「私が――――私だからだろう」
ふと厳しくなった眉間をほどいて、ァ千代は稲姫に自分の手を差し出した。
普段は手袋と手甲に覆われ、日に焼けることのない掌は抜けるように白い。けれど剣を振るう内にささくれ、
厚くなった指の付け根までは守れない。小袖から覗く引き締まった手首や腕とともに、その手は彼女がまぎれも
なく武人であることを示していた。
「私は物心ついた時から、立花の当主として生きてきた。婿を迎えても、私こそが父上の誇りを継ぐ者だと思っ
てきた。……だが、稲殿」
ふっ、とァ千代の唇がほころんだ。戦場でお互い見交わした頃には考えもつかない柔らかい表情は、稲姫の目
に痛ましく思った。その笑みが表すのは安息や満足ではないと、諦めを湛えた瞳の色が語っていた。
「子を孕み、育てるのは、「女」なのだな」
ささくれていても、柄の跡が刻み込まれるほど剣を握っていようとも、ァ千代の手はどこかたおやかで美しい
女子の手だった。たくましい男の掌ならば、いとも簡単に握りこまれて折られてしまいそうなそれ。
そんな仕打ちを受けたのだろうか。
稲姫の知る男の手は、どれも大きかった。父の手も、夫の手も、あの魔物の手も。だが、自分に向けられる時
その手はどれも穏やかで優しかった。少なくとも、蔑みや嫌悪をぶつけるために触れられることはなかった。そ
れがどれだけ幸福なことなのか、彼女はこの瞬間にようやく気付いたのだった。
「立花様………」
言葉がつかえて出てこず、稲姫はその代わりとでも言うように、両の手でそっとァ千代の手を包みこんだ。彼
女の夫に対する怒り、彼女自身に対する労わりと、不遜ながら同情心、そして深い思慕が稲姫の中で渦巻き、煮
詰まって形のない衝動を形作る。
気がつけば、彼女は白いつつじのような手の甲に口づけていた。
「い、稲殿……?」
ふっくらとした唇の温かさにァ千代は身を強張らせたが、神聖なものに触れるような稲姫の真摯さに手を引く
ことはできなかった。落ちかかる黒髪の間から見える、苦しげに伏せられた瞳に、彼女も言葉を失う。
「立花様は―――立花ァ千代様は、誰よりも誇り高き武士(もののふ)です。どうか、そんな顔をなさらないで
……。私は、私はずっとあなたのようでありたかったのに……」
こんなにも気高く麗しい花を、どうして愛でることができないのか。父と並び称される剛勇であろうが、稲姫
は未だ見ぬ男の心の狭量さを憎んだ。もし自分が夫であれば、武人としてのァ千代を切り捨てるような非道な行
い、思いつきもしないだろうに。
「い、などの―――――――」
ァ千代のもう一方の手が、ためらいがちに稲姫のそれに重ねられた。応えるように、彼女は甲から指、爪へと、
捧げ持った手に唇を落としてゆく。
「花は咲いてこそ。立花様が咲く場所は、戦場(いくさば)ではないのですか」
藤色の瞳に射るように見つめられ、ァ千代はぞくりと背筋を駆け上がる何かを感じた。
「許せません!」
突然激昂した稲姫の剣幕に、ァ千代の手の中の茶が波打った。鳩が豆鉄砲を食らったような間の抜けた顔は、
某九州の鬼が見たら豪快に笑い転げそうな代物であったが、稲姫はそんな彼女に構わず怒りを露にしていた。
そんなにこの娘の逆鱗に触れるようなことを言ってしまっただろうか。首を傾げつつ、ァ千代はついさっき
まで交わしていたよもやま話の内容を振り返った。
特に用があるわけでもないが、沼田の近くまで赴くので久々に話をしないか、という大意の文が届いたのは、
一月前のことだった。
お互いに嫁いで(ァ千代は婿をとったのだが)からというもの、便りすら遠くなってしまったかの人の誘い
に否もなく、稲姫は彼女の訪れを心待ちにしていた。鎧をまとわぬ姿を見た時は、お互いに戦場から遠のいた
ことを実感して多少寂しくはなったものの、未だに駕籠(かご)ではなく馬でやってくるところは変わらない。
他愛もない話に花が咲き、高かった陽が傾きかけるほどの時間を差し向かって過ごしていた二人は、いつし
かお互いの伴侶について語り合っていた。稲姫が膝立ちにまでなって怒り出したのは、その折だったのだが。
「な、何が許せぬのだ」
あまりの勢いにやや後ろに背を反らせながら、ァ千代は尋ねた。
「立花様をそんな目に遭わせるなど、いくら宗茂様が立派な方だとしても稲は許しません!」
そんな目とは。直前に自分が言ったことを反芻し、彼女は生娘のような稲姫の態度に驚いた。
「いや、その、房事というのはやはり…我々が辛いものだろう?」
女という言葉を使うにはまだ抵抗があるらしく、我々と表現したァ千代は不思議そうな表情を浮かべている。
真剣に稲姫が何に憤っているのか分からない顔だ。ァ千代としては、伴侶を得たからには子を作らなければな
らないが、作るにしても産むにしても痛いのは女子だと、戯れ混じりの愚痴を吐いただけなのである。
稲姫以上に色恋に無頓着だった彼女は、当然婿の宗茂が初めて受け入れる男だったのだが、これがもう痛か
った。体の奥からみしみしと音がするのではないかと思うほど怒張した雄を押し込まれ、しかもそれが延々出
入りを繰り返すのだ。破瓜の痛みは乳母や侍女から聞き及んでいたが、これほどとは思わなかったと、初夜の
後の褥でァ千代は思ったものである。まるで一戦終えたような気分だった。別に乱暴な振る舞いを受けた覚え
はなかったから、夜の営みとはこういうものなのだろうと彼女は思っている。
「稲殿とて、初めは痛かったのではないか?」
とりあえず腰を落ち着けるように促し、ァ千代は思い出させるように稲姫に問いかけた。心持ち俯き、考え
こむ仕草を見せた後、彼女は曖昧に頷いた。
「ええ……でも、やっぱり立花様が痛い思いをされるのは、嫌です……」
聞き分けない子供のように渋る稲姫に、ァ千代は苦笑した。真田の奥に入って久しいというのに、いつまで
経っても娘らしさが抜け切らない彼女が可愛くもあり、心配でもあった。
「変わらぬな、稲殿は。嫁いでも清い乙女のようだ」
言われて稲姫は一瞬苦しそうに眉を寄せたが、庭に目を向けていたァ千代は彼女の様子に気付くことはなか
った。
男女の交わりとは、痛みを伴うものなのか。
灯りを手に、とっぷりと闇に包まれた廊下を歩きながら、稲姫はまだ昼間に受けた衝撃を拭えないでいた。
彼女が情事で痛みを感じたのは、風魔小太郎に処女を散らされたあの瞬間だけだった。それすらも舌を弄ばれ
腰を打ちつけられると、すぐに狂おしい快楽へと昇華した。今もそれは変わらず、それどころか時折独りの閨
(ねや)に現れては稲姫を一晩中食らいつくす魔物は、あの頃より強い悦楽を彼女に齎している。
あれに比べるのもあんまりな気がするが、夫と共にする夜も痛みを感じたことはない。おそらく小太郎によ
って男に従順な躯に仕立てられたのと、夫の気遣いが厚いおかげではないかと思う。斯様に褥の待遇には恵ま
れていた稲姫であるから、情交は痛くて当然と思っている女性がいるなどとは考えもつかなかったのだ。しか
も、それが嫁ぐ前から憧れ慕っていた立花ァ千代だったのは、二重の衝撃だった。
――――――立花様は、あの頭が真っ白になるような感覚をご存じない……。
手燭を持つ手にぎゅっと力が籠り、躯の奥が甘く疼いた。
毒々しい色をしたあの手を思い出すだけで、稲姫の雌は目覚めだす。ちょうど今、夫は義弟に会うため城を
空けていた。来るならばそろそろ、と星明かりだけが頼りなく照らす夜の空を見上げ、彼女はそれが今夜でな
いことを願った。大切な客人が泊まっていること以上に後ろめたい理由が、稲姫にはある。
彼女は今、その客人の部屋に忍んでゆく所だった。
共に夕餉をとった時には、まだァ千代を不憫に思うだけで済んでいた。しかし、自分の部屋に下がった後、
ふと彼女が愉悦を感じている姿を想像してしまったところから、雲行きは怪しくなった。小太郎に刻まれた
自分の快楽の記憶と、想像――いや妄想の中のァ千代が混ざり溶け合って、稲姫の内に奇妙な高揚が生まれ
てしまった。
――――――立花様ならどう感じるだろう、あの時のようにされたら……。
高潔で気高い彼女も、自分と同じように髪を振り乱してなすがままに乱れるのだろうか。どんな声で、どん
な顔で、どんな仕草で……。慕っているァ千代を穢す様な考えに恥じ入りながらも、稲姫は隠しようもなく昂
ぶっていった。そして、その姿を見たいと熱望する気持ちを止めることができず、寝室を抜け出してしまった
のだ。
ァ千代の部屋の五間前まで来たところで、彼女は灯りを消した。寝衣の立てる衣擦れの音すら響いて感じら
れ、早鐘を打つ胸をなだめつつ、稲姫はようやく辿りついた襖の前に佇(たたず)んだのだった。
できるだけ細く開けたその間から身を滑りこませると、稲姫は眠るァ千代の側に膝をついた。用心深い性格
なのか、灯したままの灯り皿のおかげで、静かに寝息を立てる彼女の顔ははっきり見ることができる。
殺気がない気配は感じとることができないのだろう、栗色の長い睫毛(まつげ)に縁取られた瞼は、稲姫が
近くにいても閉じられたままだ。
息をつめ、彼女は慎重に上掛けをめくり上げた。下衣も兼ねた白練(しろねり)の寝衣は薄く、肉感的な胸
の線をそのまま表している。束の間ためらい、宙にさまよった手が、やがて意を決したようにその膨らみを包
んだ。
ゆっくりと形に沿って上下に撫で、手触りを確かめるように触っていると、稲姫は布越しにかすかな引っ掛
かりができてきたのを感じた。もしかして、と思い、様子を窺うが、ァ千代が目を覚ました様子はない。
――――――ここは、眠っていても硬くなるものなのね。
手のひらをどけ、指先で膨らみの頂点をなぞる。ぷつんと指の腹を押し返す弾力が、さっきまでなかった影
をそこに作っていた。その尖りをそっと挟み、摘みあげる。
「…………んっ」
聞こえるか聞こえないかというほど小さな声だったが、稲姫は跳ね上がって思わず手を引いた。どくどくと
心臓の脈打つ音が耳元で聞こえる。緊張に硬直している彼女の前で、ァ千代は身じろいで胸元をさすった。力
なく敷布の上に落ちた手で、彼女はまだ夢の中だと分かって、稲姫はほっとした。再び胸に目を戻すと、ァ千
代自身によって乱れた袷(あわせ)から、抜けるように白い肌がのぞいていた。おそるおそる手を差し入れ、
今度は直接乳房に触れる。稲姫も大きさには恵まれた方であるが、ァ千代はともすれば彼女より豊かかもしれ
なかった。
柔らかに弾む中、そこだけ硬く実った先を、先ほどと同じように摘んで、今度は軽く捏ねてみる。片手も同
じように忍ばせて弄ると、袷が大きく開いて乳房が見えるようになった。その淫らさに、稲姫は浮かされてい
た。無防備に眠るァ千代の膨らみが彼女の手によってやわやわと形を変え、乳首は硬さを増してゆく。次第
に時々無意識に発せられる声にも怯えないようになり、むしろ煽られるように稲姫は顔を近づけていった。
「ふ………んん………ぁ」
色づいた乳房の先を控え目に舌で弾かれ、ァ千代は緩く首を反らした。そのまま口に含まれ、繰り返し舐
(ねぶ)られて、彼女はうっすらと眉間に皺を寄せる。続いてその下の瞼が震えたが、愛撫に没頭している
稲姫はそれに気付かなかった。
「ん…ぅ………い……な…どの………? ――――っ何を!?」
とうとうァ千代が目を覚まし跳ね起きようとしたが、稲姫はすでに彼女の上に乗りあがっていて叶わなかっ
た。ならばと押しのけようとするものの、咥えられた乳首を甘噛みされてぎくっ、と躯が強張る。もはや稲姫
は覚醒したァ千代にも動じないほど行為に陶酔していた。
「い、稲殿っ、寝ぼけてでも、ぁっ」
皮膚の弱い部分に他人の歯が当たっているという恐れが出て、ためらっているとようやく稲姫が顔を上げた。
「寝ぼけてこんなことをすると思うなんて……。立花様こそ、清い乙女のよう……」
昼間自分が言ったことをそのまま返され、そのことを思い出す前にァ千代は唇を塞がれた。驚いて薄く開い
てしまったそこから、するりと同じ温かさのものが忍びこんでくる。舌の裏や歯列の際をくすぐられ、こそば
ゆさに逃れようと更に口を開けると、根元まで舌を絡められた。
「ん、はぁっ、う……ん…っ」
思わずァ千代の手が稲姫の肩に掛かったが、やわやわとぬめる粘膜の擦れ合う感触に力が入らない。結局、
彼女は稲姫が唇を離すまでされるがままに口腔を貪られていた。
「……っふ、な、何だっ、今のはっ!」
声を荒げかけたァ千代の唇にそっと人指し指を当て、稲姫は静かにするよう促した。
「口吸いくらい、宗茂様となさったことはおありでしょう?」
そういうことではない、という答えを期待していた彼女は、しかし怪訝な顔をしたァ千代に裏切られた。
「?……何を言っているのだ、口吸いとは唇と唇をつけるだけものだろう」
興奮に浮かされていた稲姫の頭が、驚愕のあまり一瞬冷静になった。
ァ千代は当然未通女(おぼこ)ではない。婿を取ったのもさほど最近のことではないというのに、房事に
関するこの無知さはどうしたことか。全く夜を共にしない仮面夫婦なのか?いや、夜の営みは女が痛いものと
言っていた様子からすると、交わっていないわけではないだろう。ならば――――。
「……もしや、宗茂様は褥で挿入(いれ)て動くことしかなさらない方なのですか?」
きょとんとした様子で、ァ千代は首を傾げた。
「その他に何をすることがあるのだ?」
当然というような口調に、稲姫は目眩がした。前戯もなしに突っこんで精を放つだけなら猿でもできよう。
不憫さが一気にこみ上げ、彼女はぎゅっと臥したままのァ千代を抱きしめた。ぴったりと添うには互いの乳
房が邪魔で、張りのある二対のそれは苦しげに弾み合っていた。
「稲殿、苦し――――」
「そんなもの、夫婦の営みとは言えません」
最後まで言わせず、稲姫は言葉を被せると、がばりと身を起こしてァ千代の手を握った。
「宗茂様はあまりに何もご存知ありません。どうか、今宵は稲に身を委ねてくださいませ。女子にだって、夜
の悦びはあるのです」
さっきまでとはまた違った昂りを感じながら、稲姫は切実に訴えた。
巧みに触れられれば、女とて我を失うほどの快楽を感じることができるのに、それを知らないまま彼女が
夫婦生活を続けていくのは我慢ならなかったのだ。
「待てっ、ま……っ、ぁ」
事態を把握できず、とにかく制止しようとするァ千代の手を床(とこ)に沈め、稲姫は再び白い実の頂に
舌を這わせた。眠っているうちに散々弄られていたせいで、既にそこは色づき、尖りを増している。
小太郎にされた愛撫を思い出して施しながら、彼女はァ千代の反応をうかがっていた。小さな震え一つ見
逃すまいと、神経を集中させる。
「稲殿っ、なぜ、そんなところ……っ」
指先できゅっと絞り上げられ、思わずァ千代が口をつぐんだ。首を起こして何をされているか見ようとし
たものの、垣間見えた光景の淫蕩さに目を反らしてしまう。
ァ千代にとって、乳を吸われるという行為は授乳以外の意味を持たなかった。しかし、熱っぽく潤んだ瞳
に見つめられながら、二つの膨らみやその先を弄ばれると、何故か後ろめたい気持ちがせりあがってくる。
「あ……痛かったですか?」
顔を背けたァ千代を気遣って、稲姫は癒すように摘んだ乳首を舐めた。細かく舌が往き来する度、何か得
体の知れない感覚に肌が粟立つ。
「分からな…っい……ぁあっ、やめ、てくれ……おかし……っ」
初めて感じる快感に戸惑い、ァ千代は力なく首を振る。言葉とは裏腹に、その仕草には拒絶の色は薄かった。
「よかった」
思いがけず耳元で囁かれ、ぞくりと強い痺れが走った。思わず両手で耳をかばうと、稲姫は束の間驚いた
ような顔をしたが、すぐに嬉しそうに微笑んだ。
「恐がらないでくださいませ、立花様」
かぶさった手を優しくどけ、それでいて二度と塞ぐことができないよう指を絡めてから、彼女はァ千代の
耳朶を食んだ。
「ひぁっ……ぃや、ぁ、あっ…んん…っ!」
がくがくと勝手に膝が震え、目も開けていられない。薄い皮膚を舌で辿られ、整った歯列でくすぐられる
度、ァ千代は自分のものとも思えない嬌声を上げて啼いた。痺れはどんどん強くなり、気がつけば握られた
手を無意識に固く握り返しているが、今の彼女はそれにすら気付かない。
「立花様は、耳がお好きなのですね」
濡れた耳に囁きが吹きこまれただけで抑えようもなく背筋が跳ねてしまう。
「っ…しゃべら…な……っふぁ、や、あ…っ」
軽く吐息を注いで、稲姫は余韻に喘ぐァ千代から身を離した。しどけなく息を乱している姿に見とれながら、
彼女はそっとその寝衣の裾を割った。柔らかな腿の内側をなぞり、付け根まで指を上らせていく。
「………! や……っ!」
くちゅ、と細い指先が湿った音を立てた。今度こそ恥ずかしさに跳ね起きたァ千代は、自分の秘所が潤ん
でいることを感じて慌てているようだった。おそらく、濡れたことがないからだろう。
「大丈夫です、おかしなことではありません。好いと感じれば、女子はここが濡れるものなのですよ」
ここと言った場所を確かめるように、稲姫は亀裂の表を撫でる。まだ裾に隠れてそのものは見えないが、
表面まで溢れるほど感応してくれていたァ千代に嬉しくなり、彼女はそこへも悪戯を始めた。
「ひ……っやめ、さわ、るな…あ、あっ、あぁっ」
人差し指の先で小さく円を描くようにさねを捏ねてやると、ァ千代は耳を嬲った時よりもっと顕著な反応
を返した。後ろにずり下がろうと立てた脚は相変わらず震え、結果的には稲姫の眼前に蜜を湛えた秘所を晒
してしまう格好になる。力で押さえつけられているわけでもなく、脅されているわけでもないのに、何故こ
こまでいいようにされているのか、ァ千代には分からなかった。
恥ずかしさに逃げ出してしまいたいのは最初から変わらない。だが、逃れたい理由はそれ以外に見つから
なかった。
(……嫌……では、ないというのか……?)
おぼろな思考の中で、彼女は気付いた。眠っていた筈が、気がついたら躯をまさぐられ、唇を吸われ、夫
にしか見せたことのない秘め所まで弄られて、未知の感覚に翻弄されているのに、それが嫌ではない。
相手の稲姫が女子で、気心の知れた仲だからだろうか。それとも、この勝手に甘ったるい声を零させる
何かが、そう思わせるのだろうか。
「今は痛くはありませんか?」
くぱ、と割れ目を左右に拡げて見つめてくる稲姫のせいで、ァ千代は考えを中断せざるを得なかった。顔
から火が出る思いで、最早何も言うことができない。肉が押し広げられているのが触れる外気の冷たさであ
りありと感じられ、彼女は紅く染まった頬を顔ごと腕で覆い隠した。
「痛くないっ、傷も治っているゆえ、見るな………っ」
急ぐように言い躯をよじろうとして、ァ千代は太腿の内側にさらりと冷たいものが当たるのを感じた。
それが稲姫の髪だと気付いた時には、すでに彼女は潤いを零す肉花に舌を伸ばしていた。
「! やめっ、や、あ、ひぁっ、ああぁっ!」
小さな唇がさねを優しく挟み、舌の先でちろちろと舐め転がす。温かで柔らかい粘膜に快楽の芯を嬲られ、
ァ千代は思わず稲姫の頭に両手を添えた。まるで自らねだっているようなはしたない格好になっていること
に頭の片隅で気付いたが、体勢を気にする余裕など今の彼女にはなかった。
「ぁあっ…あ、はっ、ん、ふぁあ…っ」
強すぎる程の刺激に何度も腰が引けても、褥に臥した状態ではびくびくと打ち震えて弓のように背をたわ
ませることしかできない。その度に、熟れた実を戴く乳房もゆったりと弾んだ。
「痛かったらおっしゃってくださいね」
そう言われたすぐ後に、何かがぬるりとァ千代の秘奥へ忍びこんできた。控え目に進んではゆっくりと
戻る動きを繰り返しながら、確かに根元まで入ってゆく。濡れた襞を撫でられ、彼女はそれが稲姫の指なの
だと理解した。
「あ………………………」
妙な感覚だった。苦痛はなく、細い指を受け入れている感触がじん、と染み渡ってゆく。もう一本指を増
やされても、節くれだった男の指ではないからか、内側が広げられたことだけが感じられた。
いや、だけ、ではなかった。何やら物足りないような、むず痒くざわめくような感じがじわじわと下肢に
広がっている。痛みはない、だから、もっと……。
「は……っあ…あ……ぁ…っ」
物足りなさの正体を探り当てる前に抜き差しを始められ、ァ千代は堪えきれず喘ぎを零した。反射的に両
膝を合わせようとするが、稲姫の腰を挟むだけに終わる。脚で感じるその細さに、彼女は改めて稲姫が同じ
女子であることを感じた。
「力を抜いてくださいませ、そんなに締めつけては傷つけてしまうかも……」
「っ……え……?」
言われて初めて、ァ千代は自分が稲姫の指を喰い締めていることを知った。今まで夫の侵入に耐えるだけ
だった彼女は、そこが自らの欲求に従って蠢くことを学んでいなかった。躯は確かに愛撫に浸り、反応して
いるのだが、頭がそれをどう操ればいいのか分からないのだ。
「…力を……ぬ、抜けと言われても…わからぬ……っ」
羞恥で消えてしまいたいと思いながら、ァ千代は消え入るような声で言った。
「えっと……では、一度抜いてみますね」
稲姫も蜜壷の弛ませ方を教授できるほど精通しているわけではない。とりあえず一旦抜いてもう一度試み
ようと、彼女は二本の指を引いた。
「ぅあっ!」
しかし、栗色の下生えの裏を指が通り過ぎた時、熱い花肉がぎゅっとそれに絡みついた。今度はァ千代も
自覚できたが、やはりどうすれば和らぐのか分からない。戸惑って視線をさまよわせたァ千代は、結局縋る
ように稲姫を見つめた。
「……もしかして、ここが立花様の好いところなのですか?」
「ひぁ……!」
揃えた指で一点を押し上げられ、ァ千代は一際高い声を上げた。そこに触れられただけで、稲姫を包む
肉襞の奥から熱いものがこみあげてくる。気のせいではなく、蜜口から溢れた雫はその下の陰部にまで伝っ
ていった。あからさまな反応の違いを感じ取った稲姫は、抜くことをやめ執拗にその辺りを擦りあげた。
「い……や、抜い、てっ、抜い…あ、ぁあ、やあぁっ!」
苦痛と連結していた筈の深奥が齎す狂おしい愉悦に、ァ千代は夢中で首を振った。自分では御せないほど
の快楽は阿片のように甘く、同時に恐ろしかった。漠然とこのままでは何かが来てしまう、と怯え、稲姫の
手を振り払おうとするが、彼女は止めるどころか指先の突き上げを速め、細かく湿った音を立ててくる。
そろりと伸びてきたもう片方の手が、さねを摘んで優しく揉みこむと、ァ千代は瞳を見開いた。
「やぁ、あ、あっ、嫌だっ、い、ゃあぁああぁっ!!」
ぐりぐりと柔い肉をなすり上げられながら、彼女は生まれて初めて絶頂に達した。
しなやかな背を引き絞り、幾度も総身をひきつらせた後、ァ千代は敷布の上にくず折れる。四肢は弛緩し
ても、肉壁は余韻を惜しむように収縮を繰り返し続けた。
声の失せた褥には、束の間ァ千代の乱れた息遣いと、かすかな衣擦れの音だけが響いていた。
「……こんなにいやらしい姿でも、立花様はお美しいままなのですね……」
蔑むでもなく、純粋な感動から稲姫は呟いた。昇り詰めた余韻に意識を飛ばしていたァ千代は、その言葉
で我に帰って寝衣の衿をかき合わせたが、大きく割れた裾のせいで、既に下肢は余すところなく晒されてい
る。今更取り繕うのはむしろ滑稽とも思えた。
「た、立花を愚弄することは許さぬ……!」
いやらしいと言われたのが余程衝撃的だったのか、収まらぬ息の下で鋭く言うと、ァ千代は勢いよく立ち
上がろうとした。が、頼りにした腰から下は強烈な快楽の名残に言うことを聞かず、結局体勢を崩して敷布
の上に座りこむ形になってしまった。
「いいえ、愚弄などではありません。綺麗です、感じている立花様はとても綺麗……」
どこか陶酔したような表情で抱きしめられ、彼女は憤りの矛先を失った。言葉通りに、稲姫の声には感嘆
しかこもっていなかったからだ。美しいと言うなら、稲姫の方がそうだとァ千代は思ったが、それを口に出
す前にまた唇が重ねられていた。
「……ふ……っん……んぅ、ん……っ」
舌を弄ばれながら両の乳房の尖りを弾かれ、それに合わせて白い肩が小さく揺れる。敏感なところから躯
の奥に走る甘い痺れが、稲姫の言っていた「夜の悦び」であることを、今やァ千代は反論の余地もなく理解
させられていた。