浅井長政は、初夜の床で新妻を待っていた。  
織田家当主信長の妹、お市。政略結婚でもあり、婚儀までにほんの二、三度  
顔を合わせただけではあったが、素直で愛らしい姫だった。  
きっと仲睦まじい夫婦になれるだろうと、長政は思う。  
 
そんな穏やかな想いを胸に上らせているだけであるのに、  
すでに長政の下腹は熱を持ちはじめていた。  
「お待たせいたしました」  
ちょうどそこへお市の声がして、長政はあわてて姿勢を正す。  
これから睦みあおうという新妻を相手に情を催したからといって、  
何らやましいことはないのだが。  
 
だが、身体の一部を硬くしつつあった長政は、新妻の姿を見るなり  
全身を硬直させた。  
 
お市は奇妙な衣装に身を包んでいた。  
大きな狐の皮を剥いで、それを頭から被ったような。  
いやむしろ、大きな狐に丸飲みされて、口から顔だけを出したような。  
ご丁寧に、頭の上には木の葉まで載っている。  
そして、手には見たこともないほど大きな剣玉を握っているのだ。  
 
長政とて、この乱世を将として生きている男である。  
どうにか事態を自分の認識に近づけるべく、思案をめぐらせた。  
まずは何から問えばよいものやら迷ったが、気になる点から個別に  
正していこうと決めた。  
 
「お市どの……いや、市。つかぬことを訊ねるが、  
初床にその召し物は織田家の風習なのか」  
 
長政の問いに、お市は小首をかしげながら答える。  
「わかりません。けど、お兄さ……兄がこれを着るようにと」  
兄か、と長政は深いため息をつく。信長公は何を考えておられるのか。  
そう言えば本人も肉付きのいいコウモリのような格好をしていたが。  
 
わかった。衣装のことはもういい。きっと信長公は自分の度量を  
試しているのだろう。長政は無理矢理に自分を納得させる。  
「……では、その大きな剣玉は」  
 
「護身用です」  
長政は頭を抱えた。確かに殺傷力はありそうに見えるが、  
一般に女性が護身のために持つのは、懐剣であろう。懐にもしまえぬほど  
大きな護身用の武器など、聞いたことがない。  
だいいち、身分ある姫君が、護身用の武器を実際に使うことはそうそうあるまい。  
それなのに、お市のもつ剣玉にはいくつもの傷と……認めたくはないが  
明らかに血痕と思える染みがついていた。  
 
「これは桶狭間で、今川の将を倒したときに、手に入れたものなんです」  
はにかんだ愛らしい笑顔でさらりと言い放つお市を、長政は呆然と眺める。  
では何か、桶狭間の戦いに出陣して今川家の武将を打ち倒して自ら戦利品をぶんどってきたのか。  
だいたい何故今川家の人間がこんな剣玉を持っていたのだ。  
 
「長政さま、どうかしました?お顔の色が良くないのでは……」  
「いや、めまいが」  
「大変!ちょっと待ってて下さい!」  
そう言うなり、お市は部屋の隅へ積んである嫁入り道具へ走り寄った。  
おもむろに剣玉を振り上げると、そのまま行李のひとつに向かって叩きつける。  
ただの行李、それも自分の持ち物だというのに何故尋常に蓋を開けないのかと  
問い質す気力も今の長政には無い。  
 
「さあ、どうぞ。ちょっとした不調なら、これで治りますよ」  
お市の指し示す先に、行李は跡形もなく消え失せていた。  
代わりに存在するのは、どういう仕掛けなのか宙に浮く巨大な団子。  
どうやらこれを食べろということらしい。  
 
「いや……あいにくだが、食が進まぬ」  
そういう問題では無いだろうと自分で思いながらも、  
長政はそんな風に答えるのが精一杯だった。  
「えー、おいしいのに……消えちゃうともったいないから、あたし頂きますね」  
消えるのか。腐ったり傷んだりするのではなく消えるのか、団子が。  
長政がその言葉の意味を量りかねている間に、お市はぺろりと団子を平らげてしまった。  
 
長政は気を取り直そうと深く息をした。  
今宵は新婚初夜だ。これからこの新妻と、いよいよ契りを交わすのだ。  
「市」  
「はい、長政さま」  
呼びかければ、澄んだ声で返事が返ってくる。輝く瞳が、長政だけをみつめている。  
白い肌に、健やかな桃色の頬。桜の実のように艶やかな唇。  
改めて見れば、本当に美しいおなごだ。  
とりあえずはこの珍妙な装束を脱がせてしまわなければなるまい。  
 
お市に向かってのばされかけた長政の手が、ふと止まった。  
「不躾なことを訊ねるが……閨の作法は、教わっているのか?」  
「い、いえ……ただ、長政さまの思し召し通りにと」  
「そうか」  
長政は静かに頷く。  
それならそれで構わない。これ以上妙な家風を持ち込まれてはたまらぬ。  
 
「あ、でも、義姉が」  
「ん?」  
「これを貸してくれました」  
そう言ってお市が取り出したのは、一振りの懐剣だった。  
 
「……閨の作法と、何の関係が?」  
「嫁ぎ先の夫がうつけ者ならば、これで刺すのが嫁のたしなみだとか」  
そんなたしなみがあってたまるものかと、長政は頭を抱える。  
 
「夫がうつけ者でなければ、今度はこれを自分の父親に向けるのが決まりだそうです」  
「何の決まりだ」  
だとすれば婚礼が一つあるたびに、夫か父親のどちらかが刺されていることになる。  
初床は血が流れるものだが、それは意味が違うだろう。  
 
「よくわからぬが、浅井の家風とはだいぶ違うようだ。その懐剣はしまっておいてくれ」  
「はい」  
長政の言葉に、お市は素直に従った。愛らしい、と長政は思う。  
きっと疑うことを知らぬ性質なのだ。兄や義姉の冗談を、鵜呑みにしてしまっているのだろう。  
 
「あー、その、では、そろそろ、夫婦の契りを……」  
「は、はい」  
緊張した様子で、お市が姿勢を正す。  
長政がそっと頬に触れると、驚いたことにお市は自分から唇を重ねてきた。  
一瞬強く押しつけられただけで、すぐに離れてしまったのだが、  
その行動は長政をひどく動揺させた。  
 
まさか接吻の経験があるのだろうか。いや、それなら尚更、何も知らないふりをするはずだ。  
それともこれもあれか、信長公かあの奥方が吹き込んで。  
 
「い、市、いったいそれは」  
「あ、あの、何か間違ってました……?」  
「いやいやいや、違ってはおらぬが、いったいどこでこんな」  
「兄と義姉が、よくこうしていたので……一度訊いてみたら、『夫婦の愛の証』だと」  
男女の秘め事に類する行為を、嫁入り前の妹が見ている前で堂々としてのける夫婦は  
やはり長政の理解の範疇を超えている。  
とはいえ、さほど想像を絶する理由では無かったことに、長政は少し安堵する。  
あるいは自分でも気付かぬうちに、感覚が麻痺してきているのかも知れない。  
 
「では、こんなのは知っているか?」  
「あ」  
長政はお市を抱き寄せ、もう一度唇をあわせる。  
歯列を割って舌を滑り込ませると、お市はわずかに身を固くした。  
さすがにここまでは知らなんだかと、長政は奇妙に勝ち誇った気分を覚える。  
『長政さまの思し召し通りに』と言い聞かされたのを守っているのだろう、  
お市はためらいがちに長政の舌に応えようとする。  
 
新妻の唇も、舌も、うっとりするほどに柔らかく、みずみずしかった。  
ほんのりとした甘味すら感じる。  
これはさっきの団子の味では無いのだと、長政は懸命に自分を納得させた。  
 
「市」  
「……はい」  
初めての接吻を終えて、お市は少しとろりとした目で長政をみつめ返す。  
だが、初めての『契り』は、おそらく心地よいだけでは済まないだろう。  
長政はしばし迷ったが、やはり先に告げておくことにした。  
 
「脅かすわけではないが、夫婦の契りというのは、初めてのおなごにとっては  
 かなりの痛みを感じるものだそうだ」  
「……はい、義姉から、少し聞いてます」  
「そうか」  
「地雷に吹き飛ばされて馬防柵に刺さったときよりは、少しましだとか」  
 
長政は返答に窮して黙り込む。  
いかな乱世とはいえ、地雷に吹き飛ばされて馬防柵に刺さったことのある姫は  
あまりいないと思うのだが、その喩えは果たして適切なのだろうか。  
 
「あのくらいなら、何とか我慢できると思います」  
どうやら濃姫とお市の間では、共通の経験であるらしい。  
 
「そ、そうか。ならば、堪えてくれるな」  
「はい。……ちゃんと、準備もしてきましたから」  
準備とは何なのか。疑問ではあったが、先ほどから何か問うたびに  
頭を抱えるはめになっている。  
もう何も気にするまいと、長政は新妻の衣装に手をかけた。  
 
しかし、事はなかなか尋常に進んではくれない。  
この見たこともない狐装束の脱がせ方がわからないのだ。  
 
「ええと、うまく隠れていますけど、ここに留め金があるんです」  
お市が恥じらいながら指し示したのは、股の間であった。  
おそらくは、全て脱がずとも用が足せるようにという作りなのだろうが、  
少なくとも初床に着てくるものではあるまい。  
 
長政が意を決して留め金を外すと、お市が小さく息を呑むのが聞こえた。  
いきなりその部分から露わになってしまう衣服の構造を、  
信長は知っていたのではあるまいかと長政は疑う。  
 
両手で顔を覆って恥じらうお市が哀れで、手早く脱がせてしまおうと  
焦ったのがいけなかった。  
途中で留め金がひっかかってしまい、どうしても開かない。  
手元が暗いのがいけないと、お市のそこを灯りに向けさせる。  
よく見なければならないと、顔を近づける。  
 
「あ、あまり、見ないで下さい……」  
お市は消え入りそうな声で訴える。  
なまじ二つ三つの留め金が外れてしまったために、  
長政が手を動かすたび、衣服の隙間から秘所が見え隠れするのだ。  
 
お市はこちらに向かって脚を開く格好で、床の上に腰を下ろしている。  
狐の毛皮の股間だけが開いて、そこから汚れのない女陰が顔を出しているというのは  
何とも不思議な光景であった。  
桜貝を思わせる、ぴったりと閉じた肉の合わせ目が長政の目の前にある。  
 
恥じらいのゆえに身体の温度が上がりはじめたのだろう、  
お市のそこはほんのりと海の香りを立ちのぼらせつつあった。  
かすかに乱れる息づかいは、お市のものか、長政のものか。  
 
ついにたまりかねて、長政は誰も触れたことのない場所へと指をうごめかせた。  
 
「長政さま……は、恥ずかしい……」  
「何を言うか、初夜の床で秘所を夫に触れさせずして何とする」  
このままの格好で契りを交わそうというのだろうか。  
自分でも無茶だとわかっている長政の言葉に、しかしお市は健気に答えた。  
「…………はい……」  
 
そっとなぞった入り口は、わずかに湿り気を帯びていた。  
「な、長政さま……」  
「ん?」  
「あの、あんまり痛くないです」  
「それはそうだ。まだ指で外側を撫でておるだけだ」  
「そ、そうですか」  
 
初心な新妻が、何とも愛おしい。  
「どうだ、どのような感じだ?」  
初めて男に触れられて、怖くは無いか、気持ち悪くは無いかと気づかったつもりだった。  
しかし考えようによってはひどく意地の悪い問いである。  
女体に与えられる刺激をどうとらえているのかを、自分の口から答えさせようというのだから。  
 
「……わかりません……何だかくすぐったくて……ひゃんっ」  
長政の指が小さな尖りに触れると、お市の声の調子が変わった。  
「あ、あの、そこ、あの……」  
「痛いか?」  
「いえ、少し、怖い……けど」  
どう感じるのかと夫に問われていたから、妻はただ素直に答える。  
「気持ち、いい……」  
 
長政は身を起こし、再び両手で顔を隠してしまったお市を  
狐の毛皮ごと抱きしめた。落ち着かせるように、耳元で優しく囁く。  
「恥じることはない。夫婦の睦み合いが心地よいのは、当然のことだ」  
「は、はい」  
お市がこっくりと頷いたのを確かめてから、長政は再び手を下腹へ滑らせた。  
明らかな潤いが、長政の指を迎える。  
 
柔らかな花弁を撫で、刺激が強すぎぬようにそっと花芯をくすぐる。  
愛撫に応えるその部分の感触も、可憐な唇から漏れるあえかな声も、  
はっきりと「女」のものに変わりつつあった。  
 
「市」  
昂ぶりのあまりに震えだしそうな声を抑えて、長政が妻の名を呼ぶ。  
「堪えて、くれるな」  
 
耳に吹きかかる夫の熱い息と、痛みの予感に身を震わせて  
それでもお市は、微笑みを作った。  
「はい、長政さま」  
 
 
仰臥するお市の小さな身体に、長政の長身が覆い被さっている。  
わずかな戸惑いと、愛おしさが綯い交ぜになった表情を互いに見交わす。  
長政は、慎重に場所を確かめながら、自分自身をお市にあてがった。  
 
「…………っ!」  
生まれて初めて秘所に加えられた圧迫感に、お市がたまらず顔を歪める。  
だがここでやめてしまうわけにはいかない。長政は半ば心を鬼にして腰を進めた。  
誰にも許されずに守られてきたその場所は、夫をすら拒むかのように狭い。  
潤いに助けられてどうにか侵入すれば、さらに窮屈な箇所に行き当たった。  
 
お市は固く目を閉じ、まともに息もつげない様子で耐えている。  
その顔を辛い思いで見下ろしながら、長政は純潔の砦を貫いた。  
「……んくっ……!!」  
妻が、この瞬間まさに長政の妻となったお市が、悲鳴を喰い締める。  
 
長政もまた、声を殺していた。  
狭隘な女陰は、長政を強く締め付け、ほとんど痛みにも似た愉悦を与えているのだ。  
ともすれば気をやってしまいそうなほどの快感をかろうじて抑え込み、  
長政はお市の汗ばんだ頬を撫でた。  
「すまない、市。辛かろうが、今少し耐えてくれ」  
 
「だい、じょうぶ……です。痛いけど、大丈夫」  
気丈に答えるお市の目もとに、涙が滲んでいる。  
長政は胸の痛みを覚えながら、それをくちづけで拭った。  
 
ゆっくりと抜き差しするうちに、お市のそこは少しずつ行為に馴染みはじめた。  
幼い硬さを残していた小径はだんだんにほぐれ、温かな肉襞が長政自身にまといつく。  
お市が夫の動きに合わせようとするのか、ぎこちなく腰を揺らせば、  
身体の中では持って生まれた女の造りが優しく夫の屹立を絡め取る。  
 
真っ新な心と体の両方で、自分を受け入れようとしているお市に、長政の胸は熱くなった。  
時は乱世。この婚姻で結ばれた織田と浅井の盟約すらも、行く末はわからない。  
だが、市だけは。この身にどのような運命が降りかかろうとも、  
我が妻だけは不幸にするまい。長政はそう誓う。  
妻の苦痛とひきかえの、どこか後ろめたい悦楽が背筋を駆けのぼるのを感じながら。  
 
お市との、初めての契り。目も眩みそうなこの随喜に、長政はもっと浸っていたかった。  
だが、おそらくお市はまだ悦びなど覚えていないだろう。早く終わらせてやるのが  
お市のためではないのか。  
長政のそんな迷いをよそに、お市の秘所はひたすらに長政を締め付け、絶頂へ誘う。  
 
「市、もう、ゆくぞ」  
「……あ、は、はい」  
意味がわかっているのかいないのか、健気に返事をする妻を抱きしめて、長政は精を放った。  
視界の隅で、閃光が走った。  
 
 
枕紙を染めた血の色に、長政は改めて妻の痛みを思う。  
「よく堪えてくれた……すまない」  
長政が詫びるのへ、お市は照れたような笑顔で返す。  
「もう、謝らないで。初めての契りは、痛いものなんでしょ?」  
「……ああ」  
これで無事夫婦になれたのだと安堵する長政を、忘れていた感覚が襲う。  
 
「だから、ちゃんと準備してきたの」  
お市は、枕元の剣玉を手にしてやおら立ち上がった。  
嫁入り道具の行李は、まだいくつか残っている。  
その中のひとつを目がけて、お市は再び剣玉を振り下ろした。  
 
 
大きな狐の皮を剥いで、それを頭から被ったような。  
いやむしろ、大きな狐に丸飲みされて、口から顔だけを出したような。  
そんな衣装に身を包んだ姫君が、見たこともないほど大きな剣玉を傍らに置いて  
床に座り込み、膝にはこれまた大きな飯櫃を抱えて、そこから直接飯を喰らっている。  
 
なぜ行李の中から湯気の立つ飯櫃が出てきたのか。  
なぜそれを今喰わねばならないのか。  
長政の訝しげな視線を感じたのか、お市は飯粒のついた顔をこちらに向けた。  
 
「お団子だとちょっと頼りないけど、これならひどい怪我でも治っちゃうの」  
お市ははにかんだように笑う。  
「長政さまが戦に行くときは……これ持って付いて行くね」  
 
女の身で当然のように戦へ同行するつもりなのか。  
腹が満ちるのと傷が癒えるのは別の話ではないのか。  
そもそも破瓜の傷が治ってしまうとすればまた次も痛いのではないのか。  
いくつもの疑問が頭の中で渦を巻いていたが、ひとつだけはっきりしているのは  
とんでもない人々と縁続きになってしまったという事実。  
 
悔やんではいない。  
お市のことは心から愛しいと思う。  
ただ、あまりにもわからないことが多いだけだ。  
 
大量の飯を瞬時に平らげてしまった妻と、虚空に消えてゆく空き櫃を眺めながら  
うつけ者として初夜の床で刺されなくて良かったなと、長政はぼんやり考えていた。  
 
<終>  

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