「ちょうど良いところに来てくれた」  
幸村さまの部屋へ行くと、そんなコトを言われた。  
「何ですかぁ?」  
あたしは首を傾げてみせる。ホントは、知ってて来たんだけど。  
「先ほど、秀頼さまから此度の戦の褒賞を頂いたのだ」  
手元にあった包みを、あたしの方に差し出す。「これは、そなたの分だ」  
「あたしは、幸村さまの影。お役に立てさえすれば、褒賞など…  
 なーんて言うガラじゃないからね。お仕事したんだから当然、いっただっきまーす」  
「ああ」幸村さまが、ほっとしたみたいに笑う。  
 
大阪夏の陣。ハッキリ言って、はじめっから負け戦だった。徳川の軍はやたら強いし、  
秀頼さまは気が弱いし、豊臣の家臣もみんな腰が引けてたし。  
『私が、家康の首を取る!』なーんて幸村さまは鼻息荒くしてたけど、実際には大苦戦。  
伊達さんちの政宗クンまで乱入してきちゃって、豊臣家の命運も尽きたかと思われたその時!  
このあたし、可愛くて機転が効いて強ーいくのいちの活躍で、  
奇跡のイッパツ大逆転勝利をもぎとったというワケ。  
 
あたしの主、幸村さまは、いまや御家を救った功臣中の功臣、重臣中の重臣。  
こないだまで戦場で砂埃かぶりながら雑兵に号令かけてたのに、さっきはもう  
お城の広間で、一段高い畳に座って、他のエライ人たち相手に鷹揚に頷いたりして。  
いやー、世の中ってわかんないねぇ。  
 
「どうした、黙り込んで。……それでは不足か?」  
心配そうに、幸村さまがこっちを見ている。  
これだけ貰って不満言うヤツがいたら、ちょっと忍びは務まらないよね。  
戦のゴタゴタで、豊臣家もいろいろ苦しいはずなのに、奮発したなーってカンジ。  
まあ幸村さまとあたしがいなきゃ、苦しいどころじゃすまなかったんだけど。  
 
「んー、ちょ〜っと足りないかな?」  
そう答えると、幸村さまはとっても困った顔になった。  
「そうか……すまぬ。だが、戦に勝利したとはいえ、まだ御家中も混乱している。  
 不足と申すなら、私から別に褒美を出そう」  
まっすぐあたしの顔を見て、申し訳なさそうに言う。  
当然、足りないなんてウソ。その顔が見たかっただけ。  
結構長いつきあいなのに、幸村さまってばあたしの言うことをいちいち真面目に  
受け取っちゃうんだよね。  
どんなにエラくなっても、きっとこのヒトは変わらないんだろうなぁ。  
 
「にゃはん、言ってみるもんだねぇ。ご褒美ご褒美」  
あたしはいかにもはしゃいだ素振りで、幸村さまに抱きついた。  
「お、おい……」  
「幸村さまのお金までむしり取るほど、がめつくないって」日に焼けた首筋を、  
ちろりと舐めてみる。「カラダで払ってもらおっかなー、なんて」  
「そんなことで良いのか、と言うのもおかしな話だが」  
幸村さまの声に、苦笑が混じる。  
「……本当に、それが望みなのか?」  
だからー、褒賞が足りないなんて、タダの口実。気付くの、遅すぎ。  
こっくりと頷いて、あたしは幸村さまの耳元に囁いた。  
「でも、ね。これはご褒美なんだから。今夜一晩、優しくしてね」  
 
ホントのところ、あたしはもう幸村さまとは何度もした。  
遠征続きだと、お互いタマってきちゃうし。  
あたしは忍びだから、主の幸村さまとふたりっきりになることも多い。  
いい男と可愛い女の子が四六時中一緒にいて、何にも起こらないワケないって。  
いつも迫るのはあたしのほうだけど。にゃはっ。  
まあちょっとした役得、ってトコかな。  
欲望を満たすためだけのカラダの交わりってのも、結構燃えちゃう。  
でも、今夜はご褒美だから。優しくしてもらっても、いいよね。  
 
「わかった」  
幸村さまは静かに言って、あたしの体を軽々と抱きかかえた。  
「お?何かお姫様気分。幸村さま力持ち〜ぃ」  
「そなた程度の体格の者を持ち上げられずに、武士を名乗るわけにはいかないだろう」  
「だよねー、何たって『真田日本一の兵』だもんね。よっ、日本一!」  
「もうよせ」照れたように笑いながら、幸村さまは奥の部屋へ入っていった。  
敷かれている布団の上に、あたしをそっと横たえる。  
「それもみな、そなたのおかげだがな」  
「うんうん、わかってるねぇ」  
幸村さまが、大きな掌であたしの頬や、髪を撫でてくれる。  
「豊臣の御家が在るのも、私がこうして生きていられるのも、全て。  
 ……そなたのおかげだ。本当によく戦ってくれた。今まで、本当によく尽くしてくれた」  
「も、もう、やだなー、幸村さま、褒めすぎ」今度はあたしが照れちゃうよ。  
「それよっかさ、その鎧外してよ。気分が盛り上がってから脱ぐの、もたもたしてイヤだし」  
「そうか……わかった」  
窓から差し込む月明かりが、具足を外す幸村さまの姿を照らす。  
それをちらちら眺めながら、あたしは布団の上で手を滑らせてみた。  
うん、すべすべ。ふわふわ。これは上物だね。豊臣家の重臣にふさわしい高級品。  
ずっと板の間だの草むらだの、ワケわかんないとこで寝てたもんね。  
これが平和な生活ってもんだわ。  
 
「これで良いか?」  
幸村さまは肌小袖一枚の姿で、あたしの隣に横たわった。  
「あ、だいぶわかってきたね?んじゃ、あとはあたしのお楽しみ」  
これがまた、おいしいんだよね。のしかかるようにして薄い布地を剥ぎ取っていくと、  
下から現れるのは鍛え抜かれた男の肉体!  
ガチガチに鎧を着込んでた後だから、余計にイケナイことをしてるみたいで、ぞくぞくしちゃう。  
「これも取っちゃお〜っと。えへへ、これで丸裸だね。  
 豊臣の功臣・幸村さまも、これでタダの一匹の牡。なぁんて」  
さて、どんな反応してくれるのかと思ったら。  
「では、そなたも同じにしてやろう」  
あっさりと体勢を逆にすると、幸村さまはあたしを押さえつけて衣を脱がせ始めた。  
「あん」  
もともと着ている物の少ないあたしは、簡単に素っ裸に剥かれてしまった。  
蜜柑の皮だってもうちょっと抵抗するよねぇ。ま、どうせ脱ぐんだからいいけど。  
「これであたしも、一匹の牝……ってとこかにゃ?」  
でもあたしの場合、ふだんとどう違うんだろね?  
 
そんなこと考えてたら、幸村さまが唇を重ねてきた。  
軽く触れさせたままで、お互いにそっと左右にすり合わせる。  
唇って独特の弾力があって、何だかムズムズするカンジに気持ちいい。  
少し口を開くと、すかさず舌が滑り込んできた。あたしは大歓迎で絡め取る。  
自分で口の中舐めても何ともないのに、他人の舌だと甘いなんて、不思議。  
「んっ……」  
抱きしめあって、舌を絡み合わせて。  
喉を鳴らして相手の唾を呑み込みながら、クチュクチュいやらしい音をさせて。  
幸村さまがどんなカオしてるのか見たいけど、いくら忍びのあたしでもそれは無理。  
 
もうあたしの胸の先っちょ、固くなって幸村さまの胸にこすれてる。  
あたしの脚にも、なんだか熱いモノが当たってるよ?  
ふたりとも、若いよねぇ。  
 
「んふ、おいし……」  
唇が離れて、あたしはぺろりと舌なめずりをした。  
幸村さまは妙に真剣な目でそれを眺めている。もしかして、ずっとこのカオで  
接吻してたのかなあ?  
 
もう一度、今度はちょっとだけ、口を吸われた。それから、耳元にふっと  
熱い息を吹きかけられる。  
「あん……」  
「心地良いのか?」  
そう訊ねられる拍子にまた息がかかって、あたしはびくっと震えてしまう。  
「訊くだけ、野暮。ってヤツかな」  
あたしもお返しに、幸村さまの耳に甘ーい息をかけてあげた。  
 
お仕置きするみたいに、幸村さまがあたしの耳たぶを噛む。  
そのまま耳の形を舌でなぞられる。待って、ちょっと待って。  
「やっ…ん……」  
声出ちゃうの早いよ、あたし。  
忍びなのに。そっちの訓練も一応してるのに。  
幸村さまはお構いなしに、あたしの首筋に口づけを移動させた。  
優しくして、って約束を守るみたいに、丁寧にまんべんなく唇を押しあてる。  
律儀なヒト。  
触れられたところが、じわりと痺れる。カラダの奥が、きゅっと熱くなる。  
「幸村、さま……っ」  
ちょっと強く吸われただけで、あたしは声をつめる。  
 
幸村さまの唇が、胸の方へ降りていく。  
あたし、初めてみたいにドキドキしてる。恥ずかしい。胸のてっぺん、  
痛いくらい立ってる。早く、触って。どうなっちゃうのか怖いけど、触ってほしい。  
 
なのに、幸村さまってば。その直前で方向転換するなんて。  
「やぁん……!」  
脇腹に口づけられて、あたしは快感半分、抗議半分の声を上げた。  
そしたら今度はあたしの腕を持ち上げて、腋の下を舐めたりする。  
「…だめ……っ、はずかし…い……」  
「何故だ?」  
いつもお手入れはしてるけど。今夜は特に、体中念入りに洗ってきたけどさ。  
「だ…って、そこ、汗くさい……んっ」  
「そんなことはない、良い香りだ」  
意地悪してるんだか、真面目に言ってるんだかわかんない。  
 
「ねぇ……」自分でも情けなくなるようなセツない声を出すと、  
やっと幸村さまはあたしの山頂に向かって進み始めた。  
今度こそ、今度こそ。  
「!ひぅ……っ!」  
めいっぱい期待していた場所をちゅっと吸われて、  
それだけで頭の中が白く飛んでしまう。  
 
幸村さまは、じっくりと乳首を可愛がってくれた。  
唇で挟んだり、軽く歯を立てたり、舌でつついたり。  
反対側も、指でちょっと構ったりする。  
何かされるたびに、あたしの全身を桃色の稲妻が通り抜ける。  
「はぁっ……!っ…幸村さまぁ…」  
きっとあたし、みっともなくとろけたカオしてる。  
「…っく……!あっ、あぁん…気持ち、いい……!」  
そうしてあたしに一通りいろんな声を上げさせてから、  
幸村さまは体をずらして、お腹の方に唇を這わせた。  
 
幸村さまの顔がだんだんそこに近づいて、あたしの呼吸がどんどん荒くなる。  
両膝を掴まれて、脚を大きく広げられる。  
「あ…やぁん……あんまり見ないで……」  
あたしの喉から漏れるのは、戦場では絶対出さない、か細い声。  
 
どうしよう、布団まで濡れてる。こんなの、ねえ、ちょっとどうしよう。  
満月の光で、幸村さまにも思いっきり見えちゃってるよね。  
なんであたし、自分の顔なんか隠してるんだろ。  
 
幸村さまは……あたしの膝の内側に口づけをした。  
「やだ…!そんな、また……っ!」  
また焦らすんだ。優しくしてくれるはずなのに、あたしこんなに溶けてるのに。  
腿の内側を、ゆっくりと、ゆっくりと幸村さまの舌が進んでいく。  
肌の表面で生まれた快感は、あたしの芯まで届かない。  
「……お…おねがい、もう…」  
カラダの中心が、火にあぶられてるみたいに熱い。  
来て。もう、それしか考えられない。  
「あ、は……!」  
やっと幸村さまの息がかかるところまで来て、あたしは思わず喘いでる。  
 
「だめ…だめ、もうイヤぁ!」  
限界だった。  
幸村さまが、そのまま反対側の脚を降り始めるもんだから、とうとう泣き声でおねだりする。  
「ひどいよ…幸村さま、お願い……意地悪しないで……!」  
「あ、ああ、すまない」  
こんなときだというのに真面目な声で謝ったかと思うと、幸村さまはいきなり  
あたしのそこに顔を埋めた。  
 
「んぁっ!」  
たっぷりたまっていた蜜を啜られて、あたしは背中をのけ反らせる。  
尖ったところを舌で苛められると、体の中で何度も何度も小さな爆発が起こる。  
「あ、ふぁ、いいっ……だめぇ、そんな…の……あぁっ!!」  
あとはもう、何が何だかわかんない。  
幸村さまの舌と唇が動くたびに、あたしの口からは壊れた叫びが上がるだけ。  
「来て、来て……!幸村さま来てぇ!」  
 
幸村さまはいったん体を起こして、あたしと顔を見合わせる形になった。  
振り乱した髪が、汗に濡れた顔中にへばりついているのを、そっと除けてくれる。  
「……行くぞ」  
そう囁かれて、あたしはまるで初めての女の子みたいにこっくりと頷く。  
 
「…んん…っ……」  
入り口に堅いモノが触れただけで、鼻にかかった声が出る。  
あぁ、入ってくる。幸村さまが、あたしの中に入ってくる。  
どこか重っ苦しいような快感が、あたしを貫く。  
「あ……幸村…さま…」  
お腹の中まであったかくて、うっとりと目を閉じた。  
幸村さまは、あたしの瞼にちょっと口づけてから、ゆっくり動き始める。  
 
「…あぅ……ん……っあ…あぁ……!」  
気持ち、いい。満たされて、擦られて、どうしようもなく気持ちいい。  
潤いなら充分足りてるはずなのに、後から後から溢れてくる。  
牝の部分が、幸村さまの牡を意地きたないほど喰い締めてる。  
 
「いい……すごいの…っ…!あん、あっ、いい…!」  
あたしの内側が、幸村さまで一杯になってる。  
あたしの外側は、幸村さまに包み込まれてる。  
幸村さまの荒い呼吸と、声にならない呻きは、あたしにだけ聞こえてる。  
嬉しい。  
「もっと感じて。もっと、あたしで気持ちよくなって……!」  
 
返事のかわりに、動きが大きくなった。  
逞しいものが、奥まで届いてる。  
「…あぁ、あっ……!いい…幸村さま、幸村さま…ぁっ!」  
もっともっと、もっと欲しい。  
この熱さ、この快感、この時間。  
満たされて、擦られて、突かれて、掻き混ぜられて。  
「んく……っ、あ、あ、もう、ねえ、もう、あはぁぁっ!」  
イキたい、けどまだイキたくない、けど。  
「幸村、さま……おねがい、あたし、あたし、もう……!」  
言葉に、ならない。  
「……もう……んぁぁあっ!!」  
 
幸村さまの、腕の中で。  
あたしのカラダは、熱のかたまりになって、弾けた。  
 
 
幸村さまの胸に顔を埋めたまんまで、息が静まるまでぐったりしてる。  
はー、堪能した〜ってカンジ。  
背中なんか撫でてもらったりして、極楽極楽。  
ぼうっと横になってたら、幸村さまが手拭いを出してきて、  
あたしの体を拭いてくれた。雇い主に、ここまでさせちゃっていいのかなあたし。  
まっ、今夜はご褒美だし、いっか。  
 
「褒美は、足りたか?」  
優しく笑いながらそう聞かれて、あたしは即答する。  
「もーぉ、充分充分。足りないなんて言ったら、バチが当たっちゃう」  
「そうか、ならば良かった」  
それから、幸村さまは急に真顔になった。  
「頼みがあるのだが、聞いてくれるか?」  
まさかここから、いきなりお仕事じゃないよね?  
見当もつかないけど、聞かなきゃわかんないからとりあえず頷いてみた。  
 
「これからも、私の側にいてほしい」  
あたしの目をみつめて、幸村さまは真剣な表情で言う。  
「もー、幸村さまってば。そんな顔でそんなこと言ったら、女のコは勘違いしちゃうよ?」  
「いや、私は……」  
「わーかってるって、冗談冗談。こんなに条件のイイお仕事先は  
 そうそうないもんね。ずーっとお仕えさせて頂きますわん」  
 
幸村さま。なんで、黙っちゃうの?  
この間(ま)は、なに?あ、苦笑した。  
「ああ、そうだな。……よろしく、頼む」  
幸村さまは、あたしの体をふかふかの布団で包み込んだ。  
いつもやることやったらさっさと帰っちゃってたから、誰かと一緒に眠るなんてすごーく久しぶり。  
「今夜一晩」の約束だもんね。お泊まり、お泊まり。  
 
「あーあ」  
お城の屋根の上で、あたしはため息をつく。  
「あたしもヤキが回ったかなー。『優しくしてね』だってさ」  
誰も聞いてない、ひとりごと。  
お堀の水に映った自分相手に喋ってるみたい。うわ、気持ち悪っ。  
 
あたしが部屋を出ても、幸村さまは気付かずに眠っていた。  
『それでも武士かぁっ!』とツッコみたいところだったけど、  
疲れてるんだろうし。だいいちあたしは、こっそり抜け出すのが本職だもんね。  
やっぱりね、ああいう柔らかーいお布団でのんびりするのは、性に合わないよ。  
屋根に登って夜風に吹かれてる方が、それっぽい。  
 
さっきは勢いで『ずーっとお仕えします』なぁんて言っちゃったけど、  
どうしよっかなぁ。戦は終わっちゃったからね。  
んーでも、幸村さまもエラくなったらなったで、  
なんだっけ、権謀術数?とか政略とかに巻き込まれるんだろうし、  
忍びのお仕事には事欠かないって気もする。  
それにほら、お仕事賃も上がるかも知れないし?  
何せ豊臣家の勲臣だからさ、お金持ち。  
 
ホントにエラくなっちゃったよねぇ、幸村さま。本人は全然変わってないけど。  
今まで若造呼ばわりで見下してたヒト達が、ペコペコ頭を下げに来て。  
きっとアレだよね、そのうち『是非とも真田さまと御縁続きに』なーんつって  
縁談持って来られてさ。  
人間どころか、虫も殺したことないような、キレイなキレイなお姫様が  
嫁いできて、さ……。  
 
「バッカみたい」  
そんなの当たり前じゃん。あたしはお堀に向かって吐き捨てる。  
何セツないカオしてんの?何か期待してたワケ?  
いつまでも幸村さまがあたしの相手だけしてくれるって、思ってた?  
バッッッカじゃないの?ただの、くのいちのくせに。  
 
水の上にひらりと一枚、紅葉が舞い落ちた。  
ほんの小さな波で、ちっぽけなあたしの姿は水面から消されてしまう。  
そうだよね。  
それだけのハナシなんだよね。  
 
「そこまでだ!」  
背後から、締まりのない怒鳴り声が聞こえる。  
へっぴり腰で刀を構えた男が三人、屋根の上に立っていた。秀頼さまんとこの下っぱかな?  
こんなに近づかれるまで気付かないなんて、こりゃいよいよヤキが回ったなぁ。  
 
えっとぉ、あたしぃ、お城に忍び込もうとしてるんじゃなくて、  
一応まだこのお城のヒトなんですけどー。  
説明するの面倒だし、逃げちゃおっかな。  
 
斬りかかってくるところを、飛び上がって軽々とかわす。  
そのまま、さっき着たばっかりの服を脱ぎ捨てる。  
顔の上に生あったかい布地を落とされて、三人は呆然とあたしを見上げてる。  
あ、楽しい!このカンジこのカンジ!  
「じゃあねぇ」片目をつむって、手を振ってあげる。  
 
さっさと逃げちゃえばいいんだけど、せっかくだからあたしはワザと  
ヤツらの間を駆け抜けた。  
一人目の刀をひらりと避ける。無様に体勢を崩す男と、華麗に舞うあたし。  
うん、こうやってるときが、一番ワクワクする。  
二人目の頭をひょいと飛び越す。  
アレかなぁ、やっぱりどっか田舎の方に行こうかな。  
まだ領地争いでごちゃごちゃ戦やってそうなところにさ。  
 
三人目の頭を踏み台にして、満月の夜空へ身を躍らせる。  
誰も追ってこられない。  
素肌に触れるのは、月の光と夜の風だけ。まさに、自由!ってカンジ。  
 
天下がどうなろうと。  
どんなにエラくなろうと。  
この感覚には、換えられないねぇ。  
 
そのまんま、頭からお堀へ飛び込んだ。  
追っ手の目に、ただ美しい水しぶきだけを残して…なぁんて。  
ここだと、もうあいつらからは見えてないし。  
 
水面から顔だけ出して、満月に照らされたお城を眺める。  
「じゃあね、幸村さま」  
お城の中でぐっすり眠ってる筈のヒトに向かって、呟いてみる。  
ずっとお仕えするって言っちゃったけど、ゴメンね。やっぱり、あたし行くね。  
政治でゴタゴタしてるところより、戦でゴタゴタしてるところで暴れた方が、  
あたしには向いてる気がする。  
 
あんまり長く一緒にいると、ほら、お互い勘違いしちゃいそうだからさ。  
 
素肌に触れるのは、澄んだ水だけ。  
あたしの奥までくれた熱は、この冷たい水に置いていくから。  
のぼせ上がった頭も、ちゃんと冷ましていくから。  
 
何だか、目の周りまで熱くなってきて。  
あたしはもう一度、頭から水に潜った。  
 
(終)  
 

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