「久しぶりだね、清正!」  
久方ぶりに大坂城に登城した加藤清正に対してねねは明るく笑いかけた。  
「おねね様もお変わりがないようでなによりです――」  
それに対してうやうやしく頭を下げ、清正はいささか儀礼的な挨拶をする。  
 
(本当におねね様は変わらない人だな)  
頭をあげて清正はねねを見つめた。ねねは清正よりもずいぶん年上のはずだが、何がしかの忍び秘伝の技でもつかっ  
ているのか、昔から一向に容色の衰えを感じることがない。ただ、以前は若い清正達が目のやり場に困るような服装で  
戦場を駆け巡っていたが、最近は体力の衰えを感じるようになったのかめっきりそういうこともなくなり、いまは着物姿の  
方が板についているせいかすっかり落ち着いた雰囲気をかもしだしていた。  
 
(だが、痩せたな――)  
先日、徳川と豊臣に和議を結ばせようと清正が取りはからった二条城の会見は決裂に終わった。徳川家康がもう間もな  
く天下平定の仕上げとしてこの大坂城へ大軍をすすめようとしている、という報せはねねの耳にも入っているはずであっ  
た。その兵力もさることながらその戦陣に黒田官兵衛、奥州の伊達政宗、稲姫、雑賀孫市といった歴戦のつわものども  
が連なっているときく。いくら豊臣側に真田幸村や福島正則等がいるとしてもこの圧倒的大差をくつがえすことは難しい  
であろうことは大方の予想がついた。  
 
(おねね様、おいたわしや……)  
ねねの心痛は察するに余りある。だが、ねねはそのようなそぶりを露ともみせることなく少女のように朗らかに笑う。  
「かしこまった挨拶なんてなくてもいいよ、清正。人払いもしたし、久しぶりに親子水いらずで話そう!」  
「は、はい」  
(親子、か……)  
その言葉に清正はピクリと反応する。いつからだろう、ねねの口から発するこの何気ない言葉に清正が複雑な感情を抱  
くようになってしまったのは。  
 
「本当、清正に会えて嬉しいよ。でも、どうしてここにきたの?もういまさら豊臣と徳川の和議なんてことを勧めるわけじゃ  
ないんでしょ?」  
「俺は……俺たちの家……恩義ある秀吉様の……豊臣家を守るために戦いたいと思いと馳せ参じました。おねね様、俺  
を豊臣の将として戦わせてください!」  
「いい子だね、清正」  
ねねは二コリと笑う。  
「本当に嬉しいよ。でも、もう清正にも自分自身の守る家があるんでしょ?聞いているわよ。いまは肥後の国を治めている  
なんてすごいじゃない。"肥後守"さまだってね。えらいねー清正。出世したね!」  
「あ、ありがとうございます……」  
会話がまどろっこしかった。清正はこの大坂城に来てねねに会うにあたり、清正にとっては徳川を裏切る以上の、ある重  
大な決心をしてここにきたのであった。  
(俺はおねね様とこんな会話をしにきた訳じゃない……)  
清正は膝の上でぎゅうと固く拳をにぎりしめた。  
 
 
「だからね、清正……もうそんなに豊臣の家の事ばかり考えなくてもいいから、今度は自分の家を守――」  
「おねね様、御免――」  
清正はそう言い放ったがいなや、ツカツカとねねの傍に歩み寄ると――ねねの躰を抱きしめた。  
 
「き、清正……!?」  
清正の突然の乱心にねねはひどく驚いて言葉も抵抗も失ってしまったようであった。清正の腕の中でねねの身体が緊  
張してこわばっているのが着物ごしに伝わってくる。妻としての貞淑を守ってきたねねにとって、夫以外の男に抱きしめ  
られることなどおそらくこれが初めてだったのではないか。清正はねねと秀吉に対しての深い罪悪感が沸き起こったが、  
だがしかし、清正は徳川の軍を抜け出しわざわざこの大坂城まで来た本当の訳をねねに言わねばならなかった。ねね  
の身体を抱きしめながら清正は言った。  
 
 
「俺は……ずっとねね様のことが好きでした」  
「私だって清正のことが好きよ。三成や正則のことだってみーんな……」  
「いや、俺はそういう意味で言っているのではないのです」  
清正はねねを抱く腕の力をいっそう強めた。  
「秀吉様の家で共に過ごして来た時から……ずっと俺は……おねね様の事をお慕いもうしておりました!」  
 
清正が秀吉とねねの家に転がりこんできたのは何十年も前の少年のころであった。一つ屋根の下で二人に実の家族以  
上に情愛をかけられた清正はいつしかねねに対して母以上の想いを持つようになっていった。もちろんねねは夫の秀吉  
を愛していたし、秀吉もねねを深く愛していた。二人の仲が睦まじいことは皆の周知のうえだし、他の誰かが割って入る  
ことなど到底考えられないことだった。清正も自身の邪まな想いを深く恥じ、武芸に打ち込むことで必死に抑えようとして  
いた。だが人の気持ちというものはままならない――特に人の恋慕の情というものは。  
 
「清正……」  
腕の中に愛する人の感触と温もりが感じられる――清正は幾度この瞬間を夢見てきたのだろう。もしかしたらこれもま  
たその朝になれば覚めてしまう虚しい夢の一つかもしれぬ、いっそ夢ならば尚のこと抱きしめ続けようと思っていた。こ  
の幸福な夢が覚めてしまう前に。  
 
 
「……く……苦しいよっ、清正」  
「は、も、申し訳ありません!!」  
清正は慌ててねねの身体から飛び退くと、まるで悪さをして堪忍を乞う子供のように平伏した。  
「もしかして……わざわざここに来たのも、あたしにこの事を言うためでもあったの?」  
着衣と髪と、そして呼吸の乱れをなおしながらねねは問う  
「はい……」  
消え入りそうな声で清正は返答をした。そう――と、ねねは言った  
「あたしの事をずっとそんなふうに想ってくれてたの?お母さんとしてみてくれてるとばかり思ったのに。清正ったらいけ  
ない子だね」  
母親が悪戯をした子供をたしなめるようにねねは言う。だがねねのそれは決して清正を拒絶するような険をふくんだも  
のではなく、あくまで慈愛に満ちた口調であった。清正は己がした事の重大さに平伏したままねねの顔がまともに見ら  
れない。  
 
 
「わかったよ、清正」  
その後に続いたねねの言葉は、清正にとって思いがけないものであった。  
「……じゃあ、今夜、清正のところに忍んでいってもいいかな?」  
 
 
その夜、ねねに用意された室で一応は床についたものの清正は眠れずにいた。  
 
一つは自分が大変な事をしでかしてしまったということである。徳川を裏切ったことではなく、ねねに積年の自分の想い  
を告げたことだ。  
(だが後悔はない)  
もしも何も告げずに今度の戦で死んだとしたらそれこそ現世に大きな悔いを残したであろう。清正の胸にはどんな大仕  
事にも劣らない大事を成し遂げた清々しさがあった。そして一つはねねが自分の部屋に忍んでくる、ということに対して  
の戸惑いと期待である。  
(あれは本当におねね様だったのだろうか、おねね様が俺のところへ忍んでくる……そんなことなど、ありえるのだろう  
か?)  
あれは幻か、もしくは狐か狸にでも化かされたのではないか、という不安もまた沸き起こるのだ。その癖、昼間自分の腕  
の中に抱きしめたときのねねの感触や息遣いや温もりの記憶を幾度も反芻し、一人悶々としている。  
 
 
――不意に傍らに気配。  
(曲者!?……いや、違う……この懐かしい雰囲気は……)  
「おねね様……ですか?」  
「そう。ねね忍法で参上だよ……と、驚いた?」  
気配の主はそう言いながら燭の灯りをつけた。闇からぼんやりと浮かびあがったのはやはりねねだった。  
「驚かせないでくださいっ……。てっきり曲者が忍んできたのかと」  
「いくらあたしがねね忍法使ったからって、こんな近くにくるまで気づかないなんて清正ったらまだまだ修行が足りないわ  
ね」  
ねねはカラカラと笑った。気付かなかったのはずっとおねね様のことを考えていたからです――清正は心中でねねに口  
答えをした。  
「見張りだっているし、あたしもここまで忍んでくるのは大変だったのよ。だから昔を思い出してねね忍法で張り切っちゃっ  
た」  
ねねは昔懐かしいくノ一姿で現れていた。さすがに男の寝所へ忍びこむのには不粋だと思ったのか、固い鎧部分はは  
ずしている。  
「……なんだか楽しそうですね」  
「ふふ、わかる?だって忍びになるなんて久しぶりなんだもの。どう、この格好。最近は着てなかったんだけどね。私もま  
だまだイケるでしょ?」  
ねねはそう言いながら、くノ一姿を見せびらかすように清正に見せた。清正は胸の隆起の先端に、普段ならば胸当てで  
隠れていたであろうかすかな突起を見つけてしまい、うつむいた。  
「……あ、やっぱりちょっと無理があったかしら?」  
「いえ、懐かしい姿が見られて俺は嬉しいです」  
(やっぱりおねね様だ)  
 
清正は安堵した。と同時に、今まで味わったことない緊張が全身に走った。  
 
「で、では……俺のところへ忍んできてくださったということは……おねね様は俺の気持ちを受け止めてくれると――そう  
いうことでいいのですね?」  
「そういうことよ。だって大事な大事な清正の頼みだものね」  
そう言ってねねは清正の布団へ入り、清正の手と自分のそれを重ねた。カッ、と清正の全身の血が沸き立つ。  
 
「申し訳ありません……俺の我儘のためにおねね様に不義をはたらかせるような真似を……俺は……俺はなんというこ  
とを……黄泉の太閤閣下にもなんとお詫びしていいのか――」  
確かに清正はねねの事を母親以上の恋慕の気持ちで慕っている。だが同時に秀吉の事もまた実の父親以上に尊敬と  
敬愛の念で慕っていることも確かなのであった。その父であり主君である人の最愛の妻を自分は今から抱こうとしている。  
自分の今まで口にしてきた秀吉様への忠義や恩義といった言葉のなんと薄っぺらで軽いことか――清正は己があさま  
しさに涙が出そうだった。  
「ほら、そんな顔しないで清正。心配しなくて大丈夫よ、清正がこんなに真剣なんだもの。うちの人も笑って許してくれる  
わよ。ガンバって気持ちを伝えた清正に"清正の奴ようやった、天晴れ!!"なんて誉めてくれているかもしれないわ」  
秀吉の口真似なんぞをしながら笑ってねねは言う。そのねねの言に清正は少し救われるような心地がした。  
 
「それにあたしは清正の気持ち嬉しかったし…………だから今夜一晩だけ――ね?」  
「おねね様……」  
 
衣ずれの音がする。ねねが脱いでいるのであった。  
 
清正があまりにもねねの仕草を息をのんで見詰めているので、ねねは身をくねらせながら腕で自らの肢体を隠した。  
「そんなに見ないでよぉ、恥ずかしい、若いころに比べるとおっぱいも垂れてきているしお腹もちょっとでてきちゃっている  
し……」  
「そんなことはない。おねね様、とても綺麗です」  
世辞ではなく清正は言った。  
「だからもっとよく見せてください。俺に、ねね様のすべてを」  
清正はねねの邪魔な腕をつかむと敷布に組み敷いた。  
「あ……」  
燭台の明かりの下で、ねねの裸体を清正はじっくりと観賞する。確かに忍びとして駆けずりまわっていたころの若々しさ  
はないかもしれないが、その頃の鍛錬の成果であろうか、ねね自らがいうほどのハリの衰えも無駄な肉もなく、むしろそ  
の頃になかったしっとりと円熟した女の色香を身にまとっていた。  
 
 
ねねは清正に抑えつけられて動けない。清正があまりに無言で見とれているので少し不安げな様子でねねが問う。  
「…………裸になって間近で見たら、こんなおばちゃんでがっかりした……?」  
「とんでもない、俺はこんなに美しい女性の躰など今までに見たことありません」  
「まあ!清正ったらおべっかがうまいのね」  
「おべっかなんかじゃありません。俺は真実そう思います」  
「清正……」  
ねねは照れながらも嬉しそうだった。  
 
「清正って……意外と力あるんだね。あたし驚いちゃったよ」  
「俺は男だからおねね様より力があって当然です」  
「うん、それはそうなんだけど、ほら昔、初めてうちに来た時は背もうんと小さかったし」  
「何十年前の話をしているんですか。もう、俺のことを子供扱いしないでください」  
平素はねねから子供扱いされることに慣れている清正も、今だけはただの一人の男として扱ってもらいたい。  
「あたしにとっての清正は、三成や正則もそうだけど――いつまでも子供みたいなものなのよ……っん……」  
ねねがこにくらしいことを言い続けようとしたので清正は唇を塞いだ。  
 
長い接吻から解放された後、ねねは言った。  
 
「清正ってさ」  
「なんです、おねね様」  
「腕とか胸とか……全身はすごくごつごつして固いのに」  
妙に嬉しそうな物言いをしながらねねはぺろと自らの舌を出す。  
「舌だけはすごくやわらかいのね」  
「……!」  
 
清正はまるで己が弱点を指摘されたような気恥ずかしさで乙女のように顔が赤くなった。だが、それを見せまいと、清正  
はふくよかなねねの双丘の谷間に顔を隠した。  
「んぁんっ」  
「おねね様だってやわらかいです」  
清正はねねのやわらかな乳房にかぶりつきながら思う存分に揉みしだき、ツンとたった蕾を口に含んでなめ転がす。ね  
ねは甘美な吐息と呻き声をあげた。  
「ん……ふぅ……」  
首筋にも、耳にも、肩も、腕も、腹も。手を這わせ、接吻の雨をふらせ、やわらかさを味わうようにときには齧りつく。そし  
て。  
 
「おねね様のここも――やわらかい」  
清正はねねの脚の間に手を滑り込ませた。  
「ぁ……」  
手入れがいきとどいた茂みをかき分けると、ねねの女の源に触れた。既にそこはじゅくじゅくと女の泉が湧いており、探る  
清正の指を濡らした。  
(おねね様……濡れている……こんなに……)  
ねねが女として感じている証として、嬉しさのあまり清正は感激すら覚えるのであった。  
 
「清正のここはすごく固い――」  
ねねの手も、清正の下腹部に伸びてきた。  
「もうこんなになっちゃってるじゃない」  
興奮に張り詰めている清正自身を衣服越しにそっと撫であげる。それだけの刺激で清正にとって極楽にのぼる心地であ  
った。  
 
「それはおねね様がいけないのです。おねね様の躰があまりに魅力的で、それに可愛らしい声をあげるから」  
「あら、あたしのせいにするの?清正ったら悪い子だね」  
そう言ってねねはいつもの母親のような口調で、だが眼は少女のようにいたずらっぽく笑う。そしてもぞもぞと動き出して  
清正の前に来たかと思うとゆっくりと清正の衣服の帯をとき、窮屈そうにしていた清正自身を解放してやった。  
「たーっぷりとおしおきしなくちゃね」  
そう言うとねねはその先端に口づけた。  
 
「……っ……」  
今度は清正が呻く番だった。まずねねはすでに先走って滲ませていた汁を舌先で舐めとり、清正自身を唇と舌全体で  
愛撫しながら問う。  
 
「どう……清正……気持ちいい?」  
「はい……最……高……です……」  
清正は息も絶え絶えに答える。  
「じゃあ、もっと気持ちよくさせちゃう……」  
ねねの温かく柔らかな口腔が清正自身を包み込む。そしてそのまま根元の方まで深く咥えこんだ。  
 
「はぁっ……あっ!……おねね、様……っ!」  
清正の呻き声とともにねねの頭が激しく上下する。  
 
「ん……ホント……強い子……」  
咥えながら艶めかしい声でねねが囁く。その声が雷のように脳天におちたようで清正はそれだけでも達してしまいそうで  
あった。  
 
「おねね様、俺、我慢できません……!」  
清正はそう言うなやいなや、返事を聞くよりも先にあらんかぎりの力でねねを押し倒すと逞しい太ももを持ち上げ脚を広  
げた。  
「きゃっ!」  
清正の急襲にねねは思わず悲鳴をあげる。  
「おねね様、御免……!」  
清正は自身をねねの女源につきたてた。  
「んあっ!……っ……!」  
 
 
二人は男女として繋がった。清正もねねも、大きな快楽のうねりにのみこまれていった。  
 
「ぁあ!……っ!……はあ!……ああ!」  
 
後は二人、もう、言葉も、思考も、身分も、立場も何もない世界であった。ただ一対の男と女として結ばれ、快楽のみに  
つき動かされる存在であった。  
 
「……おねねさまっ……!おねねさまっ……!」  
「んんっ、……あぁっ……ん!……きよまさ、きよまさ……!」  
 
体躯を変える暇すらないほど、まるで女と初めてまぐわう若武者のような一心不乱さで清正は直情と欲情のままねねを  
突き動かし、ねねはねねでまた全身で清正の青臭くも激しい猛攻を受け止めていた。  
 
 
「おねね様、果てます……!このまま……おねねさまのっ……中でっ……」  
「んぁっ、い、いいよっ……わたしの、なかにだして……!きよ……まさっ……!」  
 
清正が、果てた。清正にしがみついていたねねもまた、熱く流れる清正の生き潮を腹の奥に感じながら、達した。  
 
 
事が終った後、ねねがまるで死んだように動かなかったので、心配になった清正はねねを揺り動かした。  
「ねね様、おねね様――大丈夫ですか?」  
「ん………大丈夫よ」  
「よかった。俺が手荒なことをしたせいでおねね様を壊してしまったかと思いました」  
「ハハ、清正ったら大げさね。平気よ。でも……ほら、あたしもその……久しぶりだったし……」  
照れくさそうにねねが言う。  
 
「清正ったらすごい汗」  
清正の髪から額から、汗がぽたぽたねねの躰にしたたり落ちている。いや、汗ばかりでなく眼の奥からも何やら浮かん  
できていて今にもしたたりおちそうであったので、清正は慌てて手甲で汗とそれを拭った。  
「も、申し訳ありません」  
「今日の清正は謝ってばかりだね。いいのよ、謝らなくても。清正はガンバってくれたんだもの。あたしが拭いてあげる」  
 
ねねは傍らの布をとると清正の全身の汗を拭いはじめた。ついでに、と股間の後始末もしているとうなだれていた若い清  
正自身が反応した。  
「あら、清正ったらずいぶん元気がいいのね」  
「それは……おねね様が触っているからです」  
「じゃあ、もっと元気にさせちゃおう」  
 
そう言いながらねねは指を輪にして擦りあげる。ねねの巧みな指技により清正自身はたちまちに元の雄々しさを取り戻  
した。また清正はたまらなくなってきた。  
「……俺、またおねね様の中に入ってもいいですか」  
「いいよ、じゃあ清正は寝てて。今度はあたしがガンバっちゃうから」  
 
ねねはそう言うと、清正を寝かせ、その躰にまたがると腰をおとし、ゆっくりと清正自身を自らの奥に深くうずめた――  
 
 
幾度かの愛し合いが終わった後、二人は固く抱き合っていた。  
 
「ねぇ、清正……あたしもう戻らなくっちゃ」  
「厭です。おねね様を帰したくありません」  
そう言って清正はねねを抱きしめる力をさらに強めた。  
「もうホント清正ったら悪い子だねえ……」  
「どうとでもおっしゃってください。とにかく、今宵はおねね様を帰しません」  
 
だが、いくら周囲に知れた親子のような間柄とはいえ――いや、だからこそ、大人である二人が一つの臥床に同衾して  
朝を迎えることなど到底許されない。それは清正とて十分過ぎるほどわかっていることだった。  
(朝なんてこなけりゃいい)  
そういうことすら清正は考えていた。  
 
 
「ふふふ、こうやっていると清正ったら本当に駄々っ子みたい」  
清正の頭を撫でながらねねは言う。  
「ねぇ虎」  
ふいにねねは清正を幼名で呼んだ。  
「ね、子守唄うたってあげようか?」  
「な……!?おねね様、いきなりなにをおっしゃりますか?」  
「駄々っ子にはね、子守唄が一番いいのよ。ダメ?」  
「……おねね様がなさりたいように」  
内心こそばゆさを感じつつも清正はねねの申し入れを受け入れることにした。  
 
「眠くなったら本当に眠っていいわよ」  
「厭です、そうやって俺が寝ている隙におねね様はこっそりと帰ってしまおうとする魂胆でしょう?そうはさせません」  
「あらバレちゃった?」  
「俺だっておねね様の考えそうな事などわかります。駄目だと言っているでしょう。目が覚めたときにおねね様が隣にい  
ないなんて、今の俺には想像するだけで耐えられません」  
「もう。お母さんが隣にいないとダメだなんて、虎ったら見かけによらず甘えん坊さんだね……」  
ねねは冗談混じりにそう言った後で、わかったわよ、朝までずっとそばにいてあげる、だから安心しておやすみ――と、  
優しく言った。  
 
清正の髪を撫で、ねねは唄う。  
 
 
――ねんねんころりよ おころりよ ぼうやはよいこだ ねんねしな――  
 
 
ねねの子守唄を聴きながら、清正は胸中でねねや秀吉、そして福島正則やいまは亡き石田三成と過ごした懐かしい少  
年期の日々がまざまざと去来していった。家には、まず家長であり主君であり父親である秀吉がいた。その傍らに妻で  
あり忍びであり母親であるねねがいた。虎之助、市松、佐吉――清正も正則も三成も順番こそ前後するものの子供時  
代に秀吉とねねの家に迎えられ、実子以上の愛情を二人からうけた。三人は兄弟のように育てられた。喧嘩や悪さをす  
ればねねの仕置きをうけた。秀吉が信長にとりたてられたと大喜びで帰ればねねがとびきりの馳走を作って皆で祝いを  
した。自分もいつかは同じように秀吉の役に立ちたいと三人が三人を好敵手とみなしておのおの武芸や知略を磨くこと  
に励んだ。そして誰も口にすることはなかったが、三人が三人とも同じ女性にほのかな恋心を抱いていた――  
 
 
清正は目頭が熱くなった。清正が常々口にしてきた"家"という原点――二度と戻ることはない、かつての幸福だった日々。  
(今日の俺は涙もろいな……いや、これはおねね様のせいだな……)  
 
清正はこのひとときの感傷に心身を委ねることにした。  
 
 
ふと、ねねの歌がやんだ。まどろみまなこで清正がねねの顔を見やれば、今までみたことのないような真剣なまなざし  
を清正に対して向けている。  
「……………ねえ清正、お願いがあるの」  
そのまなざしのまま、ねねは言った。  
 
「なんですか、おねね様」  
「絶対、絶対に今度の戦いなんかで死なないでね……清正は強い子だから大丈夫だって信じてる……けど、三成みた  
いなことになっちゃたらあたし悲しいんだから……やっぱりあたしにとってあんた達は……あたしの大事な子供みたいな  
ものなんだから……逆さをみるなんてイヤよ……母親は子供が自分より先に死んじゃうのが何よりもつらいんだからっ  
……そんな悪い子はねね母さんが地獄の閻魔様よりもきつーいきつぅーいお仕置きをするからね…………っ!」  
 
最後の方の言は嗚咽混じりだった。ねねは清正の胸に顔をうずめると、肩を震わせ、瞳から流れる熱く冷たいものを清  
正の厚い胸板に受け止めさせた。ねねが泣いている様は清正にとって悲痛だった。この日の光のように明るい女性が  
悲しい表情をしていることは豊臣家中だけでなく、しいてはこの天下すらもが深い闇に覆われてしまうように思えてなら  
なかった。この人にもう二度と悲しい思いをさせまい、清正は胸の中で誓った。  
 
「大丈夫です、おねね様。俺は死んだりしません」  
ねねの涙を指で拭き、口づけすると、力強く抱きよせて清正は言った。  
「豊臣は絶対勝ちます。いや、俺が勝たせます。壊させやしません。豊臣の家も、俺たちの未来も……」  
 
おねね様の笑顔も――口にするのがあまりにも気障なようでこれだけは清正は自分の胸の中だけで言った。  
 
 
 
数日後、出陣の支度をする清正のもとへをねねは見送りにきた。  
 
「ほら、忘れ物はない?危なくなったら無理しないでさがるのよ」  
「俺だって初めて戦にでる子供じゃないのですから、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ、おねね様」  
「しょうがないでしょ、母親からみれば子供はいつまでだって子供なんだから」  
ねねは朗らかに笑う。そこにはいつかの宵にみた艶めかしい女としての表情ではなく、いつも見せる母のような笑顔が  
あった。  
 
「ガンバってね、清正!あんたはあたしの――自慢の息子なんだから!!」  
 
もう清正には息子と呼ばれる都度感じていた複雑な心持はもうなかった。今はむしろこの素晴らしい女性に息子といわ  
れることが誇らしく、自分は天下このうえない果報者だと思った。  
 
「ええ、では、いってまいります。俺たちの家のため――そしておねね様のために」  
清正の言葉にねねはほほ笑んだ。その笑顔をみた清正にとってもう己の人生に悔いなどなかった。清正は愛馬にまた  
がり、得物の槍刃を握りしめると、福島正則、真田幸村達が待つ陣へ駆けて行く。  
 
 
そんな愛息の勇姿をねねはいつまでも見送っていた。  
 
 
 
 

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