赤い褌で有名な真田急便に稲姫が嫁いだという話は聞いていた。  
だが、女まで飛脚として駆り出されるという話は聞いたことがなかったし、  
仮に女が飛脚として走るのだとしても、まさかあの格好で走るとは思ってもいなかった。  
しかし、現に今、目の前を女の飛脚が走って行った。  
それも赤い褌姿で。  
上半身こそさらしを巻いていたようだが、さらしの上は丈の短い法被。  
つまるところ、尻は丸出しである。  
そして、見覚えのある高く結われた長い髪。  
更には、  
「不埒です!」  
という決まり文句。  
目の前を通り過ぎて行った女飛脚は考えるまでもなく、稲姫であった。  
立花ァ千代は眉間に指を押し当てて考えた。  
真田急便は女を人足として使わねばならぬほど人手不足なのだろうか。  
いや、彼女のことだから、人手の有無に関わらず、自ら先陣を切って働いているだけかもしれない。  
そうだったとしても、あの格好は酷い気がする。  
あれではすれ違うすべての男ども全てに彼女の身体を見せつけて走っているようなものではないか。  
そう思った瞬間、地鳴りが聞こえてきた。  
何事かと顔を上げると、今しがた稲姫が着た方から男たちの群れがこちらに迫ってくるところだった。  
やはり……。  
これは何とかしなければならない。  
が、さすがに餌を前にした野獣は違う。  
「赤フンだ!赤フンに触るんだ!」  
「そうだ!赤フンだ!幸せになれるぞ!」  
「この際、赤フンに触れられずとも、せめて尻に!」  
「むしろ尻に!」  
血走った眼でそんなことを叫びながら、目の前を過ぎていく男たちの気迫に、  
さすがのァ千代も気押されそうになった。  
だが、稲姫は戦場で得た大切な友人の一人だ。  
男たちの手にかかることだけは何としてでも阻止しなくてはならない。  
ァ千代は男たちを追って走り始めた。  
 
始めは説き伏せようと試みたが、自分の声など、稲姫の尻には到底及ばないらしい。  
ァ千代は説得することを諦め、後ろの男たちから順に峰打ちを食らわせ始めた。  
次々と倒れていく男たちを踏み越えて、ァ千代はついに最後の一人の気を失わせた。  
男たちが倒れたことに気づかないまま、  
「いやああぁぁあああぁぁぁ!」  
と叫んで走って行く稲姫を追いながら、ァ千代は声をかけた。  
「稲殿!待たれよ!」  
それでもまだ稲姫は気付かずに走り続ける。  
「真田の赤フンに触ろうだなんて、不埒です!」  
あれだけの男たちに追われていたのだ。  
その気持ちもわからないではない。  
だが、もう無事なのだということを伝えたくて、ァ千代は再度声をかけた。  
「稲殿!男どもは立花が片付けた!」  
そこでようやく稲姫の走りが歩みに変わり、そして止まった。  
こちらを振り返った彼女のそばで立ち止まると、稲姫は泣きそうな眼でこちらを見上げてきた。  
「……立花様?」  
もう大丈夫だというように笑顔を作って強く頷いてみせると、稲姫が抱きついてきた。  
「立花様っ!」  
「怖かっただろう」  
そう言って肩を撫でると、稲姫は顔をあげ、身体を引いて、  
「申し訳ありません」  
と、目元をこすった。  
「謝ることはない。  
 だが……その格好は男の目を、引くのではないか?」  
さらしに隠れてこそいるものの、法被では豊満な乳房を隠し切れていない。  
ふっくらとした腰は同性の自分でも思わずどきりとさせられるほど、なまめかしい線を描いている。  
ァ千代は正視できずに目を逸らした。  
「それはそうなのですが、真田急便の名を汚さぬ速さで走るためには、この格好が一番ふさわしいのです」  
「な、なるほど……」  
そうは言ってみたものの、妻にこんな格好をさせる信之の心情は理解しかねる。  
自分の妻が他の男に襲われてもいいとでも言うのだろうか。  
 
憤りを感じながらも、ァ千代は稲姫を促して歩き始めた。  
「それで、今はどこに向かうところだったのだ?」  
「帰るところでした。  
 荷箱だけだったので、男たちに追い付かれずに済んだのだと」  
確かに荷が入った状態であれだけの勢いで走り続けるのは不可能だったろう。  
「なるほど。荷を運んでいる最中にあの男たちに遭遇しなくてよかったな」  
「本当に……」  
稲姫は心の底から安堵したように溜息をついた。  
火照って赤くなった頬で吐息をつく姿にまたどきりとして、ァ千代は慌てた。  
確かに自分は女ではないと豪語しているが、男であるつもりもない。  
それなのに、これではまるで男のように彼女に欲情しているようではないか。  
やはりこの格好はどう考えてもよろしくない。  
ァ千代は自分の中に生じ始めた不埒な感情を誤魔化そうと、口を開いた。  
「そういえば、真田の赤フンがどうとか言っているのが聞こえたが……」  
「あれは、いつの頃からか人々の間に広まった迷信なのです」  
「迷信?」  
「はい。  
 『真田急便の赤フンに触れるといい事がある』というもので、  
 昔はのれんに描かれた絵を通りすがりの人たちがな出て行くだけだったのですが、  
 いつの間にか、『実際に荷を運ぶ者たちの褌に触れると幸せになれる』という噂に変わったのです」  
「なるほど。そんな話があったのか。  
 幸か不幸か、九州まではその話は届いていないが……。  
 いずれにしろ災難だったな」  
ただでさえそんな迷信がある赤フンを、今が盛りの彼女が穿いているのだ。  
あれだけの男たちが押し寄せたのも頷ける。  
「褌に触ったくらいで幸せになれるのなら、戦など起きません」  
稲姫が憤りを隠さずに頬を膨らませた。  
それはその通りだろう。  
「だが、人々の気持ちも分からなくはないな。  
 こんな世だからこそ、そんな迷信にすがりたくなるのだろう」  
「そういうものでしょうか……?」  
稲姫は困ったような顔でこちらを見た。  
「そういうものだ。  
 立花も一つ触ってみるか」  
 
『立花様まで、不埒です!』  
そんな返事が返ってくるだろうと、冗談半分でァ千代は稲姫の腰に手を伸ばした。  
が、彼女の腰のあたりの紐に触れてみたのに、一向に反応がない。  
視線を上げて彼女の顔を見ると、稲姫は顔を真っ赤にしていた。  
「たっ、立花様まで、そ、そんなっ……」  
『女同士ではないか』  
と、笑って済ますという選択肢も頭に浮かびはした。  
だが、先程から自分の中に湧き上がっていた欲情と相まって、ァ千代はその選択肢をあっさり捨て、  
そのまま、褌を辿り彼女の足の付け根まで指を滑らせていってしまった。  
「あ……」  
稲姫は身体をわずかに引いたが、逃げる様子はない。  
「稲殿……」  
何かに引き寄せられるように顔を寄せても、顔を背ける訳でもない。  
ァ千代は、そのまま稲姫に口づけた。  
指を足の間に入れてみるとびくりと身体が震えたが、やはり彼女は逃げていかない。  
ァ千代は顔を引くと意地悪く笑った。  
「男に追われて昂ったか?」  
稲姫の顔が泣きそうに歪んだが、言葉での否定は一切ない。  
辺りに気配はないけれど、先程の男たちが意識を取り戻し、追ってきては面倒だ。  
「治めてやろう」  
ァ千代はそう言うと、稲姫を抱き上げ、わきにあった細い道へと足を向けた。  
「お、治めなくとも、稲は……っ!」  
「蒸れた香をまき散らしたままでは、また男どもが寄ってくる」  
観念したのか、それとも情欲に抗えなくなったのか。  
稲姫は無言のまま首に抱きついてきた。  
彼女の首筋から発せられる甘い香りにくらりと目眩がする。  
治めなくてはならないのは自分も同じかもしれない。  
ァ千代は稲姫の首筋に口づけると、更に先へと進んで行った。  
 
「んっ……あ…ん、んっ……」  
歩いている最中から、二人は口づけを交わし始めた。  
稲姫の目からは困惑の色が消え、代わりに劣情に潤んでいる。  
その目に、ァ千代の昂った身体と心が煽られる。  
人の気配の届かない場所まで来たところで、ァ千代は膝をついて稲姫を下ろしたが、彼女の身体は離れていかない。  
ァ千代も彼女を離す気はない。  
「たちっ……ばな、さまっ……」  
「いな、どのっ」  
欲するままに舌を絡め合いながら、彼女の腰を抱き寄せ、片手を足の間に差し入れた。  
だが、手甲をしているせいで、感触が良く分からない。  
どうせなら、稲姫の身体からあふれ出す蜜を感じたい。  
彼女だってこんなものを身体に入れられるのは不快だろう。  
ァ千代は相変わらず稲姫の唇や舌を舐めながら、自分の甲冑を脱ぎ始めた。  
「手伝え」  
唇が離れた僅かの間に短く言う。  
稲姫も僅かに頷いて、甲冑を繋ぐ紐を解いていく。  
全ては脱ぎ終わらなかったけれど、手甲が外れ、胸板が外れたところで、稲姫の肩を押した。  
「あっ!」  
稲姫が手を地について、また僅かに困惑した目でこちらを見つめてきた。  
「待たせたな」  
ァ千代はにまりと笑ってそう言うと、稲姫のわきに手をついて右手でするりと腹を撫でた。  
「立花様っ……」  
稲姫が乞うように自分を見つめている。  
赤い布の表面を撫でながら下へ下へと手を移して行き、脚の間に到達すると、  
ァ千代はそこに指を押しつけた。  
「んうぅ!」  
甘い声が耳を打ち、濡れた感触が指に伝わる。  
口元に浮かぶ笑みを隠そうともせずに、ァ千代はそこに指をぐりぐりと押しつけた。  
「あッ!……んっ、ああッ!」  
布越しでも分かるほどにぬるぬるとした熱が溢れてくる。  
自分の指の動きに応じて上がる声と、溢れる熱にァ千代は酷く興奮した。  
自分が触れられている訳でもないのに、自分からも熱が零れてくるのを感じながら、ァ千代は稲に顔を寄せた。  
 
「稲殿……」  
せがむように顎を差し出すと、稲姫は傾いていた身体を起こして、唇を貪り始めた。  
唇を嬲られているだけなのに、全身が快感に粟立つ。  
「立花様ぁ……」  
口づけの合間に自分を呼ぶ甘い声が、身体の芯に痺れを与える。  
もっと深く触れたいと、稲の秘部を覆っている布をよけようとしたところで、胸の先を摘ままれた。  
「あうっ!」  
思わず身体を引くと、稲姫はうっとりとした表情でこちらを見つめていた。  
乳房を緩く包み込み、それでいながら親指で乳首をくりくりと弄びながら、  
「立花様も……」  
と微笑んだ。  
自分の女である部分を露わにされたようで、顔が熱くなったが、  
今はそれ以上に彼女に触れて、彼女に触れられたい。  
ァ千代は、一度稲姫の下腹から手を離し、稲の胸を隠すさらしを緩めた。  
さらしに圧迫されていた乳房が露わになる。  
自分の身体と同じ作りをしているものであるにも関わらず、ァ千代はまた酷く情欲を煽られた。  
濡れた指で乳房をたどり、自分がされたのと同じように乳首をきゅ、と摘まむと、稲姫は、  
「んあっ!」  
と、首を逸らせた。  
健全で堅物で、色事などとは到底結びつかない人であったが、実際はそうではないらしい。  
信之がこんな格好を稲にさせた理由が少しだけ理解できた気がした。  
だが、このような姿を人目に晒すということは奪われても文句は言えまい。  
ァ千代は再び手を下へと伸ばしていき、稲姫の乳房に自分のそれを重ねると、  
互いに身体が快感を得られる場所を探りながら、また唇を求めた。  
稲姫もそれに応じて、舌をのぞかせ身体の位置を変えてくれる。  
乳房の間でその先端が絡み合ったところで、ァ千代は、赤い布をわきによけ、  
稲姫が情欲の蜜を零す場所へと指を進めていった。  
不意に身体が押し上げられ、身体の中心を求めていた甘く切ない刺激が走った。  
稲姫の膝が自分の身体の中心に押し付けられている。  
「稲、どの……?」  
「立花様も……と、申しました」  
赤い顔で言う彼女に、そうだったな、と小さくつぶやき、ァ千代は唇を重ねた。  
 
木立の中、二人の喘ぐ声が響く。  
互いに快楽を貪り、相手に快感を与えて、二人はいつ果てるともなく求め合った。  
 
(了)  
 

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