」  
 馬車の中で眠る妹へ聞こえないよう、懸命に声を噛み殺しながら、シャノンは呻いた。  
 
 この逃避行が始まって、しばらくしてからだった。その問題に気付いたのは。  
 つまり『性的欲求の処理』である。  
 末娘であるパシフィカはともかく、上の二人…つまりラクウェルとシャノンにとって、それは決して小さな問題ではなかった。  
 抑制しきるには辛く、かといって遠慮なくそれを発散できるような状況ではない。  
 そこで二人がどちらともなく提案した解決策は、『欲求が耐え難いほどになった場合、片方がもう片方を性的に満足させる』というものだった。  
 もちろん実際に血の繋がった兄弟である二人のこと。『実際の性交は絶対にしない』という無言の了解はある。  
 とにかく、そういったわけで、月に3・4回。  
 カスール姉弟は、こうした秘密の淫行に耽っていた。  
   
 
 夜目にも白い繊手がゆっくりとした反復運動を続けた結果、シャノンの肉棒はすでに剛直と呼ぶに足る硬度をもってそそり立っていた。  
「……今日も元気ね」  
「やかましい」  
 何が楽しいのかくすくすと笑うラクウェル。  
 双子の姉のこういう状況でも変わらぬ朗らかさが、逆にシャノンの羞恥心を煽り立て、彼はことさら不機嫌そうに呻いた。  
「本当はちゃんと女の子の中に入りたいんでしょうけど……」  
 シャノンに対してではなくその性器に対して、幼子の頭を撫でるように優しくしごきながらラクウェルは声をかける。  
 自律型魔法に対しても語りかける彼女の性格を知っているシャノンは、ラクウェルのそんな言動に違和感を覚えなくなって久しい。  
「ごめんなさいね、もうしばらくは我慢してね……?」  
 もうしばらく。  
 それはどれほどの期間なのだろう。  
 この逃避行が終わり、彼と姉と、そして妹が、平穏な日常に戻れるのはいつなのだろうか。  
 そんなシャノンの思考は、彼の陰茎が、熱く濡れた感触に包み込まれるその感覚で途切れた。  
 
「……ぅッ!」  
 シャノンはぎゅっと目をつぶり衝撃にも似たその快感をやりすごす。眉根の皺が一層深くなった。  
「あ、ごえんあふぁひ……いふぁかっふぁ?」  
 ごめんなさい、痛かった?と言ったらしい。その口に剛直の先端を含んだまま、ラクウェルがシャノンを見上げている。  
「……いや、大丈夫。続けてくれ」  
 やや上擦ったシャノンの声にこくりと頷いて応え、ラクウェルが口淫を開始する。  
「……んっ。うんっ、んふっ、んぅ〜……っ、んむっ」  
 口内を隙間なく占有する肉棒に逆らうことなく、喉の奥までそれを受け入れ導くように頭を前後させるラクウェル。  
 陰茎を包み滑る唇が肉棒の根元に達すると亀頭が喉を叩き、その度にくぐもった声が唾液と共に彼女の唇から零れ落ちる。  
「……」  
 シャノンは唇を引き結び、波のように寄せては返すその快感に耐えていた。  
 ラクウェルの頭が律動している足の間、そこに垂らされた手は強く握り締められなお小刻みに震えている。  
 横目にそれを見たラクウェルは小さく微笑むと、口を休めぬまま手を伸ばし弟の手を取り、それを自分の頭に添えさせた。  
「ら、ラクウェル……」  
 自分を見下ろすシャノンの顔を上目遣いで見上げラクウェルは答える。  
「……好きにして、いいわ」  
 すぐにシャノンの手に力が込められ、ラクウェルの頭の前後動を加速させた。  
 艶やかな髪を握り締める手と力強い腕の動きがラクウェルの頭を揺すり、それに付随し口内を占める肉棒も激しく彼女の舌と口蓋を擦りたて、亀頭が喉を鈍く連打する。  
「んぐっ!……んぶっ、んうっ!ふぁあ……ぁんぅっ!」  
 さすがのラクウェルも声と表情が苦しげなものに変わった。  
 辛そうに狭められた目。その目尻には涙が浮かび、眉間には皺が刻まれている。  
 男の力に蹂躙される女性の表情。それが漂わす淫靡な色香。  
 普段が日溜りのような明るい表情である故、そのギャップがもたらす背徳感たるや尋常ではない。  
 シャノンは、自分の中の男としての獣性に身を任せながら、絶頂が近いことを感じていた。  
 
口内でびくびくっ!と小刻みに脈動する陰茎に、ラクウェルも今夜の終点が近いことを知った。  
「んん……っ、んぁ……っ」  
 唾液にまみれ唇と擦れて微かな飛沫を散らす肉棒。激しく出入りするそれを拒まずにいた彼女が、ここに至って唐突に舌を持ってその動きを阻む。  
 しかし軟体たる舌が剛直の律動を阻み切れるはずもなく、にゅるんとした感触を残し肉棒はまた咽頭まで到達。  
「んぅんっ!ふぅっ!ふんぅっ!んふぅっ!」  
 それに構わず激しく舌を動かすラクウェル。淫猥な水音を立て、舌が陰茎を這い回る。  
 先ほどまでの前後動だけで高まっていたシャノンは、とどめとして加えられたその刺激の連撃によって一気に絶頂のその上に押し上げられた。  
「らっ、ラクウェル……で……っ!」  
 灼熱した快感は言語野を犯し、シャノンが口に出せたのはそれだけだった。  
 刹那の間も置かず、亀頭が爆ぜる。  
「んぅううううッ!!んぶっ!んぐ……っ!!」  
 喉の奥にぶちまけられた粘液に気道を塞がれた苦悶と、そして舌上の味覚芽すべてを塗り潰す白濁の苦味にラクウェルがくぐもった声で呻く。  
 しかし肉棒は未だ力強い脈動を続け、びゅくりびゅくりとラクウェルの口内いっぱいに精液を吐き出し続ける。  
 収まりきらぬ精液が押し出され、口の端からとろり……、と溢れ出した。  
 
「……すまん」  
 衣服を整えたシャノンが、ラクウェルに背を向けたまま呟く。  
「何で謝るの?」  
 口を拭いながらラクウェルが応えた。  
 ……行為の後の、いつものやり取り。  
 そこには何の意味もなかった。  
 今はこう謝ったとて、いつかまた己の欲望が膨れ上がった時は、また自分は姉にそれをぶちまけるのだろう。  
 シャノンは、言い知れぬ憤り…もしくはそれは後ろめたさだったかもしれない…に突き動かされ拳を地面に叩き付けた。  
 そんな彼の肩に、そっとラクウェルの手が重なる。  
「……大丈夫よ」  
 いつものような、朗らかな笑顔。  
 しばしそれを見つめ、やがてシャノンは息を付いて小さく肩を竦めた。  
 ……旅立ちのあの日から、状況は何も変わっていない。  
 相変わらず、彼等は追われる者で、その旅の果ては片鱗すら見せない。  
 しかしそれでも。  
 きっと、彼等姉兄妹は……。  
「ああ、そうだな。……大丈夫か」  
 小さく笑うと、シャノンは弱くなった焚き火に薪を投げ入れる。  
 火の粉と共に揺れた炎は、すぐに明るさを増し始めた。  
 
 ……終……  
 
 

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