「それでは、留守は任せたぞ」
「はい、お気をつけて行かれませ」
うむ、と微笑んで、信幸は邸を後にした。夫の背が消えるまで見送って、稲姫は奥に下がる。今日から何日か
かけて、信幸は領内視察に出かけることになった。
新婚生活は順調で、ぎこちないながらも二人は穏やかに愛情を育んでいる。稲姫は夫の誠実な人柄を好ましく
思っていたし、信幸は妻の利発さを気に入っているようだ。
しかし、稲姫の心は優しい夫を見る度にちくちくと痛んだ。
その夜、床についても彼女は眠れないまま、梟(ふくろう)の声を聞いていた。来るという保証も約束もない。
だが、こんなふうに一人寝の夜には、何故かふらりとやってくるのだ。忙しなく脈打つ胸に手を当て、稲姫は後ろ
めたい期待に身じろぎした。
そう、これは期待だ。彼が闇から現れて、自分を連れ出してくれるかもしれないという――――。
梟の声が、ぴたりとやんだ。
「鹿の娘が狸寝入りか」
息が触れるほど近くで囁かれ、寝間着の下の肌がさっと総毛立った。瞼を上げれば、紅く大きな影が枕元にある。
「小太郎……様……」
鼓動が耳まで届くのではないかと思った。いとも簡単に抱き上げられ、視界が歪んだと思うと、周りは森に
なっていた。どこだかは分からない。稲姫に分かるのは、これからここで自分が犯されることだけだった。
「ひぅ……うぁ、い…っや……っ」
太い木の幹に両手をつき、上体を大きく曲げて腰を突き出した体勢は、女というより雌だった。押し広げ
られた袷からこぼれた乳房と、裾をたくし上げられて露わになった尻が、夜目にも白く艶かしい。
小太郎は後ろから肉の狭間をこじ開け、そこに舌を這わせていた。秘所だけでなく、その後方の陰部の間近に
顔を埋められていると思うと、稲姫はたまらない恥ずかしさに身悶える。
「んっ…は…あぁっ!? や……なっ…なに…っ」
ぬるぬる、と温かく濡れた何かが中に滑りこんできて稲姫は振り向いたが、奥まったそこが見えるはずもない。
舌にしては長すぎるが、頭は依然離れていないところを見るとそうなのだろう。別の生き物のようにのたうって
肉襞を舐め回す感触に、彼女は今更ながら自分を犯しているのが人でないことを実感し、恐怖した。
しかし恐れながらも、稲姫の躯も心も、すでに小太郎なしではいられなくなっていた。意識が焼き切れる
ほどの悦楽を餌に、小太郎は初めての夜以来、稲姫に淫らな技巧と振舞いを教えこんだ。今では咥えろと言えば、
ひざまずいて自ら己を慰めながら唇を動かしさえする。貞淑な賢女と名高い真田の新嫁が、まさかこんな淫蕩な
さがを持っているとは誰も思わないだろう。
強制されたわけでも脅迫されたわけでもない。ただ、稲姫は選ばされただけだ。一度で終わるか、もっと
深くまで甘い背徳に堕ちるか――――。
そして、呵責の念と羞恥にかられながら、彼女は堕ちる道を選んだ。
「ふぁ、あっ、ぁ、ぃあぁああ………っ!」
細くした長い舌に強く腹の裏側を嬲られ、指でやわやわとさねを転がされて、稲姫はあっけなく達した。崩れ
そうな膝を懸命に保とうとする後ろで、小太郎が立ち上がる。
「もっと啼け」
細い腰をがっしりと固定され、次の瞬間には怒張が稲姫の身を一息に貫いた。すさまじい衝撃と快感に
言われたとおり悲鳴が上がったが、高すぎる音は喉が出せる限界を超え、ただの息にしかならなかった。
根元まで雄をうずめたまま、小太郎は腰を揺さぶる。強張った稲姫の背が、揺らされるにつれゆるんで、
絶え間ない喘ぎが唇からこぼれ始めた。
「っはぁ…あ…ぁあ…あ…んっ……こ…たろ…さまぁ……」
やがて肌が打ち合う音が立つほど抜き差しが激しくなると、とうとう稲姫は土の上にへたりこもうとした。
だが、肉の楔で無理矢理縫いとめられているため、脚を折ることはできず、上半身だけが崩れて前屈の手前
のような、中途半端な格好になった。
「ぃ、や……も、立てな……ひ…っぃ…っ」
さすがに倒れそうな稲姫を見かねて、小太郎が膝を折る。後ろから責めるのは飽きたのか、地面の上で躯を
丸める稲姫を裏返して、正面から抱え上げる。抜かずに体勢を変えたせいで、育ちきった怒張が好き勝手に
肉壁をかき回した。
「あぁっっ! あっ、あっ、はぅっ、もっ…と、もっとぉ……!」
落とすに近い勢いで突き上げながら、小太郎はすがりついてくる稲姫の唇を吸った。舌を絡めると、
うねるような強い締め上げが来る。初めての時から、稲姫は口の中を弄られるのが好きだった。
「もっと、何だ?」
動くのをやめ、早い呼吸に上下する乳房を弄びつつ、小太郎が訊く。ここでためらって黙ってしまうところ
が、稲姫らしいといえばらしい。女陰を刺したままの雄と、乳首を苛める指に、甘えた声は漏れていたが。
「……も…っと、ひどく…して、くださいませ……」
しばしの沈黙のあと、伏し目がちにされた懇願に小太郎はにやりと笑った。
「御意のままに、姫君」
明らかな揶揄を吐いて、小太郎は突き上げを再開した。己の上で躍る躯は最早、自分を飼い主と仰ぐ立派な
雌犬だ。人のものになっても、こうして主を忘れられずにいる。
そう考えるとなかなかいじらしく、小太郎は当分この犬をつないでおいてやろうと思った。
よもすがら続いた秘かな享楽の宴は、重なった梢に隠されて、月すら気づいてはいなかった。
終