「……我が主よ」
シャノンはその声に振り向く。
一瞬前まで誰も存在しなかった背後には、一人の少女が佇んでいた。
彼の相棒にして剣。
オールラウンド・フリーフォーミング・インターセプト。通称アーフィシリーズの最後の一体ゼフィリス。
一般には<竜機神>の名が知れ渡っているが。
それはともかく、彼女の様子は普段と違っていた。
何処か達観したような眼差しと冷たい容貌は影を潜め、僅かに頬を染めている。
本来ならば制御出来るその外見を素のまま晒す、というのは彼女なりの礼儀であろうが。
「……何だ、ゼフィ?」
シャノンは相変わらず怠惰な口調で、すっかり馴染んだ愛称を口にした。
しかしゼフィリスはびくり、と身体を震わせ、躊躇を見せる。
「……?」
およそ、シャノンが知る内で彼女がこの様な反応をした事は一度もない。
彼が首を傾げていると、やがてゼフィリスは蚊の鳴く様な声で呟いた。
「その……私を……」
「何?」
シャノンが聞き返すと、ゼフィリスは一瞬の躊躇の後、
「私を……い、異性としてはどう思う……?」
「…………」
――硬直する。
シャノンはとりあえず空を見た。青い空。見事な蒼穹だ。
いっそこのまま何処かに飛び立ってしまいたい――
「シャノン」
そんな彼の現実逃避は、ゼフィリスの、今度ははっきりとした言葉で阻止された。
シャノンはゼフィリスを見る。
ゼフィリスは耳まで赤くしながらも、真摯な瞳をこちらに向けている。
誤魔化す事は出来ないと――その瞳に、悟る。
シャノンは覚悟を決めた。
世界を――この世界の神を敵に回してまで、『世界と妹の両方を守る』と決意した男である。
今更、こんな事で尻込みしてどうする。
決意と共に、告げる。
「ゼフィ」
「……はい」
シャノンは生唾を飲み込む。
今まで生きてきた中で、この種の恐怖を味わった事はない。
確かに、告白された事はある。それも一度や二度ではない。
だが、それらはあくまで他人だ。
ゼフィリスは、言ってしまえばシャノンの心の奥底まで知っている。
そしてシャノンもまた、ゼフィリスに全幅の信頼を寄せている。
そういった相手とこういった話をするのは、恐ろしくある種の勇気がいる。
しかし、ここで話を逸らすのはゼフィリスを傷付ける事に直結する。
シャノンは覚悟を決め、息を吸い込み――
「あ、シャノンさん。溜まってる仕事は片付きましたか?」
――などと、場の空気を挫く声をかけてきたのはクリスである。
ご丁寧に、シャノンが気付かない程に気配を消していたらしい。まあ、シャノンがゼフィリスの事しか見ていなかったという事もあるが。
すっかり意気を挫かれたシャノンはげっそりとした顔で、
「……いや」
「早く片付けないと、また死ぬ程仕事が溜まりますよ。それじゃあ」
己がこの二人の一世一代を賭けた問答を阻害した事にも気付かず、元特務戦技兵は去っていった。
「…………」
「…………」
沈黙が流れる。
お互いに気まずそうに視線を逸らし、
「……ゼフィ。その答えは今度でいいか?」
「あ、ああ。私も場所を考えずに、済まなかった」
それだけ告げて、羞恥の為かゼフィリスは姿を消す。
「……ふう」
シャノンは嘆息と共に、書類という名の強敵がいるであろう自室に向かった。