「それでは、留守は任せたぞ」  
「はい、お気をつけて行かれませ」  
 うむ、と微笑んで、信幸は邸を後にした。夫の背が消えるまで見送って、稲姫は奥に下がる。今日から何日か  
かけて、信幸は領内視察に出かける。  
 新婚生活はこの上なく上手く行っていた。温厚ながら芯の強い信幸に、勝気な稲姫はお似合いの花嫁と、真田  
の家の者も温かく迎えてくれた。信幸は領主としても夫としても立派な男で、稲姫には何の不満もない。  
 ただし、ただ一点を覗けば。  
 夜も更け、外で警備にあたる者以外は寝静まった頃、稲姫は床(とこ)の中で寝返りを打った。寝苦しいのか、  
その頭は枕から外れている。しかし、よく見ればそれは寝返りではない。  
「ふっ……ん……んぅっ」  
 柳眉が切なそうに寄せられ、薄紅色の唇は自分の指を噛んで声を押し殺している。この時代、寝る時はそのまま  
掛布にしていた衣の下の躯が、ひくひくと小さく跳ねている。白い夜着の袷(あわせ)から空いた片手を忍び  
こませ、立ち上がった乳房の先を自分の爪で弾いて、稲姫は自慰に耽っていた。  
「くぅ…ぁ……んんっ!」  
 かすかに湿った音がすると同時に、抑えている声がひときわ大きくなった。音はぬち、ぬちゃ、と規則的に響き、  
稲姫は段々とうつぶせになって尻だけを持ち上げた。まるで男に後ろから貪られているような格好だが、寝間に  
は稲姫の他に誰もいない。男の代わりに稲姫を穿っているのは、小太郎が嫁入りの際によこした張型だった。  
 どんな仕掛けになっているのか、この張型はひとりでに稲姫が思った通りに動き、満足するまで突き上げを  
続けてくれる。彼女の欲求不満を慰めるには持ってこいの玩具だった。  
 信幸は、夜の生活に関してえらく淡白な男だった。初夜から今まで、稲姫が一晩に二度挑まれたことはない。  
営み自体も七日に一度あればいい方だ。初体験で、気絶するほど強烈な快楽を小太郎に教えられた彼女には、  
それで到底満足できるわけがなかった。  
「んんっ……ふっ……うぅ…っ」  
 もっともっと、と求めると、それに応えて張型の抜き差しが激しくなる。  
「ん、ぁっ…はっ、そこ……っ」  
 容赦なく犯された記憶を思い出し、稲姫は腰をくねらせた。優しく抱かれたくらいでは全然足りない、もっと  
強く貫かれなければ満たされない。  
 
 両の手で膨らみの先を弄り回しながら、稲姫は敷布を噛んだ。思い浮かべた小太郎と同じ腰使いで、張型が  
彼女の媚肉を蹂躙する。かき回されて滲んだ蜜が、ゆるやかに内腿に零れ落ちた。  
「…っふ、あっ、あ、そこ、そこぉ……っ!」  
 張型が高速で振動する。人には不可能な動きをしながら襞を掻き分け、何度も貫かれて、稲姫は歯をほどいて  
嬌声を上げてしまった。張型は止まることなく、それどころか運動を強めて抉るように突いてくる。  
「あっ、あぁっ、あ、んぐ……………う、うぅっ!!」  
 必死に敷布に顔を押しつけながら、稲姫は絶頂を極めた。達している最中も玩具は蠢動(しゅんどう)し、  
そのせいで愉悦の瞬間は長く続いた。  
 力が抜け、突き出していた腰が沈んで、熱のさめやらぬ躯は床の上でうずくまる姿勢になる。熱い息を吐きな  
がら止まった張型を抜こうとした時、稲姫は部屋に近づいてくる足音に気がついた。あわてて起き上がり、  
身なりを整える。  
「奥方様、どうかなさいましたか」  
 障子の向こうから尋ねてくる侍女は眠そうだ。どうやら、自分の声が漏れ聞こえて起こしてしまったらしい。  
「い、いいえ、何も……ちょっと寝ぼけていただけです」  
 疑うこともなく下がる気配にほっとして、それから忘れていた罪悪感が頭をもたげる。  
 このようなこと、やめた方がいいことは分かっている。夫の信幸にも申し訳ないし、もしも誰かに見られて  
しまったらと思うと恐ろしくてぞっとする。しかし、戦に出なくなった平穏な日々の中で、その身に焼きつけ  
られた快感を忘れることはできなかった。  
「くぅっ……んっ……」  
 思い返した作用で、中にはまったままの張型がまたうねりだす。抜くはずだったそれが齎す刺激に負け、稲姫は  
また独り遊びに没頭していった。  
 庭木が夜の風にざわめいて、あの魔物の忍び笑う声のように聞こえた。得体の知れない、優しく見せかけて  
酷薄な仕打ちをする紅い髪の男。  
 ひどい人、と声には出さず呟いて、稲姫は再びその身を横たえた。  
 
 
終  
 

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